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魔物の国の外交官  作者: TAM-TAM
第1章 魔物の国の就職事情
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006話 上覧試合・1(セミファイナル)

▼大陸暦1014年、真秤(第9)の月1日、建国祭初日


 建国祭。夏の終わりに開かれる、魔国テネブラ最大規模の祝祭である。建前上は国の成り立ちを記念して、人々は3日間食べたり飲んだり、そして戦ったりする。

 勿論それ以外でも細々とした催しはあるが、やはり一番注目を集めるのが模擬戦の観戦だ。屋台で軽い食べ物やお酒やジュースを買い込んで血沸き肉踊る戦闘を好き勝手に論評しながら眺めることこそ至上の娯楽だと言えよう。


 そんな中、学院卒業を間近に控えた上級学年5回生による上覧試合の学生の部は祭り初日の目玉イベントで、この日の午後から夕方にかけて学院の実技訓練場で開催される。

 雨天にも対応したドーム型の闘技場(コロシアム)の階段状になった観客席に、出場しない生徒やらその父母やら一般客やらが詰め掛けている。軍関係者は最前列の特等席で、今年は特に軍部のトップ二人の子弟が参加するとのことで例年より観戦者が多く、注目度の高さを窺わせる。

 尚、会場が学院の敷地内なのは審判兼解説役のフォーリウム学長が敷地内から出られないことが主な理由で、2日目および3日目に行われる一般の部の試合だと場所は首都中央部にある特設闘技場へと移ることになる。


 その学生の部の出場者は合わせて20人で、10試合が行われる。トーナメントのような勝ち抜き戦ではないので出場者は皆目の前の1試合に集中できるのだ。

 また、実力の近い者同士が戦うよう試合を組む為、勝負が一瞬で終わって観客が肩透かしを食らうようなことは滅多に起こらない。


 既に8試合が終わり、鬼人族(オーガ)の戦士による壮絶な殴り合いは観戦者をどよめかせ、黒妖精(ダークエルフ)の剣士が繰り出す華麗な剣技もまた観客席を沸かせた。

 今行われているが9試合目(セミファイナル)、黒豹獣人のクロエと灰狼獣人のルゥとの戦いだ。学院での戦闘の成績が高い者が後の方の試合順になる為、この二人が今年度卒業生の中でも3番目と4番目に強い者ということになる。


「そら、よっと!」

「――くっ!」


 20メートル四方の石造りの台の上で、二人の獣人の放つ技の応酬が文字通り火花を散らしている。

 風のような速さで間合いに踏み込んでくるルゥの双剣が左右別々の軌道で襲い掛かって来るのを、クロエは避けたり左手に持つ大振りのナイフで弾いたりして凌ぐ。


「たあっ!」

「おおっと!」


 隙を見てクロエが身体を沈めルゥに足払いを仕掛けた。ルゥがバックステップで退がると同じ呼吸でクロエも身軽な動きで後方に宙返りして距離を取る。その一瞬でクロエの右手には指の間に3本の投げナイフが現れていた。


「速さではルゥが、技術ではクロエが上回っているようだな。崩しどころはルゥはまだスピードを持て余していて動きが雑、クロエは接近戦での手数と決定的な大技が不足、と言ったところか」

「クロエは中距離遠距離で輝くタイプじゃからな。近接有利な台上じゃなければ暗闇から狙撃して一撃で終了しておるよ」


 最前列の特等席で総司令官アークウィングと参謀長ゼノスウィルとが論評する。楽しそうに観戦しつつも今の段階から卒業後の配属先を考えて居るのだろう。


『一応補足しておくと、クロエは弓を始めとした飛び道具が得意なタイプなのよ。弓は流石に持ち込み許可が出せなかったけど投げナイフは刃先を潰した安全設計になってるわ。まあ勿論急所に当たれば鈍痛で悶えて試合終了になるけど』


