004話 セレスティナの決意(いわゆる過去回2)
▼同日、夜
拉致されかけた獣人の子供達を連れて帰ったセレスティナ達は、まず「子供だけで危ない事をするんじゃない!」と保護者に拳骨を落とされた。
それから痛む頭を撫でられ、「だが、よく勇気を出して頑張ったな」と褒められた。
助けた子供達は一旦町の顔役の家に預けて、保護者と連絡を取ると言う。
これは後日の話になるがクロエとルゥとマーリンの3人は親を亡くした天涯孤独の身だったので、ルゥとマーリンをフォルティス公爵家で、クロエをイグニス侯爵家で、それぞれ住み込みの使用人待遇で引き取ることとなった。
また、人間族の人攫いについてだが、あれからすぐにアークウィングが直属の部下達を捜索に遣わし、「適切に処理した」とのことなので問題は無い。
さて、その日の夜、二家族がこの町で逗留しているフォルティス家別荘のリビングルームで魔国軍トップの二人、総司令官と参謀長が晩酌を傾けながら世間話をしていた所にセレスティナが入って来た。
「失礼します……この度はご心配をお掛けしました」
お風呂に入り念の為に怪我の治療も受け、すっかり元気になったセレスティナが二人に向けてお辞儀をする。その様子を見て白銀の髪と髭をたくわえた小柄な老人である祖父が相好を崩した。
「おお、ティナ、具合はもう良いのか? それにしてもあの人間どもめ、わしの可愛い孫娘にまで手を出しおって。わしがあの場に居たならどうか殺してくれと自分から頼み込むようになるまで痛めつけてやったところを……」
「相変わらずの祖父馬鹿ぶりだな」
「黙れ小僧。挙句には貴様までティナを叩いてからに。この子のわし譲りの頭脳に陰りが生じたらどうしてくれるんじゃ」
見た目はまだ若々しく、強靭な筋肉と竜鱗で全身を固めた、魔国軍最強の竜人族の武人を相手に何の怖気も無く軽口を叩くゼノスウィル。
ちなみにアークウィングは四捨五入して500歳、そんな彼を小僧呼ばわりするゼノスウィルは既に800歳以上である。この世界は魔力の高い種族程寿命も長い傾向にあり、その反面子供が生まれにくくなる。セレスティナにしてもヴァンガードにしても、家柄を差し引いても周囲から大事に育てられていることは疑いない。
余談であるが獣人族は大体みんな子だくさんで寿命も普通の人間と大差ない。但し極稀に魔力の高い変異種が誕生する事があり、そのような個体は妖怪のように敬われたり畏れられたりする。
「その人攫いですが、彼らのうちの一人が私の事を見て『魔眼族の銀はレアで高く売れる』みたいなことを言ってました。この髪は珍しいのですか?」
セミロングに伸ばした銀髪、月光を写す湖のような濡れた光沢を放つ髪を一房持ち上げながら、祖父に尋ねた。
その昔、ヴァンガードと初めて顔合わせした時の第一声が「すげえ白髪! お婆ちゃんみてえ!」だったのも今では笑い話である。失礼な少年はその直後に父親の拳骨で沈められたのだが。
「そうじゃな。まずは、人間どもがこの地で魔族や魔獣を襲う理由については分かっておるかの?」
「……愛玩用に支配下に置くか、或いは魔力素材を剥ぎ取ってお金にするか、だと思ってます」
言いにくそうに、だが誤解の余地の無いストレートな表現で、セレスティナが回答した。魔国の国土は周辺に比べて土地や大気に含まれる魔力が濃く、その魔力を多く蓄えた魔族や獣や植物や鉱物はいずれも魔道具の材料として有用で、品質に応じて高値で取引されるのだ。
ゼノスウィルが深く溜息をつき、彼女の答えが正解であることを裏打ちする。8歳の少女にそのような衝撃的な真相を周囲の大人が教えるとは思えないので彼女は断片的な情報から自力で正解に行き着いたということになる。
隣で聞いていたアークウィングも、驚きのためか黒銀色の竜眼を軽く見開いている。
「女子は早熟だと聞いてはいたが、ティナ嬢はまた別格だな……」
その言葉には苦笑いで応えるセレスティナ。実際は見た目通りの年齢ではなくその中身は論理的に正解を導き出す理数系が得意な男子学生なのでイカサマしてる気になって申し訳なさがあった。
長話になると踏んだか、彼女は空いたソファにぺたんと腰掛け、氷水の入ったグラスを貰い喉を潤す。
「……俺の愚息とは偉い違いだ」
ぽつりと呟いた時、噂をすれば影でその愚息が「ティナ、こんな所に居たのか! 部屋で遊戯盤して遊ぼうぜ!」と乱入してきたが、難しそうな話をしていると知るとそそくさと退散していった。むしろこちらが歳相応の模範的行動だろう。
「あと5年もすれば、あいつにもこの国の将来を担う自覚が生まれることを期待するか」
「ん、ごほん。話を戻すぞ。とするとわしら魔眼族の魔力素材は何じゃと思うか?」
「魔力の流れ方から考えると、髪と……眼、ですか?」
「……正解じゃ」
絞り出すような苦い声で、ゼノスウィル。彼が続けて語る話によると、銀は魔力との親和性が高くそれゆえ銀の髪は魔術の素養や魔力の高さの証で、つまり触媒として高く売れるとのことだ。
また、魔眼族の中でも魔力の高い者には成長に伴い特殊な視覚が宿り通常見えない物を視ることができると言われており、そのような魔眼もまた、存在の希少さも相まって魔道具の材料としてそれこそ目玉の飛び出る値段がつくらしい。
