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魔物の国の外交官  作者: TAM-TAM
第4章 栄光の王国の勇者御一行
58/154

053話 魔物売買(貧乳補正:買取価格に-15%)

▼その日の午後


 領主から犯罪組織『金鹿(こんろく)の尖角』壊滅のお墨付きを無事に頂戴したセレスティナは早速行動を開始し、アンジェリカの協力のもとで魔族売買に関わっている疑いが強いジェノ&サイダー商会の会館へと訪れていた。

 表向きは、美術品や宝飾品や希少な魔物素材などを扱う、高級感の漂う大きくて立派な建物だ。


「ごめん下さいまし。こちらで魔物奴隷をお買い上げ頂けるとお伺いしたのですが……」


 変装も兼ねて、アンジェリカは白い華美なドレス姿に同じく純白の鍔広帽子にフレームの細い伊達眼鏡、そして縦ロールの金髪も今はほどいてゆったりとしたウェーブを背中まで流している。

 全体的に楚々とした装いであるが、けしからん胸だけは隠しようが無くいつも通りの破壊力を誇示していた。


 そのアンジェリカが手にした、優美な装いには不釣合いな飾り気の無い荒縄をぐいと引っ張ると、後方から木枠の手枷に繋がれたセレスティナが「ふえぇ」と情けない声を上げつつ後を追う。

 セレスティナも同じく変装しており、質素なブラウスとエプロンスカートに三角巾というお手伝いさんスタイルであった。


 配役としては成金のお嬢様が魔族奴隷に飽きて売りに来たという、そんな感じのイメージプレイという訳だ。


「……お嬢様、それはきっと何かの間違いでございましょう。当商会は常時、清廉潔白にして後ろ指を指されるところの無い取引を徹底しております。もしお嬢様さえ宜しければ、誤解を解消するためにも奥のお部屋までご足労願えませんかな?」

「宜しいですわ。お茶菓子ぐらいは出して下さるのですよね?」


 薄い笑みを貼り付けた胡散臭い従業員に場所の移動を提案され、素直に頷くアンジェリカ。一般客が訪れるスペースで見せたり聞かせたりする案件ではないので順当なところである。


 連れられた先は立派な調度品の並ぶ応接室のような部屋だった。だがそれら美術品に目を奪われる事もなく、アンジェリカはセレスティナを斜め後ろに立たせてつまらなさそうな仕草で椅子に座って悠然と足を組み、出されたケーキに早速フォークを入れる。

 打ち合わせの際に本人が「こういう演技は苦手なのですが……」と渋っていたが、女優の資質かそれとも別の資質か意外と嵌り役のようだ。


「……さて、“本来は”こういったお取引に手を出す事は無いのですが、わざわざ当商会に足を運んで下さったお嬢様の為にも“特別に”対応いたしましょう。それで、後ろのが?」

「ええ。魔眼族(イビルアイ)の銀髪。滅多にお目にかかれない希少種ですわ。眼も髪も無傷の美品、金貨1万枚で如何でしょうか?」

「ほぉ、これはまた、なかなか吹っかけてきますねえ。しかしですよ――」


 店員が早速、セレスティナの瞳を覗き込んだり髪に不自然な脱色跡が無いか確かめたりして商品の状態を調べつつ、強気な数字を挙げたアンジェリカに反論する。


「――お嬢様はこの魔物にロクな物食べさせてないんじゃないですかねえ? 発育が違いすぎて、虐待に飽きたからまだ値段がつく内に叩き売りに来たようにしか見えませんが。これで美品とはとてもとても」

「し、失礼ですわ! 色んな意味で!」


 顔を真っ赤にして抗議するアンジェリカを他所に、店員は金貨850枚の値段をつけた。彼曰く胸の慎ましい女子は特殊な趣味の顧客しかつかないため買取価格を安めに設定しているとのことだ。

