048話 初顔合わせ(生き別れの姉妹……か!?)
▼大陸暦1015年、炎獅子の月1日
会談の翌日、セレスティナとクロエの活動はまず引越し作業から始まった。
「おおー、絨毯もベッドもフカフカです。さすが迎賓館、国の伝統と格式と見栄が詰まってますね」
王家直々の指名依頼ということもあり、王城の敷地内に建てられた迎賓館へと招かれたセレスティナ達は、今日宿を引き払ってこちらに拠点を移すことになったのである。
これまでお世話になっていた宿の『栄光の朝陽亭』も細かい配慮が行き届いた快適な部屋であったが、迎賓館の部屋は流石にレベルが違い、部屋の広さも家具や調度品の質もこの王都で――すなわち大陸全土で最高クラスの癒し空間だ。
ただ、勇者リューク達も同じ迎賓館の真向かいの部屋を拠点にしているとのことで、今後共同作戦を展開する上での利便性と、油断するとすぐ居なくなるセレスティナに対する国としての監視強化の意味合いもあるらしく、素直に部屋のグレードが上がった事を喜ぶ訳にもいかないようだ。
尚、予算の出所が違う為、これによって王子の懐が痛む事にはならないし、勇者組と合わせると1組世話するのも2組世話するのもコストとしては大差無い為気兼ねなく使えるという訳だ。
「……こんな天蓋つきのベッド、分不相応で落ち着かないわ」
豪華なベッドをぽふぽふ叩きつつクロエがそう零す。
「大丈夫ですよ。私も最初は戸惑いましたがすぐ慣れましたから」
「そう…………ってちょっと待って最初っていつの話よ」
いつものように益体も無い会話を繰り広げながら、ガラス窓のような大きな両開きの扉を開けて外の様子を確認する。優雅なバルコニーがせり出しており、夜は涼しい風に当たりながら星空を楽しめそうだ。
防犯を考えるとバルコニーの防衛機能はあまり宜しくないが、王城というセキュリティの高いエリア内なので王族側が直接敵対しない限りはまず問題にならないだろう。
「唯一の不満は……《飛空》封じの結界の範囲内ということでしょうか。こっそり空飛んで逃げられませんから城壁の外に出るには毎回警備員に報告しないといけないのが煩わしいですね」
「むしろそれが王城側の主な狙いなんじゃないの?」
「キャナルゲートタウンでやらかしたのが随分影響してるみたいですね……」
「普通、一泊二日で国の最南端の都市に行って闘技場荒らして貴族ぶん殴って帰って来るとは思わないわよね……」
あの件もあって、現在アルビオン国内では闘技場で奴隷を無理やり戦わせる行為を一切禁止している。人道的措置と言うよりはセレスティナがクロエを連れて国内のどの闘技場へも簡単に行けてしまうことが明らかになったので国の資産保護の側面が強い。
ただ間接的にはそれで一部の獣人奴隷の延命に繋がっており、テネブラ側としてはこれで稼げた時間を上手く利用してもう一手打ちたいところである。
また、一夜にして街の資産総額の内金貨2000枚以上を失ったキャナルゲートタウンでは不景気の兆しが見られているという噂もあり、それが事実であったとしたら尚更セレスティナを野放しにする訳にはいかないということだ。
今更ながらお金の恐さを思い知る庶民派のセレスティナとクロエだった。
「あ、そうだ。お昼は迎賓館の食堂で勇者リュークさん達のパーティとご一緒することになりました。クロエさんと、それからあちらのパーティの魔術師さんの顔合わせも兼ねて、だそうです」
「……そう。昨日はあたしだけご馳走を食べ損ねたからその埋め合わせになるぐらいには期待できるのかしらね」
昨日の会食でセレスティナ一人だけで高級レストランにお呼ばれした件を地味に根に持っているらしい。食べ物ぐらいしか執着が無い分最近めっきり食道楽になっているクロエだった。
「迎賓館ですから、きっと、一流の素材を一流のシェフが一流の道具を使って調理した一流の料理が出てきますよ」
「……仮にも貴族の令嬢としてそんな語彙で良いの?」
クロエの容赦の無い突っ込みにとても微妙な笑顔で誤魔化すと、セレスティナはクロエを連れて食堂の方へと移動するのだった。
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食堂でリューク達と合流し、5人で昼食を共に囲む。バイキング形式で、テーブルマナーに疎く割と大食いのクロエに嬉しい仕様だった。
