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魔物の国の外交官  作者: TAM-TAM
第4章 栄光の王国の勇者御一行
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056話 さあ反撃の剣を取れ・2(《防壁》の活用法あれこれ)


 その頃、(ジェノ)(サイダー)商会の建物の正面玄関前では。


「よーし、全員武器を捨てて手を挙げろ。抵抗しなければ俺も手荒な真似はしないから心配すんな」


 中で暴れているだろうセレスティナ達に追い立てられた商会の構成員や用心棒達を、リュークが同伴の衛兵達に指示を出して次々に捕縛する。

 暴れるほどの体力が残っていないのか、或いは余程恐怖を植え付けられたのか、普段は傲慢不遜な筈の荒くれ者共が大人しくお縄についている様子はリュークにとってもやや拍子抜けするものだった。


 ここからは見えないが裏手でも同様にアンジェリカが見張っていて抜かりは無い。稀に窓から脱出して衛兵の包囲を抜けようとする者が現れるが、クロエがプロ暗殺者のような身のこなしで追跡して引きずり戻してくる。


「……やってくれましたね……聖剣の勇者!」


 続いて玄関先から出てきたスーツ姿の男が、憎々しげな声を絞り出す。リュークと直接の面識は無いが、昼間にアンジェリカが商会を訪れた際に対応した胡散臭い店員だ。


「勇者の力は人間相手に振るわないのではなかったのですか? 勇者たる貴方が人間よりも魔物風情に味方するのですか? これは明らかに王国に対する重大な背任ですよ!」


 指を突きつけてリュークを糾弾する。逃走のチャンスを作るための心理的な揺さぶりであるが、リュークは揺らがない意志をその両目に宿し、強い口調で反論する。


「あ? 女の子を攫って売り払うお前らは“人でなし”だろう? 俺にとっては魔物だろうが魔族だろうが美少女の方がよっぽど大事だ」

「この、色ボケ勇者め!」


 リュークの言い分がお気に召さなかった店員が、手品のような手捌きで両手にナイフを握り込み、油断無く構える。

 実際のところ勇者と正面からぶつかって勝てるとは思っていないが、牽制しつつ隙を見て逃亡するつもりでじりじりと間合いを維持しながらタイミングを伺う。

 伝説の勇者と言えどもまだ若造だ。知略と駆け引きでは自分の方が上だろう。男がそう思ったのも束の間、


「勇者が色を好んで何が悪い?」


 一瞬、まさに瞬きを一回したかどうかの間で一気に距離を詰めたリュークが、鞘を被せたままの聖剣の先を男の鳩尾に突き入れる。

 速さも勿論だが無駄な動きや予備動作が全く無く、男が気付いた時は既に衝撃が腹を貫き、意識を失いかけていた。


「ぐ……かはっ!」


 怨嗟交じりの空気を吐き出して倒れた店員の男を衛兵達が取り囲み、捕縛する。

 その様子を見届けたリュークが月明かりに照らされた館の最上階に意識を向けると、丁度激しい戦闘の気配が伝わってくるところだった。


「ティナ……生きて帰って来いよ」


 手助けしてやりたいのは山々だが、ここで包囲を崩すと犯罪組織の構成員に逃げられてしまう。

 セレスティナを信じて待つしかない、なんとも歯がゆい状況であった。





「――何だとっ!?」


 魔剣、魔術師殺し(メイジマッシャー)。特殊な術式で防御魔術を無効化し、《苦痛(ペイン)》の術により敵の集中を乱す、魔術師にとっては天敵とも言える魔道具(マジックアイテム)だ。

 本来ならこの剣で斬りつければ《防壁(シールド)》ごと相手を真っ二つにできるはずだった。


 だが、勝利を確信した彼、犯罪組織『金鹿(こんろく)の尖角』イストヨーク支部の首領が放った一撃は、セレスティナの頭に届く遥か手前の位置でその動きを止められていた。


 セレスティナの《防壁(シールド)》は、剣の刀身ではなくそれを握り込む首領の手を押し留める位置に展開されており、それにより魔術師殺し(メイジマッシャー)の効果を発揮させることなく斬撃を防いでいたのだ。


