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魔物の国の外交官  作者: TAM-TAM
第5章 魔物の国の転換点
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064話 国家戦略会議・1(三公四侯)

▼大陸暦1015年、炎獅子(第7)の月25日・夜


 魔国テネブラの国家運営に際して最終決定権を持つ7人、三公四侯(セプテントリオネス)と呼ばれるメンバーが集うのは、基本的に日没後だ。

 この日も、月の出る時間帯になってから内務省最奥部に位置する国家戦略会議室へと足を運び、国家の将来に関わる重要議題について話し合うこととなった。


 会議室に並んだメンバーは、三公四侯(セプテントリオネス)の7人――軍務省のフォルティス公爵とサングイス公爵とイグニス侯爵とコルヌス侯爵、内務省のデアボルス公爵、法務省のレークス侯爵、財務省のノックス侯爵――に加え、外務省から投票権の無いアドバイザー待遇でサツキ省長とセレスティナの合計9人だ。

 このような国家戦略会議への参加は今回が初めてとなるサツキとセレスティナは、緊張の為かさすがに表情とか姿勢とか尻尾とかも硬い。


 相棒のクロエは流石にこの場へ出席できず、今頃はセレスティナの実家でのんびりお風呂に浸かっているか惰眠を貪っている頃であろう。


「全員揃ったね。それでは早速会議を始めようか」


 青い肌の獄魔族(グレートデーモン)であるデアボルス公爵が気さくな口調でまず開会を宣言した。普段内務省の業務に忙殺される事務屋だからこそか、格式よりも効率重視の進行だ。


 今回の議題は当然ながら、アルビオン王国との外交会談の件だ。特に、双方の国が事前に提出した要望書に対し、妥協点を話し合い、国家の意思として確定することが大きな目的となる。


「急に召集が出たから何事かと思ったが、斯様(かよう)な事態になっておるとはな……現世(うつつよ)に退屈を感じておったところだが、いやはや、なかなか驚きに満ちておる」


 デアボルス公爵とは正反対に仰々しい口調で語るのは、吸血族(ヴァンパイア)を統べるサングイス公爵。雪のように真っ白い髪をオールバックに撫で付けた美形中年だ。

 だがこう見えても魔国軍での軍歴はセレスティナの祖父ゼノスウィルと並ぶ程に長く、その実力も夜間という条件下なら国内で2位を誇る。


 この国家戦略会議の開催時間も、日没後に本気を出す吸血族(ヴァンパイア)の生活リズムに合わせて設定されたもので、他のメンバーに多少の不便を強いてでも7人全員が一同に会することの重要性を物語っている。


「外務省が頑張ってくれてるから、ここ数ヶ月の情勢の移り変わりが目まぐるしいね。特にここ最近は、他国に拉致された国民が何人か無事に帰国したのもあって市井の様子も期待感が高まってるかな」

「それで、アルビオン王国との国交回復に向けて会談を行うとするなら、魔国(こちら)からの要望は必ず呑んで貰わねばならないところだが、向こうの反応としてはどう予測するか? サツキ省長よ」


 外務省に好意的なデアボルス公爵の言葉に続くように、国内でも最も発言力の強い軍務省のトップであるアークウィング・フォルティス公爵が早速会議の本題に切り込んだ。

 サツキ省長は優雅に一礼すると、事前にセレスティナと打ち合わせした通りの内容を述べる。


「テネブラからの主要な要望である、奪い取られた国民や素材の返還とそれに付随した賠償請求につきまして、外務省の見解を提示します。前者についてはセレスティナ外交官が精力的に話を進めていることもあり、それの延長で国際条約として締結することは十分可能だと思われます」


 ここまで説明すると、参加者の何人かから、ほう、と感嘆の声が上がる。お飾り部署の代表格であった筈の外務省がここまでの成果を挙げたことに驚いているのだろう。

 セレスティナの能力を既にある程度評価していたデアボルス公爵やアークウィング軍務省長やゼノスウィル参謀長などは、腕組みをしつつそんな周囲の反応を面白そうに眺めていた。


 そんな中、サツキ省長の説明は続く。


「……ですが、後者の賠償金の請求については、アルビオン側はこれに応じない公算が高いと思われます。一部の心無い者達が勝手にやったことで、国としては無関係を決め込むつもりかと」

「やはりそう来るか……人間どもめ、舐めやがって」


 説明を聞き終えてそう呟くアークウィング軍務省長の目には、予想の範囲内なのか驚きこそ無いものの剣呑な光が感じられた。

 庶民感覚で例えるなら万引きが発覚した時に「子供のやったことだから大目に見てよ」とか「物さえ返せば元通りだよね」などと言われているに等しく、到底許容できない対応だ。


「どうします。ここは強く出るべきでは」

「しかし、捕らわれた同胞が戻って来るというのであれば、この好機を逃すと次は何時になるのか判らぬぞ」


 好戦的な態度を露わにするダークエルフのノックス侯爵に、レークス侯爵の声が割り込んだ。獅子獣人の彼としては、同じ獣人族が多数捕らわれていることと他の上位魔族のように長命種ではないこととで一刻も早く同胞を救助したいのだろう。


