040話 キャナルゲートタウンの戦い・2(焼肉祭り)
※今回、少々鬱展開、といいますか鬱語り有りです。ご注意下さい。
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闘技場の大番狂わせにより都市中が騒然とする中、セレスティナは非常に忙しい時間を過ごした。
まずは賭けの券売所へと向かい無事に配当金を入手。このような賭け試合は誰が勝っても胴元が儲かる為、今回のような高額配当が出ても特に渋られたりせずスムーズに支払われる。
次にその足で向かったのは貴賓席、この都市および周辺地域の領主にして闘技場に出ていたベヒモスの持ち主である伯爵にコンタクトを取り、その死体を金貨100枚で買い取った。
伯爵は自慢の魔獣がいともあっさり破られたショックもあってか、いたく落ち込んだ様子で「好きにしろ」とぶん投げてその場で取引が成立。
ベヒモスの巨体をロープで吊るして《飛空》で運ぶ姿は見物人にも大好評で、夕日に映える魔獣の最後の勇姿はある種の神々しさすら感じさせるものだった。
そんなこんなでようやくクロエ達および解放されても行く所が無いので成り行きでついてきた元奴隷達と川岸の広場で合流を果たしたところ、クロエが腰に手を当てて苦情を申し立ててきた。
「で、さっきのアレは一体何なのよ」
「何って、刺さると魔術が発動する矢ですよ。説明したじゃないですか」
まるで周知の事実をあえて説明するかのようなさらりとした口調のセレスティナに、思わず脱力しそうになるクロエ。
「だって、使い捨ての魔道具に《氷槍》みたいな初歩魔術を組み込んでもつまらないですし。せめて《氷刺棘》とか《氷雪嵐》級でないとコストが合わずに勿体無いですよ。聞かれませんでしたからそれくらい私とクロエさんの仲で伝わってるものとてっきり……」
「そうよね。ティナの変態魔術師っぷりは今更だもんね」
自棄になった様子のクロエが、広場に早速キャンプ用の調理スペースを用意してベヒモスの肉を親の仇のようにザクザクとぶった斬る。
「ちなみに、簡単そうに見えて実は独自技術を色々詰め込んでるんですよ。静電容量の差分を計算する生体接触センサーに帯域通過フィルターにかけることでノイズを除去して極限まで誤爆を防止してますから。きっとあれだけ見て他の人が真似して作っても矢筒の底に当たったり雨の日に雨粒が触れたりしただけで暴発――」
「やめて聞きたくない!」
弓使いには悪夢のような予想図を思い描いたらしく、クロエが大きくかぶりを振る。
余談であるがセレスティナはまだ男子学生だった頃、ロボットコンテスト通称ロボコンの全国大会出場者だったので、こういった検知や制御のシステム構築は得意だったりする。
いずれは魔術回路を組んで自律で作業を行う自動人形の作成にも憧れているが、今の情勢でそれに手をつけると戦闘兵器への転用は避けられそうにない。自分の作った兵器が戦火を拡大するのに浪漫を感じなくもないがそれ以上に恐怖が大きく、現在は自重と言うかお預けしているところである。
そんな事を考えつつ雑談を続けていると、横合いから声を掛けてくる者が居た。
「で、お前達は一体何者なんだ? 俺なんかを助けてどうしようって言うんだ?」
まるで人間を恐れる野生動物のように、闘技場から半ば強引に連れ出してきたジャンという名の獣人少年が警戒を露にする。
怪我の大部分はポーションで癒すことができたが失われた耳の先なんかは普通のポーションでは再生できず、傷跡が痛々しい。
迂闊に近寄るとそのままダッシュで逃げ出してしまいそうな危うさを感じたセレスティナは、まずは生物の共通言語である食事で釣ることにした。
「そうですね……話すと長くなりますので、ご飯食べながらにしましょうか。ベヒモスの肉は絶品ですよ」
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あれから、川沿いの広場に物珍しさからかなりの見物人が集まり、「肉は余ってますし火と調味料を自前で用意するのでしたら奢りますよ」とセレスティナが提案したところ、群集が大歓喜して相伴にあずかって来た。