 学長(フォーリウム)の解説が、魔道具(マジックアイテム)の効果で闘技場の隅々まで行き渡る。上覧試合の敗北条件が戦闘不能になることや自主的な降参や場外に出てしまうことに加えて、審判が有効打を認めた時というものもあるので勝敗判定に関わる特殊武器等を事前にチェックして基準も公開しているという訳だ。


『さて、そのまま闘技場中央で睨み合う両者だけど、機動力が高い者同士の対戦だと下手な攻撃は隙を生むだけだからなかなか動けな――あれっ?』


 状況打破の主導権を主張するように、投げナイフを持ったままのクロエが一歩踏み出す。飛び道具持ちはある程度の間合いを維持して戦うのが常道なので、そのセオリーを無視した彼女の動きに学長を始め観衆がいぶかしむ。

 クロエはそのまま2歩目、3歩目を踏み出し――


「あっ」


 石畳の僅かな段差に足を取られ、前のめりに転んだ。


「ぶふぉっ」


 あまりのオチに思わずルゥが噴き出したが、そこに一瞬の隙が生まれる。倒れ込む動作に隠れてクロエが右手で投げたナイフが3本、ルゥの眼前に迫っていた。それも正中線に沿って狙い違わず、眉間と喉と胸の中心に向かって。


「って、マジかあーーーーーーーっ!?」


 焦った声をあげつつも、ルゥは咄嗟の動きで攻撃に対処する。上のナイフは右手の剣で弾き飛ばし、下のナイフは左手の剣で叩き落し、

 そして、喉元に向かってきた残りのナイフは、身体を僅かに沈めて歯で挟み取った。狼獣人特有の頑丈な歯のおかげである。

 だがその時既に、クロエは倒れ込んだ勢いで前転してルゥの足元に移動し、そこから腕を伸ばして彼の顎に格闘用ナイフを突き付けようとしていた。


「っふな(危な)あああああーーーーっ!?」


 ナイフを咥えたままでやや気の抜けた悲鳴を出しつつ、恐るべき反射神経でルゥがクロエの左腕を蹴りつける。


「っあう」


 彼女がナイフを取り落として次の武器を取り出そうとした時、既にルゥの剣先がクロエの眼前に突きつけられていた。


「――ちっ、ここまでね」


 一つ舌打ちしたクロエが両手を挙げ、学長の声が試合終了を告げた。





「お疲れ様でした。最後は、惜しかったですね」

「おつかれさま~」

「あ、あのっ、凄く、良い戦いでしたっ」


 西側の出場者控え室に戻ったクロエを、セレスティナとマーリンと、そしてもう一人、2学年下の後輩である栗鼠(りす)獣人の少女が出迎えた。

 控え室は学生なら出入り自由になっている為、出場者以外がこうやって応援や激励に来ることもあり、試合の合間は比較的賑わうのである。


 これから少しの休憩を挟んで最終試合が行われることになっており、それまでの間はこれまでの試合の総評やら軍務省関係者によるコメントやらで間を持たせる流れのようだ。

 先程までも休憩等を利用してセレスティアの学友の魔術師組が入れ替わり立ち代わり激励に訪れていた。きっと反対側控え室のヴァンガードの方も同様かそれ以上の応援を受けているだろう。


「うー、でもやっぱり悔しいな」


 受け取ったタオルで汗を拭くクロエに、マーリンは慰めるように言葉を出す。


「ルールとフィールドがどうしても不利よね~。昼夜問わずこっそりつけ狙って暗闇から狙撃するのがクロエちゃんの本来のスタイルなのにね~」

「人を盗賊(シーフ)か殺し屋みたいに言わないで」


 ぺちっとマーリンの脳天にチョップを一発。だが同じような内容を学長(フォーリウム)も総評で語っており、狭い台上(フィールド)だけで生徒の全てを判断しないようにして欲しいと観衆に向けてフォローを入れていた。


「そう言えば、キュールさんはヴァンガードさんの応援に行かなくて良かったのですか?」

「え、あ、はい。確かにヴァンガード先輩には憧れてますけど、今日はクロエ先輩とセレスティナ先輩の応援に来ました。あたし、武器戦闘も魔術も苦手で、先輩達みたいにこう、力任せじゃなくて工夫して戦うのに見習いたいんですっ」


