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魔物の国の外交官  作者: TAM-TAM
第3章 白亜の国の遠征部隊
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【番外編】魔物娘アンソロジー・4(地下格闘場の惨劇)

※番外編ということで、時間軸が少し戻って3章序盤の頃の話となっております。

 034話で言及のあった『セレスティナが以前に“シルバーソード”名義で何度かカジノへと向かい情報収集した際も似たような話は耳に入っており』の詳細を描写する部分になります。

 本編への影響はありませんので読まなくても4章以降で不備が生じるようなことはないつもりです。


 また、このシリーズは微エロ・変態成分多めでお送りしますのでご注意下さい。


▼大陸暦1015年、双頭蛇(第5)の月末


 一部の上流階級の紳士達が、刹那的で退廃した刺激を求めて、闇マーケットで買った見目麗しい獣人の女性達を地下格闘場で戦わせる。

 そんな成金特有の眉をひそめる娯楽があるという噂の真偽を確かめる為、変装したセレスティナはこの日、カジノの地下に隠された会員制のクラブに“シルバーソード”名義で足を運んでいた。


 仮面で目元を隠し、目立つ銀髪も白髪染めで地味な茶色に偽装しており、紳士淑女の中に埋没してこっそり情報を集める……つもりだったが、世の中そう上手くはできてないようだ。

 ここでの“見世物”の関係上、この場に居るのは出場選手を除くと彼女以外は皆紳士ばかりで、紅一点の彼女の姿は非常に浮いていたのである。


 そんな中、老いも若きも痩せた兄さんも太ったおっちゃんも、お酒やジュースを飲みながら目の前で繰り広げられる“惨劇”に大歓声を上げていた。


「ふおおおお…………これは、噂に聞きしに勝るけしからなさですね」


 ちゃっかりと最前列(かぶりつき)で目を輝かせて観戦しつつ率直な感想を述べるセレスティナ。

 ここカジノの地下で獣人女性達が戦わされている種目は、温暖な気候の土地で採れる果実から搾り出したオイルで満たされたプールの中で、胸と腰を申し訳程度に覆うきわどい水着のみを装備して押し合い引き合いそして揉み合う、いわゆるオイルレスリングと呼ばれるものだった。

 オイルまみれの瑞々しい肌を光らせ胸やお尻を大きく揺らしながら格闘する様は女同士の戦い特有の迫力に満ちており、揺れる胸に弾かれるようにオイルの雫が飛んで虹を作る光景はここが地下であることを忘れて天上の庭園に迷い込んだかのような神秘性を感じる。


 勝利条件は相手のブラを剥ぎ取ること。なので自然と互いの胸に手が伸びて文字通りの意味で揉み合いになり、その都度観衆を沸かす。

 この日も数多くの試合が行われ、そして試合数と同人数の敗者がポロリし、だが観客にとっては勝敗など二の次なので試合後に投げ込まれる硬貨(チップ)はむしろ敗者に手向けられるものが多かったりする実情もあり、諸行無常だ。


 そして今行われている最終戦(ファイナルマッチ)は、この地下格闘場で最人気の二人、猫耳獣人のミーアと兎耳獣人のレェナとの対決だ。

 どちらも色気のある美人さんで身体能力が高く胸も大きい、オイルレスリング映えする逸材で、取っ組み合う度に弾かれるように大きくゆっさゆっさ揺れる胸にセレスティナも一瞬たりとも目を離せない。


「このっ、小動物は小動物らしく大人しく捕食されるニャ!」

「ウサギを甘く見て油断すると首を刎ねられることになるピョン!」


 いまいち会話に緊張感が無いが、彼女達にとっては生乳房を衆目に晒すかどうかの瀬戸際。ミーアは積極的にオイルまみれの素足をぬるりと絡めてレェナの強靭な脚力を封じ、だがレェナもミーアの手首を掴んで彼女の自慢の手数を生かした攻撃の起点を封じる。

