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魔物の国の外交官  作者: TAM-TAM
第3章 白亜の国の遠征部隊
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035話 対策会議・1(嵐の前)

▼大陸暦1015年、堅蟹(第6)の月3日


 臨時講師の日の翌日。この日は普段の週より早めに、いつもの容量拡大バッグを納品しにカールの道具屋へと訪れた。

 週の後半に急遽テネブラへと帰国する運びになった為、あれこれの雑務を今日中に済ませる必要があるのだ。


「遠征部隊で使いたいというご要望がありましたので、急ぎで仕上げてきました。どうぞお確かめ下さい」

「おお、ありがとう。本当に助かるよ。いやー、急な発注だったものでどうしたものかと思ったよ」


 双方慣れたもので、セレスティナが5個の容量拡大バッグを納めると店主がそれを手際良く検品し、初期不良の無いことを確認する。

 魔国の資源を狙う遠征部隊が使う事を分かっていて卸すのは利敵行為に当たらないか、とクロエからも問われたりしたが、セレスティナが言うには「ちょっと小粋な細工」を施しているので問題ないとのこと。


「あ、そうだ。遠出するとお聞きしましたのでこれからの季節の虫除け用に匂い袋を用意してみました。マンティコアの毒から作った物で、人体には無害ですが袋の中を素手で触らないようお伝えして下さい」

「へえ、そういうものもあるのか。あの短時間でよくここまで作れたねえ」


 それぞれの容量拡大バッグからぶら下がった小さな袋を眺めつつカール店長が感心した声を上げた。

 以前にセレスティナが手に入れたマンティコアの毒袋の中身を特殊な蜜で薄めた防虫剤を海綿に染み込ませて皮袋に密封したもので、大抵の虫の接近を防ぐ優れものだ。


「他にも何か、こういうのが欲しいとかありましたら、可能な範囲で師匠が対応しますけれど」

「おお、じゃあお言葉に甘えて相談させて貰おうかねえ。いつも卸して貰ってる10倍品じゃなく、もっと中身の大きい物をお師匠さんは作れるかい? ある高位の探索者(クエスター)のパーティから、そういう問い合わせが来ていてねえ」


 どうやらこの店で定期的に容量拡大バッグが売り出される噂を聞きつけてきたらしい。3人パーティなので3袋欲しいとのことで、予算も相当な額になりそうだがお金は有る所には有るのだという世界の真理を思い知らされる。


「そうですねえ……では、30倍品を3個で卸値に金貨100枚、出ますか?」

「お、結構良いところを突いてくるねえお嬢ちゃん。おじさん的には高すぎず安すぎずと言ったところだよ」

「では、そのように師匠にも伝えておきますね」


 取引額の増加具合になんだか段々と金銭感覚が麻痺してくるのを自分でも感じる。金貨100枚あればこの王都の高級宿暮らしでも1年は何もせず過ごせる程だ。

 それでも、これからの交渉戦の実弾になるお金は多ければ多い程有利なのも事実。なのでお仕事用のお金と自分のお小遣いは一旦切り離して庶民感覚を無理やり呼び戻し、引き続き道具屋で帰国用のお土産を物色するのだった。






▼大陸暦1015年、堅蟹(第6)の月5日、午後


 翌日は丸一日を帰国の為の移動時間に費やして夜は実家に一泊し、更にその次の日。


 朝から急いで外務省に登庁したセレスティナは省長のサツキ女伯が来るまでお土産を配りつつ時間を潰し、その後アルビオン王国での動きを伝えた。


「外務省だけでどうこうできる範囲を超えてますので、他の省とも相談したいと思うのですが」


 報告をそう締めくくったセレスティナに、サツキ女伯も「そうね」と頷く。予算も人員も発言力もない外務省としては正しい選択だ。

 そして早速関係各部署にメッセンジャーのジレーネを文字通りの意味で飛ばし、会議のセッティングをしたのだった。


 そのような経緯で、地球時間で言うと午後の2時に相当するまだ日の高い時刻に、内務省の館内にある国家戦略会議室に選りすぐりのメンバーが集まっていた。


 内務省から、省長のデアボルス公爵。

 軍務省から、省長にして軍の最高責任者アークウィング・フォルティス公爵に、国内防衛の要であるコルヌス侯爵、獣人主体の高機動部隊の隊長である虎獣人のトラファルガー・バルバス伯爵。

 それから、軍務省情報室から昼間は動けない吸血族(ヴァンパイア)の室長の代理として黒妖精(ダークエルフ)の魔剣士ヴェネルムに、同じく情報室所属で今回セレスティナと共に情報を報告する立場の諜報官クロエ。周囲のメンバーがメンバーなのでクロエはガチガチに緊張して豹耳や尻尾もピンと立っているのが愛らしい。

 あとは、外務省のサツキ省長と外交官セレスティナだ。


 本来は三公四侯(セプテントリオネス)による国家的な重要問題も話し合う為の、国内でも豪華さと重要度ともに最高ランクの会議室だ。

 小娘のセレスティナとクロエは勿論生まれて初めて入る場所だし、サツキ女伯ですら片手で数える程しか来た事はない。

 テーブルも椅子も参加者の前に出されるお茶も最高級品で、この部屋に比べるとセレスティナの実家の応接間さえも幾らか劣るだろう。


 総勢8人の参加者がテーブルをぐるりと囲んでいる中、社交界仕込みの優雅な動作でサツキ女伯が立ち上がる。

 尚、軍部重鎮のゼノスウィル参謀長がこの場に居ないのは、「一応身内じゃからな。甘いところが出るのも甘くしまいと必要以上に厳しく当たるのも良くないじゃろう」と言って不参加を決め込んだのだった。情報自体は昨晩の夕食の席でいち早く報告しており、その上であえて自分が出る程の重要案件でもないと判断したようだ。