魔術師殺し(メイジマッシャー)、破れたり、ですね」

「このっ!」

「――《石弾(ストーン)》!」


 首領が剣を引き今度は突きに転じようとしたが、それより早くセレスティナの反撃が火を噴いた。


「ぐわあっ!」


 振り抜いた杖の軌道から発射された4発の《石弾(ストーンバレット)》が、首領の両肩と両膝を打ち据える。

 骨を砕く程の威力の攻撃を回避不可能に近い至近距離からまともに喰らい、首領は太い悲鳴を上げて大の字になって絨毯の上に倒れ込んだ。


「ローサさん!」

「ええ……動かないで! 神妙にお縄について貰うわよ」


 セレスティナに促されたローサが魔術師殺し(メイジマッシャー)を奪い取り、首領の首筋に押し当てる。

 動こうにも動けない首領が降参の意を示した時、今度は敵の炎使いの鋭い声が部屋に響いた。


「貴様らこそ動くな! 動けばこの《爆炎球(ファイアボール)》を爆破させる!」


 見ると、彼の両手に間には炎を圧縮した爆弾のような球がいつでも発射可能な態勢で燃え盛っている。


「ま、待て! オレも居るんだぞ! 早まるな!」

「知るか! むしろ証拠も含めて全て焼き払う方が都合が良い!」

「絵に描いたような内輪揉めですね」


 仲間意識の感じられない醜い行動に思わず溜息をつきつつも、セレスティナはローサと首領を背に庇うように炎使いの正面へと踏み出した。


「う、動くなと言った! この《爆炎球(ファイアボール)》が見えないか! 部屋で爆発すれば防御魔術に関係なく周囲に火が回るぞ!」


 焦った声で警告しつつ彼はじりじりと後ずさり、やがて窓の側まで来ると杖を叩き付けてガラス窓を叩き割る。


「どうぞご自由に。あの時街の中で《爆炎球(ファイアボール)》を使われてから私もずっと対策考えてましたから。例えばもし突然教室にテロリストが乱入して《爆炎球(ファイアボール)》を撃たれても誰も怪我しないように、と」


 経緯が想像できないシチュエーションを口走りつつも油断は見せずに杖を構えるセレスティナ。

 炎使いは気圧されたように及び腰になりながら窓枠に足をかけて逃げの態勢を整える。


「つまらんハッタリを! とにかくこれで追ってはこれまい! 喰らえ、《爆炎球(ファイアボール)》!!」

「きゃあっ!?」


 遂に魔術回路の最後の1素子(ピース)を繋ぎ、完全に発動した《爆炎球(ファイアボール)》がセレスティナ目掛けて射出された。反射的にローサが頭を抱えて絨毯に伏せる。

 炎使いの側もこの一撃でセレスティナを葬れるとは思っていないが、爆発する際の閃光は目くらましの煙幕となり広がる炎は逃走時間を稼ぐための障害になる筈だ。


 だが、それに対するセレスティナのリアクションは彼が想定していたよりもずっと非常識なものだった。


「《防壁(シールド)》、6枚っ!」


 紫の魔眼で炎の軌道を見切り、脅威的な精度で防御魔術を展開する。全方位防御の応用で、正方形の《防壁(シールド)》を6枚同時に展開して立方体状に組み上げ《爆炎球(ファイアボール)》を囲い込むというものだ。


 防壁に衝突した《爆炎球(ファイアボール)》轟音と閃光を撒き散らし、部屋の壁や棚がビリビリと軋む音を上げるが、音以外の炎や熱は周囲のいずれにも被害を及ぼさない。

 倒れている敵達やローサにも周囲の壁や家具にも、火の粉一つ降り掛からなかった。


「な、何だとっ!?」


 魔術師の男が顎が外れそうになる程驚いたのも無理は無い。理論上はタイミングが合って《防壁(シールド)》の硬さが足りていれば可能ではあるが、現実的には良い子が真似してはいけない曲芸の類である。


「くそっ! 化け物め! 《飛空(フライト)》!」


 どうにか立ち直った炎使いは杖に登録された《飛空(フライト)》の魔術を起動して窓から夜空に身を踊らそうとするも――


「逃がさないと言いましたよね。《瞬間転移(テレポート)》!」


 セレスティナはちゃっかり持って来ていた魔封じの枷を杖の先に引っ掛けた状態から撃ち出し、炎使いの右手首に丁度嵌る座標へと転移させた。


「ぎゃあああぁああああアああぁああァっっ!!」


 触れた対象が魔術を使おうとすると全身に激痛を与える拘束具の威力は覿面(てきめん)で、雑巾を引き裂くような断末魔の叫びを上げて飛行魔術の集中を切らした炎使いは庭の植え込みへと墜落。

 リュークと衛兵達がやってきて彼を縛り上げるのを見届けて、セレスティナもほっと一息つく。


「これで終了でしょうか。この《爆炎球(ファイアボール)》は外に捨ててきますので、ローサさんは倒れてる3人を縛り上げて頂いても良いですか?」

「あ……ええ、分かったわ」


 ようやく理性が再起動したローサが頷いて荷物の中からロープを取り出す。


「酸素の供給を絶っても魔力を燃料に燃え続けるのが厄介ですね……テロリストに対抗するためにも消火用の魔術を研究しないと」


 セレスティナが張った《防壁(シールド)》の中に閉じ込めた《爆炎球(ファイアボール)》は未だに内側から壁を打ち破ろうと燃え盛っており、少しずつヒビが広がって危ない状態だ。

 なんだかんだで炎使いはちゃんと強敵だったと評価を改めつつ、彼女も《飛空(フライト)》を起動して窓から館の外へと出て行った。



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