057話 これからの話(アレな言い方するなら利権分配について)
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《飛空》を起動した杖にぶら下がって、もう片方の手で未だ内部に灼熱の炎が暴れまわる立方体を抱えたセレスティナが、広く立派な庭園にふわりと降り立った。
「ティナ、無事だったか……」
「すみません! 爆発します! 危ないから離れてて下さい!」
彼女は館を包囲していたリュークや衛兵達に向けて声を張り上げ、見るからにヒビがあちこちに広がって危険そうな《防壁》の箱を掲げ、ダッシュで離れる。
そしてそのまま、庭園の中央にある大きな噴水へと躊躇無く飛び込んだ。
次の瞬間、轟音と共に噴水とはまた別の水柱が勢い良く吹き上がる。割れかけた《防壁》を水中で解除して《爆炎球》を爆発させたのだ。
「ティナ、大丈夫!?」
「……ぷあっ。けほっ、し、心配無用です。あと最上階にボスを含めた3人の身柄とここで救助した淫夢族のお姉さんを残してますのでどなたかお迎えをお願いしたいのですが……」
急いで噴水の淵にまで駆け寄ってきたクロエに、水の中にお行儀悪くへたり込んで頭からもばしゃばしゃと滝のように流れ落ちる水を被りつつ、セレスティナが応えた。
なかなか水から上がって来ないのは、至近距離で爆炎を受けて傷と火傷だらけになった両腕を水面下に隠しつつこっそりと《治癒》で癒しているからだ。
水の織り成す芸術に自然に溶け込むように濡れた銀髪がキラキラと月光を反射し、色気とは違う芸術的な美しさに思わずクロエ達も目を見張る。
「淫夢族のエッチなお姉さんか……よし、俺が行こう。逃げ出す奴らはあらかた捕まえたし包囲もそろそろ緩めて良いだろうからな」
水と戯れるセレスティナから名残惜しそうに目を離して、判り易い期待を胸に秘めつつ勇者リュークが何人かの衛兵を連れて館の中へと入って行く。
それを見届けたクロエが一転ジト目を向けてきた。
「ティナ……その腕、かなり酷いんじゃないの? 身体弱いくせに無茶ばっかりするんだから……潜入捜査なんて本来あたしの専門分野なんだから大人しくあたしに任せれば良かったのに」
「女の子にこんな危ない役目はさせられませんよ」
「…………流石おっさんは言う事が違うわね……」
眉尻と猫耳をくてっと下げて情けなくも切ない顔になったクロエはこれ以上文句を言うのを諦めて、腕の傷を癒して噴水から出てきたセレスティナに近くの衛兵から強奪したマントを被せた。
本人は大して気にしていないようだが今のセレスティナの格好は安物のブラウスとスカートが3割焼け落ちて残りの7割濡れ透けたとても人前にお出しできない惨状なので、特にリュークが戻って来るまでに隠さなければならないのだ。
やがてリュークとアンジェリカとローサも合流し、話題はこれからの予定へとシフトしていく。
「まずは明日の朝一番でリチャードのおっさんに報告して、連中を王都送りだな」
「人数が多いですので、王都に送るのはこの街の探索者さんに依頼する形にしましょうか」
リュークの言葉通り、G&C商会を隠れ蓑にしていた『金鹿の尖角』構成員は、屋敷の中の重要証拠の数々と共に首都グロリアスフォートへと送られる事になる。
理由としては、まず構成員の人数が多く、この街の収容施設では恐らく入りきれないことが予想されること。
それから、宰相が推し進めている人身売買組織の弱体化に際して、証拠や証言を提供する事になるので強力なアシストになること。
最後に、昼間の例からも判るように一部の衛兵が裏で商会と繋がっている疑惑が強く、この街での裁判や刑罰がアテにできないということだ。
「そう言えば、よく衛兵さん達をこれだけ集められましたね。裏で繋がっているとしたら最悪誰も協力してくれないことも考えてましたが……」
「あぁ。それはアンジェの説得があってこそだ」
「リュ、リューク様、そ、その話はっ……」
