表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔物の国の外交官  作者: TAM-TAM
第4章 栄光の王国の勇者御一行
54/154

049話 出発の刻(お約束イベントも完備)

▼大陸暦1015年、炎獅子(第7)の月3日、朝


 翌日は、また暫く不在になるからとカールの道具屋に容量拡大バッグを纏めて納品しに行ったり、そのついでに旅に必要な物を買い揃えたりと、王都の経済活動に貢献する時間を過ごした。

 尚余談であるが、先月に卸した高価高性能の30倍品は勇者パーティからの発注品で、出発の準備中に彼らがそれを使っているのを目にして世間の狭さを感じるのであった。


 更にその翌日、東部の都市イストヨークへ向けて旅立つ時が迫る。


「クロエさん、忘れ物は無いですか? まあ余程希少な物以外なら現地で買ったりその場で作ったりできますから大丈夫ですけど」


 何か忘れ物をしても最悪1日あれば飛んで取りに帰れる余裕からか、緊張感の無い様子でセレスティナが問いつつ、着替えを始める。

 いつもの白いシルクの寝間着(ネグリジェ)を脱ぐと、その下はクロエには初見の紫のレース模様がお目見えし、思わず目を丸くした。


「……どういうフェイントなのよ一体」

「だって、みんなして黒は似合わないって駄目出ししてくるのでちょっと変えてみました」

「うん。どうして駄目出しされるのか根本を分かってない、同じ失敗を何度も繰り返す愚物ね」

「何様のつもりですかっ!?」


 うがーと威嚇しつつセレスティナが同じ色柄のブラを手に取り装着しようとした時、ぴくりとクロエの黒い猫耳が動き、目つきが鋭くなる。

 次の瞬間、セレスティナ達の部屋の入り口の扉がばあんっ! っと勢い良く開いた。


「おはよー! 朝よ! ティナ起きてるきゃあああああぁっっ!?」


 ノックもせずにいきなり鍵を開けて入って来たアリアの顔の横、高価な桃花心木(マホガニー)材のドアにクロエが放った矢が突き刺さる。見ると彼女の手には既に携帯用の銃型クロスボウが収まっており、見事な抜き打ちを披露したところであった。


「……おはようございます。って鍵はどうしたんですか?」


 あまりの急展開に自分自身がリアクションする暇も無く、下着一枚きりの間抜けな格好で間抜けな声を出すセレスティナに、悪びれずに答えるアリア。


「うん。あたし達勇者パーティは迎賓館の警備も担当してるから万が一の時のために合鍵持ってるのよ」

「その万が一って、今じゃないですよね」


 釈然としない口調で言いながら外用の動きやすさ重視のドレスに袖を通すセレスティナ。アリアはちゃっかりそのまま部屋に入って来て、ベッドに腰掛けて生着替え鑑賞会に加わっている。

 アリアに言わせると「ティナの胸でも頑張って生きてるんだなあって思うとあたしも励みになる」との事だ。貧民が大貧民を見て自分はまだ大丈夫と感じる社会の縮図と言えよう。彼女達の中ではもはや貧乳は社会問題だ。


 ちなみに。

 この二人は昨晩一緒に迎賓館自慢の大浴場に浸かって魔術談義に花を咲かせたりしてきた為、乳比べも下着感想戦も既に通った道である。

 尚、アリアは白と青のスタンダードな縞パンでよく似合っていたが面白みは無かったとのことだ。


「次に無断で入ってきたら、額に風穴が空くことになるわ」

「うん。次はちゃんとノックぐらいするから。返事は聞かないけど……そんな事より、クロエがさっき持ってた物、面白そうよね。新手の魔道具(マジックアイテム)? ちょっと触らせてー?」


 プライバシーの危機を「そんな事」で片付けつつアリアがクロエの手の中にある銃型クロスボウに注意を向ける。

 ある意味本職のクロエよりも猫っぽい好奇心一杯の瞳を光らせる彼女にクロエは思わず一歩引いた。


「い、嫌よっ。他人が触ると照準が狂うもの」


 手に馴染んだ相棒を素早く背中に隠すクロエにセレスティナが頬を緩ませる。生産者としては自分の作った物を大事にして貰えるのは嬉しいものだ。


 ちなみにアリアも魔術師の例に漏れず魔道具(マジックアイテム)が大好きだが、セレスティナと違って根気が続かない為に自分で作ることは無い。

 銀板に魔術回路を描き込む作業はそれだけ神経を使うし手先の器用さも必要な難しい作業なのである。彼女みたいに本業(クエスター)でお金を稼げるなら買った方がお手軽という訳なのだ。


「それにしても、《容量拡大(キャパシティアップ)》でクロスボウを小さな筒に収納するって面白い発想よね。言われてみればその手があったか! って思うけど、クロスボウは威力が強いほど大きくて嵩張る物って固定観念があると絶対に浮かばないアイディアだわ」