メンバーはセレスティナとクロエ、そしてリュークとアンジェリカともう一人魔術師の少女が同席している。
「クロエよ。弓と罠が得意。あとこの耳は猫なんかじゃなくて誇り高い豹だから、間違えないでよね」
勇者パーティが皆実力者揃いなのを肌で感じているのか、黒い豹耳をぴこぴこ動かしながら警戒した様子で挨拶するクロエ。
リューク達もその耳が気になるようだがいきなり手を伸ばすような無作法はせず、もう一人の初対面組の紹介に移った。
「あたしはアリア。この国でも最強の美少女魔術師よ」
アイスブルーの髪に青いローブ姿の魔術師が、金と青の色違いの瞳にこちらを値踏みするような輝きを灯す。
歳も体格もセレスティナとさほど変わらない小柄な少女だが、だからこそ魔術師を見た目で侮るような愚は双方とも冒すことはない。
「良いのですか? グレゴリー講師や宮廷魔術師長を差し置いて最強を名乗ったりしても」
「あぁ、それは“美少女魔術師”枠での順位だから、その2人は年齢とか性別で階級外になるのよね」
意外と狭いランキングのようだ。
「ま、直接戦っても勝てるとは思うけどね。魔術師同士の試合って受けて貰えないから成立しないけど」
「近接戦と違って手加減や寸止めができませんから、しょうがないですわ」
大量に確保したフルーツサンドを頬張りつつ実に残念そうにアリアが言うと、保護者のような口調でアンジェリカがコメントを返してきた。
ちなみにアンジェリカも神殿仕込みの素手格闘術を修めているが、敵や犯罪者を生きたまま捕らえる捕縛術の意味合いが強く、それゆえ組み手なども気兼ねなく行える為、持てる者による上から目線のように感じて当のアリアは不満顔だ。
「それで、ティナはどれぐらい強いのかしら? あたしとしては、本当にあたしの代わりにリュークの旅に同行できる程の腕があるのか是非一度テストしたいところなんだけどね」
ニヤリ、と好戦的な笑みを浮かべるアリア。対するセレスティナもまるでカードゲームの対戦を受けるような気安さで受諾する。
「構いませんよ。こういう経験は貴重ですし、国内最強クラスの魔術師の実力は私も興味ありますから」
「ちょ、危険ですわっ!?」
いきなり決闘のような流れになりかけて慌ててアンジェリカが静止をかけた。その剣幕にセレスティナも考え直して少し軌道修正をかける。
「……ただ、今ここでアリアさんに何かあるとフェリシティ姫殿下のお命まで危険になりますから、全力でやり合うのは後日改めて、とした方が良いのでしょうか」
彼女の言う通り、現状でフェリシティ姫の生命維持に欠かせない光の幕に定期的に魔力を供給しなければならず、その役目はアリア一人が担っている。大怪我は勿論のこと、肉体的には無傷でもそちらに回す魔力が無くなるぐらい消耗すると大惨事に繋がるのだ。
「ほほぉ、あたしの事を気遣うとは随分余裕じゃないの」
「むしろ逆です。気遣う余裕が無いぐらいに実力差が小さい場合を一番心配してます。それに、折角実戦形式の訓練するなら万全の状態のアリアさんと戦いたいじゃないですか」
「なら実力テストは帰還後に延期する? 但し、そこまで豪語するんだからしっかり楽しませてくれるわよね?」
もはや試験の趣旨が迷子になって戦う事自体が目的にすり替わっていたが、この二人にとっては些細な問題のようだ。大きな溜息をつくアンジェリカを尻目に魔術師組は新しい玩具を貰った子供のように輝く笑顔をしている。
その様子を見たリュークが素朴な疑問を口にする。
「……アリア程の魔術狂いがまさかもう一人居るとはな……実は生き別れの姉妹とかだったりしてないか?」
「いえ、そういう話は聞いたことありませんが……」
真面目に返すセレスティナだったが、横で聞いてたクロエも腕組みをしてうんうんと頷いていたので彼の気持ちは良く分かったのかも知れない。
「それにしても、ふふ、久しぶりにあたしの邪皇眼が真の力を解放できるかと思うと身体中の魔力が滾ってくるわ」
「その右目の設定、ちゃんと名前あったのか」
右目を押さえて悶えだしたアリアに、リュークが感心したような言葉を投げかける。そんな中、セレスティナが乾いた笑顔を浮かべつつ出発の日程について尋ねた。