 獣人にとっては命とも言える耳や尻尾もオイルで濡れそぼって情けなく萎れている。

 そのまま密着して胸同士が幾度もぶつかり反発する激しい攻防の末――


「はぁ、ふぅ、て、手こずらせやがってニャ!」

「い、いやああーー! アタシもうお嫁に行けないピョン!」


 遂にミーアがレェナの物だった水着のブラを頭上に高々と掲げて勝利宣言した。だが彼女の水着も左の肩紐がずり落ちていて薄氷の上の勝利だったことを窺わせる。

 勝者にも敗者にも、惜しみなく拍手や歓声やチップが降り注ぐ名勝負だったことに疑いは無い。


 セレスティナが昔に観た映画でも、子供に難しい手術を受ける勇気を与えるために格闘技の試合に臨む場面があったが、今ならその子の気持ちがよく分かる。

 素晴らしい試合は、それを見る者に勇気と感動を、夢と希望を与えるものなのだ。


「す、凄かったです! 感動しました!」


 本当に心を揺さぶられるとき、人はかえって単純な言葉しか出せなくなるのか。セレスティナが心からそう褒め称え、奮発して金貨を1枚チップに渡そうと手を伸ばしたその時。


「ほほぅ、じゃあアナタも感動を与える側に回ってみるニャ?」

「……え?」


 ニヤリ、とどす黒い笑顔のミーアにその手首を掴まれた。


「そうそう。貴族サマもアタシ達の気持ちを少しは味わってみれば良いんだピョン」

「え? え?」


 ブラを再び装着したレェナも、反対側の手首をがっちり捕まえる。


「「せーのっ!」」

「あ、あのっ私は見る専の方が性に合ってましてふええええぇぇーーっ!?」


 そのままオイルの海に顔面からなす術も無く引きずり込まれたセレスティナを、ミーアとレェナが二人がかりで沈めた。水深はそれほど深くないが転ばせて上から押さえつけると顔が浸かるぐらいにはオイルがなみなみと注がれており、溺れかけたセレスティナが手足をじたばたさせてもがく。

 高級そうなドレスが一瞬でオイルの中に沈み裾が蓮の花のように水面に広がる非日常的な光景に、観戦していた紳士達のテンションも一気に急上昇だ。


「無理矢理こんなとこに連れて来られて無理矢理こんなことやらされてるアタシ達の気持ちが分かるニャ?」

「貴族のお嬢サマがわざわざこんな所にまでアタシ達の惨めな姿を見て笑いに来たピョン?」

「……わぷっ、けほっ、そ、それは誤解ですっ」


 摩擦係数の極めて低いオイルの海では手足を取られて思うように体を動かせない。やっとの思いで水面から頭を出して咳き込みながら釈明するセレスティナの眼前に、ミーアの大迫力の胸が迫る。


「お嬢サマが試合中ずっと胸をガン見してたのは気付いてたニャ。もしかしてこういうのが良いのニャ?」


 押し倒すように覆い被さり、胸の圧力で再度セレスティナをプールに沈めるミーア。


「ちょっ、ごぼっ! けほっ! ……い、息が……っ!」

「そんな事はどうでも良いニャ。こういうのが良いのかって聞いてるのニャ」


 組み伏せるような体勢で重そうにぶら下がった胸を左右に揺らし、ミーアがセレスティナの頬をぺちぺちと打つ。


「す、凄く良いですっ……じゃなくて、ご、誤解があります。ちょっとお耳を拝借」


 猛攻が落ち着いてきたところを見計らってセレスティナは獣人二人を抱き寄せるようにして頭を近づけ、小声で囁いた。

 密着した弾みで豊満な胸が当たるのは役得という奴だ。


「私はテネブラの外交官なんです。皆さんみたいに無理やり連れ去られた方々を故国に帰すべく働いております」

「がいっ!? ……って、本当ニャ? あんまり魔族にも見えないし、なんだか胡散臭いニャ」


 驚いて大声を出しかけたミーアだったが、何とか気を落ち着けて聞き返す。但しその声にはまだ疑惑の色が強い。


「そうですね……バッジを見せても外交官バッジ自体がまだそれほど有名じゃないですし……そうだ。私の髪の染料を落として頂けますか?」


 本物の外交官バッジを見たことが無く知らない相手には効果が薄い。そう考えたセレスティナは自分の銀髪を証拠品に使うことにした。仮面で目元を隠しているので魔眼よりもこちらがより分かり易いだろう。

 銀は魔族の中でも特に魔力に秀でた個体に現れる色であり、魔力的な素養の低い獣人でも間近で見ればそれに内包された力を感じ取ることができるという狙いだ。


「…………っ! 白髪!? いや、銀の髪ピョン!?」

「信じて頂けましたか? 期限までは約束できませんが近いうちに皆さんをテネブラまでお送りできるよう全力を尽くします。それで、いつまでもこうしていられる訳でもありませんのでご伝言とかあれば手短に承りますが……」

