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魔物の国の外交官  作者: TAM-TAM
第3章 白亜の国の遠征部隊
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041話 キャナルゲートタウンの戦い・3(復讐者と蹴撃者)

▼その日の夜


 人の目のある場所で続けるには憚られる話題だったので、一旦取っていた宿へと戻ることにしたセレスティナ達。ベヒモスの肉は街の住民に大放出して、残った素材の中からは漆黒の毛皮と丈夫な骨とそして立派な頭部だけ回収してきた。


 同時に解放した人間族(ヒューマン)の元奴隷達も行く宛てが無いのでとりあえず今夜は同じ宿に部屋を取っておいた。

 闘技場で勝てば解放されるという条件で戦わされた奴隷達は過去にも多数居るが、本当に自由を勝ち取った者は今回が初めてのケースだったので社会的なサポートが全く確立されておらず意外と途方に暮れる現実があるようだ。


 その際、セレスティナが元奴隷達に「貴方様がこれから儂らの新しいご主人様になってくれませんかのう」と懇願されたりしたが丁重にお断りした。獣人奴隷解放に向けて動いてるのにその自分が人間の奴隷持ちになるのは悪質なブラックジョークみたいでぞっとしない話だ。

 こういうのは行政の役目ですよね、と思いつつも各自に旅費や支度金となる額を渡して故郷へ帰るなり再出発するなりを促すこととなった。


 ついでに、怪我をしている者にはポーションも支給することにした。それの効果で火傷跡が消えた少女の元奴隷は乱舞する勢いで喜んだが、そこからロマンスに発展するような流れは起きなかったことを念の為に追記しておく。


「さて、先程の話の続きですが……」


 そういった様々な雑務を終えて、セレスティナとクロエ、ルゥ、ジャンの4人が一つの部屋に集まり、各々椅子やベッドに腰掛けて話を再開する。


「俺は、プランドル子爵に復讐したい……あいつだけは絶対に許せねえ」

「あたしも同感。あんなクズ、女の敵だわ。生かしておけない」

「オレも乗るぜ。同族をここまでコケにされて黙ってられるかってんだ!」


 重く澱んだジャンの声に、クロエとルゥも賛同の意を示す。だがセレスティナは困ったような苦い顔だった。


「何よティナ、その顔は。まさか反対する気じゃないでしょうね? 復讐は何も生まないとかそんな綺麗事言う気?」

「……………………いえ」


 ギロリ、と擬音が聞こえそうな迫力でこちらを見るクロエに彼女は迷いつつも否定の言葉を述べる。


「私は、復讐を望むほど近しい誰かを理不尽な仕方で失くした事もありませんから、正直、復讐が正しいとか間違ってるとか判断できる立場にないと思います。ただ、外交的には他国の貴族に危害を加えるというのは結構大きい問題になり得るんですよ」

「ほんと、ムカツクぐらい冷静で理屈っぽいんだから……」

「実際、これが元でこの国に捕まっている他の獣人被害者の風当たりが強くなったり立場が悪くなったりしたらと思うと、素直に後押しはし難いところです……」

「ぐっ……」


 自分の感情で突っ走ることのもたらす危険性の一つを指摘されて、ジャンが思わず視線を落とし、握った自分の拳を見つめる。


 しばしの沈黙。そして――


「ですから、復讐するなら私が責任を取れる範囲に留めておいて下さい」


 続くセレスティナの言葉に、他の3人が「え?」と訝しげな目を向けた。


「つまりは、私としては積極的に手を貸す訳にもいきませんがクロエさんもルゥさんも軍属で私の部下じゃないですし独自裁量で動くことを止める権限もありませんから。で、私はクロエさん達がやりすぎないように監視の意味も含めて同行する、と。こういうシナリオで行きましょう」

「まどろっこしいのよ!」

「ふぎゃっ」


 クロエの理不尽なデコピンがセレスティナを襲う。


「だ、だって、外交官としては失格の行動ですから自慢げに言うものでもないですし、でも私だってああいう暴挙は腹に据えかねてますから仕返ししたい気持ちも理解できますし」


 実際、もし仮に自分の家族や友人が同じように惨めな目に遭ったとしたら、理屈では分かっていても復讐心を抑えきれるかと言うと断言はできなく、従って他人にも同じような割り切りを求める訳にも行かない。

 それに、本人の前では口にしなかったがこのまま復讐を我慢させるとジャンの心がどす黒い怒りと悲しみに押し潰されてしまいそうで危うかったという印象も持ち、危険を感じたという理由もあった。


「なので条件として、特にクロエさんとルゥさんは暴走禁止で、無関係の人を巻き込まず宿屋に迷惑もかけず、そのプランドル子爵という人のみを狙う事にしましょう。例えばその子爵に娘さんが居たとしてその子も同じ目に遭わすというようなのは無しで、子爵の処遇はジャンさんに一任と。国の偉い人には私が頭を下げておきますから」

