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魔物の国の外交官  作者: TAM-TAM
第4章 栄光の王国の勇者御一行
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058話 勇者達の帰還(そして姫君の目覚め)

▼大陸暦1015年、炎獅子(第7)の月9日、朝


 イストヨークの街へと訪れた主目的である、フェリシティ姫の容態を回復させる為の特効薬が、遂に完成した。

 1回分の材料から調薬した10本の薬瓶を手に歳の割に無邪気な笑顔を見せた錬金術師レイントンは、やはり根っからの研究者であり生産者なのであろう。


 余談であるが、材料の分量が同じでも、調薬者の熟練度やその薬に対する慣れによって完成品の分量は大きく変わる。

 自身も調薬の心得があるセレスティナの目から見ても、初挑戦かつ高難度な今回の作業に期待以上の成果を出したレイントンの実力は国内で最高クラスという評判も頷けるものだった。


 今回の依頼で最低限必要なのはフェリシティ用に使う1本だけなので、もし余った場合は適当に分けて良い。というアバウトな指示を依頼主からも頂いており、最終的に姫君に1本、王家への献上用に2本、勇者組に2本、セレスティナ達に2本、そしてレイントンの工房に3本という配分になった。

 元は魔力的な毒を中和する目的で調合することになった薬だが、実際の効能としては不死鳥(フェニックス)の素材を使用しているだけありかなりの範囲の毒や病気に有効なまさに万能薬で、どんな立場の人であろうとも保険に何本か持っておく価値があることは疑いない。


 追加報酬も出そうとしたが、万能薬の分け前に加えて先日狩ってきたキマイラの灰のおかげて早速庭先で希少な薬草がフィーバーしておりそれだけで十分とやんわり辞退された。


「じゃあ、俺達はすぐに姫の所に戻るから。世話になった。感謝する」

「ありがとうございました。職人魂を感じる、素晴らしい仕事を見せて頂きました」

「いや、僕の方こそ珍しい薬をこの目で見ることができて良かったよ。ありがとう」


 国家機密に等しい製造レシピ口止めのお願いも含めて最後にレイントンと挨拶を交わし、秘薬を手にイストヨークの街を後にすることになるセレスティナ達。

 天気も良く風も爽やかな夏の空を、自重せず最大速度の《飛空(フライト)》で突っ切ってゆく。


「それにしても、一人の死者も出さずに解決したのは凄かったな。王子じゃないが俺も魔族ってもっと野蛮で誘拐組織を皆殺しにしたり領主の館も襲撃して失脚させたりするかと思ってたから、どこでストップをかけるべきかと悩んだのが馬鹿らしくなったぞ」

「あたしはそれくらいでも良いと思ったんだけど、ティナは甘いのよ。敵にはもっと厳しく当たるべきだわ。舐められないように力を見せ付けないと」


 空を進む絨毯の上でリュークが何の気もなく切り出した話題にクロエも同調した。それに対してやや気弱な笑みを浮かべるセレスティナ。


「んー、そうは言いますが、商会の件については宰相閣下との話もありますのでこの国の司法にお任せするのが筋だと思いますし、領主の方も簡単に失脚させてすぐに代わりが見つかるというものでもありませんからいっそ味方につけた方が得策と思ったんです」


 根本的なところだと殺人に対する忌避感や恐怖感が未だ残っているのが最大の要因だが、そこは口に出してもクロエの理解が得られそうにないので黙っておく。


「力を尊ぶ魔族としては失格の答えよね」

「恥の多い生涯を送ってきました……」

「何よそれ」


 元ネタの分からないクロエの追求をスルーし、セレスティナは言葉を続ける。


「確かに私は魔族としては失格かも知れませんし女子としても失格でしょうけど……」

「知ってるわ」

「そっちは知ってた」

「存じ上げておりますわ」

「ぐぬぬ……ま、まあ、だとしても外交官としては合格でありたいですから、交渉で合意できるならそうしたいですし、人身売買組織は流石に存続を許すわけには行きませんがそれでも国のシステムに則った処罰を蔑ろにできません」

