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魔物の国の外交官  作者: TAM-TAM
第4章 栄光の王国の勇者御一行
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054話 捕らわれのセレスティナ(棒読み)

▼その日の昼下がり


 セレスティナが連れて来られた――もとい、荷物のように運び込まれたのは、倉庫のような薄暗く雑然とした埃っぽい建物だった。

 運ばれる最中の移動経路から察するに、恐らくは昼間に訪れたジェノ&サイダー商会の裏手辺りだろう。


 天井近くにある小窓から差し込む陽光が辛うじて周囲を照らす中、改めてセレスティナは状況を整理する。


 まず、倉庫の片隅でセレスティナを収容しているのは、1.5メートル立方ほどの檻だ。車輪(キャスター)付きになっていて檻に閉じ込めたまま移動したり馬車に積み込んだりするのだろう。魔族は強力な個体が多い為、檻から出し入れする危険を最小限に留めたい意図と思われる。


 それから、檻の中に転がされたセレスティナには猿轡と、そして両手首を繋ぐ禍々しい紋様の入った手枷が嵌められている。

 魔族を捕縛するにはほぼ必須の魔道具(マジックアイテム)、魔封じの枷だ。木枠の手枷をわざわざ破壊してこちらに嵌め直す辺り、慎重で確実を期すプロ集団であろうことが伺える。

 周囲にも同じタイプの檻が幾つも並んでいるが、一つを除いて空っぽだ。探索者(クエスター)ギルドの受付嬢が言っていたように最近は魔国へ侵入する探索者(クエスター)の帰還率が低いことの影響だろう。


 あとは体のあちこちが鈍く痛む。防御力付与の無い質素な服装なので、捕らえられる際や運び込まれる時に粗雑に扱われたダメージが残っているのだ。改めて女子の身体の繊細さを思い知るセレスティナだった。


「……んっ……」


 彼女を運び込んだ男達の気配が遠ざかるのを待ってから、セレスティナは恐怖で気絶した振りを終了してその場に上半身を起こした。魔封じの手枷が思ったより重く、身体が前方に傾きそうになるのを慌てて立て直す。


「あら、お目覚めかしら? お互い災難だったわねえ」


 それを待っていたかのように、隣の檻の中から艶やかな声。見ると、露出度の高い格好をしたお姉さんが一人、心配そうにこちらを除き込んでいた。

 薔薇の様に鮮やかな赤毛を背中まで伸ばし、真紅の瞳や唇は蠱惑的な潤いを秘めている、大人っぽい女性だ。


 メリハリのあるボディラインを覆うのは、ベビードールに似た下着と見まがうばかりの際どい衣装だが、彼女達の業界ではれっきとした普段着である。

 そして背中の蝙蝠のような翼とお尻の辺りから生えた先端がハート型に尖った尻尾、これこそ彼女がただの痴女ではなく言わばそれの上位種たる夜の貴婦人、淫夢族(サキュバス)であることを知らしめていた。


 彼女のほっそりとした両手首にはセレスティナと同様に魔封じの手枷が嵌められているが猿轡は噛まされておらず、セレスティナを案じるように語りかけてくる。


「あんまり気を落とすものじゃないわよ。生きてればその内良い事ももあるんだから」

「むー、んー」


 相槌か否定か判別不能なうめき声を夜の貴婦人に返しつつ、まず最初にセレスティナは両手首と魔術発動とを阻害する手枷にターゲットを絞る。

 触れている相手が魔術を使おうとすると《苦痛(ペイン)》の術式により激痛を与える魔道具(マジックアイテム)で、余程根性が無いとこの枷の影響下では魔術を発動できないし対苦痛訓練を受けていても何度も耐えられるとは思えない。

 つまり、初手で破壊もしくはそれに類する無力化をする必要がある訳だが――


「……っ!? ちょっと! やめなさい! 無駄よ! 金属の枷を破壊する攻撃魔術なんて無謀だし反動で先に手が吹っ飛ぶ……っ! まさか手首から先を破壊する気!? ちょっと! 早まるんじゃないわ!!」


 セレスティナがこれからやろうとしている事を想像したか、淫夢族(サキュバス)のお姉さまが青ざめながら引き止めようとするが、セレスティナは落ち着かせるように首を横に振り、激痛に備えて二、三回深呼吸をして、可能な限りの速度で魔術回路を構築。


「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」


 手首の辺りで正方形の魔術回路が輝くと同時に、セレスティナの身体が痛みで大きく跳ねた。まるで熱した針を全身の神経に突き刺されたかのような苦痛に、声にならない悲鳴を上げつつ水揚げされた魚の如くぴちぴちとのたうち回る。

 だが見れば、彼女の両手を拘束していた筈の手枷は一瞬にして消え去っていた。炎や電撃で焼き切ったような形跡も氷や石弾で粉砕した痕跡も無く、完全に消滅したかのようだ。


「……ア、アナタ、今何をしたの……?」


 自分の見た物がまだ信じられないのか、思わず目を擦って問いかける淫夢族(サキュバス)の女性。まだ息の荒いセレスティナは乱れた服を直す余裕も無さそうで、おへそや太ももをチラ見せしつつ辛そうに寝転んだ体勢のまま猿轡だけ外して答えた。


「……はぁ、ふぅ。て、手枷を《瞬間転移(テレポート)》で飛ばして外しました……理論上は、《苦痛(ペイン)》が起動するより早く、《瞬間転移(テレポート)》を発動できれば……はふぅ、痛みを全然受けずに外せるのですが……まだ、修行が足りないみたいですね……」


 セレスティナが向けた視線の先を見ると、近くの床の上に先ほどの手枷が転がっている。鍵がかけられたままであったが《瞬間転移(テレポート)》の魔術の前には問題にならない些事ということだ。