「だったら…………アタシ達の仲間の一人が南のなんとかゲートタウンってところに連れて行かれて怪物と戦わされるらしいニャ。どうにか助けてあげて欲しいニャ」

「あっちは殺し合いをさせられるらしいピョン。手遅れになる前に、なんとか頼むピョン」

「分かりました。手掛かりは少ないですが手を尽くします」


 そこまで言うと二人の体を離し、自身も髪の先や服の裾からぬめるオイルを滴らせつつ身を起こす。

 改めて見るとオイルまみれの髪もドレスも乱れまくって肩や太股を大胆に晒した酷い格好で、もう色々通り越して笑うしかない。

 そんなセレスティナの顔を見てミーアがかくんと小首を傾げた。


「イイとこのお嬢サマなら普通は泣いたり怒ったりするもんニャけど、もしかしてヌルヌルになるのが大好きな変態さんニャ?」

「ち、違います。私は見る専ですからそういった方向の変態さんじゃありませんっ」


 微妙に突っ込みどころのある反論を投げて、ドレスを整えつつプールから上がろうとするセレスティナ。そんな彼女のか細い手を掴んで支えようとする紳士が居た。


「よぅ、ナイスファイトだったな」


 ワイングラスを手にしたまだ若い黒髪の青年で、例に漏れず仮面を着けてはいるが鼻筋や顎のラインはシャープに整っておりハンサムそうな印象だ。


「一方的にやりたい放題されただけだと思いますが……」


 ずり落ちかけた仮面を直しながら苦笑交じりに応えるセレスティナに、黒髪の紳士は役者じみた大仰な手振りで周囲の紳士達を指し示す。よく見れば大半は何故か前屈みになっていた。


「いや、あれらは皆、君が撃墜した戦果だ。水着だと濡れても当たり前すぎて最近マンネリ気味だったんだが、そこにドレスを投入する発想が非凡でまだ若いのに恐るべき才覚を感じたんだ」

「……意味が分かりません……」

「あと、パンツの中までヌルヌルの恥ずかしい格好のままこれから帰宅することを考えると一粒で二度美味しくて妄想が捗る」

「普通に洗わせてくれないんですか!?」


 地下格闘場の恐るべき闇の掟に思わず素で突っ込みを入れるセレスティナ。ちなみに双方ともこの場では気付かなかったが、これが魔国テネブラ外交官セレスティナと、アルビオン王国の最高戦力と名高い“光の聖剣の勇者”リュークとの初邂逅だったのはここだけの話である。


 尚プールの中では新たに一人の紳士が乱入してあっさり返り討ちにされ、足をホールドされて大事な宝玉を踏まれる、電気がポピュラーな世界で言うところの電気アンマという荒業を受けて「そこはっ、ら゛め゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛っ゛!!」と野太い悲鳴を上げていたが誰も得しないので詳しい描写は省く。






▼大陸暦1015年、堅蟹(第6)の月24日


「驚いた。本当に外交官だったのね」


 この日、アルビオン王城にてテネブラへの帰国者第一陣の引渡しが行われ、そのメンバーの中に予想通りミーアとレェナを始めとした地下格闘場の面々が混ざっていたのだった。


「だから、視察の時もそう言いましたよね」

「視察? 楽しんでたようにしか見えなかったけど」

「……視察です」


 じっとりした声のレェナから目を逸らしつつ強弁するセレスティナ。味方の筈のクロエまでじっとり側に立ってしまい彼女は孤軍奮闘だ。

 そしてミーアとレェナの口調が普通になってるのは彼女達曰く「あんなのはただのキャラ作り。真面目にあんな語尾で喋る子なんて居ないわ」とこのとで、男受けが良いからと主人に無理やりそう言わされていたようだ。


「それで、視察の結果得られた情報のお陰で無事にジャンさんも救助することができたのですが、ジャンさんの妹御さんは残念ながら……」

「あ、コイツ、真面目な話始めて突っ込みを封じやがった」

「皆さんを今までお待たせしたことについても、外務省の力不足を悔しく思っているところですので、国に帰りましたら応援だけでもお願いできれば今後外務省の発言力や地位の向上に繋がってもっと効果的に動けるようになると思います」


 テネブラは民主主義国家ではないので世論がそのまま力になったりはしないが、それでも敵地帰りの被害者本人の言葉に重みがあるのは間違いない。

 国内の力関係で言えば議会の過半数を軍部が抑えている以上、何かの弾みで外務省が一方的に活動停止を命じられて解散というのも実際にありえるかどうかはともかく理屈では可能なので、少しずつでも実績を重ね味方を増やして対抗していくしかないのだ。


「国に帰る、かぁ。なんか突然過ぎて実感沸かないね」

「まあ今日のところは王城のお金で高級宿が手配されていますので、せめて美味しい物をお腹一杯食べて下さい」


 そう。今回解放された獣人達は宰相の計らいでセレスティナ達と同じ『栄光の朝陽亭』へと泊まることになっていた。貴族ご用達の超高級宿を除けばセレスティナの知る中では文句無しに快適で料理も美味しい所だ。


「それで、国に帰りましたら是非また人に感激を与える崇高なお仕事に就いて頂ければ――ぎゃふんっ!」

「いや、アタシ達はもう普通の女の子に戻るから。青春を取り戻して良いオトコ捕まえないと」


 地下格闘場の光景が忘れられないのか名残惜しそうにそう薦めるセレスティナの脳天に、格闘場仕込のミーアのチョップが炸裂した。



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