062話 決戦!邪皇眼(真の力)の氷姫・2
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「種族とかは難しいことは詳しく知らないけど、あたしのひいひいお婆ちゃんは魔界から来た魔物らしいのよ」
そう説明するアリアの右目には、光彩部分に複雑な魔術的紋様が強い輝きを放っている。セレスティナと同じ、魔眼族を特徴付ける異形だ。
「だから、お婆ちゃんもお母さんも随分苦労してきたし、あたしもこの姿は人前で晒すなって言われてきただけど……そこにティナが現れて一気に国交が結ばれそうな雰囲気だし、もう良いかなって。あ、でも一応まだ秘密でお願いします」
後半部分は驚きに固まったアーサー王子に向けての言葉だ。国の英雄たる勇者パーティに魔物が紛れ込んで居たなど、少し前なら王都を揺るがすスキャンダルになりかねない。
「そうでしたか……言われてみれば、納得できる部分もあります。思えば初対面の時からリュークさん達は魔族に偏見の無い態度で接して下さいましたし」
「人間の国と魔物の国とが仲良くできればとは、ずっと思ってたからね。このまま国交が結ばれれば、あたし達家族もあちこち引越ししたりこそこそ隠れ住んだりしなくて良くなると思えば、感謝してるわよ? ……でも、それとこれとは別問題だからこの場で手は抜かないわ。最強魔術師の座、そう簡単に明け渡す気は無いからね」
「はい! 実力で奪い取ります!」
結構重大な出生秘話ではあるが細かい話は後で聞けるからと双方ともすぐに戦闘に戻る辺り、魔族の血の為せる業だろうか。
特にアリアは、魔眼解放中は魔術の出力が大幅に上がる分消耗も激しくなる訳で、言うなれば時間制限付きの強化であり早めに勝負を決めたいところだ。
「できるかしら? ……さて、それじゃあさっきのお返し行くわ」
アリアの色違いの両目が鋭さを増し、両手に膨大な量の魔力が集まっていく。その様子は青い冷気が渦を巻いているようで、この後に放たれる攻撃の苛烈さを思わせる。
組み上がっていく魔術回路の構造から、彼女が準備している魔術は先ほどセレスティナが撃った《火炎嵐》の対極に位置する《氷雪嵐》、それも左右二つ同時展開だ。
広範囲に及ぶ攻撃魔術を着弾点をずらして二つ同時に撃つことで闘技場のほぼ全域を冷気で埋め尽くし、更には二つの《氷雪嵐》が重なる範囲の威力も2倍に跳ね上がる。
回避も防御も許さない、セレスティナの使う雷撃系の魔術に匹敵する程のえげつない技だ。
「凍れ――《氷雪嵐》・双牙!!」
瞬間、周囲を猛吹雪が覆った。血も凍る程の冷気と幾百もの《氷槍》を同時に叩き付けるかのような氷片が、真夏の空気を蹂躙する。
「よし! 決まった!」
如何にセレスティナと言えども、この冷気と氷の嵐では一たまりもあるまい。そう勝利を確信したアリアであったが――
「お喜びのところすみませんが……まだまだこれからですっ!」
「って、上ぇ!?」
上空を見上げると、青く澄んだ空をバックにセレスティナが高々と飛翔していた。そのまま牽制に《石弾》を雨のように撃ち下ろし、アリアが防御している隙に彼女の至近距離へとふわりとドレスの裾に風をはらませて着地。
「あれほどの威力と範囲の《氷雪嵐》は魔国でも滅多に見ませんが、範囲の拡大が甘かったですね。横方向だけ広げても高さが標準のままだとそこが穴になります」
その設定漏れに付け込み、セレスティナは飛行魔術の応用技として開発した《短飛空》で悠々と上空に退避したのである。
城内は《飛空》を封じる結界の範囲内であるが、結界の構造的に飛行魔術の検出から打ち消しまでタイムラグがあり、瞬間的に効果を得て終了する《短飛空》であれば打ち消されないという裏技である。
「そうは言われても、まさか飛んで逃げるなんて予想外すぎるわよ」
「お城の結界も、結局は魔術的なシステムですから、同じように原理を分析してシステムを工夫すれば打ち破ることが可能、ということですよ……あ、王子殿下、この件も秘密でお願いしますね」
「おいふざけんな」
