055話 さあ反撃の剣を取れ・1(新技お披露目)
▼その日の夕刻
小窓から差し込む西日が茜色に染まり、やがて夜の気配が訪れる頃合。
外に漏れない程度に出力を絞った《照明》の魔術で明かりを確保しつつ、セレスティナは誘拐犯達に一矢報いる為の工作に取り掛かっていた。
「これを試してみましょうか――《球雷》」
彼女の声に応じ、杖の先から拳大ほどの発光体が生まれる。一見すると明かりの魔術に似ているが、人の接近を拒むかのように時折激しい火花を散らしており本質は全くの別物だと分かる。
セレスティナはその《球雷》をふよふよと飛ばし、倉庫の入口の扉の手前まで移動させると、不思議そうに眺めるローサに解説を披露した。
「あ、これは電気エネルギーを集約したもので……そうですね、雷を固めて浮かせたようなものと考えて頂ければ。触ると感電しますので近寄らないで下さいね」
「え、ええ。分かったわ」
「それで、何も知らずにドアを開けると……冬の乾燥した日にドアノブに触れると指先がピリッとなることがありますがあれのちょっと凄い版のようなことになります」
「……あー、うん、あれは怖いわね。恐ろしい罠だわ」
実体験に基づいてか、しみじみと語るローサ。そうこうしている内に扉の向こうに人の気配が近づいて来たので、二人は会話を中断して息を潜める。
「……オイ、飯ぃ持って来てやったぞ――あばっ!?」
二人一組でやってきたらしい男達の片方が鍵を開けて扉を押した瞬間、《球雷》にドアノブが接触し金属部品を通じて彼の全身を直撃する。
閃光と破裂音を立てて電撃が彼の全身を直撃し、気絶したそのまま男は扉を押し開くように倒れ伏した。
「………………ちょっと? 凄い版……?」
予想以上の威力にローサが冷や汗を流して固まるが、その間にも状況は目まぐるしく推移していた。突然の事態に狼狽えた二人目をセレスティナが間髪入れず《雷撃》で気絶させ、彼が持っていた貴重な夕食が落ちないよう水平に張った《防壁》で受け止める。
夕食は簡素だが粗末という程でもないパンと野菜スープとハムと牛乳だ。貴重な商品の価値を無駄に落とさないよう彼らなりに気を配っていることが見て取れて思わず苦笑する。特に牛乳に。
「さて、腹ごしらえしたら動きましょうか。特にローサさんは体力が落ちてますのでしっかり食べて下さい」
腰に手を当て足を肩幅に開き豪快に牛乳を一気飲みして残りの食事はローサに押し付けると、セレスティナは男達二人を倉庫の中に引きずって外から鍵をかけ閉じ込めた。
加えて、倉庫の中にあった麻袋にロープやら先ほどまで自分自身を繋いでいた手枷やらを放り込み、敵の捕縛準備も整える。
「止めは刺さないの?」
「なるべく穏便にという条件でここの街の領主さんと話をつけてますから。それに、私としても生きて償うチャンスはあった方がと思いますし……」
二人前の食事を急いで掻き込んだローサが、先ほど気絶させた男達から奪い取った長剣を抜いて振り心地を確かめつつ問いかけた。
それにどうにも煮え切らない口調で返すセレスティナ。彼女自身にも迷いがあるのは明らかだが、今はその気持ちに蓋をして誘拐犯の巣食う魔城であるジェノ&サイダー商会の建物を睨むように見上げる。
彼女達が捕らえられていた倉庫があったのは敷地内の中庭で、本館はそれをコの字型に取り囲むような造りになっている。
ここからだとアンジェリカ達がどれ程の衛兵を連れて来たのか見えないが、建物全体を大きく包囲する気配は感じており、暴れるには良い頃合のようだ。
「ただ、私の流儀を人に押し付ける気はありませんので、ローサさんはもしご一緒するのでしたら敵の命よりもご自分の命を優先なさって下さい。正直なところはこのまま飛んで逃げて貰えた方がやりやすいのですが……」