「原理を一目で見抜いたアリアさんも相当だと思いますけど……暗殺方面に転用されると寝覚めが悪いですから他言無用でお願いしますね」


 そうこう雑談をしているうちにセレスティナ達の出撃準備も完了し、出発前に全員で朝食を共にするべく食堂へと連れ立って行った。





 見送りも兼ねてなのか、この日はアーサー王子と学園教諭のクラリスも迎賓館へと足を運び、7人で朝食のテーブルを囲むことになった。


 一通りの打ち合わせや激励を終え、話題はセレスティナの抱えている資産の運用方法に入ったところである。


「私としては、出資するとしたら魔道具(マジックアイテム)を扱うFF(フェアリーフェザー)社に興味がありますが」


 玩具(おもちゃ)が大好きな男の子の思考で、FF(フェアリーフェザー)社に出資したら配当金代わりに新作の魔道具(マジックアイテム)の試供品が定期的に届く事を期待したセレスティナだったが、対する王子の表情は渋かった。


「そこは……今は出資者を募集していないようだな」


 実際には、魔道具(マジックアイテム)の開発は軍事にも影響する為、迂闊に部外者を関わらせたくないという思惑だったが、そこまで正直に口にせずに彼は言葉を濁す。


「うーん……経営方針に口出ししたり機密を盗んだりする意図は無くて、ただ出資者優待権が欲しかっただけなのですが……」

「それより、余としては最も推奨する投資先はだな――」


 そんな王子の心中をもあっさり見破って食い下がろうとするセレスティナだったが、彼はあえて取り合わずに涼しい声で話題を逸らす。短い付き合いではあるがこいつのペースに乗せられると危険であることを既に肌で感じていた。


 それはさておき、アーサー王子が持ちかけてきたのは、先日セレスティナ達が訪れてやらかしたキャナルゲートタウンの交易商人達への出資であった。

 ゼロサムゲームの特性上、セレスティナが荒稼ぎした分だけ他の誰かが損をしていることになり、今かの街では住民の金回りが悪く景気が沈み始めているらしいとのことだ。


「成る程、あそこの主要な経済活動は交易ですから、現金そのものの重要性が高いという訳ですね……それに、現金以外の設備や施設や物資が健在ならあとは先立つ物さえ補充すれば海千山千の商人達が上手く経済を回してくれるでしょうから貸し倒れの心配も低そうですし」

「ほう、そこまで理解しているのか……」


 色々考えた結果、セレスティナはその話に乗ることにした。元を辿ればその街の住民のお金であるからこうやって還元するのは望ましいし、ルミエルージュ公国とも繋がりのある交易商人に貸しを作っておくのも悪くない。


「では、お預け致しますので宜しくお願いします」


 暫く留守にする関係上この場で手早くサインを済ませ、キャナルゲートタウンでの利益の大半に相当する金貨2000枚を積み上げた。一時的な不況を食い止める為の短期融資の扱いで、半年後にこれが2200枚になって戻って来る予定である。

 庶民サイドのリュークやアリアやクロエは金貨の山を前に開いた口が塞がらないといった様子だったが、クラリスの立会いの下、一時的に預かる立場となる王子への受け渡しも無事に完了した。


「それにしても……余は魔物とはもっと粗暴で野蛮で文化的に未熟なものと思っていたが、ティナ殿は経済にも明るいようで驚きを禁じえないな。そなたのような人材を標準的に排出する高度な教育形態が整っているのだとすると……少し認識を改める必要があるか」

「……魔族側って今までそんな認識だったのですね。国力の割に侮られている気配は感じていましたが、何となく問題の本質が見えてきた気がします」


 これまで人間側の国が魔族側を過度に恐れていなかった根幹として、人数の優位に加えて文化の優位というものが挙げられる。

 魔族は個々の戦闘能力が高く局地戦では脅威であるが、人間側には政治や経済といった国を支えるシステムや戦術・戦略で大軍を効率的に運用するノウハウがあるので国家として遅れを取る事は無いだろうという自負だ。


 だが、セレスティナを見てアーサー王子はその自信が揺らぐのを自覚していた。

 一部誤解はあるが迷い無く国の重要産業の経営権を押さえようとしたりお金を使って経済を回す事の重要性を当然のように理解していたりと、高い教育や知略を感じ取り危機感を覚えたのである。

 少し言葉を交わしただけでこうなのだから、その会話という地表に現れる芽や花を支える根の部分、すなわち彼女の持つ知識や見識の総量は如何程なのか。ある意味恐怖に似た興味すら感じるのだった。


 ……尤も、魔国の教育の平均的な水準としては、国家経済と家計簿の区別がつかず将来の大金よりも目先の食べ物を重視するクロエと同レベルだったりする。彼女にとってお金とは使うと消えて無くなる物だ。

 その点で王子の今までの分析もさほど間違ってはいないのだが。


 いずれにしても、外交交渉以外の場面でも地味ながら堅実にセレスティナの存在感はアルビオンの上層部へと浸透し、本格的な外交会談への道筋を着々と整備するのであった。


「さて、じゃあそろそろ出発とするか」

「ああ。朗報を待つぞ」


 気負いも無く軽い調子で宣言したリュークに、アーサー王子も信頼の篭もった様子で応える。立場や身分を越えた友情という感じで微笑ましい。


「ティナも、あたしと戦う前に怪我したり死んだりするんじゃないわよ」

「アリアさんも迎賓館生活が快適だからって魔術訓練サボったりせず、万全の状態で待ってて下さいね」


 留守番のアリアからもやや捻くれた激励を受けて、セレスティナとクロエ、リュークとアンジェリカの4人はいよいよ東の都市に向けて飛び立つことになるのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