045話 最後の授業(場所はいつもの)
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▼大陸暦1015年、堅蟹の月30日
元はと言えば、グレゴリー非常勤講師が不在の間の代役として雇われたセレスティナの臨時講師生活であったが、早くも最終日を迎える事となる。
探索から戻った彼が来週から現場復帰するとのことで、その知らせを聞いた生徒達は喜びと寂しさが入り混じった複雑な表情だった。
「という訳ですので、短い間でしたがお世話になりました。最後の授業なので取って置きの小粋な技を伝授して差し上げましょう」
いつものプールサイドで整列する生徒達を前に満面の笑みを浮かべるセレスティナ。この時点でロクな事にならない予感をひしひしと覚える生徒達だ。
「まずは前提となる情報の確認と共有から始めましょうか。このクラスで一番《防壁》が得意なヴィクターさん、さて、《防壁》の上に乗って落下を防ぐことは可能でしょうか不可能でしょうか?」
セレスティナが問いかけたのは、医者の息子で防御・回復寄りの魔術を好む茶髪で細身の少年ヴィクター。彼は「はい」と一声返事を出すと優等生らしい落ち着いた様子で答える。
「《防壁》は術者と一緒に移動する特性がある為、その上に乗ろうとすると《防壁》ごと落下してしまいます。よって不可能と判断します」
「よくできました。先日の実戦形式の授業の時にもシャルロットさんが《防壁》を張って体当たりしてきたのを覚えてる方も多いと思います。では、あの時に私が足下に《防壁》を張って水面を跳んだのは見てましたか?」
続く問いに何人かの生徒が控えめに挙手をする。生徒達の観察眼に彼女は満足そうに頷いた。
「この時点で種明かしをしたも同然ですが、《防壁》は浮力や空気抵抗の影響を受けますので、面積、形状、タイミング次第でこんな事もできるようになります。実際にやってみますのでよく見てて下さい」
そこまで言うとセレスティナは無造作にプールの方向にバックステップを踏んだ。
「――落ちるっ!?」
「おおおっ!!」
女子達が悲鳴を、男子達が歓声を上げるが、セレスティナの足が水面に触れようとした瞬間、彼女の足下に浮島のような正方形の平たい力場が展開され、体重を支えた。
そのままとんっ、と軽やかに跳躍して二歩目を踏み出し、着地点で再び《防壁》を張り、ダンスを踊るような足取りでプールの上を舞う。
「――と、まあ、こんなところです。ポイントは《防壁》を素早く張って素早く消すことですね。出しっぱなしだと術者に追従しますので水の抵抗で移動が重くなるのと、上に立ったままだと体重で沈んだりバランスを崩して転覆したりしますから足場の上に足を置くのは必要最小限にすることです。それでは皆さんもやってみて下さい」
易々と反対側のプールサイドまで行き着いたセレスティナが気安く生徒達を手招きする。だが勿論見た目ほど簡単な訳が無く、殆どの生徒は3歩以内にプールの藻屑へと散っていく訳で。
そしてセレスティナはそんな生徒達にお手本を見せたりアドバイスを与えたりしつつ、濡れたポロシャツを堪能する至福の時を過ごしたのだった。
やがて、体力と魔力の尽きた生徒から順に陸へと上がり、授業時間の終わり頃になると辺りは屍累々の惨状になっていた。《防壁》は優秀な防御魔術だがその分魔力の消費も激しく、学園の生徒達ぐらいの魔力量だとあまり多用は出来ないのだ。
「……けほっ、けほんっ! か、考えてみたら、わたくしには《飛空》がありますからこんな邪道な技は必要ありま――」
「《飛空》は発動に時間がかかりますし落下の時の立て直しにコツが要りますから、落下速度を和らげる緊急避難として覚えておくに越した事はないですよ。空中の事故は致命傷に繋がりますし、一生に一度の使用頻度でも十分元が取れると思います」