「冗談っ。自分より小っちゃな女の子に助けられておいてそのまま逃げて隠れるだけなんてオンナが廃るわ。こう見えても剣は多少の心得があるし、アタシを助けて良かったって言わせて見せるから」
「……分かりました。ではローサさんの戦いぶり、しかと目に焼き付けさせて頂きますね」
そう言って笑い合うと、二人は魑魅魍魎ひしめく商会の本館へと突入する。いよいよ反撃の開始であった。
▼
「……結構人が居るものですね――《雷撃》っ!」
1階と2階をあっさり制圧して、最上階である3階へと続く階段の踊り場で、セレスティナ達はこの館で幾度目かの戦闘に入っていた。
戦力の逐次投入は愚策とよく言われるが、狭い廊下や階段で大勢が一斉に襲い掛かることもできないので、自然と波状攻撃の形に落ち着くという訳だ。
戦闘は、セレスティナが得意の《雷撃》で弓を持った遠距離攻撃要員を先に減らし、残った相手をローサが近接戦で退ける手順が標準化されており、優勢に進んでいる。
「――はああっ!」
そのローサの動きは剣舞の如く優美にして典雅。なのでセレスティナの実力であれば《雷撃》を連射して一瞬で敵を全滅させることも可能だがあえて1人2人残してこうやって彼女の戦う姿を間近で目に焼き付けている訳だ。
「ふおおおお……これですよこれ! やっぱりファンタジー世界に来たらこうでないと!」
ローサが剣を振るう度にたゆんたゆん揺れる薄布一枚に覆われた瑞々しい果実を見て、古き良きファンタジーのお約束に思いを馳せるセレスティナ。
そうこうしている内にローサが相手の剣を手から叩き落し、即座に切っ先を喉元に……もっと言うなら股間の息子さんの喉元に突きつける。
「そこで倒れてる連中連れて外に出て投降するのと息子さんと離れ離れになるのとここで死ぬのと、どれが良いかしらぁ?」
「ととと投降します! すんませんでしたあっ!」
見下ろすような冷たい視線に射抜かれた男は、気絶した仲間を起こして急いで退散してゆく。
死人や致命傷を出さなかった事に安堵してセレスティナがふぅと息を吐くと、ローサが油断の無い声で警告した。
「気をつけて、まだ敵が隠れてるかもしれないわ。さっきいやらしい視線を感じたの、あれはきっと童貞ね」
「ききき、気のせいだと思いますっ……でも、念の為に仕掛けは設置しておきましょうか」
慌てて目を逸らしつつセレスティナは誤魔化すように踊り場に大量の《球雷》を生み出し、機雷源のように敷き詰める。
ここまでの戦闘は何の不安もない快進撃のように見えるが、防御力の低い彼女達としては物陰から不意打ちを受ければ致命傷に繋がる為、背後から忍び寄られる危険性にはこうやって可能な限り対処しておくのが重要なのだ。
そうやって背後に“壁”を作ることで挟み撃ちを防ぎながら先に進むと、やがて突き当たりに一際立派な扉を見上げる。
恐らくはこの商会の親玉、すなわち犯罪組織『金鹿の尖角』イストヨーク支部のトップが居るであろう部屋だ。身柄を押さえるのがベストではあるが、仮に逃げられたとしても部屋の中には今後の捜査に有用な資料が残されているに違いない。
部屋の中は不気味に静まり返っている。二人は黙って頷き合うと突入に向け行動を開始する。
「行きます――《突風》っ!!」
セレスティナの杖から放たれた強烈な暴風が扉を撃ち、吹き飛ばす勢いでこじ開けた。
その勢いに、扉の裏側で剣を振り上げて待機していた二人の待ち伏せ要員らしき男達の足がぐらつき、たたらを踏む。
「隙有り! たあっ!」
その一瞬に、ローサが部屋の中へと踏み込み、手にした剣を一閃させた。
舞踏でターンを決めるような半回転を描くと、次の瞬間、男達は揃って血を噴き出し豪華な絨毯に倒れ付した。
「……足場が良くないわね」
要人の部屋に相応しい毛足の長いふかふかの絨毯は恐らく強大な魔獣の毛皮を加工したものだろう。ステップを駆使して位置を変えつつ戦うスタイルのローサには相性が悪いようで顔をしかめる。
