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魔物の国の外交官  作者: TAM-TAM
第3章 白亜の国の遠征部隊
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038話 決戦前の風景(日常と非日常の狭間で)

▼大陸暦1015年、堅蟹(第6)の月16日


 あれからパーティにルゥを加えて王都入りしたセレスティナ達は、日々を忙しく過ごしていた。

 メインはクロエとルゥの連携を習熟する目的で狩りに勤しみつつ、時に容量拡大鞄を作ったり、狩った獣の売却益はそのままクロエとルゥのお小遣いになったので観光を楽しんでお土産に悩んだりと、軍事訓練ばかりで過酷な日々を過ごしていたルゥには良い息抜きになっているようだった。


 また、宰相との交渉の件――人身売買に遭って不当に囚われている獣人奴隷の保護の話についても少しずつ進展しており、今月の後半にも第一陣の返還が行われる見込みだ。

 一度実績を残せばテネブラ国内での外務省の立場や発言力の向上に繋がり議会でも意見を通し易くなるのも勿論大きいが、まずは捕らわれた同国民が帰国し家族や友人と再会できることを喜びたい。


 そして勿論、週に1回の学園臨時教師のお仕事も忘れてはならない。

 この日も午前中の授業を好評のうちに終わらせたセレスティナは、竹に似た素材で編まれたバスケットを抱えてクラリスの教諭室へと帰って来た。


「只今戻りました。3回目の授業も無事完了です」

「お疲れ様……あら、可愛い」


 部屋へと入って来た少女の姿を見てクラリス教諭が思わず眼鏡をくいっと直しつつ感想を口にする。今日のセレスティナは夏用の涼しげなドレスの上にエプロンと三角巾を着け、光沢の滑らかな銀髪も何故か青いリボンでツインテールに纏められていた。


「先生はもう大人ですから可愛くなんかありませんー。生徒達も授業では言う事を聞いてくれるようになりましたが友達感覚で近づいてくるのは何とかならないものでしょうか。あ、これ差し入れですので宜しければ食べてみて下さい」


 こんがりと揚げたて熱々の、コロッケかフライに似た料理が並んだバスケットを机に置いてセレスティナは、髪の毛を纏めたリボンをむしり取るように外した。どうやら生徒達におもちゃにされた後らしい。


「今日は料理してきたの? 魔術実技の授業なのに?」

「にゅふふー、食べてみれば分かりますよ」


 三角巾に続いて黒猫のアップリケのついたエプロンも外して丁寧に畳みつつ実食を促すセレスティナ。言われるままに一つ手に取り齧ってみたクラリスは直後、「んん!?」と驚愕の声をあげる。

 表面を覆うサクサクの衣の中から味覚に不意打ちを仕掛けてきたのは、爽やかな甘さと冷たさを秘めたアイスクリームだった。牛乳とバニラの風味が衣の熱さと油分を中和し、ふわりと溶けるような余韻を残す。


「アイスクリームの揚げ物です。加熱、冷却、断熱のコントロールの練習用に作ってみました」


 セレスティナの料理の腕前は母親が泣き出す程であるが、理系男子故にこういった“たのしい科学実験”寄りの加工は得意分野だった。

 アイスクリームを作るところから自らの手と魔術で作業させたので慣れない生徒は形がいびつになったり味が不均一になったりしたが、珍しさやインパクトは大きく大盛況と言っていい授業だった。


「全員が全員戦闘の道に進むわけでもありませんから、こういった小技を伸ばすのも大事かと思いまして」


 特に先週が典型的な戦闘訓練型だったこともあり、今週は意図して趣向を変えてきたのである。


 ちなみに先週の第2回目では、「動く的に当てる訓練」を実施した。プールサイドから対岸をレール沿いに流れる的を狙うものだ。

 生徒達が普段練習している「動かない的に向けて時間制限も無しでゆっくりと魔術回路を構築してじっくり狙って撃つ訓練」に比べると狙いがつけ難かったり時間に余裕が無かったり勝手が違う為、戸惑う生徒も多かったがその分充実した授業になったようだ。


 尚、戦果が一定の水準に届かない生徒はそのまま足場が割れてプールに落下するオプション付きだったので大いに盛り上がった。特にこういった偏差射撃は女子の方が苦手で水没する割合も高かったのでセレスティナ大歓喜だ。