 セレスティナに問われて、キュールと呼ばれた栗鼠獣人の少女――ゆったりと編んだこげ茶色の髪と同色の大きな尻尾、そしてどんぐりのような瞳が愛らしい朴訥とした雰囲気の生き物――が緊張した様子を見せつつも一気にまくし立てた。


「それで、クロエ先輩のさっきの倒れ込み、凄くお見事でしたっ。一対一だと飛び道具で虚を突くのは無理だと勝手に思ってたんですが、あんな方法があるなんてっ」

「んー、ただ、ああいうのは一度使えば次から相手側も対策するから一発芸に近いんだけどね……それとキュールじゃあ尻尾が邪魔で上手く転がれないと思う」

「はうっ」

「キュールさんにはキュールさんに合った戦い方がきっとあると思います。と言うかキュールさんは戦わずして相手を篭絡するタイプですよね」


 本人にとっては邪魔でしかない大きく柔らかい尻尾に思わず手が伸びかけるのをぐっと堪え、次の試合に備えて柔軟体操を始めるセレスティナ。母親譲りの遺伝子か小さい頃からダンスを嗜んでいるせいか、意外と彼女は体が柔らかく両脚をほぼ真横に広げて上体を床に着ける荒業を易々と披露している。


「くふふふ。こうやってお腹から胸まで均等に床に当たるのは同学年じゃあきっと私ぐらいのものですよね」

「そういう自虐は良いから」


 女子特有の股関節の可動域と非特有の胸の平たさを兼ね備えて初めて達成可能な異形もとい偉業ではあるが周囲の反応はイマイチのようだった。そして腰を下ろした際に花のように広がったドレスを見てキュールが心配そうに訊ねてくる。


「あ、あのっ、セレスティナ先輩、その格好で戦うんですかっ?」

「え。あぁ、はい。よく言われますけど母様の意向で昔から、動き易い服を下さいとお願いするとこういう服が出てくるんですよ。それに私のドレスには防御力強化の付与がかかってますから下手な鎧よりずっと硬いと思います」


 確かに普段着ているドレスに比べると裾が短く装飾もシンプルで動き易そうだ。ちなみにこの手の服を出す際の母セレスフィアの言い分は「わたしと同じ顔をした子が野暮ったい服を着るのはちょっとねえ……」とのことだ。いわゆるジャージ禁止令である。

 更に頭には青い花を象った髪飾りに、足元は洒落た編み上げブーツ。このまま祭りの空気に包まれた街中に繰り出しても恥ずかしくない格好だ。

 尚、先の試合のクロエとルゥはどちらとも動き易いシャツとズボンに要所を皮の防具(プロテクター)で覆った格好だったので、恐らく観客も落差に戸惑うであろう。


「まあ、私はクロエさんみたいに蹴りで戦ったり宙返りしたりしないですから、心配することも無いですよ」


 そう言って彼女は魔術師の象徴たる杖、母のお下がりでもあり彼女が小さいときから愛用していた霊木の短杖(ワンド)を右手で器用に回す。


「さて、じゃあそろそろ時間ですね」

「駄目だと思ったら意地張らずすぐに降参するのよ」

「そうよ~、負けてもわたしたちは損しないんだから、程々に頑張って~」

「なんか酷いですっ!?」


 この試合にセレスティナが負けると外務省行きの推薦が貰えずに軍務省送りになる公算が高い為か、クロエとマーリンの応援はかなりぞんざいだった。


「あ、あのっ、あたしは応援してます。ヴァンガード先輩相手じゃあ厳しい戦いになると思いますが、どうか、頑張って下さいっ!」

「ありがとうございます。私の味方はキュールさんただ一人ですね……」


 真摯な眼を向けてくる後輩の頭を一撫でし、セレスティナは控え室を出て闘技場に向けて歩き出した。



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