リュークが言うには、アンジェリカ以外の者が行ってもきっとここまで人数は集まらなかっただろうとのことだ。
アンジェリカが衛兵詰め所のカウンターを思わずその場の勢いでばんばんと叩きつつ協力要請する拍子に、彼女の豊かなお胸もばいんばいん揺れる様子がとても神々しく、その光景を間近で見ようと手の空いており尚且つ身の潔白な衛兵達がほぼ全員集まった結果が今日の大捕り物ということだった。
「……男って本当にバカばっかりね……」
「……うぅ、返す言葉もございません……」
クロエの率直な感想に、ついそちら側の立場で返すセレスティナであった。
その衛兵達は訓練させた連携で商会の構成員達を一人ずつ次々と檻に詰め込んでいる。その檻は倉庫の中に並んでいた本来は魔族を入れる為の物なのが皮肉な結果と言えよう。
放っておくと命の危険になりかねない怪我はセレスティナとアンジェリカが《治癒》で応急的に塞いだが、それ以外は特に治療を施しておらず、檻の中からは痛みに耐える呻きやら罵り合う声やらが絶え間なく聞こえてきている。
アンジェリカが慈愛の心で治癒して回るものかと思っていたセレスティナが問い尋ねると、彼女は複雑な笑みをたたえてこう答えたのだった。
「人一人が持てる愛の総量には限りがありますから、私達は愛を与える優先順位と配分をしっかり見極めないといけないのですわ。ここで彼らを完全に癒して移送の道中で脱走されたりして善良な民に被害が及べば目も当てられませんもの。例えば夫婦の間でのみ許される愛の形をよその女に与えてしまったら家族が崩壊してしまうのですわ」
適切な相手に適量の愛を、というのも精霊神の重要な教えの一つらしい。その流れ弾を受けて、“よその女”代表のローサと雑談していたリュークが「うぐ」と呻くのが聞こえた。
そのローサは、背中の翼で飛んで移動できるので今夜はこの街の宿で保護して明日に魔国へと帰還するとのことだ。
「せっかく助けて貰ったんだから、お礼にお風呂でリュークの背中を洗ったげようと思ったのにねえ。これでも実家がエステサロンだからテクニックには自信あるんだけど」
「許可しませんわ」
笑顔で駄目出しされてリュークとローサの二人が悲しそうな顔になった。
だが、そのリュークの表情がふと真面目なものに戻る。
「あぁ、そうだ。ティナにパーティリーダーとして伝えなければならない事がある」
「な、何でしょう……?」
クロエみたいにお説教が来るかと思って身構える彼女に、リュークが穏やかな声で語りかける。
「依頼中の服の破損は必要経費として落とせるけど、自己申告だと不正の温床になるから受け付けていないんだ。だから焼け落ちた服とそれから下着にも破損が無いかどうか被害状況をじっくり隅々まで検分する必要が――って、痛! 痛てて! 耳がっ! ちぎれるっ! 伸びるっ! エルフになる~~~っ!!」
手厚い福利厚生について説明を始めたリュークの耳を笑顔で引っ張って、アンジェリカは彼をお説教の為にどこかへ引きずって行った。合掌。
▼大陸暦1015年、炎獅子の月7日
翌朝、ローサに別れを告げたセレスティナとリューク達は早速、G&C商会壊滅の報告と今後の相談の為に領主の屋敷に来ていた。
人身売買関連での今後の方針にも関わるので、この場にはリチャード辺境伯だけでなく先日出会ったエルフの女性のラピストーカにも同席して貰っている。
辺境伯から少し距離を空けてちょこんと座り警戒するような目を向けてくる様子は、再構築中の夫婦を髣髴とさせ微笑ましくも危なっかしい印象だ。
「――という訳ですので、ほぼ無傷で制圧した商館の建物につきましては辺境伯閣下に接収頂きまして今後の都市計画にお役立て頂ければと思います。その代わり、商会で販売していた魔国由来の素材を含む資産全般は元々我が国の資源ですのでこちらで預かりたいのですが」
「うむう……まあ、やむを得ないところか……」
渋々という口調ではあったが、その立派な口髭に隠された唇はニヤリと上向きのカーブを描いており、早速施設の貸し出し料金やら税収やらの計算を始めたようだ。
