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魔物の国の外交官  作者: TAM-TAM
第4章 栄光の王国の勇者御一行
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051話 勇者とは何者なのか(哲学)

▼大陸暦1015年、炎獅子(第7)の月5日


 引き続きギルドの依頼を順次こなしていくセレスティナ達4人は、この日、凶悪な合成魔獣であるキマイラと激闘を繰り広げていた。

 キマイラが縄張りとしている、街から少し離れた場所にある山の中腹。見晴らしの良い不毛の岩場へ踏み込んだ途端に岩陰から襲い掛かって来たのだ。


「よし、じゃあ手筈どおりに」

「はいっ!」


 獅子と山羊と(ドラゴン)の頭を持ち、竜の翼で空を飛び、尻尾は毒蛇となっている合成魔獣キマイラ。

 見た目通り多彩な攻撃手段を持ちしかもそれぞれが致死的な威力を誇る高位の魔獣で、並の探索者(クエスター)パーティでは太刀打ちできないであろう強敵だ。


 リュークは光輝く聖剣を右手に構え、セレスティナとクロエも各々の武器を準備し、無手のアンジェリカは敵の動きに即応できるよう軽く膝を曲げて腰を落とし、キマイラの攻撃を待ち構える。十分に引き付けて反撃しないと逃げられる為、こちらから手を出すにはまだ早い。


 空中を滑空するように高速で間合いを詰めて来たキマイラは、セレスティナ達のすぐ間近に着地すると、まず竜の頭が一声吼えて鋭い牙が並んだ口から炎の吐息(ブレス)を吐き出した。

 初心者パーティは為す術も無く纏めて黒焦げにされてしまう熱量と範囲を持つキマイラの主力兵器だ。だがセレスティナとアンジェリカは慌てずに防御魔術を展開する。


「「《防壁(シールド)》!!」」


 セレスティナ達の前方に《防壁(シールド)》が二重に展開され、キマイラの炎を遮断する。

 アンジェリカの魔術を見てセレスティナが閃いた小技の一つで、実はセレスティナとアンジェリカとでは魔力波形の違いか女子力の違いか、《防壁(シールド)》の特性が少し異なっているのだ。

 セレスティナの《防壁(シールド)》は衝撃を弾き返すことに重点を置いた硬い構造で、対してアンジェリカのそれは衝撃を包み込んで拡散させるような柔らかい構造になっており、それらの硬さの違う2枚の《防壁(シールド)》を重ね合わせることで一人が2重に防御魔術を張るよりも固く強い物になる。工学の世界でもよく用いられる構造である。


「《氷刺棘(スパイク)》!」


 《防壁(シールド)》を維持しながらセレスティナが次の魔術を展開する。とは言っても攻撃用ではなく、輻射熱対策で自分達の周囲を氷の柱で護る目的だ。

 彼女達が二重に張った《防壁(シールド)》はキマイラの炎を長時間受けてなお破られる気配は無いが、周囲の岩場が赤熱してぐつぐつと煮立っており、これから散開するのに危険を感じたのだ。

 周囲に立てた無数の氷の棘は熱を奪って足場を冷やし、やがて溶けて真ん中辺りから折れて行き、岩盤に落ちてじゅっと水蒸気を上げる。


 そして足場を確保し、リュークとクロエがそれぞれ左右に動くと同時に、セレスティナが反撃に出る。


「行きますよ――《弧雷(アークライトニング)》っ!」


 瞬間、彼女の持つ杖の先から放物線を描く電撃が閃き、魔術による防壁を跳び越えてキマイラの3つの首の内で素材として微妙な黒山羊の頭部を討った。


 セレスティナの得意技の《雷撃(サンダーボルト)》を更にえげつなく発展させた魔術で、弧状に導線を引くことで防御魔術を迂回して電撃を奔らせるものだ。導線を繋げばその瞬間に攻撃が到達する電気特有の速さも相まって、特に対人戦ではほぼ初見殺しになりかねない。


「今です!」

「おうさっ!」


 《弧雷(アークライトニング)》が直撃し、山羊の頭を黒く焦がした魔獣が動きを止める。

 その隙を見逃さず、右手に回り込んだリュークが聖剣キャリブルヌスを無造作に振り下ろした。


 ひゅんっ、と軽快な風切り音が響く。

 彼我の距離は約5メートル程の開きがあり本来の剣のリーチでは絶対に届かない間合いであるが、流石にそこは伝説の聖剣。剣閃に沿うように黄金色の光の刃が撃ち出されてキマイラの首を通過し、反対側へと抜ける。

