037話 公爵令嬢ルーナリア・サングイス(年上系女子)
▼その日の夜
対策会議が終わった後、日が沈むのを待ち、セレスティナは一人である場所へと足を運ぶ。
先程クロエから「この後時間があるなら久しぶりにみんなで一緒に食事でもどう? ……ってヴァンが言ってた」と夕食のお誘いを受けたりしたが、重要な用事なので申し訳なく感じながらも断らざるを得なかった。
彼女が向かったのは、高級住宅街の一角にあるサングイス公爵家の豪華な屋敷。
「ふえぇ……」
国内に散らばる吸血族一族を統べ、過去には魔王も排出した公爵家だけあって、いつ来ても溜息が漏れるような広大で立派な洋館だ。そして夜に見上げるとおどろおどろしい雰囲気を感じる。
ともあれ、使用人に訪問を告げて応接間へと案内される。そして暫く待っていると奥から一人の少女が現れた。
「おお、久しぶりじゃの。それにしてもティナがここに来るとは珍しいのう。まあ折角じゃから朝食ぐらい食べて行くが良い」
大仰な口調で喋る、小さい子だ。
平均より小柄なセレスティナよりも更に背が低く、幼い体型。それを動き難そうなゴスロリのドレスで包んでいた。
雪のように真っ白い髪は前髪が眉の高さで、後ろはウエストの位置で水平線の如くぱっつんと一直線に切り揃えられており、精巧な人形のよう。
そして病的なまでに青白い肌に、血のように真っ赤な瞳、口を開くと鋭い牙がきらりと光る。
サングイス公爵家の末娘、ルーナリア・サングイス。魔族の中でも特に永い刻を生きる、夜の種族吸血族の少女である。
母セレスフィアの昔からの友人の一人で、御歳はそろそろ300に達するらしい。
そして長命の者ほど時間を無駄に浪費する傾向があり、彼女も学院卒業後は軍務省情報室に書類上だけ籍を置いているが働かず勉強もせず家事手伝いもせず、夜起きて日がな一日本を読んだり妄想の翼を広げたりして気ままに過ごしているのだった。
余談であるが、彼女の父親である軍務省情報室長のサングイス公爵も、仕事中に暇な時は『人間族抹殺計画』と書かれたノートに黒歴史を書き連ねるお茶目なおっさんで、先日遂にそのノートが100冊を超えたと喜んでいた。
「して、卒業後はどうなのじゃ? 外交官になったと聞いたが、国の金で他国に旅行して美味い物食べる生活を送っておるのか?」
「なんか色々誤解されてますが外務省は給料も安くて旅費とか滞在費なんかも自腹なんですから」
苦情を申し立てつつも、太陽の光に当たると能力の8割程が封じられる為にまともに観光に出かけられない彼女の為に、彼女達にとっては起き抜けの朝食となるサンドイッチやサラダのご相伴に預かりながら、これまでの旅の話を聞かせることとなる。
国内ならまだしも他国で生で見聞きした事柄は非常に珍しい情報なので、ルーナリアも「ほう、ほう!」と目を輝かせながら質問を繰り出したりしてきた。
「それで、こちらはお土産の品です。首都グロリアスフォートで有名な赤ワインらしいです」
「なんと! それは気が利くのぅ。後で早速頂くとしよう!」
セレスティナが取り出した酒瓶にルーナリアの赤い瞳が文字通り輝く。そうやって好物を渡して機嫌が良くなった所で彼女はここに来た本来の目的を切り出した。
「実は、ルーナリアさんにしか頼めないお願い事が一つありまして……」
「うむうむ。今の妾は気分が良い。何なりと言ってみるがよいぞ」
小さな女の子がお気に入りの人形を抱えるようにワインを大事に抱きかかえながら、ルーナリアが満面の笑顔を浮かべる。
「では……先程の話に出ました遠征部隊に関してなのですが、会議の様子だとこのままでは大きな衝突が避けられなくなってきそうで、なるべく穏便に済ます為にも国境を越えて入国してきた直後あたりで撃退して追い返すのは、できますでしょうか?」
「……ふむ? 面倒な話なら別料金じゃからの」
そう尋ねつつ一見意味不明な文字と数字の羅列を書き並べた紙切れを取り出すセレスティナ。対して吸血族の小さなお姫様は真っ赤な瞳を面白そうに光らせて、詳しい話を促した。
▼大陸暦1015年、堅蟹の月6日、昼
さてその翌日。人数を一人増やしたセレスティナ達一行は慌しくも王都へ向けて絨毯を飛ばしていた。
熱く眩しい夏の日差しを受けての空の旅は冷たい風が快適で、コタツは撤去して絨毯一枚の上に広々と寝そべりつつ景色の移り変わりを楽しむ。
空気抵抗を考慮しても横になった態勢での移動が便利だ。命綱を結んではいるが高速飛行中に立ち上がるのは大変危険なので、空の旅にはしゃぐルゥは今日だけで3度風圧で絨毯から転落したりした。