 二週連続で水没の屈辱を味わったシャルロットから「じゃあアンタが手本を見せてみなさいよ!」と挑発されたりしたが百発百中の腕前を見せ付けて黙らせたりもした。

 それはさておき。


「楽しそうで良いわね。私が学生の時もティナさんみたいな人が授業してくれれば良かったのに」

「その分、火力至上主義の子には不評かも知れませんよ。グレゴリー先生が留守中の臨時講師だからこそこうやって遊びを取り入れても一時的な物なのでお目溢しされるんだと思います」


 お湯を沸かしてそのままティータイムに突入しつつ、先生二人の世間話やら魔術談義やらに花が咲く。何だかんだで先生という立場を楽しんでいるようだった。






▼大陸暦1015年、堅蟹(第6)の月18日


 ベヒモス討伐計画予定日の前々日。王都から絨毯でひとっ飛びして人の目の無い荒野へと訪れたセレスティナ達3人。


「では最終調整として、ベヒモスっぽく襲い掛かりますのでお二人は心臓に見立てたこのクッションを見事貫いて下さい」


 左腕に抱えたハート型のクッションを掲げてセレスティナがクロエとルゥに訓練の意図を説明する。この日は闘技場で実際に戦う予定の獣人二人が組んでセレスティナを相手に模擬戦を行うという趣旨であった。

 勿論クッションの周囲にはベヒモスの強靭な皮膚と筋肉に見立てた《防壁(シールド)》が張ってあるので、生半可な攻撃は通用しない。


「それでは行きますよー。がおー」


 その掛け声に思わずずっこけそうになる二人。


「……ごめん。全っ然迫力無いわ」


 脱力しつつも、ルゥが左右に長剣を構えつつ前衛に出てクロエは長弓を持ったまま後衛へと退がる。そこへセレスティナからの初撃が轟いた。


「巨体での踏み潰しは直撃しなくても衝撃波や破片が飛び散って危険ですから大きく避けて下さいね。《水球(ウォーター)》!」

「うおおっ!?」


 高く掲げた杖の先に直径3メートルになろうかという大きさの青い球体を生み出し、杭を打つハンマーのように地面に叩き付けた。

 圧縮した水による硬く重い一撃は大地を大きく穿ち、巻き上がる水の飛沫が髪や頬を濡らす。


 今の攻撃の隙に早速クロエが1本目の矢を射掛けてきたがそれは《防壁(シールド)》で軽々と弾き返していた。


「危ねえっ! お嬢、あれから更に攻撃力上がってないか!?」

「そりゃあ、私だって研究とか訓練とか続けてますから。それに、魔術は殴り合いの苦手な魔眼族(わたしたち)の拠り所ですし」


 セレスティナの忠告どおり大きく跳んで避けたルゥが焦った声を出す。

 魔力は筋肉と同じで鍛錬することで強くなるとセレスティナ自身も以前語った通りだが、一定以上になると伸びが悪くなり頭打ちになるのも筋肉のトレーニングと同様であるので、地道な訓練を続けるセレスティナの忍耐力や魔術に懸ける執念に驚かされたのだ。


「さて、次は牙での噛み付きです。噛まれて食べられますとどんなに防御力や体力があってもほぼ一撃死ですので絶対に避けて下さいね。《氷刺棘(スパイク)》っ!」


 紫の魔眼がターゲットをロックして鋭い光を帯びる。そして彼女が杖で地面を打つ直後、ルゥの足下から無数の氷の槍が飛び出してきた。


「余裕だぜっ!」


 だが《氷刺棘(アイススパイク)》は足下からの不意打ち感はあるものの攻撃範囲は広くない魔術である。タイミングが察知できてすぐに動ける態勢であれば野生の反射神経と脚力に優れたルゥには楽な攻撃だ。


「そらっ!」


 更に避けるだけに留まらず、いきなりトップギアに入れて疾走するとセレスティナの横を駆け抜け様に剣を一閃、ハートのクッションを護る《防壁(シールド)》に細い傷を一つ入れた。


「やっぱりルゥさんは走りながらの攻撃が合ってますね。脚力が剣速に乗りますから腕力だけで斬りつける時よりも倍以上の威力が出てます」

「そ、そうか? へへっ、なんか照れるな」


 防壁に入ったダメージから冷静に負荷を分析する。更に言えば武器も、彼が使うなら今持っているような真っ直ぐな刀身の長剣よりはセレスティナが知る日本刀やサーベルのように刃に反りがあり切断に特化した剣に持ち替えた方が相性が良い可能性もあるが、今すぐ戦闘スタイルを変えるのもリスクが大きいので落ち着いたら追い追い試してみるのが良いだろう。