「さて、まずはお忙しい中をお集まり頂きありがとうございます。先程、外務省(ウチ)の秘書官ジレーネを通じて報告書を回しましたように、外交官セレスティナ及び同行の諜報官クロエ殿が持ち帰った情報を報告したいと思います」


 叙任式の時以来の真面目な口調で、サツキ女伯がセレスティナの上司として報告を行う。報告の内容は主に3点。


 一つ目は、北のシュバルツシルト帝国にて開発されたと言う、魔術師殺し(メイジマッシャー)と呼ばれる武器の存在だ。セレスティナが外交官活動中に鹵獲した物資で、この場で現物を軍務省へと提供することとなった。


「恐らくは対魔族を視野に入れて作られた物だと思います。初見での対処が難しいですので、資材部に回して解析して頂くなり訓練に用いていざ実戦で対峙する際の対策を立てるなり、有効に活用して下さい」

「承った。貴官の貢献に感謝する」


 布で厳重に包んだ魔術師殺し(メイジマッシャー)が、セレスティナの手からアークウィングへと渡った。今後の防衛力の強化へと繋がるだろう。

 実際はこのような品を提出する義務にはなっていないが、この後に外務省から軍務省への協力要請が控えてる関係上、こうやって点数を稼いでおくのが有効ということだ。


「続いて二点目になります。アルビオン王国でテネブラへの遠征隊が組織中との動きがあるようです」


 続くサツキ女伯の報告に会議室の空気が張り詰める。人間族(ヒューマン)の国からの密入国者は珍しいことではないが、このように国策である特定の素材を狙って精鋭部隊を組織する話を事前に掴んだ意義は大きいだろう。

 行き先が火吹き山で、出発日が今日ぐらいだということも判明しており、待ち伏せに有用な情報となる。但し目的とする素材が何かまでは分からなかったと付け加えて報告した。


「それは確かなのか? クロエ諜報官」


 クロエの部署の上司に当たるヴェネルムが確認の為に問いかける。黒い肌に伸ばした金髪を首の後ろで括った細身の青年で、現場での戦闘からデスクワークまでこなす良く言えば万能型、微妙な言い方をすれば器用貧乏なタイプだ。


「ひゃいっ。あたし……いえ、小官が見聞きした事柄と一致しましゅ」


 緊張して噛みつつもクロエが立ち上がって答える。普段はふてぶてしい態度を取っていてもやはり今年でまだ16歳の女の子なのでこういう場には慣れていないようだった。


「対策の協議についてはこの後で時間を取ることとしまして、先に三つ目の報告に移りたいと思います」


 サツキ女伯からの最後の情報として、アルビオン王国南部の都市にて魔獣ベヒモスが飼われており、闘技場で見世物になっていること。そしてその試合という名の虐殺の相手に、獣人の少年が出される可能性があることを説明した。


「こちらは噂をかき集めただけの信憑性のあまり高くない情報だけど、外交官セレスティナは引き続き調査および対処をしたいと言ってるから、可能なら協力を、難しければ黙認をお願いしたいと思ってます」

「なるほど。それにしてもこの短期間でよくこれだけの情報を集めたね」


 穏やかな声音で、獄魔族(グレートデーモン)のデアボルス公爵が労う。青い肌に鋭い角といういかにも魔界の住人じみた外見から誤解され易いが彼は魔国では比較的気質が穏やかな好青年なのである。

 だがその戦闘力は“公爵”の立場に恥じない程高いもので、昼間に戦えばアークウィングに次いで国内で二番手と言われている。


 獄魔族(グレートデーモン)は全体的に、身体能力も魔力もバランス良く高い水準を誇る。

 デアボルス公爵の場合は竜人族(ファフニール)のアークウィングよりは魔術が得意で、吸血族(ヴァンパイア)のサングイス公爵よりは近接戦に強い真の万能選手だ。このレベルまで到達すると器用貧乏と蔑む者は居ない。


「サツキ女伯は、良い人材を得られたね。羨ましいな」

「その分、あたしの仕事が増えて今もこうやって慣れない重労働中なんですけどね」


 社交辞令のようで本音の入り混じった黒い会話を交わす。ここで「欲しけりゃあげますよ」とか言い出すと本当に取られかねないのでさすがに自重はした。


「ハンッ! 街で遊び歩いて無責任な噂話を集めるだけの簡単な仕事じゃねーか!」

「よせ、我ら武人には情報収集がどれだけ難しい任務か判断がつくまい。適材適所という奴だ」


 バルバス伯爵が毒づいたところをコルヌス侯爵が諌める。セレスティナにも聞き覚えのあるやりとりであるが軍部の会議でもよくある風景なのだろうか。


「それで――セレスティナ外交官の話を受け、外務省から、二点程協力の要請を挙げさせて頂きたいと思います」


 サツキ女伯は議場の面々を見渡すと、良く通る声で今回の会議を持ちかけた目的を発表する。


「一つは、ベヒモス討伐の為に軍務省所属のルゥ殿を一時借り受けしたいこと。そしてもう一つは、火吹き山に近づいた遠征部隊を今後の交渉材料に生け捕りして貰いたいこと、です」



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