033話 水上の初授業・2(魔道具の破り方教えます)
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あれからセレスティナの快進撃は続き、挑戦者を次々と打ち負かした。
氷属性が得意な男爵家長男が周囲の水を凍らせて足場を安定させようとしたが、セレスティナの放つ大量の《火矢》による物量攻撃に足場を削られ、最後はバランスを崩して自滅するように転落した。
また、医者の家の息子が足元まで覆う規模の《防壁》を展開して持久戦を挑んできたが、足場までは護りきれずに《水球》を浮島にぶつけられてあえなく転覆した。
その他数々の名勝負が繰り広げられ、12人居た男子生徒は皆ずぶ濡れになってプールサイドに並んで座っている。
「さて、女子の皆さんは参加されないんですか?」
12連戦の疲れを微塵も見せないセレスティナが笑顔で問いかけると、残った8人の女子生徒達は「どうしよう」と戸惑いつつ顔を見合わせる。
「ほら、お行きなさいよ。せめて少しでもあの女に魔力を使わせれば後から戦うわたくしが有利になるもの」
「無理無理無理無理無理です! 勝てる気がしませんし濡れ損じゃないですかあ!」
シャルロットが他の令嬢をけしかけるも、これまでの戦いを間近に見た彼女達は自分に勝ち目が無い事を既に悟っていた。
男子と違って女子が水に濡れるとブラが透けたりメイクが落ちたり髪のセットが乱れたりと心に受けるダメージが大きいので、それなら不戦敗を選ぶ方がまだ賢い選択と言えるのだった。
「ティナ先生! 私は降参します!」
「あたしも同じくです! ティナ先生ー!」
「何よもう! 臆病者ばっかりなんだから!」
女子生徒達が次々と寝返る中、シャルロットが立ち上がると手にした華美な杖に魔力を込める。
「わたくしが直々に相手してあげるわ……広がれ妖精の羽根、《飛空》!」
浮力を得た杖に跨って、シャルロットがふわりと宙に浮いた。プリーツのミニスカートから伸びるスパッツに覆われた太ももでしっかりと杖を挟み込む姿はフェチ心を刺激する。
「足場は自由って言ってたし、まさか飛ぶのが駄目だなんて今更言わないわよね?」
「はい。戦場では勝者が正義ですから、魔道具だろうと色仕掛けだろうと持てるカードは全部駆使してかかってきて下さい」
「い、色っ!? ふざけた事言ってるんじゃないわよっ!」
一声吼えるとシャルロットは上空から撃ち下ろす軌道で《魔力弾》を放つ。並列処理が得意な女性脳だからこそこのように《飛空》を制御しつつ攻撃魔術も同時に使えるのである。集中処理に向いた男性脳ではなかなかこうは行かない、女子ならではの戦い方だった。
「もっとよく狙わないと当たりませんよ」
しかしセレスティナは連続で降り注ぐ《魔力弾》の射線を見切り、元々当たりそうにない大半の攻撃を微動だにせずやり過ごし、運良く命中しそうなものに対しては持ち前の身体の柔らかさを駆使して難なく避ける。
「ぐっ……このっ! ムカツク!」
「《飛空》を維持しながら戦えるのは大きな強みですから、あとは動きながら攻撃を当てる技術、それから動いてる相手に当てる技術を伸ばして行くと良いですね」
論評しつつセレスティナが指先から飛ばしたビー玉程の大きさの《水球》が、立て続けにシャルロットの顔に命中し、水しぶきを飛散させる。
「きゃっ、ひゃんっ!?」
「今のが《水球》じゃなくて《氷槍》とかだったら勝負ついてますね。まだ続けますか?」
「……上等じゃない! 吠え面かかせてやるわよ!」
シャツの袖で顔を拭うとシャルロットは青い瞳に怒りの炎を燃やし、次なる魔術を唱える。
「魔力の壁よ、わたくしを護る盾となりなさい! 《防壁》っ!!」
自らの前面に魔力の防壁を展開したシャルロットは、同時に《飛空》を維持した杖にも更なる魔力を送り、セレスティナに向かって加速をかけた。
「体当たりですか。考えましたね」
向かってくるシャルロットを眺めつつ、落ち着いた様子でセレスティナが賞賛の言葉を口にした。体当たりのように重量と正面投影面積の大きい飛び道具は浮島の上だと避けるのも防ぐのも困難だ。
だが以前に対峙したヴァンガードの竜突と比べると、攻撃の速さも威力も格段に落ちる。彼女にとって対処はそれほど難しくない。
「ですが、捨て身さが足りません。自分の安全を最優先にしてるうちは勝てる戦いも勝てませんよっと。《防壁》っ」
迎え撃つセレスティナも自分の前に《防壁》を張る。防御魔術同士がぶつかり合い、ぎぃん! と重い衝撃と共に空間が悲鳴をあげるような音が響いた。
「きゃんっ!?」