 一瞬の間を置いて、キマイラの首が3つともずり落ちて地面に転がった。

 傷口から噴水のように大量の血が噴き出すが、念の為に張ったままにしておいた《防壁(シールド)》に降りかかり、鉄錆にも似た匂いを残して地に還って行く。


「流石は聖剣の勇者、凄い一撃でした」

「……やれやれ、あたしの出番は無かったわね」


 恐らくは魔力を剣閃に乗せて飛ばすと思われる聖剣の機能の一つをしっかりと目に焼きつけ、セレスティナが労う。続いてもし魔獣が空を飛んで逃げようとした時に翼を狙撃する役目だったクロエも弓を下ろして戻って来た。


「それでは解体をしましょうか。山羊の頭は燃やすとして、獅子と竜の頭に翼に尻尾が丸ごと使えるのは嬉しいですね」


 満面の笑顔を浮かべて解体用の片刃剣を手にセレスティナがキマイラの死体へと近づく。そこへクロエが素朴な疑問を口にした。


「ところで、キマイラの山羊の頭って何の意味があるのかしらね? ライオンみたいに噛んだりドラゴンみたいに火ぃ吹いたりしないし角で突いても微妙だし……」

「あ、それは、草を食べる為です。キマイラは一度縄張りを定めるとその範囲内の動物を全部喰い尽くしますから、草食獣の山羊の頭が無いと獲物が縄張りに入って来なくなった時に飢え死にしてしまうんです」

「……魔獣の世界も世知辛いものね……」





 それから幾つかギルドの仕事をこなしたセレスティナ達4人は、草原の中の手ごろな木陰で夏の日差しに汗ばんだ身体を休めつつ少し遅い昼食を摂っていた。

 昼食の当番は持ち回りになっており、今日はセレスティナが腕によりをかけた料理を披露することになる。


「さあ、存分に召し上がって下さい」


 それは、豪快にぶった切った肉や野菜を豪快に鍋で煮て豪快に味付けした、豪快な料理――いや、食料(メシ)だ。

 決して不味くはないが、むしろ壊滅的な味にする方がお嬢様らしいことを考えるなら貴族のご令嬢が一番作ってはいけない類のものかも知れない。


 ちなみに、肉はキマイラの肉ではなく、朝買ってきたごく普通の食用肉だ。キマイラの肉は栄養価はともかく味が落ちるので、燃やして灰にしたものを錬金術師レイントンへのお土産にする予定にしてある。魔力を含んでいる関係上、庭で薬草を育てる際の極上の肥料になるのだと言う。


「ティナって、何かこう、俺の知ってるお嬢様と色々違うよなあ。それとも、魔物……あ、いや、魔族だとお嬢様でもこういうのが標準なのか?」


 左手に持ったフォークをびしっとセレスティナに向けつつリュークが問う。即座に隣のアンジェリカから「お行儀が悪いですわ」と手を叩かれて引っ込めた。

 料理以外にも、鼻歌交じりに魔獣を解体したり泥だらけになりながら薬草を採取したりとやけに野外活動慣れしていて、普通の女の子なら絶対にやりたがらないような作業も厭わない姿勢は新鮮に映るものだった。


 そしてその問いに対してセレスティナより先にクロエが反応した。ぶんぶんと黒髪が水平に浮くほど大きく首を振ってから、一言。


「やめて。一緒にしないで。魔族は女でも戦える子が多いからか弱さを武器にすることはあんまりないけど、みんなここまで女子力捨ててないから」

「そうですね、私の母は外見以外は私と正反対のタイプですし……魔族だからって人間族(ヒューマン)とそれほど変わるものではないですよ」


 女子力に関しては強い自覚もあるのでクロエの言葉は一切否定せず、セレスティナが続ける。それから真面目な顔になって話題を転換した。


「魔族と言えば……リュークさんやアンジェリカさんは魔族に対してそれほど偏見を持ってないのですか? 恐らくは監視も兼ねてるのだとは思いますがこうやって勇者と魔族が共同作戦を張るのは異例の事だと思うのですが」


 セレスティナの見立てでもリュークとアンジェリカの身のこなしや視線の運びには隙が無く、仮に全面衝突することになれば最低でも大苦戦は免れないだろう。


「特に、アンジェリカさんから見れば私は神敵に分類されたりしませんか? ドキドキ魔族神判と称して夜な夜なえっちな尋問をされたりするのを少し期た――覚悟していましたが……」

