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魔物の国の外交官  作者: TAM-TAM
第3章 白亜の国の遠征部隊
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043話 帰国に向けて(再度、交渉の舞台へ)

▼大陸暦1015年、堅蟹(第6)の月22日


「はー。胃が痛いー。お城に行きたくないですー」


 拠点としている『栄光の朝陽亭』の部屋、フォーマルなドレスに着替えつつずーんと沈んだ声を出すセレスティナ。

 帰国するには纏まった時間が必要な為、あれから一旦4人で王都へと戻り、ジャンはルゥ用に取ってある部屋で休んで貰うのだった。

 どちらかと言うと一匹狼タイプのジャンと構って欲しい子犬タイプのルゥの相部屋はあまり相性がよろしくなかったようで、今朝のジャンはなんだか疲れた気配を漂わせていた。


 それはさておき。

 セレスティナが弱気になっているのは、先日キャナルゲートタウンでのプランドル子爵への襲撃の件を報告するのに気が重いからだ。

 とはいえこの件が彼女より先に正規の伝令係から宰相の耳に入ればこの国での獣人の立場がより危険なものに悪化しかねない。

 交渉の矢面に立つのは外交官の本懐、ここで逃げる訳にはいかなかった。


「ああ、癒しが欲しいです」


 そう言いつつ、何かを空中でふにふにと揉む仕草をするセレスティナだったが、クロエはその癒しを提供するようなことはせず事務的な声を投げかける。


「ま、留守の間あの二人はあたしが面倒見とくから、心配せず行ってきなさい」


 びしっと親指を立てつつセレスティナとの心中を拒否するクロエ。

 ルゥみたいなトラブルメーカーを街の中に放牧するとロクな未来にならないのは満場一致で皆が結論づけるところだったが、かと言って彼が宿屋の部屋で一日中大人しくできるとも思えない。そのような事情によりクロエが引率でルゥとジャンを街の外へ狩りに連れて行く手筈になっているのであった。


 ちなみに今日は王城に赴き宰相に面会の予定で、明日は学園の臨時講師の仕事が控えている。なのでルゥとジャンを帰国させるのは早くても明後日の24日以降になる予定だ。


「騒ぎを起こさないようご注意下さいね……では私は宰相にお会いしてきますが、どこかおかしいところは無いですか?」


 余所行きのドレス姿で尋ねてくるセレスティナ。その問いに対しクロエはおもむろにセレスティナのドレスの裾を捲り上げて一言。


「ティナ如きがガーターストッキングなんてちゃんちゃらおかしいわ」

「そんな上から目線で愛の無い感想は求めてませんっ!!」





「――というような経緯により、キャナルゲートタウンでプランドル子爵が情け容赦なく殴打されてしまうという、痛ましい事件が起こってしまいました……」


 王城へと向かったセレスティナは、応接室でクリストフ宰相にまず先日の出来事を報告することにした。プレッシャーに晒されつつもなるべく正確に話を伝える。


「本来は私が止めるべきだったのでしょうけど、どうにか死人を出さずに済んだとはいえ間に合わずこのような事態の発生を防げなかったのは誠に遺憾です」


 謝ってるようには見えない政治家のような台詞を口にしつつ神妙な表情で頭を下げるセレスティナ。

 貴族に対する暴力は突き詰めると王国の威信に対する挑戦になる為、国としても厳しく追求するのが常であるが、セレスティナの言い分を聞くとするなら加害者となる獣人の少年の側も元は拉致されてきた被害者であり更には妹を亡くしているので強く言うと藪蛇となりどこまで踏み込むか悩ましい。


魔国(うち)の外務省や議会宛てに抗議文書を送られるつもりでしたら、お預かりします」

「おっと、その手には乗らない。正式な外交文書を発行すると国交を認めたことと等しくなってしまうからね」


 眼鏡を光らせつつ宰相は慎重な返事をする。アルビオン側は今のところ対等な立場での国交を望む理由が無いため、じっくりと相手の出方を伺いつつ好機を待てば良い立場だからだ。


「まあ、道義的には子爵に問題があったのは明白ですし、ちょっと(ドラゴン)にでも咬まれたと思って諦めて頂くのが望ましいところですが……」

「そういう訳にもいくまい。だが今のセレスティナ殿の情報だけだと公平性に欠ける。こちらで事実関係を確認して正式な対処を決定しよう」

「うう……生殺しです……」


 お腹をさすりつつ肩を落とすセレスティナ。我慢できず話題を変えるべく攻めのカードを出すことにした。


「それで、今回の件の埋め合わせとして、貴国から魔国(テネブラ)に不法侵入した遠征部隊の方々については、あまり手荒な真似をせず穏便に追い返すことにしましたので、差し引きするとこちらの方が大きい貸しになりそうですが如何でしょうか?」