そんな流れで、特に揉める場面も無く辺境伯側は土地と建物を、セレスティナ側は貴重な素材を多数手に入れることになる。
現金収入は商会の構成員達を王都に送る依頼の依頼料に充て、残りは協力してくれた勇者組や衛兵達に差し出す事にした。衛兵達は予期せぬ臨時ボーナスに大いに士気が上がり、今後この街の、ひいてはテネブラとの国境付近の治安の改善に寄与することになる。
また、領主直々のお触れとして本日以降は魔国への侵入及び素材や人身のお持ち帰りが一切禁じられることとなった。
全員が全員この通達を守るとは限らないが、探索者ギルドでの商品売買が規制されることを考えれば密猟を大幅に押さえ込めるのでセレスティナとしても現状としては最善に近い結果を勝ち取ったことになる。
「テネブラに対するご協力とご高配、まことに感謝いたします。あとは……それに関連しまして、ラピストーカさんと娘さんのポーチカさんの今後の身の振り方についてなのですが……」
「そ、そうだな。もし自由の身になれたとして、その、エルフの森に帰りたいのかね……」
引き止めるようなリチャード辺境伯の眼差しに、答えるエルフの女性の声は素っ気無い。
「そうね、帰りたいのは山々だけどエルフ族は人間との交わりを認めていないから、ハーフのポーチカを連れては帰れないわ」
「亡命者扱いで魔国に住む場所をご用意することも出来ますが――」
「ダークエルフと一緒の街になんか、住みたくないわ」
セレスティナの出した案も更に素っ気無く拒絶された。めんどくさい種族である。
「そうすると、消去法でやっぱりこの屋敷で引き続き暮らして頂くのが一番安全でしょうね」
「そ、そうか! 私としても快適な暮らしは保証するぞ!」
セレスティナの出した結論に、判りやすい喜色を浮かべるリチャード辺境伯。
彼女自身も以前にキャナルゲートタウンで「主人になって欲しい」との申し出を受けたこともあり、実際のところ危険を伴う自由よりも裕福で寛容な主人の下で奴隷や召使の立場に甘んじる方が結果的に良い暮らしができるという事実を認めない訳にはいかない。
「……不本意ながら、あの子が成人するまでは母親としても守りに入るしかないわね」
「そ、そんな事言わずにずっと居てくれても良いんだぞ!」
このように結局、エルフ族の美しき母娘についてはほぼ現状維持ということになった。
変わった点としては、自由の象徴として魔封じの首飾りを外すことと、彼女達がこれから髪を伸ばせるようになること。
これまでは定期的に商会の使いがやって来て彼女達の髪を切って売り物にしていた為、伸ばしたくても伸ばせなかったのだと言う。
「そうすると、やっぱりあの商会で売られていた銀髪はラピストーカ様のでしたのね……髪は女の命ですのに……」
そう言ってアンジェリカが悲しそうに溜息をつく。元の持ち主に返すことも申し出たが、一旦切り落とした髪を受け取ってもしょうがないということで結局セレスティナの素材戦利品に加わることとなった。
「ところで、外交官としましてはエルフの森にもご挨拶に伺いたいと思っておりますので、宜しければ手紙なんかもお預かりしますよ。人間族の国のみならず、いつかはエルフとも交流を持てるようになりたいですので」
「ふむ、交流か、それは素晴らしいな。国交が開けて友好国扱いになれば、ラピス達を書類上も正式に妻や娘として迎え入れられるということだな」
「それはないわ」
デレの欠片も見せない酷寒の氷原のようなラピストーカの言葉に、セレスティナは乾いた笑顔で「その辺りは……ご本人同士でごゆっくりご相談頂くとして……」と話題を打ち切る。
色恋関連の女子トークはどうにも苦手な彼女であった。
ともあれ、この街でするべき事はほぼ完遂させたセレスティナ達は、帰り際に出会ったポーチカの「あたし、ママもパパもだいすきだから、みんなでずっとこのおうちにいるー!」という裏表の無い言葉に癒されて、帰路へと就くことにした。




