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魔物の国の外交官  作者: TAM-TAM
第5章 魔物の国の転換点
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063話 決戦後の一時(リア充に爆発しろと言われた件)


「ええっ!? 《瞬間転移(テレポート)》で脱出した!? 何考えてるのよっ!?」

「あぅ……アリアさん……大声が、響きます……」


 戦闘終了後、倒れたセレスティナにアンジェリカが膝枕して肩に手を添えて《治癒(ヒール)》で癒している間、脱出劇の種明かしを求められたセレスティナの答えにアリアが驚愕の声を上げた。


「だって、人体の転移って失敗したら身体がバラバラになって即死するのよ!? 正気とは思えないわ! 怖くないの!?」


 アリアの言うとおり、物質を魔力に変換して移動先の座標で元の物質に再変換する《瞬間転移(テレポート)》の魔術は、生命体を転移させるには極めてリスクが大きい。

 精度も勿論だが要求される発動速度も尋常ではなく、ほんの一瞬で変換と再変換を完了しなければ今回のように肉体に多大なダメージを受けてしまうのだ。


「成功する自信はありました……成功度にして99.7%というところですが、残りの0.3%がここまで痛いとは、思ってませんでした……魔術回路も切り詰めるだけ詰めてますし、これ以上に速くするには、回路の基本形状から考え直さないといけなさそうですね……」


 息を切らしながらも先ほど使用した《瞬間転移(テレポート)》の魔術回路を発動直前の状態で投影し、マッドな方の技術者の顔になるセレスティナ。その魔術回路は彼女の身体をすっぽり覆う程に大きく、膨大で複雑で高密度な構造だ。

 完璧な成功を得られなかった原因は解っている。回路が膨大な為に配線の引き回しにどうしても不都合が出て、特に回路の端から端への伝達速度が落ちてしまう。

 今後《瞬間転移(テレポート)》を実戦用に昇華させるには、どうしてもこの技術的課題の克服が必要だ。


「あれで懲りてないの!? 大体ねえ――!」


 尚も詰め寄ろうとする彼女をアンジェリカが手で制す。


「落ち着いて下さいまし。今のセレスティナ様は言うなれば全身ズタズタに引き裂かれたのを応急的に仮縫いしたようなものですから、いつもの調子で揺さぶったりすると腕や脚がぽろっともげてしまいかねない危険な状態なのですわ」

「ぐ、具体的に言わないで下さいっ」


 改めて自身の状態を認識したセレスティナが青ざめた顔で膝の上から抗議してきた。そこへアンジェリカの苦言が今度は彼女へと矛先を移す。


「ですが、アリア様の言うとおり、セレスティナ様も無茶しすぎですわ。先ほどの“何とかの氷棺”を受ける時も……」

「“永劫の氷棺・四式(パーペチュアルフォースアイスコフィン)”ね」

「……それを受ける時も、別に負ければ死ぬような戦いじゃありませんから早々に降参すればこんな大怪我も負わずに済みましたのに。一体何がそこまでセレスティナ様を駆り立てるんですの……って、聞いてますの?」


 今のセレスティナはアリアの水魔術を受け全身濡れそぼっている上にボロボロの状態で、指一本動かしただけでも全身に激痛が走る。

 そんな中、照りつける日光とアンジェリカの太ももの感触と彼女からの《治癒(ヒール)》が冷え切った身体にじんわりと心地良く、にへら、とつい顔が綻んだところをアンジェリカに見咎められた。


「えっとですね、このアングルから見上げると凄い迫力で、まるで立派なお胸様に怒られてるようで嬉しくて……」


 アンジェリカは無言でシルクのハンカチを取り出してアイマスクのようにセレスティナの目に乗せた。

 セレスティナが「酷い所業です!」とか「もっと光を!」とか抗議したが全てスルーしている辺り、アンジェリカも彼女の扱い方に随分慣れてきたのだろう。


「それで、先ほどの問いですが、魔術師同士の戦いは双方が工夫を凝らした技の撃ち合いになりますので、初見殺しの応酬なんですよ。ですから、今後の実戦に備えて色んな攻撃を受けて対処法を模索する機会は有効活用したいんです」