「職務に対する責任感がおありなのですわね……」


 アンジェリカの感心した声を受けつつ、「それに……」と言葉を続けるセレスティナ。


「殺さずなるべく無傷で制圧するのも、力を見せ付ける一つの方法で格好良いじゃないですか。弱い相手に殺戮の限りを尽くしたり交渉でも暴力を振りかざして居丈高な態度を取ったりするのは格好悪くて嫌です」


 ある意味感情的に過ぎるその主張に一同はぷっと吹き出すも、少年の心を忘れないリュークは感銘を受けたようだった。


「ははっ! そうだな。格好悪いのは嫌だよな。ティナはよく分かってるじゃないか」

「こ、子ども扱いはしないで下さいっ」


 大きな手で頭をわしゃわしゃと撫でられて、恥ずかしさに悶えるようなセレスティナの苦情が青い空に溶けていった。






▼その日の夕刻


 王都に到着したセレスティナ達は早速、王城の奥、フェリシティ姫の居室へと迎え入れられた。


「お帰り、やけに早かったわね。それで、薬は?」

「ああ。ここに」


 留守番のアリアがベッドの傍らから驚いた声を上げてくるのに、万能薬を掲げながら応えるリューク。不死鳥(フェニックス)の炎を髣髴とさせる透き通った温かみのある橙色の液体が小瓶の中で揺らめいた。


 やがて帰還の話を聞きつけたアーサー王子も慌しく入って来て、姫の眠るベッドの周囲に主要メンバー6人が揃うこととなる。


「随分早かったな。ティナ殿の移動能力か?」

「うっ……き、企業秘密ですっ」


 遠征隊が約1ヶ月かけて道半ばで敗走してきた難事業を僅か1週間で成功させて無事帰って来たのだ。アリアやアーサー王子が驚くのも無理は無い。


「ま、とにかくすぐに特効薬を飲ませよう。定番だとここは口移……」

「ここは(わたくし)が。神殿では気絶した方相手にポーションを飲ませる訓練も受けておりますもの」


 何か言いかけたリュークからひょいと薬瓶を奪い取ったアンジェリカが、フェリシティ姫の周囲に展開された白く輝く繭のような覆いを分け入ろうとする。

 そこにセレスティナが控えめに声をかけた。


「……あ。アンジェリカさん、その防護膜、不要になりましたら私が貰っても良いですか? 少し解析とかしたいもので」

「ええと……それは構いませんけれど、まずはこの特効薬の効果を確認した後で、ですわね」

「はい、それは承知しています」


 精霊神直々に用意した仕掛けである。セレスティナの知識や技量で解析できるかは未知数だが、例え成果が上がらずとも彼女の技術に何らかのプラスの蓄積が得られるはずだ。

 心が躍るのを隠せないセレスティナにアリアが目ざとく気付いたが、詳細を聞くのは後回しにしてまずは特効薬の効果を見届ける。


「万病を癒す奇跡の水か……“聖杯(ホーリーグレイル)”なんてどう?」

「え? 名付け、ですか……?」

「うん! あたしネーミングセンスには自信あるから!」


 ふふん、と胸を張って無駄に眩しい笑顔を見せるアリアにセレスティナは乾いた笑いを返す。

 そんな中、アンジェリカは無事にフェリシティ姫に万能薬改め“聖杯(ホーリーグレイル)”を飲ませていた。端から見れば鼻を摘んで頭を後ろに反らせて口が開いたところを強引に喉の奥まで流し込んでるだけに見えるが、きっとそこかしこに素人には分からない色々なノウハウが秘められているのだろう。角度とか。


