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魔物の国の外交官  作者: TAM-TAM
第4章 栄光の王国の勇者御一行
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047話 会食と会談・2(彼女の望む物は……)


「最初に確認したいのは、このご依頼は“外交官”としての私に宛てたものですか?」


 質問タイムに入り、まずセレスティナはこう問いかけた。

 この質問の意図は、アルビオン王国としてテネブラと国対国の関係改善を目指すつもりはあるのかどうかと、この仕事でセレスティナが受け取れる“報酬”に外交的優位を望むことができるかと、こういうことである。


「余はまだ国家戦略に口出しできる立場ではない。今回は“熟練の魔術師”としてのティナ殿個人に頼みたいと思っている」

「そうは仰いますが、王子殿下の存在感や発言力を考慮しますとつい期待してしまいます。それに、私としましても国家間の関係改善は長期的な視点で進めたいですので、出世払いもご相談に乗らせて頂きますが」

「いやいや、軽はずみな約束した途端に父王に何かあったりしたら洒落にならないからな。余は余の手の届く範囲内でのみ今回の職分を全うする」


 どうやら外交交渉にまで持ち込むことは難しそうで、セレスティナは攻め手を変えることにする。


「では、王子殿下の個人的な権限範囲で御免状みたいなのを(したた)めて頂きたく存じます。この国に捕らわれた魔族の奪還に際してある一定範囲の違法行為は正当防衛や緊急避難扱いで不問にして頂くような」


 セレスティナの提案にしばし黙考した王子は慌てて首を横に振る。


「それ、認めると国内でテロが頻発する奴だよな? 却下だ却下」

「ご心配には及びません。あくまで平和裏に、怪我人を出さず、物品を壊さず、証拠も残さず、アリバイも準備して事に臨みますから」

「もっと怖いわ! ……それにしても、宰相が忠告したように本当に油断のならない奴だな。金を握らせれば黙る連中の方がまだ可愛く思える」


 こちらが素顔なのか、カジュアルな口調でぶつぶつ呟くアーサー王子。


「そうですね。父もティナさんの事を“隙あらば国交を結ぼうとする国交系女子”と評していましたがその意味が分かった気がします」

「それってカテゴリ分けする程のジャンルなんですか!?」


 呆れたようなクラリスの言葉にセレスティナが思わず素の声を上げる。いつもとはボケとツッコミの攻守が逆転していて新鮮だ。


「で、では、報酬については保留としまして次の質問になりますが、その特効薬に必要な素材とは何でしょうか? 物によって入手難易度が変わりますので」

「それは……極秘事項だからな。正式に依頼を受諾して貰ってから話そう」

「……でしたら、報酬の交渉の際は入手難易度が最も高いものと見積もって良いのですね?」

「ああ。それで構わない」


 仮にセレスティナがこの話を受けずに敵に回った場合に重要な情報を保護する意図だろう。


「あ、そうだ。先日の遠征部隊騒ぎの影響で、国内事情で火吹き山が封鎖になりまして。そこでしか取れない素材は入手難易度を1ランク上方修正いたしますね」

「ふむ、どこの国の遠征隊かは知らぬが迷惑な奴らよ。無論我が国ではそういった部隊を編成した事実など無い」


 宰相と口裏合わせをしているのか、王子も遠征部隊については知らぬ存ぜぬを貫き通すつもりのようだ。セレスティナとしても今この手に物証が無くこれ以上つつくのも不毛なので素材の見積もりアップだけで手を打って次の話題へと進む。


「それでは続きまして……その特効薬のレシピの出所はどこでしょうか? 本来薬の開発というものは、まず素材を幾つも用意しましてどの素材をどう加工して使うと効果が高いか気が遠くなるほどの観察と推論と実験を繰り返して初めて実用化できるものです。これまで存在しなかった薬のレシピありきで素材を集めるのは手順として論理的じゃないと思います」


 この依頼を受ける場合、仮にレシピが間違っていて目的の素材を手に入れたは良いが特効薬が完成しなかった場合のことをセレスティナとしても当然想定する。だが依頼者達はそのレシピの正当性・確実性に疑いを持っていないようで、その点が気になったのである。


「そのことについては、(わたくし)がお答えしますわ」


 そこへ、今まで黙っていたアンジェリカがたおやかな所作で挙手する。


「フェリシティ様をお助けするべく精霊神リャナン・シーに祈りを捧げましたところ、その特効薬のレシピをお預かりしたのですわ」

「なるほど……預言や神託のようなもの、と言う事ですね」


 アンジェリカ達神官が信仰する愛と生命の精霊神リャナン・シーは、存在としては精霊の延長のようなもので、セレスティナがイメージする神話や伝説の「神」程の大きな力は行使できない。