 しばらくして治癒魔術が効いてきたのか、緩慢な動きではあるが自力でハンカチを取り払い、視界を切り開きつつ笑顔で告げた。

 アンジェリカの胸の双丘は相変わらず圧倒的な重量感を放っており、今にも落っこちてきそうな危機感すら覚える。いわゆる杞憂である。


 余談であるが《治癒(ヒール)》のように身体に影響を及ぼす魔術は共感力が高い程効果も上がる、いわゆる女子力依存型の魔術である。

 加えて神官であるアンジェリカには魔力量こそ人間族(ヒューマン)の平均的な魔術師並だが、精霊神の加護により《治癒(ヒール)》や《防壁(シールド)》の効果が底上げされており、つまりは《治癒(ヒール)》の治癒力だけなら女子力弱者のセレスティナやアリアよりも上なのだ。


 勿論、女子力と魔力の両方とも高ければ更に治癒力が向上するが、そんな人材は滅多に居ない。セレスティナの実家に戻れば一人心当たりがあるぐらいだ。


「……それで、アリアさんは何をしてるんですか?」


 セレスティナが自分の足元の方向に目を向けると、そこではアリアが、彼女が動けないのを良い事に濡れたドレスを捲り上げてその手をアンジェリカに(はた)かれていた。


「勝負用の漆黒の総レース(ローゼンシュヴァルツ)かあ。今日の決闘に賭ける気合いの程は伝わるけど、濡れた時の透け透け感が無くて不満なのよねえ」

「意味が分かりません……」

「だって、かあいい子の濡れ透けぱんつがあればパン3斤はいける人だから、あたし。今度ティナに似合いそうなのを何枚か見繕ってあげようか?」


 水属性の魔術師らしく、アリアはなんかこう、水に親和性のある嗜好みたいなサムシングをお持ちのようだった。セレスティナは微妙な表情になってふるふると首を横に振る。


「似たような展開が先日あって間に合ってるので結構です……」


 ここでアリアの名誉の為に補足しておくなら、彼女の言う『かあいい子』は男女問わずなので別に白いお花畑に白亜の(タワー)を建造するような人ではない。

 ……実はあまり名誉に影響しないかも知れない。


「さて、余はそろそろ戻ることにする。そなたらと共に居るとますます常識が破壊されて難題が増えるからな……」


 そう言って疲れた顔で立ち上がるアーサー王子。この短時間で勇者の仲間に魔族の末裔が居たことが発覚したり城内で自重せず飛んだり転移したりとショッキングな出来事が続けば無理も無かった。






▼その日の夜


 夜、お風呂上がりにセレスティナとクロエと勇者パーティの面々は、迎賓館のリューク達が利用している部屋へと集まっていた。

 窓からの夜風が火照った肌に心地よく、このままベッドに倒れこみたい気持ちもあるが、セレスティナがアリアに聞きたい話があるということでわざわざここにお邪魔した訳だ。


 当のセレスティナは、まだ満足に動けずにさっきまで迎賓館自慢の大浴場で女性陣3人掛かりで身体の隅々まで洗われて、結構な羞恥プレイにも関わらず心身共につやつやした様子でテーブルに突っ伏して「はふぅ」と切ない吐息を漏らしており、その場に居なかったリュークとしては忸怩たる思いである。


「間近で、色んなおっぱいが揺れたり揺れなかったりして、何と言いますか……とても幸せでした」

「ティナは背中を洗うとイイ声で鳴くから楽しかったわ。……ところで、揺れない胸って誰のことを言ってるのかしら?」

「ふ……ふあっ!? あのっ!?」

「ちょっ、そんな格好で暴れると服とか乱れてはしたないですわ」


 セレスティナに詰め寄ってくすぐり倒そうとしたアリアをアンジェリカが引き剥がす。

 お風呂の後ということもあって全員寝間着姿で、特に夏用の涼しげなネグリジェ姿のセレスティナと水色のぶかぶかパジャマを上だけ着て惜しげもなく生脚を晒すアリアが取っ組み合いを始めると色々と凄いことになるのは目に見えている。


 尚、クロエはいつもの黒ジャージもどき、アンジェリカも清楚な白のネグリジェだが手首と足首まで隠す慎ましい装いだった。そしてリュークはラフなシャツに短パンだ。男はどうでもいい。