ともあれ、その部屋で待ち構えていたのは合計で4人。
内2人はたった今ローサが斬り伏せて、残りは大柄で剣を持った中年男性と細身で杖を持った年齢不詳の男性の2人を残すのみだ。
「はっ。待ち伏せに気付いてたのか。大した奴らだ」
「扉の裏に罠を張るのは常識ですから。それに、気配を消すのが上手すぎましたので却って不審に思いました」
「そうかい。それじゃあ次はもっと下手にやらねぇとな」
中年男性の側が剣を抜き、まずはローサに向かって一直線に斬り掛かってくる。その剣は紫色の刀身を毒々しく輝かせた、セレスティナにも見覚えのある魔道具だった。
「二対二ね、ティナはそっちの魔術師をお願い!」
「ローサさん! その剣は魔術師殺し! 《防壁》を触れただけで破壊してきますので気をつけて下さい!」
「ほぅ、知ってるのかこいつを」
「そうなの!? 了解! 何とかするわ!」
推定支部長の魔剣を受け止めた瞬間、剣を僅かに引いて相手の剣筋を逸らすローサ。相手は服の上からでも解るぐらい鍛え上げられた筋肉をしており、力比べを仕掛ける気には到底なれない。腹だけは中年太りで弛んでいるが、接近戦では体重も立派な武器だ。
高速で切り結ぶ中だと下手に電撃を放てば剣を伝って味方にまで被害が及ぶため、セレスティナは彼の相手を一旦ローサに任せてもう一人の敵と対峙することにした。
「――き、貴様は!」
「……あ。もしかしてあの時の《爆炎球》使いの」
その魔術師は、セレスティナとは因縁のある相手だった。以前王都で襲撃を仕掛けてきた際に、仲間ごと《爆炎球》で焼こうとしたのを思い出す。
恐らくは王都とイストヨークとを行き来して連絡や商品の移送や破壊活動等を行う、組織内でも重用されている立場なのだろう。
「喰らえ! 《火矢》!!」
「室内でですか!? ――《防壁》!」
敵魔術師が放った炎の魔術を、セレスティナが防御魔術で受け止め、吹き散らす。
館に火が回るのを恐れていないのか、それともあえて重要証拠ごと灰の中に消してしまいたいのか、前の時と同様に躊躇無く焼き尽くそうとするその行動にセレスティナも驚きを隠せない。
「っ! 今度こそ逃がしませんっ! 《弧雷》!」
「ぐおおっ!? 馬鹿な! 何故防げんっ!?」
お返しにセレスティナの放った《弧雷》が、炎使いが咄嗟に張った《防壁》を迂回して頭上から直撃した。予想外の速さと軌道から襲い掛かる電撃に炎使いが驚愕の叫びを上げる。
だが、一撃では仕留めきれず彼は倒れそうになりながらも杖で身体を支え、《防壁シールド》を広げて全方位を護るように切り替えた。
「……減衰が起きてます。絨毯、ですか……」
電撃の魔術を放つには電気の通る経路が必要で、この《弧雷》の場合は杖の先から放った稲妻が頭に着弾してそこから足下の床に流れることになる。その際、部屋に敷き詰められた魔獣の毛皮の絨毯が高い抵抗成分を発揮し、電流を阻害したのだろう。
便利だが万能ではない。その事実を改めて認識し、別系統の魔術で追撃をかけようとした時、セレスティナの目の端で事態が大きく転換した。
「くっ!?」
甲高い金属音と共に、ローサの振るっていた剣が根元から斬り飛ばされて絨毯に突き刺さる。
剣技では互角かそれ以上の実力があるものの、足場が悪く筋力と剣の性能とで劣るせいでこのような結果になった訳だ。
「終わりだ!」
慈悲無き吼え声と共に推定支部長が魔剣を振り上げた。
「――駄目です! 《防壁》っ!!」
二人の間にセレスティナが割り込み、防御魔術を展開する。
それを見て、推定支部長の口角が上がった。勝ちを確信した顔だ。彼が手にしている魔術師殺しの前には苦し紛れの《防壁》など何の役にも立たない。
「はっ、素材は有効活用してやるよ。二人仲良く死になっ!」
渾身の力を込めて、彼は魔剣を華奢な少女達に向けて振り下ろす――