そういった愉快なイベントは数え上げるとキリがないので省略し、陽が高く上った正午頃に3人は休憩の為に一旦人気の無い川岸に着陸することになる。
澄み切った川の水で喉を潤しつつ、なにげに料理の上手いクロエが昨日のうちに下ごしらえを済ませたバーベキューのような串料理に軽く火を通し、昼食の出来上がりだ。
飲み水はセレスティナが魔術で作り出すことも可能であるが、そのような水は混じりけのない純水でミネラルや炭酸等の天然成分が入っていなくて味や栄養素に乏しいので、あくまで非常用という扱いである。
「工業用水にするには、この上なく便利なんですけどねえ……」
セレスティナが何やらぶつぶつ呟くが、理系の浪漫を共有しない獣人二人はいつものようにスルーしていた。
「さて、このペースだと日没前までには王都に着きますね」
1ヶ月と少し前に初めて王都を訪れた時に比べると、旅程にも余裕が出ている。これは夏になって日が長くなったことに加え、セレスティナの魔力が順調に伸びていることにも起因するのだ。
《飛空》で飛ぶ時の速度は勿論であるが、離着陸の効率化に、総魔力量が上がって余剰魔力を風の操作に当てて空気抵抗を軽減する等の小技で地味に改良を重ねているのである。
ただ、速度が上がれば上がるほど空気抵抗もそれに比例して大きくなる為、それ以上に速度を上げるのが困難になる。
その頭打ち感はセレスティナも理解しており、今のままでは夏場は良くても冬場の移動に深刻な問題が出てくるだろう。
と愚痴るとクロエが呆れ声で返してきた。
「別に何日かかけて途中の街に泊まりながら移動すれば良いじゃないの。陸路だと1ヶ月はかかるんだから、1日で踏破しようってのがどだいおかしいのよ……って、そう言えば“遠征部隊”の連中は火吹き山に来るまでにどのくらいかかるのかしらね」
「そうですね……恐らく私達みたいに空飛ぶ道具を使うと思いますから、遠征隊に居る魔術師さんの魔力次第としか……」
セレスティナと同等の魔力量があれば僅か1日で距離を詰めることも可能であるが、わざわざ容量拡大鞄を発注したことから恐らくはそれなりの日数を見越した準備をしているものと思われる。具体的な数字は現時点ではまだ判断がつかない。
「でも、遠征部隊の方の対処はルーナリアさんにお任せしてきましたので、私達としては今度のベヒモス戦にターゲットを絞りましょう」
「ベヒモス肉の喰い放題か。ワクワクするな! で、決戦日までまだ時間があるようだけどそれまでオレは何すれば良いんだ?」
肉と野菜を交互に刺した串を美味しそうに食べながら、ベヒモス戦にルゥが反応してきた。昨日の会議で許可を得て早速今日から同行して貰うことになったが、闘技場でベヒモスが登場するのは今から2週間後だ。彼としてはそれまでの時間をどう使うのかが気になったのだった。
「そうですね。クロエさんと一緒に近場で野獣や魔獣を狩って頂いてコンビネーションの勘を取り戻すのが最優先でしょうか。卒業してから一緒に戦う機会も無かったですしそれぞれ独自に力を伸ばしてるでしょうから、ぶっつけ本番だと上手く連携できなくなるのが恐いです」
普通に戦うならクロエとルゥにとってはベヒモスなどさしたる強敵でもないが、セレスティナの語るところによると、闘技場での戦闘は後ろに戦えない獣人や人間を庇いながらのものになり難易度が高くなる。従ってそれに備えて万全の状態で決戦に臨みたいということだ。
「思うところはあるでしょうけど、そういう難しい戦いで完全勝利を収めれば凄く格好良いですよ」
「むー」
「そうか、格好良いか! ならやってやろうじゃねえか!」
複雑な面持ちのクロエとは対照的に、扱いが楽なルゥはやる気に火が着いたようで早速気勢を上げる。
こんなお調子者ではあるが、いざ戦闘になればクロエの苦手な前線維持を安心して任せられる強力な戦力であることは間違いない。
「でも良いの? 吸血族に願い事って、やっぱりそれなりの代償がかかるんじゃないの?」
「そうですね、ワインでは不足じゃーと言われましたので今度改めて食事を提供することになりました」
「……やっぱり退廃的な連中よね。ティナもわざわざつきあう事ないのに」
「まあ、血の気は多くありませんが魔力なら売るほどありますから」
クロエが面白く無さそうにこぼす。一方でルゥは何か琴線に触れる部分があったのか再度気勢を上げた。
「女同士でか! やっぱり大貴族のお嬢様は違うなあ! それでクロエはもしかしてお嬢を取られると思って心配なのか? ならクロエも一緒に混ざって3人で楽しんでくればぐぼああああああああっっ!!」
そしてクロエの情けも容赦も血も涙も無い突っ込みの前に見事討ち死にを果たすのだった。合掌。