「よし分かった、百合充爆発しろ。それにしても今日ほど世の中の不条理を感じた日はないな、女子ばっかり女湯に入れてズルいぞ」

「そこからですの!?」


 女湯の根源を問うようなリュークの形而上(けいじじょう)学的な発言に皆がどう突っ込もうか意外と悩む一幕もあったものの、やがて冷たい麦茶を乗せた円卓会議は本題へと移る。


「さて、あたしのひいひいお婆ちゃんの話かあ……と言っても、直接面識無いからあまり話せる事も多くないんだけどね」


 アリアのご先祖様がセレスティナと同じ魔眼族(イビルアイ)であろうという話を伝えた際は流石に驚かれたが、リュークなどはセレスティナとアリアを見比べていち早く納得していた。魔力の多さや魔術に対する執着等から似た者同士の雰囲気を感じ取っていたようだ。

 ただ、アリアの切り札である魔眼解放に関してはリュークもアンジェリカも今まで見たことが無く、彼女の右目はずっとファッションでそうしていると思っていたらしい。


「ひいひいお婆ちゃんは長生きして大往生したみたいだけど、ひいお婆ちゃんはこの邪皇眼が元で魔物狩りに逢ったって話だから、本当に必要な時以外は絶対に使うなって言われたのよね」

「その魔物狩りって……やっぱり、えっちじゃない方の、ですか?」

「うん。ガチな方の魔物狩り。公開処刑されて、右の眼もえぐり取られたって聞いたわ」

「それは……壮絶ですね。お悔やみ申し上げます……」

「気にしないで。あたしが生まれる前のことだから」


 努めて明るく振る舞いつつ、アリアが話を続ける。

 それでその時以降、アリアの祖母も母も、周囲の人間に比べると桁外れに高い魔力や老化が遅い肉体を隠すように引越しを繰り返したり魔術的な職を避けたりしつつひっそりと暮らしていたということだ。


 アリアが産まれてからは一家は王都の下町へと移り住み、彼女が小さい頃に近所の孤児院で孤児のリュークや幼い時から時々奉公に来ていたアンジェリカと出会う。

 庶民であり魔術を教えるような学校には通えなかったアリアであるが、祖母や母からの教育は下手な魔術教官よりもよほど効果的で、リュークが勇者として覚醒する頃には既に彼を後方から支援できる実力に育っていた。


「小さい頃から3人一緒だったんですね」


 そこまで聞くとセレスティナも、一緒に育った幼馴染達の顔を思い出し懐かしさを表情に出した。


「リュークが隠れ蓑になってくれるおかげで、あたし自身の魔力とかもあんまり追求されないからね。ある意味天職だわ」


 あははと明るく笑ったアリアは、ふと真面目な顔に戻ってセレスティナに向き直る。


「それで、ひいお婆ちゃんの邪皇眼のことなんだけど、ティナの話だと上質の魔力素材になるのよね? もし誰かが悪い目的で使ってたら嫌だな……だから、そういうのを見かけたら情報を教えてくれる? あたしが回収しに行って、お墓に入れて供養してあげたいの」

「承知しました。気に留めておきますね」


 職業柄これから大陸中を回る事になるであろうセレスティナに頼むのはまさにうってつけの案件で、彼女もこれを笑顔で快諾した。


「あと、そのご先祖様のお名前ってご存知ですか?」

「アクア、って聞いた事があるわ。あたしの名前も、ひいひいお婆ちゃんにちなんでつけられたんだって。目元と魔力の波動が似てるんだとか」

「アクアさん、ですね。近々本国に帰る用事があるのでその時に知ってる方が居ないかついでに調べてみようと思います」


 来るべき外交会談に向けて、外務省としてだけではなくテネブラ全体として国家的に方針を纏めるための戦略会議が近々行われるのだ。

 本来はそういった重要な会議に参加できる立場ではないが、直接アルビオンに足を踏み入れ要人と対話した実績を買われた為、「来たければ出席を許可する」と言われている。


 その時に話すネタの一つとして、彼女は今の情報を心のメモ帳にしっかりと刻み込むのだった。



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