元は賭けで大勝ちしたお金で、稼がせて貰った原資は結局この都市の住民の皆さんということで、少しぐらい還元しようという腹づもりのようだった。
いつしか集まった人目当ての屋台なんかもやって来てちょっとしたお祭騒ぎになっている。ベヒモス肉をブロックで提供したところ屋台の人も快くパンや野菜や飲み物を分けてくれたので、おかげでセレスティナ達としても万全の布陣でこれからの食事に臨めるということだ。
それでも高級部位はちゃっかり確保しており、それをクロエが焼いて串に刺して、先日の一時帰国の際に調達してきた鬼人族の頑固職人秘伝のタレに浸けてかぶりつく。
牛や羊の肉に比べると固く歯応えがあるが、この豪快で力強い食感こそがベヒモス肉の旨みの源だ。その肉本来の味わいを秘伝のタレが絶妙に引き立てる。
「こんな美味い飯……久しぶりに食うな……」
しみじみと呟くジャンを、セレスティナ達は言葉も無く見守る。獣人奴隷と一口に言ってもその扱いは様々で、同国人の借金奴隷とは違い全体的に希少価値があり高値がつくので愛玩動物のように大事にされる者も多いが彼のように使い捨ての玩具みたいな扱いを受ける者も小数ながら居るのだ。
そのような境遇を直接目の当たりにして、彼女の紫の瞳にも怒りや悲しみが浮かぶ。
やがて、ジャンが肉料理を食べるペースが鈍化してきた頃を見計らい、セレスティナが自己紹介を始めた。
「さて、私は魔眼族のセレスティナ・イグニスと申します。テネブラから来た外交官で、今回のような拉致問題……ええと、無理やり故郷から誘拐されたりした同国人が国に戻れるようこのように微力ながら働いている者です」
「テネブラの、外交官、か…………だったら! ……だったら何で! もっと早く来れなかった!!」
彼女の言葉を聞いてジャンは、思わず声を荒げる。だがその表情は怒りよりもむしろやりきれない悲しみで歪んでいるかのようだった。
「――このっ! 助けられておいてそんな言い草はっ!」
「……もしかして、助からなかった方が、居るんですか?」
メンバーの中では一番気が短いクロエが眉を吊り上げたのを、セレスティナは両手で抑えて続きを促す。
暫く無言で俯いていたジャンだったが、やがてぽつりぽつりと語り出した。
「……妹が…………助けられなかったんだ……」
彼が妹のジャネットと一緒に密猟者に捕まったのが今から約1年前。闇マーケットでとある貴族に買われ、最初は珍しい毛並みということもあり愛玩動物のように扱われていた。
だが成長期のジャネットが女らしい体つきに変化してきた頃から、扱いが一変するようになる。
「奴は……ジャネットを毎日、酷い時は1日に何度も、部屋に連れ込んで……」
「……吐き気がするわね……」
自分と重ね合わせたか、クロエが拳を固く握る。
「……それで、ジャネットはその内殆ど喋らなくなって、飯も食わなくなって……!!」
身体は成長しても心はまだ十代前半の女の子だ。夢や理想が砕かれ未来も尊厳も奪われた彼女の心が耐え切れず壊れたとしても無理からぬことだろう。
そして、心が活力を失えばやがて身体も衰弱して死に至る。ジャンの必死の看病も空しく、ジャネットはある日の晩に眠りに就いたまま二度と目を覚ますことが無かった……
彼女の死に怒り狂ったジャンが手をつけられないほど大暴れして、護衛数人がかりで取り押さえられ更に痛めつけられて、今に至る、という訳だ。
「……八つ当たりしたのは、悪かった。だけど、俺だけ助かって妹が助からなかったのを思うと、どうしても……」
「いえ、外務省も人手不足に予算不足で皆さんのご期待に応えられないのは申し訳ないと思います」
予想以上に壮絶な事情を聞いて、セレスティナもしんみりとした様子で言葉を返す。
書類や数字の上ではこのような悲劇の一つや二つは十分予測できていたが、実際に目で見て耳で聞く感情が揺さぶられるし、心に痛みを覚える。
セレスティナの細い肩には重過ぎる話に思わず溜息をこぼすと、瞳に暗い炎を宿したジャンが真剣な表情で頼み込んできた。
「それで……お前達の強さを見込んで、折り入ってお願いがある。復讐のために力を貸してくれないか。あいつは……ジャネットを殺したプランドル子爵だけは、絶対に許せねえんだ!」