ちなみに魔国軍最強の魔術師と名高いゼノスウィルは、セレスティナに比べると光沢が薄く白味の強い銀色の髪と髭をしている。アークウィングとヴァンガードの親子はプラチナ色の薄い金髪で二番目に魔力の高い色だ。
ついでに、その次に恵まれているのが黄金色の髪で、ゼノスウィルの実娘でありセレスティナの母親がこれに当たる。夫の仕事の都合により同行できなかったので今日この場には居ないが。
「つまり、私が捕まると――」
「いや、その先は言わずとも良い」
言いかけたセレスティナを祖父が手で制した。小さい女の子に聞かせることも話させることも憚られる内容だ。
いずれにしても、銀髪が高く売れることが聞けたのでこれで彼女の疑問は解消された。仮に生きたまま拉致された場合、美少女であることのオプション料金も上乗せされて人攫いは一気に大金持ちになれたであろう。
「こういう拉致事件って、結構頻繁に起きるものなのですか?」
続くセレスティナの疑問には、国内の防衛を含めた軍務全般を管理しているアークウィングが答えた。
「そうだな……国が把握している範囲だと年間数百人、身寄りが無かったりで報告に上がって来ない分を含めると実態は更に大勢が行方不明になっている。無論、行方不明者の中には山奥で魔獣に喰われたようなケースもある訳だが、それでも大部分は人間どもが関わっていると俺達は見ている」
それでも彼が言うには、ここ十数年の間は大規模な紛争が無く軍事リソースを国境近辺の拉致対策に大きく振り分けられる為、比較的被害が少ないのだそうな。
だが人間側の手口も年々巧妙になっていて、どうしても魔族側の警戒網を突破される事例が出てくる。実際、今日出会った密猟者も姿を巧妙に隠しながら子供の遊び場に魔術で洞窟を掘り、子供達が好奇心から入って来たところを捕獲するという手口だったと言う。しかも彼女が見た2人以外にも別の場所にもう2人隠れていて合わせて4人組で活動していたらしい。勿論全員「適切に処理」されている。
「だから過去幾度も軍を派兵して攫われた者達の奪還を試みた。そしてその都度一定の成果は挙げているが人間共を滅ぼし尽くすまでには至らず」
「戦争になると、攻める側より守る側の方が有利ですからね……」
「だがいずれ必ず、奴らを根絶やしにし国土を更地に帰し、積年の恨みを晴らしてみせようぞ」
静かな怒りを燃やす彼の様子に気後れしそうになりつつも、セレスティナは恐る恐る手を挙げて質問を続ける。
「あの……話し合いで解決する動きは無いのですか? 外務省とか……」
「外務省は今ではお飾りじゃな。わしがまだ若かった頃――600年程前には人間族の国々とも交流はあったのじゃがのう」
その疑問に答えたのは、軍務省の中でも最長老の祖父。大陸を揺るがすとある大戦争を機に周辺国との国交が途切れて以来、外務省は開店休業状態で今となっては落ちこぼれが入る窓際部署という扱いらしい。
「でも、人間の国の統治者の中にも話し合いができる勢力がきっとあると思います。あちらの国としても他国民を拉致してそれが戦争の火種になるのはリスクが大きくて止めさせたいでしょうし。今の外務省はそのような交渉の窓口もしていないのですか?」
「ティナは難しい言葉を知っておるのう。……じゃが、この辺りの話はお前にはまだ早かろう。もう少し大人になったら話してやるとしようぞ。さあ、今日は夜も遅いしもう寝なさい」
言われてセレスティナは呻くように眼を伏せた。今の自分が8歳児であることを忘れて“大人の話”に食いつきすぎた事を自覚して反省する。
話し合いでの解決はきっと言葉で言うほど簡単ではなく、周辺諸国との軍事力学やら国内の政治力学やら難しい問題が絡んでくるのであろう。
それでも、と彼女は昼間の出来事を思い出して自分の両手を見つめる。悪意を持って襲い掛かってくる相手に全力で魔術を撃ち込んだ手応えがまだ生々しく残っているようで、下手すれば殺人者になってしまったかと思うとゾっと背筋が冷える。
もし将来に大きな戦争が始まったとして、自分が戦場に出て“敵”を殺すことが果たしてできるかどうか。
そう考えるとやはり、甘いと言われようが話し合いで解決する可能性は捨てたくなかった。
「私、決めました」
祖父の言葉に頷いて立ち上がり、背筋を伸ばして高らかに宣言する。
「私は、学院を卒業したら外務省に入って外交の仕事に就きます。それで、話し合いで解決できるようになりたいと思います。正直なところ、戦争で誰かを傷つけるのも自分が傷つくのも大切な誰かが傷つくのを見るのも嫌です……」
「ははは、そうか、ティナは心の優しい子じゃな」
8歳の少女の言う事なので、大人組はきっと「あたし大きくなったらお花屋さんになる!」「私はケーキ屋さん!」と同レベルの発言として軽く捉えたのだろう。
そして6年後、軍務省トップのこの2人はここで彼女を止めなかった事を大いに後悔する事になる……
▼再び、大陸暦1014年、炎獅子の月
「――という訳で、私の外務省行きは総司令官と参謀長にもご了承を頂いております」
「「「「いやいやいやいや!」」」」
平坦な胸を得意げに反らして豪語するセレスティナに対し、他の4人の心が一つになった瞬間であった。