 だがそれでも、愛の神だけあって彼女なりに人類を愛し、その命を護りたいと願っていて、アンジェリカのような神官に力を貸すこともある。


 勿論それで無制限に力を振るうとさすがの精霊神も過労死してしまうので、最小限の労力で最大限の効果を挙げつつ人間の側にも主に試練と言う名の自助努力を促す方法を取ることが多く、今回の件もまさしくそれに当てはまる。

 今回の“特効薬”が実用化するなら、類似の毒や病気に苦しむ数多くの者達に対する福音となるからだ。


 余談であるが、精霊神信仰はこの大陸では広く受け入れられているがその割には神殿の影響力は低く神官も人数が少なくほぼ名誉職のような扱いである。

 理由は様々であるが、やはり人は助ける側よりも助けられる側でいたいのが大きな一因だろう。気楽な生活を送り困った時は神殿に赴き神官に助けてもらうのを望む普通程度に善良で信仰心のある者は多いが、名誉職であり人々から尊敬はされるもののそこまでの地位や財産は築けない神官の道に進むには結構な覚悟が要る。そういうことだ。

 更に加えるなら、教義として貞潔な愛を重んじているためリャナン・シーの信徒は一夫多妻を禁じられており、主要な支配階級である貴族男性からの支援がなかなか受けられにくい現状があったりもする。


 神官であることの最大のメリットは恐らく、今回のアンジェリカのように、大事な家族や友人を失いそうな場面で救う力が得られることだろう。だがそれも事態の遭遇頻度で言えば人生で数える程度で、そのことに意義を見出せる人間はきっとそれほど多くない。


「それでは、私の仕事としましてはその素材を入手して特効薬を持ち帰った時点で依頼達成ですね」

「うむ。その理解で問題無い」

「最後にもう一つ。特効薬の調薬はどなたが?」

「東の都市、イストヨークに工房を構える錬金術師に依頼することにした」


 聞くところによると王城とも取引の多い国内最高クラスの実力を備えた錬金術師とのことらしい。こういった重要問題は機密保持や人材育成の観点からも国内の人材で対応するのが常なので、セレスティナの伝手にもマーリンを始め熟練の錬金術師が何人か居るがそちらに仕事を回す宛ては見事に外れた。


「……さて、質問は以上かな」

「そうですね。報酬さえ折り合えば是非お受けしたい仕事だと思います」


 再び会話の主導権が王子の手に渡り、一騎打ちに臨む騎士のような鋭い眼光を向けてくる。

 いずれにしてもセレスティナとしては受諾するしかない話である。ここで断ったとしたらセレスティナが貴重なコネを結べず王子がこれまで費やした多大な資金と時間とが無駄になり姫君の命は失われることになり、誰も幸せになれない。


 そうすると後はセレスティナとしてはどれだけ高く値段を吊り上げられるか、そして王子としてはどれだけ安く買い叩けるか、が勝負だ。


「もし物納だとするなら、ティナ殿には今欲している物が何かあるか? 無論、無形の権益以外で」


 先ほども王子が述べたが今回の計画に使える手持ちの予算は残された額があまり多くない。宝石や貴金属等を換金して金貨を渡すぐらいならそれらを直接報酬として用いる方が売却時の手数料が目減りせずに有利という寸法である。

 教育なのか元の性格か、意外とお金に細かい王子であった。


「欲しい物、ですか……」


 顎に手を当ててゆるりと彷徨わせていたセレスティナの紫色の目線が、ふとある地点で止まる。

 そのままじっと、アンジェリカの豊かな胸部を物欲しそうに眺めていると、視線に気付いた彼女はがばっと両手で胸を隠そうとして(隠せてない)ぷるぷると首を横に振った。


 名残惜しそうに眉尻を下げて王子の方を向いたが、「……こういうのは本人の意志を尊重せねばならぬからな」と突っぱねられた。


「……足りなければ差額を積む用意はありますが、アンジェリカさんってお金や地位ではなびかないガチなタイプの聖職者さんですか?」

「セレスティナ様の持っている聖職者のイメージについて、一晩ぐらいみっちり語り合いたいところですわね」

「うん。残念ながらアンジェの胸は俺だけのものだ。ティナみたいな美少女相手でもこれだけは譲れんな」

「だっ、誰の物でもありませんわっ! ……今はまだ……結婚するまでは……っ!」


 横から割り込んだリュークの言葉に真っ赤になって抗議するアンジェリカ。パーティ内恋愛真っ盛りのようで微笑ましいが、目の前でのろけられても反応にやや困るのが実情である。