魔力の障壁に弾かれたシャルロットの杖と身体が、前転をするように空中で斜め前方向に一回転した。セレスティナは《防壁》を斜め向きに張ることで体当たりの衝撃を受け止めるのでなく受け流し、吹き飛ばされるのを防いだのだった。
「とっ、とっ」
空中でバランスを崩したシャルロットが立て直そうと杖の制御に集中した時、横手から伸びてきたセレスティナの手が彼女の杖をはしっと掴む。
「なかなか良い杖を使ってますね。《飛空》の事故防止の自動姿勢制御ですか……流石はFF社の最新モデルです」
「何のつもりよ!? 下賎の者が汚い手で触るんじゃないわよっ! このっ!」
セレスティナの手を振り切って一気に急上昇をかけるシャルロット。だがその際、彼女の予想を遥かに超えた速度が出て危うく身体が投げ出されそうになった。
「って、えええええっ!? 何よこれ!? 何なのよこれ!?」
先程までの優雅な飛行とはうって変わって、シャルロットの杖はまるで暴れ馬のように上下左右に持ち主を振り回す。彼女は暴走したかのような杖に必死に抱きついて、何とか振り落とされまいとしている。
「ちょっと、何したのよ貴女はっ!?」
「何って、普通に再起動しただけですが。その最新モデルの杖は起動時にパラメータの振り分けを指定できる面白機能がありまして、ちょっとレース仕様にしてみました。私を轢きたいならこれくらいの速度を出さないと足りませんよ」
先程シャルロットの杖を握った際に、セレスティナの高い魔力を込めて、内部パラメータも加速性と最高速度に全振りし、旋回性と制動性は必要最低限まで落としたのである。
勿論この状態から更にシャルロットが自分の魔力を込めて“再起動”させれば元に戻す事ができるが、杖の制御が利かない状態で集中できる筈もなく。
「あ」
やがて、シャルロットの身体は放り出されるように杖から離れ、落下を始める。
「きゃ、きゃああああああああああああ!!」
彼女の落下予測地点は、水中ではなくプールサイドの硬い床だ。転落死する程の高さではないが、誰も怪我をしないようにすると豪語した手前セレスティナとしては助けない訳にいかなかった。
「っと、今行きますっ!」
セレスティナは躊躇せずプールに足を踏み出し、足下に《防壁》で足場を作ることで器用に水面を走り、最短距離でプールサイドへと到着。
そして、落ちてきたシャルロットの身体を抱き止めた。
「ふぎゃ!」
だが彼女の細腕ではシャルロットの出るべき所は出ているわがままボディを支えきれず、蛙が潰れたような声を上げて下敷きになる。それでも自分の体をクッションにしてシャルロットを護る辺り、彼女の中には今だ紳士の魂が健在だと言えよう。
「だ、大丈夫二人共!?」
慌ててクラリス教諭が駆け寄って来る。シャルロットのフカフカしたお尻にお腹を敷かれた格好のセレスティナは意外にも笑顔で答えた。
「私は平気です。これくらいは怪我の内に入りませんよ。ただ贅沢を言うなら裏表逆の方が良かったですが……」
変態という枕詞付きの紳士めいた台詞を吐き、目の前のシャルロットの背中をぽふぽふとさすりつつ立たせて自分もクラリスの手を借りて立ち上がる。
それから、シャルロットの運動着の埃をはたきつつ怪我や痛いところは無いか問い尋ねた。
「あ、うん。びっくりしたけど、その、貴女が庇ってくれたから」
「それは良かったです。では……ていっ」
そう言うとセレスティナは、シャルロットの両肩を押してプールに突き落とした。
「えっ? きゃあああああああああああっ!!」
二度目の悲鳴を高々に上げて倒れるように水中に沈むシャルロット。水面に顔を出すと烈火の如く怒って抗議する。
「――ぶはっ! ちょっと! 何するのよいきなり! 下賎の者が無礼な!」
「でも最初に言いましたよね、プールに落ちた方が負けと。こうしないと勝利条件が満たせずに有耶無耶な引き分けになってしまいますから」
「……あの状況で負けを認めないほど意固地じゃないわよ、全く……ほら、手を貸しなさいよ、ティナ先生」
水の中から右手を伸ばすシャルロットに、セレスティナは《飛空》をかけた杖を「はい」と差し伸べてクレーンのように吊り上げた。この状況で直接手を差し伸べるとプールに引きずり込まれるフラグなのは明白だったし何より彼女の非力な腕で女子とは言え人一人を支えきれる自信は皆無なのである。
「本当に、ムカツクぐらい抜け目が無いわね。見てらっしゃい、グレゴリー先生が帰って来るまでにティナ先生をプールに叩き落してやるんだから!」
「はい。いつでも受けて立ちます」
他の女生徒に差し出されたバスタオルを身体に巻いて透けブラを隠しながら闘志を燃やすシャルロットに余裕の表情で応えるセレスティナ。
かくして、臨時講師初日の授業で彼女はクラスを掌握し、魔術師としての憧れと尊敬を勝ち取ったのであった。




