044話 獣人達の帰還(第一陣)
▼大陸暦1015年、堅蟹の月26日
セレスティナ達――彼女とクロエとルゥとジャンとそして捕らわれの身から解放された第一陣となる約30人の獣人女性達――がテネブラへと帰国したのは、宰相との面会から3日後となる堅蟹の月25日のことであった。
23日は臨時講師としてグロリアサクセサー学園で魔術実技の第4回目になる授業を実施。この日のテーマは防御魔術への対処で、《防壁》で護られた的人形を相手に生徒達が班を組んで打ち破るという課題を出した。
タイミングを合わせて火力を集中させたり、散開して多角的な弾幕を試したり、戦術を重視した授業はなかなか新鮮で特にこれまで魔術の威力に悩んでいたタイプの生徒に好評であった。
勿論スコアが悪ければ足場が割れてプールに転落するお茶目な罰ゲームも健在で、この頃になると女子生徒は皆学習して運動着の下に水着を着て授業に臨んでいたが、その分濡れても胸をあまり隠さなくなったのでセレスティナの収支的にはむしろプラスである。
24日には再度宰相と会い、解放された獣人達の身柄を引き受け、彼女の手元にあった幾つかの宝飾品や美術品といった国宝を返還した。
獣人の女性達はこの時にはまだ帰国の実感が沸かないようで、状況についていけず目を白黒させていたようにある。
それから25日に、丸一日かけて魔国テネブラへと移動する。
勿論絨毯に30人もの大人数は乗れないし、仮に乗れたとしても重量で移動速度が大きく下がる。
そんな訳で、“隠れ家”の生活空間に纏め役のクロエを含め獣人全員を連れて入った状態で移動をすることになった。
“隠れ家”は技術的に時代を先取りした構造になっているので普通に口止めするだけでは不安があり、やむなく出入りの際は目隠しをさせて貰うことになった。女の人に目隠しをして手を引っぱるのはちょっぴり背徳的な感じがしてドキドキしたことは誰にも言えない秘密である。
そして遂にこの日の朝、セレスティナは外務省に向かい、獣人達の帰国報告を行う。
「れ、レェナっ!?」
「ラァナ姉ちゃんっ!!」
なんという偶然か、今回の帰国者の中に外務省で働く兎耳の獣人職員の妹が居たのだ。
無事を確認して抱き合う姉妹を見てセレスティナも幸せそうな表情で微笑む。
……その目線の先が抱き合う彼女達の押し潰された胸に吸い寄せられつつなんか手をわきわきさせてたのは色々台無しであるが。
「凄いよティナ! 大手柄だね!」
「むぎゅっ」
その様子を見ていたジレーネも大歓喜でセレスティナに勢いよく抱きつく。
上空から襲い掛かられてきたのでジレーネの薄いお腹がセレスティナの顔に当たり、ちょっと惜しい状況だった。
「――ぷはあっ。で、でも、今回の件でまた新しい課題も見えてきました」
「ティナは本当に理想が高いんだね! もう次のミッションの事考えてるのかな!?」
「今後に向けて輸送面での強化でしょうか。帰国者を毎回私が往復して送り届けるのも、こう、外交官の使い方としてなんか間違ってる気がします」
これからサツキ省長や軍務省とも相談していかなければならないが、国境近くの街まで帰国者を護送して貰いそこから魔国側で引き取るような仕組みが望ましい。
その為には国境近辺で平和裏に帰国者の受け渡しが行えるよう、信頼関係の構築や外交的な手順の整備が必要になる。
また帰国者の護衛には軍務省の人員を出して貰うようお願いする必要もあるだろう。
「なるほど! 拉致被害者は大体女の人ばかりだし軍部は女っ気が無いから寂しい男も多いだろうし、出会いの場も兼ねてるって寸法だね!」
「……いや、そこまでは考えてませんでした」
仲人おばさんみたいな案を出しつつ自分の言葉に自分で感銘を受けて「くけー!」と黄色い怪鳥音を出して悶えるジレーネを、セレスティナは生暖かい笑顔で眺める。
「まあ、いずれにしても国内の折衝はサツキ省長にお任せすることになりそうですね」