「その手があったか――ごぶぅっ!?」


 何やら得心したリュークの脇腹にアンジェリカの強烈な肘がめり込んだ。食べている料理が逆流しそうになり激しくむせ込む。


「し、しませんわそんなはしたないっ! それに、魔族の扱いに関しては神殿でも現状保留となっているのですわ」

「そうなのですか? 先の“人魔大戦”の際は聖職者も多数従軍したと聞き及んでいますが」


 セレスティナの言葉に、アンジェリカは重い溜息を一つつく。


「教義にも色々変遷がありまして……当時は精霊神が愛した“人類”は人間側のみを指すものと考えていた勢力が強かったのですが、最近ですと魔族も含めての人類と見る声もありますもので……それに、仲良くできるならそうした方が絶対にどちらも幸せになれる、それがリャナン・シーの教えの要点ですわ」

「だな。それに、そこを言い出すとアリ――」

「リューク様」


 ようやく復活して何か言いかけたリュークの口元に、アンジェリカの人差し指が添えられた。


「それは、ご本人の意思を確かめずに口にする事柄ではありませんわ」


 なんだか色々あるらしい。興味は尽きないがセレスティナは次の話題を切り出すことにした。


「あと……“勇者”って何なんですか? 私の国の理解では勇者は人間側(ヒューマン)の中で突然変異的に現れる超強力な個体とお聞きしていますが何で人間側だけなんですか? ずるくないですか?」


 拗ねたような口調でセレスティナが問う。魔族側でもサツキ女伯のような突然変異体は時々確認されるが、魔眼族(イビルアイ)竜人族(ファフニール)などのような上位魔族には現れず、上位魔族と互角に戦う“勇者”は彼女達の理解の外に居る存在であった。


「それは……魔族に対抗する為の人類の希望と見る向きが強いのですが……」

「人間側ばっかり依怙贔屓(えこひいき)してるようで何だか釈然としないのですが、勇者は例えば精霊神が選び出したりするものなのですか?」

「そうではありませんわ。強い力を持った者に対して国が任命か認定することで勇者と見なされますの。神殿やリャナン・シーとは無関係ですわ」


 つまりは国としても高位魔族に対抗し得る強力な個人を手放したり国に歯向かうようになる事態を排除する為、国策として囲い込もうということなのだろう。

 実際リューク達も、平時は王都の迎賓館での何不自由無い生活を送っており、厚遇されていることがよく分かるというものだ。


 尚、続くアンジェリカの話によると、過去に国家間の戦争で勇者を投入したらその勇者が精神を壊してしまい敵味方双方の都市を幾つも単身で壊滅させたという忌まわしい事件が起きたことから、現在は不文律として人間同士の争いに勇者を参加させない風潮が出来上がっている。

 魔族側にとってはその剣先が主に自分達に向くのでかえって迷惑な話である。


(わたくし)としましては、勇者の強大な力は国とかの枠を超えて人類全体の福祉の為に用いるべきだと思いますわ」

「世界の益って訳ですか……理想としては立派だとは思いますが、国益を追求する外交官にとって別の意味で天敵ですね……」


 優しそうな微笑を浮かべて、拳に力を入れる度にその豊かな胸をゆっさゆっさと揺らすアンジェリカに、セレスティナも目を奪われつつ苦笑で返すしかない。

 正論で正道だからこそ厄介な相手。それがセレスティナからの勇者組への印象だった。


「難しい話はよく分からないが、俺は魔族だろうと可愛い女の子の味方でありたいと常々思ってるからティナもクロエも安心してくれ――って、(いて)っ」


 白い歯を光らせたハンサムスマイルで豪語するリュークの手の甲をアンジェリカが抓り上げる。本質的には悪い人物ではないのだがリュークのこういうところが純愛志向のアンジェリカにとって気を揉むようだ。


「勇者なのに尻に敷かれるものなのね」

「でも、アンジェリカさんの立派なお尻なら敷かれるのは却ってご褒美になりそうですよ」


 何気なく放ったセレスティナの言葉に、アンジェリカの顔から笑みが消える。リュークが冥福を祈って心の中で手を合わせたのと同時に、疾風のような動きでアンジェリカがセレスティナを引き倒して物理的にお尻に敷いた。


「大きなお尻でっ! 悪かったっ! ですわねっ!!」


 リュークの聖剣ほどの派手さは無いが聖騎士の称号を持ち素手格闘術のエキスパートのアンジェリカが仕掛けたサソリ固め(スコーピオンデスロック)が、僅か一瞬でセレスティナの足と腰を見事に極める。どうやら地雷を踏んでしまったらしい。


「――ふぎゃっ! わっ、悪くないですっ! むしろ良いと思いま――っ! ふぎゃ! 足っ! 足がもげますっ! ふぎゃーーーーーーーっ!!」


 セレスティナの悲鳴やらばしばしと草の絨毯を叩く音やらが夏の青空にこだまするが、自業自得なので誰も助けてくれなかった。



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