最後から数えて二番目にプールから上がってへたり込むシャルロットに同じ《飛空》使いとしての心構えを説きつつ、ラストの一人であるデルタがプールから上がるのを待つ。
ちなみに彼女の運動着から透けて見える水着は情熱の赤色で、その豊満な胸囲と相まってセレスティナの目線と心を捕まえて離さない。
「ところで、ティナ先生は臨時講師辞めたらどうするのかしら? まだ王都にいらっしゃるの?」
「実はこの授業の後クラリス教諭に食事に誘われてまして、次の仕事の関係者にお会いしてきます。まだ交渉の段階ですのでどうなるかは未定ですが」
食事に誘われるということは依頼主がそれなりの地位を持ち、尚且つ依頼対象としてセレスティナを指名してまず話し合いの場を持ちたいということだろう。そこまで考えてシャルロットはふと一つの可能性に気付く。
「それって、会食をセッティングしてまでティナ先生程の魔術師に頼みたいことがあるって訳よね? ……もしかして、フェリシティ姫絡みの件だったりするかしら?」
魔獣バジリスクの毒で友人を失いかけているシャルロットがずずいと詰め寄ってくる。セレスティナとしては話を公にすることも出来ないので微妙な笑顔でかわすしかなかった。
「ええと、仮にそうだった場合は全力を尽くします」
「そう。まあ今はその答えで十分だわ」
何様のつもりか、偉そうに胸を張って鷹揚に頷くシャルロット。ぱちりと手を打ち合わせるとクラスメイトに向かって高らかに呼びかけた。
「それなら、ティナ先生のこれからの健勝と活躍を祈念して、景気づけに胴上げとか如何かしら?」
「え? あ、あの、そこまでする程のことでも――ふわっ」
約1ヶ月の短い期間であったが、セレスティナが生徒達に与えた影響は大きかった。
魔術の威力よりも工夫や応用を重視した教え方はグレゴリー講師とは気色が違えど生徒達の将来に大いに役立つであろう。
また、歳も近く目線も低い彼女の存在は親近感を抱くにも十分だった。
生徒達に囲まれたセレスティナの体が、一度、二度、宙を舞う。
見送る彼らの心の中を占めるのはきっと、感謝や尊敬、友情に憧憬。
そして、授業で幾度もプールに叩き落され濡らされた恨みつらみ――
「「「せーの、それっ!!」」」
まるで前もって打ち合わせしていたかのように、三度目は真上ではなくプールに向けて放り投げた。小柄で軽いセレスティナの身体は、冗談のように高く遠く放物線を描く。
「え? え? ふええええぇぇーーっ!?」
そして、プールの真ん中に大きな水柱が立った。
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「あら、青春ね」
結局あれから生徒達と水遊びに巻き込まれて全身びしょ濡れで教諭室に戻ったセレスティナを見て、クラリス教諭が目を丸くした。
「もしかして、私までお子様側にカテゴライズされてますか? 先生なのに?」
「だって、二十代半ば過ぎるとお化粧が厚くなってとてもプールではしゃぐなんてできないもの。そういうのは子供の特権よ」
ほぅ、と色っぽい溜息をつくクラリスの指摘にぐぬぬ、と呻くセレスティナ。
「でも、今日の授業でティナさん自身が教えた技を駆使すれば水落ちも防げた気がするんだけど」
「胴上げってフワフワして夢心地になるんですよ。それに今まで授業で散々濡らしてきましたから最後ぐらいは良いかなあと……」
濡れたのを気にする事も無くそう言って笑顔を見せる。夏用の白い薄手のワンピースドレスは水を吸って肌に張り付き、謙虚な身体のラインや黒レースの下着をくっきりと透けさせている。
「それにしても、ティナさんの下着って、その、イメージと違うわね……」
「生徒達にも散々言われましたが大人ですからこれくらい普通だと思いますっ」
不機嫌そうな顔と声音を浮かべながらセレスティナが不満を口にする。やれ似合わないだのまだ早いだの、挙句には「ママの服とか化粧品で遊ぶウチの妹みたいで可愛い」とまで罵倒されて心に傷を負ったらしい。