「……良いのか? お前はそれで」

「良いも悪いも、では私が復讐なんて駄目ですと言ったら諦めますか?」

「……それは……」


 じっとジャンの目を見つめるセレスティナに、彼はしばしの逡巡を見せる。

 彼自身も迷っていることは明白だ。

 復讐を果たしたからと言って(ジャネット)が生き返る訳でも無いし、そう簡単に気が晴れるものでも無い。

 かと言ってこのまま何もせず帰国したとしても、何も出来なかった事に後悔が残るだろう。


 今回の救出劇の立役者であるセレスティナが駄目と言い張れば、迷っている彼は彼女に従い復讐を諦める気配も見せている。

 だがそれだと、今後後悔が持ち上がって来た時に怒りの矛先がセレスティナに向かうことになる。

 正直なところ、自国民の、それも助けた相手からの恨みつらみまでは引き受けきれない。


「そうなるぐらいなら、今ここで好き勝手に暴れて後で謝るぐらいの方が幾らかマシだと思います……アルビオンにも面子はあるのでしょうけど、それならテネブラにだってありますから、何とか痛み分けぐらいには持って行って見せますよ」


 達観とか吹っ切れたとかを通り越して「もうどうにでもなーれ」とさえ言いたげなセレスティナの色々諦めたような笑顔に、クロエとルゥも乗っかった。


「そうね。決意が鈍る前にさっさと動こうか」

「じゃあ、オレ達の役目はジャンをその何とか子爵の前まで連れて行く事だな。後はジャンが気の済むまでソイツを殴るなり斬るなりすれば良いさ」






▼大陸暦1015年、堅蟹(第6)の月21日、早朝


 翌日、夜の闇が最も濃い夜明け前の時間帯のこと、プランドル子爵が泊まっている宿に何者かが襲撃を仕掛けて、子爵が滅多打ちに殴打されて重症を負う事件が発生した。

 襲撃犯は子爵が部屋を取っていた高級宿の4階の窓から侵入したらしく、廊下側や他の宿泊客に被害は出ず、同じ部屋で見張っていた護衛もまるで雷に打たれたかのように痺れて気絶させられていたが特に目立った怪我は無かったと言う。


 部屋が荒らされた様子も無く物取りの類とは違うと判断され、個人的な恨みの線で当局は捜査を続けているとのこと。


「それで、殴るだけで良かったのか?」

「そうよ、殺したい程憎かったんじゃないの?」


 襲撃した足でそのまま人知れず街を出て、日が昇った頃から空路に切り替えたセレスティナ達。その空飛ぶ絨毯の上でルゥとクロエがジャンに問い尋ねていた。


「…………俺だって、お前達程強くは無いが誇り高い獣人の戦士だ。泣きながら命乞いをするような小物を殺して功を誇るのは嫌だ」

「…………そう……」


 自分の気持ちやセレスティナの立場や今だアルビオンに残された他の獣人達の安全を考えて、悩み抜いた上での彼なりの結論だったのだろう。

 クロエもルゥもその決定を尊重することにした。


「……それに、クロエが俺やジャネットの分まで怒ってくれてたからな。アレ(・・)を見て気持ちが冷めた……というか、寒気がした……」


 顔を腫らした子爵が命乞いをしてジャンが握った拳を下ろそうとしたその時、クロエが「こういうクズは生かしておくとまた新しい被害者を出すからしっかり去勢しなきゃね」と言って、欠片程の躊躇も見せずに股間を蹴り潰した光景を思い出し、男性陣3人が脚をぎゅっと閉じて身を震わす。


「……あれは、思い出しただけで下腹部の辺りがキュンってなりますね……」

「なんでティナまでそっち側なのよ」


 そうは言うものの、誰もクロエの行動を咎めたりはせずむしろ感謝さえしていた。

 こういう時は誰かが自分の代わりに怒ってくれるとかえって自分自身は冷静になるものらしく、ジャンが怒りにまかせて暴走し戻れない一線を踏み越えるのを押し留める一因になったのは疑いない。

 復讐は大量のエネルギーを消費する割に本人も周囲も幸せになれない修羅の道なので、他人の生き方を強制する気は無いがセレスティナとしてもできれば踏み入って欲しくなかったのが正直なところだったのだ。


「……そう言えば、礼をまだ言ってなかったな。助けてくれて、それと、復讐に力を貸してくれて、ありがとな」

「いえいえ、こういう個別のアフターフォローも外交官の役目ですから」

「ティナの中での外交官はもはや新手の何でも屋になりつつあるわね」


 クロエがそう言ってふっと笑い、場の雰囲気が和らいだ。感謝の言葉が自然と出るようになったのは気持ちに余裕ができた証拠なのだろう。

 怒りや悲しみはまだまだこれから時間が解決していくのを待たなければならないが、とりあえずの一区切りはついたのかも知れない。


「ともあれ、貴族殺しまで行ってなければやりようはありますから、あとは私が何とかして揉み消します」


 気は重いが、宣言した以上は自分の仕事をこなさねばならない。次第に空が明るくなる中、飛行速度を上げながら「そう言えば」と言葉を続ける。


「もう一つの外交問題の遠征部隊の方も、昨晩《追跡(トレース)》で確認してみたところそろそろ魔国(テネブラ)への国境を越えるところでした。あちらもルーナリアさんが上手くやってくれることを信じましょう」


 普段はだらけた生活を満喫しているが、吸血族(ヴァンパイア)の令嬢ルーナリア・サングイスは魔国でも上位の実力者だ。手練揃いの遠征部隊を相手にしても後れを取ることは考え難いので、あとはやりすぎて大惨事にならなければ良いなと願うセレスティナだった。



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