 その言葉にクリストフ宰相は危うく紅茶を噴出しかけた。


「――っ!? ……ふむ、私の知らない話だな。失礼だが人違い、或いは所属の国違いではないだろうか」

「学園のグレゴリー先生もいらっしゃったみたいですが、それも人違いか国違いでしょうか?」

「同じ名前の似た人物など、幾らでも居るだろうからな」


 一瞬動揺しかけるもその後は顔に出さずすっとぼける。この辺りの年季はセレスティナに比べると流石と言えよう。


「ではそれはそれとして、もしご入用の素材がありましたら正式に国交を結んで貿易で手に入れると良いと思います」

「ふむ、セレスティナ殿は気が早いな。貿易の話ならば現場の商人達にどれ程の需要があるか話を聞いてみなければいくらここで話しても意味の無きこと」

「もし必要な事態が生じた時にすぐに準備できるよう体制を整えておくのも重要ですので」


 そのように軟着陸させつつ、これ以上つつかれると不都合な話題はお互い流す事にして他の案件へと移る事にした。


「ところで、国内での人身売買組織の摘発とかは進んでますか?」

「うむ、そうだな。内情については国家機密に属するから詳細は伝えられないが、王都の中に居た被害者を30人程保護できている」

「それは、仕事が早くてありがたい限りです」


 以前にセレスティナが宰相と個人的に契約を交わした件、すなわち犯罪組織『金鹿(こんろく)の尖角』により盗難された国宝や闇マーケットの取引履歴を提供する対価として、その闇マーケットで“売買”された魔族の者達を保護し帰国させるという取引の話である。


 第一陣として集められたのは、王都の中に居て取引履歴に名前があってそして購入者が司法取引にあっさり屈した、平たく言うと回収し易い子ということだ。

 勿論国内で、ひいては他の人間国家も含めて大陸中で不当に拉致拘束された同国人の数に比べると微々たる物であるが、それでもこうやって相手国との合意や協力の下でこのように帰国できるのは初の快挙。今後の進展を考えると明るい希望へと繋がる。


「引渡しについては、本当に王都(ここ)で宜しいのかね。国境近くの街まで移動しなくても大丈夫かね」

「はい。私が責任持って本国(テネブラ)まで送り届けます」


 彼らの輸送システムや人員を信用しない訳ではなかったが、陸路で1ヶ月かけてちまちま移動するよりは空路で手早く帰った方が帰国者にも優しいだろう。それにこの場では言わないが30人ぐらいなら一度に輸送するアテもある。


 週に一度の学園臨時講師の仕事の合間にそれら保護された獣人達を連れて帰国すると聞いて、宰相は随分驚いていた。セレスティナの移動速度を人間の魔術師の基準で想定していたのだろう。

 それを見てセレスティナも臨時講師の仕事が回ってきた真意が、彼女をここ王都に釘付けにすることにあると気付いたが、問い尋ねても宰相は相変わらずのらりくらりとかわすのみだった。


 それはともかく、もし今後第二陣、三陣と帰国者の人数や頻度が多くなってくるなら如何にセレスティナと言えども輸送の手が足りなくなることは明白だ。


「正式な国交が無い以上、国境付近まで連れて行ってもそこから国境を越える際の手続きが難航しそうですし。私達としても今後同様の事態に備えて受け入れ態勢を早めに構築したいと思っております」

「セレスティナ殿は油断するとすぐそうやって国交を結ぼうとするからなあ」


 溜息をつく宰相に乾いた笑いを返すしかないセレスティナ。最後に彼女は、面会を希望したもう一つの用件を切り出す。


「それから、先日のキャナルゲートタウンの闘技場で倒したベヒモスの頭部をもし宜しければ宰相閣下に日ごろの感謝や友好の印にお送りしたいと思っているのですが……邪魔になりませんか?」

「なっ!? ベヒモスの首を……!? ……良いのかな、そんな貴重品を」

「実は、魔族(わたしたち)基準の価値観だとそれほど貴重な訳でもありませんので。狩りの獲物を剥製にして飾る文化も無いですし、角は悪くない素材ですが大腿骨でも代用が利きますし」


 セレスティナの中では魔獣の部位は素材として優秀か否かが最も大きな判断基準であるが、剥製にして飾れば観賞用としても迫力満点で見栄や格式を重視する層には良いお土産になることも理解している。


 ちなみに余談であるが、漆黒の毛皮はマントに加工して先日の功労者のクロエとルゥにお礼代わりに渡すことになった。

 賭けで勝った分け前の一環でもあるが、クロエは既に先月のマンティコア分の報酬で持て余していたりこれから帰国するルゥに他国の通貨を渡してもあまり意味が無かったりしたので現金よりも現物支給が最適という訳だ。

 ベヒモスの立派な毛皮で(しつら)えられたマントは見た目や手触りも良く防御力も高く冬場は暖かく隠密性にも優れるので両者とも随分気に入ったらしく、セレスティナとしても良い仕事だと自負している。


「成る程……折角のお申し出を断るのも失礼な話だ。知人に一人、魔術や魔物の研究者が居て彼に見せれば喜ぶだろう」

「はい。では出しても邪魔にならない場所でお渡しいたしましょうか」


 かくして、需要と供給が一致し、ベヒモスの頭部は宰相の私邸の応接間に飾られ来客の度肝を抜く役目を死して尚得ることになった。


 この贈り物が効果的だったか或いは遠征部隊の件が決め手になったのか、プランドル子爵襲撃事件についてはその後特に追求されることも無く有耶無耶になったことを追記しておく。



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