「あぁ……クレア嬢の妹さんが今年11歳で少しずつレディの自覚が芽生えて可愛い盛りってこの前聞いたわね」
「そういう情報は欲してません……」
11歳の子と同列に扱われてずーんと沈んでいると、部屋の扉がノックされた。
開けてみると案の定、シャルロットやクレア達の女子生徒組が購買の紙袋を抱えて入って来る。
「ティナ先生、着替え持ってないと思ってお世話になったお礼代わりにプレゼントしてあげるわ」
「お気遣いありがとうございます。これから人に会う用事があると伝えてるのに誰かさんがプールに放り込むものですから、危うくこんな恥ずかしい格好で外を歩くところでしたよ。視線が癖になったりしたらどうしてくれるんですか」
「それ、どうにかするものなのかしら!?」
軽口を返しつつも紙袋を受け取って中身を広げてみると、出てきたのはファンシーな下着の数々だった。
上下揃いの物から単品まで色柄も様々で、小動物のバックプリント、白地に青の水玉模様、パステルカラーのチェック柄、淡いピンクのリボン付き、そして極めつけはやけにリアルな苺柄。
水に濡れた訳でもないのに朝露が滴るような瑞々しい写実的な苺は装備するにはハードルが高く、売れ残って特価品半額の値札がついていたのも納得だ。
「って、子供用ばっかりじゃないですかっ!?」
「だって、絶対にそっちの方が似合うから。あ、服はこれね」
シャルロットが目配せをすると他の女子生徒がグロリアサクセサー学園の制服を差し出してくる。成長に伴いサイズが小さくなって着れなくなったお下がり品という訳だ。
色々釈然としないものを感じつつもセレスティナは、折角の生徒達の好意なので部屋の奥の物陰でもそもそと着替えることにした。
「こ、これ、スカートがやけに短くないですか?」
白いブラウスにフリルのミニスカートを装着した彼女が開口一番、スカートの丈に異議を唱える。元が子供用ということもあるが、風か角度がちょっと頑張ればあっさり中身が見えてしまうぐらいに短く、白い太ももを惜しげもなく開放していた。
「大丈夫。ティナ先生は脚長いからミニスカートが映えるわ」
「そ、そんな煽てに乗せられませんからね」
顔を赤くしつつ膝を閉じ、スカートの前を押さえてもじもじと落ち着きの無い様子を見せるセレスティナ。
「ティナ先生、前屈みになると今度は後ろから丸見えになるわ。可愛いピンクのチェック柄が」
「ふひゃあっ!?」
ちゃっかりと後ろの椅子でお茶菓子を摘んでいた女子生徒の言葉に、慌てて背筋を伸ばしてお尻を押さえる。その様子に生徒達がどっと笑い声をあげた。
「ティナ先生、さっきの授業の時は透けても堂々としてたのに今更何をそんなに恥ずかしがってるのよ」
「だ、だって、見られるのがと言うよりはこんな子供ぱんつ穿いてると知られるのが恥ずかしいですよ。それに、こんな短いスカートだと中がすぐ見えて有難みが無いのが気に入らないです」
男子寄りの感性で答えつつ最後に首元に校章入りのスカーフを巻いて、どこから見ても学園の生徒にしか見えなくなったセレスティナに、女子生徒達が群がる。
「あーもう、先生ってポンコツ可愛いー。ウチの子にならない?」
「な、なりませんよっ。それに先生はもう大人ですから可愛くなんかないですっ」
「はいはい可愛くない可愛くない」
寄ってたかって頭を撫でられてセレスティナが「うー」と呻っていると、助け舟のようにさりげないタイミングでクラリス教諭が出発を促す。
「さて、じゃあ表に馬車を待たせてあるからそろそろ出発しようかしら」
「は、はい」
必要以上に膝を閉じたぎこちない歩き方で退出するセレスティナを、生徒達は微笑ましい様子で見送る。
外見に似合わず魔術師として熟練の域に達していた人だが、女子としては残念で不思議な生き物という印象が強く残っていた。後日彼女の正体が公式に明かされるまでの間、生徒達の中では「ティナ先生は何者だったんだろう」という考察や噂話がしばしば持ち上がることになる。