「……んっ…………」


 一瞬、火の粉が舞うような光の粒子がフェリシティ姫の細い身体を覆い、そのまま体内へと収束する。

 そして、ぱちりと目を覚ました姫君はいつもの癖で眠い目を手で擦り、そして驚愕の声を上げた。


「!? ……て、手が、動く! ……っ! あぁ……夢じゃないのね……!!」


 ほっそりした白魚のような両手の指を、目の前で閉じたり開いたりして、それから布団を勢いよく蹴飛ばして、薄桃色の寝間着(ネグリジェ)から伸びた足先にも手を添える。


「……足も! 石化してない! 助けてくれたのね! わたしのリューク! ……ずっと、ずっと信じてた……! でも……こわかった! うあああああああああああっ!!」


 動くようになった足でベッドから飛び降り、そのまま一直線にリュークの胴に抱きついて泣きじゃくるフェリシティ。

 王族と言えどまだ14歳の女の子だ。身体が少しずつ石になっていく恐怖は相当なものだったに違いない。


「ああ。フェリシティもよく頑張った。けど、俺だけじゃなくて手伝ってくれた人は大勢居るからその人達にもお礼言わなきゃな」

「――え? あ、あわわっ!?」


 妹をあやす兄のようにリュークが頭を撫でて落ち着かせる。すると意外に周囲に人が多いのに気付いたフェリシティが恥ずかしさに顔を真っ赤にして上ずった声を上げた。


 それから、万能薬調達の経緯を簡単に説明したり初対面のセレスティナ達が軽く自己紹介して、改めてフェリシティが皆に頭を下げる。


「……先程は取り乱して大変失礼いたしました。この度はわたしの為に危険な旅路を往き巡ったとのこと。本当に感謝します」

「余からも礼を言おう。皆大儀であった。……と言うことで、今日のところはフェリに何か食べさせたり湯浴みさせたり医師の診察を受けさせたりするから積もる話や正式な謝礼とパーティ等はまた後日、で良いかい?」


 病み上がりのフェリシティ姫を慮るアーサー王子の言葉でこの場は一旦解散することとなる。そうでなくてもここは姫君の私室で、基本は男子禁制である。つまりセレスティナはアウトだ。

 挨拶をして部屋を退去したところで、セレスティナが丁寧に折りたたんで大事そうに抱える防護膜を見てアリアが先ほどの話題の続きを持ち出してきた。


「で、その“天使の光衣(エンジェルヴェール)”は何に使うの?」

「アリアさんの中ではそういう名前なんですね……まあそれはそれとして、私の見立てではこれは魔力の変換器(コンバーター)なんですよ。ですから上手く仕組みが解析できれば色々応用が利くようになると思います」


 バジリスクのそれを始めとした魔力的な毒や病は、体内の魔力を高めることで抵抗可能という話を、以前セレスティナは学園で生徒達を相手にしたことがある。

 であれば、本人の魔力が足りない場合に他者の魔力を分け与える事で同じように対処できるのでは、という疑問が出ることもあるが、これはそう上手く行かない。

 人によって魔力の波形や強さや癖が異なる為、他人の魔力を直接取り込むと拒絶反応が出て却って体調を崩してしまう危険が大きいのだ。


 そこで、アンジェリカの祈りによって精霊神リャナン・シーが用意した白い繭のような防護膜、これが魔力の変換器ではないかとセレスティナは目をつけた。

 つまり、アリアの潤沢な魔力をフェリシティ姫と相性の良い魔力波形に変換して、彼女の体内へと注入し、その力を使ってバジリスクの毒に抵抗したのではないか、と。


「仮説ですけれど、もしそれが当たってて解析の末に変換器(コンバーター)が実用化できれば、例えば魔力が強すぎたり得意属性が偏りすぎたりして今まで上手く使えなかった魔術や魔道具(マジックアイテム)が使えるようになるんじゃないかと思います」

「……マジでっ!?」


 アリアの色違いの両目が、文字通り輝いた。彼女にも何か身に覚えがあるのだろう。


「ね! ね! 完成したらそれあたしにも頂戴! あたしも《飛空(フライト)》で空飛んでみたいー! ストレス解消に《爆炎球(ファイアボール)》ぶっ放したいー!!」

「そ、それは、元はアンジェリカさんからの貰い物ですから技術展開は勿論しますけどっ……まだ仮説の段階ですから出来ると決まった訳ではっ……」


 セレスティナの肩を掴んで揺さぶるアリアに念の為釘を刺しておくセレスティナ。

 そんな、もし宮廷魔術師が今ここに居たらきっと放っておかないような魔術談議を微笑ましく見つめつつ、迎賓館へと足を運ぶリューク達。彼らの関心は既に高度な魔術理論よりも久しぶりのご馳走へとシフトしていたのは言うまでもなかった。



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