「それでは、アンジェリカさんが持つ新薬のレシピの独占権、これならどうでしょうか?」


 続くセレスティナの言葉に、アンジェリカは女子力の高い柔らかな仕草で首を傾げた。


「どういうことですの? (わたくし)は……と言いますか神殿としては、このレシピを秘匿するつもりはありませんわ。苦しむ方々に救いをもたらすのは神官の責務ですもの」

「その新薬の主要素材が魔国由来ということが公に広まれば、それを巡って多くの血が流れて、却って苦しむ人が増えると思います」


 それは人間と魔族との争いか、或いは火吹き山の権益を奪い合う人間同士の争いか。

 いずれにしても、レシピを人間側が押さえているのに肝心の素材は魔族側の領域でしか手に入らないというのは国際情勢的に火種にしかならないという主張なのである。火吹き山だけに。


「ですが、魔界でそのお薬を作れるようになったとして、どう使うおつもりですの?」

「勿論、世界平和の為にです」


 翠色の瞳に探るような光を灯し、こちらの目をじっと覗き込んでくるアンジェリカに、セレスティナは自信ありげな笑みを浮かべてそう返した。


「……その言葉、信用しても宜しいのですわね」

「もしもの時はアンジェリカさんがレシピを公開して魔国を戦火の渦に巻き込むこともできますから、取引としては其方が圧倒的に有利な立場ですよ。なので私としてもアンジェリカさんの聖職者としての矜持を信じます」


 かくして、今回の件でセレスティナの協力への対価として、アンジェリカが持つ新薬のレシピの独占使用権ということで合意となった。

 すなわち、アンジェリカ及び王城側や今回調薬する錬金術師も含めこのレシピの内容を口外しないこと、そしてセレスティナ及び魔国側がそのレシピに沿って新薬を開発するのに口出しせず対価も求めないこと。


 更に実務的な処理として、本来王子からセレスティナに手渡す筈だった報酬の受け取り先をアンジェリカ個人に変更することも加わる。

 彼女自身は子爵家令嬢でお金には困っていないが、神殿として病院や孤児院を開いていたり子供達を集めて読み書きを教えていたりしているので恐らくそちらの活動資金に幾らか宛てられるのだろう。


 余談であるが……

 これまで容量拡大鞄の売り上げやら闘技場の賭けやらで溜まった資金が絶賛死蔵中のセレスティナが、予算の残額を気にするアーサー王子に「現金が必要ならお貸ししますよ」と持ちかけてみたところ、丁重にお断りされた。


 ただアルビオン側も、お金を使って経済を回すことは国家運営にメリットがあるので、双方の利害が一致して近いうちにお勧めの投資先を紹介してくれる運びとなった。


「さて、ではティナ殿に入手して欲しい素材のことだが……火吹き山に棲むと言われる虹色火喰い鳥の羽毛が必要だ。道は険しいだろうが、妹の為にも何としてでも持ち帰って欲しい」


 王子としてではなく、妹を思う一人の兄としてセレスティナに向かい軽く頭を下げるアーサー王子。それにセレスティナも真面目な面持ちで頷く。


「なるほど。虹色火喰い鳥は不死鳥(フェニックス)の一種で毒や病気に耐性がありますから、その特性を薬効に反映させる設計思想でしょうか。ベースが火喰い鳥なので気性が荒くて凶暴ですが、遠くから見ると炎を纏った孔雀みたいで凄く綺麗な子なんですよ」


 ちなみに不用意に近寄ると蹴り一発で人が死ぬ。あと中距離でも炎の吐息(ブレス)でこんがり焼かれる。結構アグレッシブな魔獣なのだ。

 更に言うなら、鳥なのに実は空を飛べないので陸上を走って移動する、攻撃の対象にさえされなければユーモラスで愛らしい生き物である。


「ともあれ、ご依頼の方は確かに承りました。報酬分の仕事はして見せますので、王子殿下はご安心して凱旋をお待ち下さい」


 不敵な笑顔で自信満々にそう言うと、セレスティナはびしっ、と敬礼をするのだった。



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