「いつもどおり昼まで寝てると思うから、登庁したら改めて会議と報告の場をセッティングしとくよ!」
全体に比べるとまだ極少数ではあるが、捕らわれた獣人達が再び故郷の土を踏み家族に会えるようにという難易度の高い仕事を、セレスティナは見事にこなした。
この後は今回の成果を元に外務省の立場を実力相応のものに高めたり、今後増えるであろう帰国者の受け入れ態勢を整える為に他省に協力を仰いだりという国内政治の領分で、サツキ女伯やジレーネの仕事ということになる。
普段はけだるげな省長であるが決める時は決めてくれる獣人なので、セレスティナもその点で心配していなかった。
「ところで……ジャンさんはこれからどうされるのですか?」
「…………そうだな。一旦家に帰って、ジャネットの事とか、色々話さないと……」
セレスティナにそう尋ねられた少年は、自分が故郷に戻れた嬉しさや妹を連れて帰れなかった無念さの混ざった、複雑な表情で答える。
「その後は、軍に入ろうと思う。と言っても、復讐とかそういうんじゃなくて俺もクロエやルゥみたいに強くなって誰かを守れるようになりたい。もう二度と、俺の目の前でジャネットみたいな目に遭う子を出したくないんだ」
「立派な目標だと思います。もしお困りの時は、私かクロエさんかルゥさんが可能な範囲内で力になりますから」
「ああ。ティナも、今回は色々ありがとな。他の捕まってる奴らも、助けてやってくれ」
「――はい!」
痛みも後悔も復讐の黒い炎も完全に消えた訳ではなかったが、それでもジャンの瞳は将来を見つめ強い意志を宿していた。この様子なら彼はもう大丈夫だろう。
それから他の獣人や外務省職員達からも口々にお礼を言われたり応援されたり抱きつかれたりして、この日は一日、まるで救世の勇者か英雄のような扱いを受けるのであった。
▼時を同じくして
アルビオン王国の王都グロリアスフォート中心部、白亜の王城の更に中枢部に位置するアーサー王子の執務室。
そこへ、この国の宰相であるクリストフがノックと共に入室してきた。王子の呼び出しを受けて参じたのである。
「お呼びでございましょうか、殿下」
臣下の礼を取る宰相に王子は一つ頷くと、執務机に寄るよう手招きする。
「うむ。宰相も聞き及んでいるかと思うが、遠征部隊が今日戻って来た。結論から言うと、些か残念な結果だった。魔界に入ったところで高位の魔物の卑劣な不意打ちを受けて壊滅したとのことだ」
「はっ。せめて全員が無事に戻って来たことが、不幸中の幸いと言ったところでしょうか」
「そこで、次に打つ手を決める為に予算の残りを整理したい。手伝ってくれ」
書類の束を半分に分けて片方を宰相の方に押し付けつつ、手元の紙片にさらさらとペンを走らせる。そこには『話を合わせよ』と書かれていた。
部屋の隅に直立不動で控える護衛兵達にも聞かせられない話をする時に彼がよく使う手だ。
「承知しました…………それにしても、往路では随分と豪遊したようですな。旅費として預けた額がほぼ空っぽになっております」
「これなら最初から、勇者リュークを動かすべきだったか……」
残りの金額を搾り出すようにかき集めつつ、深い息をつく二人。リューク達はタダ働きでも構わないと言っていたが、そういった友情とか人情とかに頼って正当な報酬を出さないのは将来国を預かる立場として許せず最悪自分のポケットマネーから何とか捻出するしか無い。
「ギルド長が申請した収納具の代金、これは一旦差し戻しだな」
「予算状況も厳しいですし、致し方ありませんな」
浮かせられる部分を浮かしつつ、再び王子が手元のメモに走り書きをする。
その一文は、巡り巡ってこれからのアルビオン王国や魔国テネブラの未来も大きく変えることになる、新たな冒険の幕開けに通ずるものだった。
『魔界から来たという使者と渡りをつけたい。委細は任す』
第3章 白亜の国の遠征部隊 ―終―