「そうだね。以前にセレスティナ君も主張していたが一戦交えてこちらの要求を全て通すには相当の時間とお金と、そして命が必要になる。拉致被害者をこれ以上待たせずに早期帰国できるならこの際時間と命をお金で買うという考え方もできるかもね」

「だが、事は国家の威信にも関わる問題だ。本質は金銭よりも国として謝罪を引き出し今後軽んじられることの無いようにするのが重要であろう」


 デアボルス公爵がレークス侯爵の言い分を補強したところに、強硬な姿勢を見せるアークウィング軍務省長。ただこれは個人の意見というより軍としての総意に近いものを感じる。

 国防の最前線で戦う軍人達のプライドや面子も勿論大きいが、国家間交渉の初っ端から国として軽視されるなら目先の利益は得られても長期的な観点でマイナスが積み重なっていくということだ。


「とは言え、外征に出るにしても準備を整えるのにまだ時間が必要か……かくも世はままならぬことで満ちておる」


 優雅にカップを傾けつつサングイス公爵が現状を分析する。国境付近での偶発的な武力衝突などとは異なり、明確な意志を持って他国に攻め入るには現時点での魔国(テネブラ)としては決定的に人材が足りていない。

 軍のトップであるアークウィングとゼノスウィルは勿論、攻めの駒として運用するには種族的弱点が劇的過ぎるサングイス公爵も基本的に本国を離れられない以上、外征に出るには現地司令官として彼らの他に大群を任せられる能力や人望を持った人物が必要になるのだが、現状では適正な候補が見当たらない。


 アークウィング軍務省長の息子であるヴァンガードが最も近い位置に居るのだろうが、それでも今年学院を卒業したばかりの彼が軍部内で頭角を現し部下から認められるようになるまでには十年単位の時間がかかるだろう。血筋だけで無条件で認められるほど魔族軍は甘くない。

 これは現時点に限らず構造上常に抱える、個々の戦力では優位でも寿命が長い分世代交代のサイクルも遅い魔国(テネブラ)軍の大きな弱点だ。


「ヴァンの小倅(こせがれ)が一人前に育てば……と言いたいところじゃが、その時の参謀候補にと考えておった人材があの様子じゃからの……」


 サツキ省長の隣で背筋を伸ばして座っているセレスティナを目にとらえ、ゼノスウィル参謀長が大きく溜息をついた。自分の跡を継がせる夢をまだ諦めきれていないのだろう。


「じゃが、まあ、本人が望んで進んだ道じゃ。豪語するからには成果を見せて貰わねばな。ここで外務省の意見も聞きたい。いつもみたいにどうせ悪知恵の一つや二つ、用意しておるのじゃろう?」


 侯爵位ではあるが、彼の経験と実力は公爵3人からも一目置かれており、この場での存在感は大きい。そのような祖父の鋭く射抜く魔眼を受け、セレスティナは強敵に挑みかかるような面持ちで立ち上がり、言葉を紡ぐ。


「はい。僭越ながら提案を一つ具申させて頂きます。まず、先日のアルビオン王国からの遠征隊騒ぎにも関係しますが、その後の調査で、火吹き山にて取れる素材が従来品よりも効能の高い新型万能薬、通称“聖杯(ホーリーグレイル)”の主要材料となることが判りました」


 驚きの声があちこちから上がる。これまでどうにもできなかった毒や病への対抗手段は軍人であろうと文官であろうと等しく貴重で有用だ。


「その“聖杯(ホーリーグレイル)”は、王国の第二王女を蝕んでいたバジリスクの毒を癒すのに効果があったことをこの目で確認しましたが……その際にレシピも把握して、同期の友人にもご協力頂いて、国内の設備や資源の範囲内で再現可能なところまでこぎつけました」


 そこまで言うと、セレスティナは各種書類を入れた鞄から「これが現物です」と薬瓶を7本取り出して、三公四侯(セプテントリオネス)に献上した。

 透明なガラス瓶の中に、生命の炎を液状化させたようなオレンジ色の薬品が目に美しく神秘的な輝きを宿している。


 これはセレスティナが以前に帰国した際に、友人であり優れた錬金術師のマーリンに頼んで調薬して貰ったもので、試作品の作成と同時に国内での安定供給が可能かどうか見極める目的でもあった。

 セレスティナの名誉の為に補足するなら、彼女自身が調薬しても味が少し落ちるだけで同じ効能の薬品は余裕で作成可能なのである。女子力の問題であり技量(うで)の問題ではない。


「この新型万能薬を今後我が国の特産品とすることで、他国に対して更なる譲歩を求める事も可能だと思われます」


 国内の最高権力にして最強戦力の三公四侯(セプテントリオネス)と真っ向から向き合い、怯む事のない態度と表情でセレスティナは宣言した。



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