セキュリティ上の一大事であるがこのことを宮廷魔術師団に伝えてもそう簡単に打開策は出せそうに無いし下手をすると無駄に動揺が広がって逆効果になりかねない。思わず頭を抱えるアーサー王子である。
……元々、《短飛空》を開発するに至った目的そのものがこの結界対策だったことは、更に火に油を注ぎそうな気がして黙っておくことにした。セレスティナは空気の読める子なのだ。
「さて、至近距離での撃ち合いは得意な方ですか?」
「え? ――ちょっ!?」
杖で殴り合いができる程の近距離から間合いを取ろうともせず、セレスティナが魔術を構築する。目の前に《火矢》が生まれ、横に伸ばした杖から角度をつけて《氷槍》が迫り、足下からは《石弾》が跳ね上がり、目で追うだけで一苦労だ。
アリアも辛うじて防ぎつつ反撃を試みるが、セレスティナは攻撃の発生位置に《防壁》を素早く配置して難なく攻撃の起点を潰していく。
今の魔眼解放したアリアが操る魔術の威力や展開能力はセレスティナを少し上回る程の強力な水準だ。だが動体視力と反射神経と、そして実戦の年季でセレスティナが一歩リードしているようで、やがてアリアは《防壁》を全方位に張り防戦一方にまで追い込まれていた。
「《防壁》にも弱点があることを、見せてあげますっ」
そこへ、何を思ったか手にした杖を《防壁》に叩き付けるセレスティナ。とても彼女の腕力で破壊できるものではないが、接触の瞬間に一つの魔術を構築する。
「――《防壁破壊》っ!」
以前に対峙し、攻略し、回収した魔術師殺しを解析した結果、再現可能になった魔術だ。逆位相の魔力波をぶつけることにより火力によらず《防壁》を破壊する、初見殺しの荒業である。
その結果、杖の接触地点から音も手応えも無く、まるで窓の汚れを塗り消すかのような手軽さで《防壁》が霧散し、消失する。
「な!? ――きゃっ!?」
あまりに予想外な結果に大口を開けて固まったアリアの顔面に、セレスティナの放った《水球》が弾けた。
「と、これで2ポイント目ですね。今はまだ杖の触れる距離でしか使えませんが、いずれはこれで先端をコーティングした射撃魔術なんかが撃てるようになると夢が広がりそうです」
「……受ける側のことを思うとむしろ悪夢だわね」
魔術戦の常識を覆す未来図に顔をしかめたアリアの顎先から水の雫に混じって冷や汗が滴り落ちてゆく。
だが今は将来の懸念よりも目の前の戦いが重要。後が無くなったアリアはぎりりと歯を食いしばり、セレスティナに鋭い視線を送る。
「それにしても、ここまで追い詰められるとはね……いい加減、離れなさい! 《泥穴》!」
近接戦闘は不利だと悟ったアリアが杖を地面に打ちつける。直後、とぷん、とセレスティナの足下が沈んだ。
「ふわっ!?」
地面を泥に変質させる魔術だ。沼に沈んで身動きが取れなくなった所を狙い撃ちする算段だろう。
咄嗟にセレスティナは足下に《防壁》を張って浮島状の足場にし、後方へと飛びずさる。
「追撃せよ! 《氷槍》!」
「当たりません! 《短飛空》!」
そこへ立て続けにアリアの追撃が襲いかかり、しかしセレスティナは空中で二段ジャンプのような非常識な動きをして避け、対岸にふわりと着地。《防壁》で受けると衝撃で場外まで弾き飛ばされかねないのでここは回避するのが最善の選択ということだ。
踏み込む者を拒む泥沼を挟んだ形で、闘技場の両端でそのまま向かい合う二人。ややあってアリアが厳かな口調で告げる。
「……さて、警告するわ。これから使うのはあたしの必殺技、“永劫の氷棺・四式”。これを受けて生きていられる者はいないわ。危険だと思ったらさっさと降参すること。良いわね?」
「っ! アリア様! まさかアレを使うんですの!? 駄目です! 危険ですわ!!」
切迫した表情で反対の声を上げるアンジェリカ。仰々しい名前に相応しい剣呑な技のようである。
だがセレスティナもだからと言って退く気は無かった。放っておくと戦場に割り込む事さえしてきそうな勢いのアンジェリカを手で制してその挑戦を受けることにした。