 余談になるが、自分自身を《瞬間転移(テレポート)》させて枷や檻から脱出することも不可能では無いが現実的にはリスクが高くて誰もやりたがらない。

 この魔術は物質を魔力に変換して特定の座標に移動させ元の物質に再変換する原理になっており、生命体のように複雑な構造だと再変換の難易度と失敗時のリスクが非常に高いためだ。


「さて、続いて鍵も処理してしまいましょうか。雷竜の杖よ――」


 彼女の呼び出しに応え、愛用の黄金色の杖が手の中に突如現れた。それから《氷刺棘(アイススパイク)》を周囲に立てて輻射熱に対策しつつ檻の錠前部分に連続で《火矢(ファイアアロー)》を叩き込む。

 氷の柱が溶けたらまた《氷刺棘(アイススパイク)》を張り直すという手順を繰り返し、数分後には錠前を溶解させてねじ切り、檻の外に出ることに成功した。


 その退屈な作業中に雑談も兼ねてお互い自己紹介を行い、ローサという名の淫夢族(サキュバス)の境遇も聞き出した。

 大方の予想通り、魔国(テネブラ)に不法侵入してきた探索者(クエスター)のパーティに捕らえられたとのことだ。

 淫夢族(サキュバス)は背中の羽根で空を飛ぶこともできるが、その羽ばたく力はそれほど強くない為、油断しているところを襲い掛かられて重りを繋がれると一たまりもない。定番のアイテムは鉄球付き足枷だ。


「……でも、ティナはそんなに実力があるのに何で捕まったの? もしかしてわざと?」

「あ、はい。一つはここの商会が犯罪行為をしているという動かぬ証拠を押さえる為ですね。魔族誘拐だけですとアルビオンの法律ではまだ裁けませんが、今回のケースだと奴隷は所有物扱いなので窃盗もしくは強盗が罪状につくことになるんです」


 再度同じ手順で今度はローサの入った檻の鍵を焼きつつ、軽い口調でヘビーな単語を口走るセレスティナ。


「それにしても、こういう時には切断系の魔術が欲しくなりますね。ローサさんは何かご存知ありませんか?」

「んー、鉄を斬れるようなのは記憶に無いわねえ……」

「リュークさんが持ってた聖剣キャリブルヌスは、強い魔獣なんかもスパスパ斬れて凄かったんですが。解析とか分析とか分解とかしたいからとお願いしても全然貸してくれなくて……」

「……うん。仮にアタシがその勇者君の立場だったとしても、やっぱりアナタには貸したくないわ……」


 などとセレスティナの大好きな魔術談議を交わしつつも、ようやく鍵を焼き切ってローサを檻の外に出し、彼女の両手首を拘束する手枷も《瞬間転移(テレポート)》で外した。直接触れずに杖越しだと痛みが伝わらないので楽勝である。


「それで、二つ目の理由ですが、ローサさんみたいに他に捕まってる方が居れば、潜入して助け出すのが楽ですから。外から攻めると人質に取られたりとか、捕まった方の存在を知らずにそのまま放置してしまったりとか、そうなると申し訳ないですので……」


 照れくさそうに早口でまくし立てるセレスティナに、ローサの目が潤む。次の瞬間、淫夢族(サキュバス)の本能か感謝をスキンシップで表した。


「素敵! 抱いてあげる!!」

「ふぎゃあっ!?」


 豊満なボディを押し付けるように抱きついてセレスティナを押し倒し、そのまま愛撫するように滑らかなプロの手つきで脚を撫でてスカートを捲り上げる。

 だが、彼女の身に着けている一山幾らで売ってそうな薄いピンクのリボン付き下着――打ち合わせの際に「奴隷は黒レースなんて穿かないわ」と駄目出しを受けて渋々穿き替えた一品――を目にした直後、つまらなさそうに吐き捨てた。


「……なぁんだ、やっぱ女の子かぁ。ちぇっ」

「え? え? え? スカート捲らないと判りませんでしたか?」


 セレスティナの抗議の声に口を尖らせつつ弁解するローサ。


「だって、胸は無いしわざわざ自分から捕まるのも男前すぎるし、あとアタシの胸を見る視線も童貞っぽかったし」

「どどどど童貞違います!」

「それに冒険小説とかじゃあ定番じゃない? 童貞の美少年が女装して潜入するのって。だからちょっと期待したんだけどなぁ」


 そこで女体化して潜入するという発想に至らない段階で、この世界ではまだ時代がセレスティナに追いついていないと言えよう。


「で、これからどうするの? ここを出てその誘拐犯に襲撃を仕掛けるならアタシも付き合うわよ」

「あー、それなのですが……」


 拳を掌に打ち付けて張り切るローサに、服を整えたセレスティナは先ほど押し倒された際に味わった薄布越しのお胸の感触を心のハードディスクの“思想・哲学史”フォルダにプロテクトをかけて大切に保存しつつ、説明を始める。

 曰く、セレスティナの協力者、つまりはクロエやリューク達が衛兵を伴ってこの商会を包囲するまでは待ちたいと。

 僅か一人や二人で暴れると、仮にこの建物の制圧ができたとしても下っ端達が散り散りに逃げた場合は全員を追いきれない。アンジェリカ達が衛兵の協力を得られるかどうかは半々と見ているが、最低限でリュークとアンジェリカがそれぞれ表と裏口でクロエが遊撃というフォーメーションが完成するだけでも随分違う。


「予定では日暮れ頃から動き始める作戦になってます。見回りの人が夕食を運んで来る所を狙いましょうか」


 なので、悪戯っ子のような笑みを閃かせ、彼女達は反撃の時を待つこととなった。



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