 但し販売時には貧乳は希少価値だからと売値に上乗せすることになっており、大人の世界の汚さを垣間見せる。


 ちなみに彼女達の名誉の為に付け加えておくと、セレスティナもアンジェリカも普段食べてる食事のグレードは大体同じぐらいで量も慎ましやかだ。なのにどうして。


魔眼族(イビルアイ)のレアリティから考えても安すぎますわね……8500枚までなら負けても宜しいですわよ?」

「いやいや、これでも王都の一般住宅地域に家が建つぐらいの額なのですがね……大いに勉強させて頂きまして、1300までなら……」


 そのようなやりとりが暫く続き、結局の所は価格が折り合わずに商談はお流れとなった。商会側は金貨1700枚にまで引き上げたがアンジェリカが首を縦に振らなかったのだ。


「では、まことに残念ですが、またの機会をお待ちしております……」

「お邪魔いたしましたわ。頂いたケーキの分ぐらいは何か買って帰りますのでご容赦下さいまし」


 最後まで胸と態度の大きさを見せつけつつアンジェリカは席を立ち、帰りがけにショーケースの中で一際目を引いた説明札によるとエルフ族のものらしい銀髪を一房購入し、セレスティナを連れてジェノ&サイダー商会を後にするのだった。





「それで……あんな感じで良かったですの? あと、商談蹴っても本当に大丈夫だったのでしょうか……?」

「はい。惚れ惚れするぐらいの高飛車お嬢様でした」


 裏路地を歩きながら、縄に繋いで連れ歩く体を装いつつも心持ち距離を縮めて小声で会話するアンジェリカとセレスティナ。


「それに、あの場では目先のお金は気にせず撤収で正解です。辺境伯閣下からお受けした依頼の通りだと犯罪行為の証拠を掴むまでは大きく動けませんので、焦らして相手側が動くのを待つ方が手っ取り早いです。王都でも似たようなことがありましたので、このまま歩いていればすぐにでも接触があるかと……」

「そう簡単にいきますかしら……?」


 19歳とは思えない色気を醸し出しつつ首を傾げるアンジェリカに、セレスティナが思わず目を奪われる。丁度その時――


「そこのご令嬢!」


 突如、低くよく通る声が響くと路地の前後の角から衛兵と思しき一団が統率の取れた動きで現れる。

 軽量ながらも要所要所を的確に守る防具と兜で身を固め、長槍を油断無く構えた者達が、合計8人。2人1組を縦に2列ずつ展開した、まるで凶悪犯を相手にするかのような過剰なフォーメーションだ。


 一瞬セレスティナとアイコンタクトを取り、アンジェリカが役を作った声を張り出す。


「いきなり何ですの? 不躾じゃありませんこと?」

「近隣住民から危険な魔物が居ると通報があった。安全のためこちらで預からせて貰うこととする」

「どういった法的根拠でですの? 魔物売買が探索者(クエスター)ギルドの依頼にもなっている以上、咎められる謂れは無いですわ」

「この都市の平和を担う我々独自の高度な判断である。もし邪魔立てするなら貴女も公務執行妨害で逮捕することになるがよろしいか」


 勝手な口上を述べつつ衛兵達がじりじりと間合いを詰めて来る。彼らの言い分は一見筋が通っているようだが、そもそも通報したのは誰か、そして退治ではなくわざわざ捕縛に拘るのは何故なのか、その疑問を考えると裏でどういう繋がりがあるのかは明白だ。