「お次は……ベヒモスの巨体だと後衛にも一歩で届きますから気を抜かないで下さいね、クロエさん――《短飛空(ショートフライト)》っ!」

「んなっ!?」


 突如、セレスティナがジャンプ台から射出されたかのように大きく跳び、クロエの居る場所へと迫った。


 彼女が今使用したのは《飛空(フライト)》をベースに最近開発した新魔術の《短飛空(ショートフライト)》だ。

 その名の通り瞬間的に強い推力を得る移動系の魔術で、《飛空(フライト)》に比べると発動が早く消費魔力も少ない。慣れていって自由自在に使いこなせるようになれば緊急回避用の小技として優れた効果を発揮するだろう。


「巨体相手に弓での迎撃は効果が薄いです! 避けて下さい!」

「ちっ!」


 舌打ちをしつつクロエは地面を転がるようにしてその場を離れる。その直後にセレスティナがさっきまでクロエの居た地点に重量感のある《水球(ウォーターボール)》を叩きつけた。

 小柄で体重の軽いセレスティナを空中で迎撃することは難しくないが、ベヒモスの想定訓練ということを考えるとこれは避けないと死ぬ攻撃なのだ。


「そこから、爪の横殴り攻撃が行きます! がおー!」

「それやめて! 腹筋にダメージが来るから!」


 続けざまにセレスティナが杖を横に振り、爪の攻撃を模倣した軌跡で《氷槍(アイスジャベリン)》を4本並べて撃ち出す。

 クロエは転がりつつも足で地面を蹴って、その勢いでバック転を決める軽業師のような動きで爪による横撃を回避。尚いつもの侍女服ではなく戦闘用のジャケットに短パン姿だ。小ぶりで引き締まったお尻とかすらりと伸びた脚とか黒くつややかな毛並みの尻尾とかがなかなかそそる。


「良い動きですね、流石です。では――」

「って、オレを忘れるなっ!」


 感心したセレスティナが次の攻撃を繰り出そうとした時、後ろから追いかけてきたルゥの双剣が迫っていた。


「うおおおおっ!」


 岩を削るような耳障りな音を響かせ、ルゥが連続で振るった攻撃がハートのクッションを護る《防壁(シールド)》をX字に斬り裂く。防御魔術を割る程の威力ではないが無視できない程度の傷だ。


「これは、ベヒモスの皮膚を破って筋肉まで到達したぐらいでしょうか。もう一息です」

「じゃあ、トドメはあたしが貰うわっ!」


 そこへ一瞬で体勢を立て直したクロエの弓から矢が放たれる。ルゥに比べると狙った箇所に攻撃を当てる技術はクロエの方が上で、その彼女が射た必殺の矢は狙い違わず、先程のルゥの剣閃の交差点、つまり二回分の攻撃が重なって防壁の強度が最も落ちている一点を穿つ。

 そして、《防壁(シールド)》を貫いた矢は見事にハート型のクッションを突き破るのだった。


「よしっ!」

「っしゃあ! やったな!」

「はい。お見事でした。この分だと安心して任せられそうです」


 歓声を上げる獣人二人に、セレスティナも労いの言葉をかける。ただ、彼女にはどうしても腑に落ちない点は一つあった。


「でも、そこまで以心伝心のコンビネーションができるのに二人がラブラブじゃないのはどうも納得行きません……」

「うにゃっ!? や、やめてよ! あたしはもっとこう、落ち着きのある渋い大人が良いんだから!」

「オレだって! こんな乱暴な女よりももっと控えめで守ってあげたくなる子が良いぜっ!」


 家族同然で育った二人だからこそ、クロエにとってルゥは「落ち着きの無い弟」だし、対してルゥにとってクロエは「おっかない姉」と言ったところなのだろう。

 クロエとルゥにも、いつか素敵な出会いがあれば……セレスティナはそう考えつつ生暖かい笑顔を二人に向けるのだった。



【アイスクリームの揚げ物】について:

「アイスクリームの天ぷら」で検索すれば作り方が載ってます。勿論魔術無しでもご家庭で作れますので興味がありましたら是非一度ご賞味下さい。


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