「と、ところで、そうと決まればささっと出かけてぱぱっと調合してちゃちゃっと帰って来たいところですが出発は何時にします?」
「そうだな。明日一日で準備して明後日、炎獅子の月3日の朝ぐらいで良いか? 途中火吹き山にも回るなら結構な長丁場になりそうだし準備はしっかりしておかないと」
「あ、その件ですが、実は昨日の席で言い忘れていましたが――」
セレスティナが申し訳なさそうに手を挙げて、重大発言を投げ込む。
「――虹色火喰い鳥の羽毛、実はもう持ってますので、魔国に立ち寄る必要は無いと思います」
「何だって!?」
「ちょっ!?」
「なっ!?」
「聞いてないわ! どういうことよっ!?」
そのあんまりな事実に、クロエも含む4人の驚愕の声が食堂に響いた。
やがて皆が落ち着きを取り戻した頃、彼女は仕事用の鞄から七色に輝く羽根を取り出し、シャンデリアからの光にかざす。
「虹色火喰い鳥の羽毛は魔道具を作成する時の羽根ペンに有用なので予備も含めて何枚か確保していたのですが……まさかこんな用途に化けるとは私も考えてもみませんでした」
「……俺だってこんなオチは予想外だ」
脱力したようにリュークが椅子の背もたれに体重を預け、天井を仰ぎ見る。アンジェリカやクロエも虚ろな目をしており、アリアはツボに入ったのか笑い転げていた。
「もうちょっと早くティナと接触できていれば、ギルド長も辞めずに済んだのにな」
「え、ギルド長って……探索者ギルドのですか? まさか遠征の件で責任取らされたとか……?」
遠征隊を追い返したのにセレスティナも多少貢献しており、そのことが直接原因になったとしたら仕方ない事とはいえさすがに少し申し訳ない。そう思って慌てて聞き返した彼女にリュークは苦笑いしてかぶりを振る。
「いや、遠――えっと、国内事情の極秘作戦に使う備品に借金して揃えた物があったらしいんだが成果があがらなくて申請してた予算が下りなかったから、それで首が回らなくなって挙句にギルドの金庫からこっそり横領したのがバレて……」
「……それは自業自得ですよね」
実はその備品とはセレスティナが卸した容量拡大鞄のことなので間接的な要因にはなっているのだが、そうとは知らない彼女には盛大な自爆にしか見えないのだった。
「さておきまして、レシピの他の材料をチェックして頂いて、揃ってるようでしたらその調薬師さんの居るイストヨークに直接向かえば良いと思います」
突き詰めれば、レシピさえ今貰えればセレスティナがこの場で調薬することも可能だろうが、そうさせて貰えないのは王国側の事情でもある。
セレスティナにそこまで頼むとその分の経験や報酬まで彼女に回ってしまい、国内の経済を回したり産業を育てたりする機会が失われるのが主な理由だ。
「分かった。じゃあその方向で準備してイストヨークに直行だな」
具体的な方針についてはパーティリーダーのリュークが預かることとなり、「それにしても」と続ける。
「その虹色火喰い鳥って、かなりの強敵なんだろ? どうやって羽毛を何枚も手に入れたんだ?」
「それは企業秘密ですので、簡単には教えられませんよ」
「……だよなあ」
餌を探して外回りに出かけてる隙に巣の中を漁れば結構簡単に拾えるのは内緒にして、セレスティナが含み笑いを浮かべる。
「あ、ですが、どうしてもと言うなら力ずくで聞き出してみますか? アンジェリカさんの立派なお胸で圧殺責めとかされたら私、あまりの苦しさに洗いざらい喋ってしまいそうです。ああおっぱいこわい。うぇるかむかもーん!」
「し、しませんわそんなはしたないっ!」
「あー、なんかゴメン。この子時々頭おかしいから」
輝く笑顔でハグ待ちのように両腕を広げるセレスティナと対照的に申し訳なさか恥ずかしさか耳をしおれさせながら陳謝するクロエ。そんな彼女達に向けてとても良い笑顔で返すリューク。
「いや、気が合うな、俺も同感だ。やっぱ怖いよなあ、おっぱいは」
「あ、分かって貰えて嬉しいです」
なんか意気投合してがっしり握手を交わしたリュークとセレスティナに、アリアが呆れた様子で一言呟いた。
「人の事どうこう言うけど、むしろあなた達の方が生き別れの兄妹に見えるわよ」