「あ、あのっ、私の事は気にせず逃げて下さいっ。今までお世話になりました。養ってくれたご恩は一生忘れませんから」

「何を仰るんですの。貴女を置いて逃げようだなんて、そんな真似できる訳無いでしょう」

「いや、あんたさっきそいつを売ろうとしたばっかりじゃねえか……」


 予期せず始まった三文芝居につい突っ込みを入れる衛兵だったが、それはセレスティナ達の仕掛けた罠にまんまと引っかかることを意味した。


「よくご存知ですわね」

「……くっ! そ、そんなことはどうでも良い! とにかく一斉にかかれ! 少しぐらい痛めつけても構わんっ!!」


 号令に応じて男達が一斉に動き出す。だがアンジェリカはその場から退く気配も見せずに真っ向から迎え撃つ構えのようだ。


「悪く思うなっ!」


 一人目の衛兵が槍の石突きの側をアンジェリカに向けて鋭い突きを繰り出した。狙いは彼女の鳩尾。


「それは、(わたくし)の台詞ですわ」


 その一撃に対し、彼女は右斜め前に滑り込むように踏み出し、回避と同時に内懐に入り込み、手首を掴む。

 次の瞬間、衛兵の身体がふわりと宙を舞った。

 突進の勢いを利用した投げ技で、彼の身体は体重や鎧の重さを感じさせない美しい半円の軌道を描く。


「――ぐわッ!?」


 受け身も取れずに背中から地面へと叩きつけられ、激しく悶絶する一人目の衛兵。

 続けて襲い掛かった二人目も同じ末路を辿り、仲良く路地に転がることとなった。


「この女っ!」


 三人目は長槍を投げ捨てると、取り回しの優れた短剣(ショートソード)を引き抜き、隙の少ないコンパクトな動作で襲い掛かる。


「――《防壁(シールド)》」


 だが迫り来る鋭い刃先に怯むこともせず、アンジェリカは防御魔術を展開。

 柔らかく包み込むような《防壁(シールド)》が短剣を絡め取り、身動きに窮した衛兵が剣の柄を放すか一瞬迷った刹那に腕を掴んで極める。


「はっ!」

「げぎゃっ!?」


 そのまま軸足を払い、腕を極めた体勢で転ばすように地面に叩きつけた。

 ぼきっ、と腕の骨の折れる音が響く。

 本来は無傷で取り押さえる目的の動作であるが、今回のように一対多数の戦闘だと悠長に関節技を極めていたら動きが止まった所を狙われるので、手早く戦闘力を奪って次の敵に意識を向ける為のやむを得ない措置だ。


「これでお終いですわね。まだ抵抗いたしますか?」

「ぐ……貴様、こんな事をしてただで済むとぐぼっ!」


 その勢いで最後の一人も鮮やかに制圧したアンジェリカが周囲を見渡す。すると背後ではあっさり取り押さえられたセレスティナが丁度連れ去られているところだった。


「はっ、放して下さい! ――むぐっ!」


 体格も体力も男達より圧倒的に劣る上に手枷で自由が利かない状態での抵抗は無意味に等しく、猿轡(さるぐつわ)を噛まされて荷物のようにひょいと運び出される。実に見事なお持ち帰り(テイクアウト)であった。


「ちょっ! お待ちなさい!」


 アンジェリカが鋭い声を投げかけるが、何故か追いかけるそぶりすら見せずその場に佇んで襲撃犯の背中を見送る。


 やがて、彼らの姿が視界から消えたところで、屋根の上から身軽な身のこなしで二人の人影が飛び降りてきた。言うまでも無くリュークとクロエだ。


「じゃ、追いかけてくる。アジトの場所は後で連絡するわ」

「ああ。俺達もこいつらをしょっ引いたら宿に戻るから、そこで合流しよう」


 まるで予定通りと言わんばかりの様子で、双方とも淡々と自分の仕事を始める。クロエは路地裏の影と闇に溶け込むように姿を消して先ほどセレスティナを攫った者達の追跡と監視に向かい、リュークとアンジェリカは転がした4人の襲撃犯を縛り上げて衛兵詰め所に連行しそちら側のルートから犯罪組織との繋がりを探る手筈らしい。


「セレスティナ様、大丈夫でしょうか……」


 あえて捕まる事で内部に潜入するという危険な役を選んだセレスティナを思い、アンジェリカは我が子を心配する母親のような表情で溜息を一つついた。



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