「文字通り、必ず殺す技ということですか。面白そうですね。私の持論ですが人が考案した術式は理論上必ず人手によって対抗することが可能と考えてますから……私がその技を打ち破った第1号になっても泣かないで下さいね」
「セレスティナ様まで!? もう! この子達は! もうッ!!」
アンジェリカが両拳とお胸をぶんぶん上下に振りつつぷんぷん怒り出す。その様子も大層可愛らしかったが口に出しても逆効果に思えたので皆黙っていた。
「さあ、覚悟はいい? ――《白霧》・特濃!!」
「っ!? ……ごぼっ!?」
霧を発生させる魔術を、魔眼の効果も上乗せした最大威力で使用。それによりセレスティナの周囲の水気が極限まで増加し、まるで水底に潜ったかのような重さと冷たさと息苦しさが襲った。このままでは体力を奪われると同時に、《短飛空》を始めとした素早い動きが大きく制限される。
髪もドレスも一気に水を吸い、冷たく纏わりつく中、アリアが“氷棺”を完成させるべく次の工程を踏んだ。
「凍りつけ! 《氷雪嵐》!!」
「やはりそう来ますかっ! 《防壁》!!」
容赦なく襲い掛かる冷気の嵐をセレスティナは全方位の《防壁》で防ぐ。
だが《防壁》の範囲外は護りきれず、辺りを覆う水分が凍結し、氷でできた大きなガラスケースのように彼女を閉じ込めていた。
「意地張ってないで、《氷雪嵐》! そろそろ降参した方が、《氷雪嵐》! 良いんじゃないの!? 《氷雪嵐》!」
降伏勧告しつつも、攻め手は緩めずに《氷雪嵐》を連打するアリア。その都度セレスティナを囲う氷のケースは厚みと冷たさを増し、彼女へと迫り来る。
氷を破壊したくても、水中と同条件の環境下では炎の魔術は相性が悪く、石や氷を飛ばそうにも水の抵抗が大きく、電撃は一点集中型なので氷が侵食するペースに打ち勝てずジリ貧となる。
なので、この形に持ち込んだ時点で詰みのはずだ。
だがセレスティナはまだ勝負を諦めていないように見えた。
右手と左足を氷に捉えられて身動きが取れなくなりながらも、風の魔術で気泡を浮かべて酸素を補給しつつ、紫の魔眼には強い光を宿してアリアを見据える。
「アリア様!? これ以上は、もう……!」
「そうだ! このくらいで勝負を終えるべきだろう!」
アンジェリカとアーサー王子がたまらず制止をかけようとするが、それに反応したのはセレスティナの方だった。氷に閉じ込められ声は届かないが笑顔と手振りで心配無用とアピールする。
「で、ですが……!」
「…………好きなようにやらせてあげようよ。ティナがああいう顔してる時はほぼ悪巧みしてるから、きっと何か秘策があると思うわ」
何か言いかけたアンジェリカをクロエが悩んだ末に押しとどめる。リュークも「本人が納得行くまでやらせてやろう」というセレスティナ寄りの立場だ。
「じゃあ、氷漬けにして気絶させた後で取り出すしかないわね。大口叩いたからには死なないって信じてるから。……《氷雪嵐》っ!!」
蒼く輝くような強烈な冷気が氷の檻の中を埋め尽くし、僅かに残っていた水気も完全に凍りつく。無慈悲なる“氷棺”が出来上がり、アリアの必殺技がここに完了を見た。
「どうよ! ……って、居ない!?」
目を凝らしたアリアが驚愕の声を上げる。氷棺の中は空っぽで、ただ透き通った氷塊だけがそこに鎮座していた。
「脱出成功、ですね。勝ったと思った瞬間に、最も大きな隙が生まれるんです」
セレスティナの声が、アリアの背後から聞こえた。慌てて振り向くより早く、彼女の持つ黄金色の杖がアリアの肩に軽く立てかけられ、そこから《防壁》を張る隙間の無いゼロ距離で電撃が弾ける。
威力は抑えてあるがこれで3ポイント目、そうでなくても消耗の激しい状態で大魔術を連打したアリアの魔力はほぼ空っぽになっており、セレスティナの勝ちが確定した瞬間である。
「痛っ! そんな……まさか……でもどうやって……!?」
「……裏技の一つや二つ、用意しておくものですよ……でも、私も、結構、ギリギリで……とても、手強い、戦い、でした……こふっ!」
後ろを振り返ったアリアの目の前で、セレスティナの声が次第にか細くなっていき、やがて力尽きたかのように吐血して膝から崩れ落ちた。




