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魔物の国の外交官  作者: TAM-TAM
第3章 白亜の国の遠征部隊
32/154

029話 王城会議(主人公不在のプロローグ)

※昨今の無断転載問題を受けて、各章の冒頭に著作権表記を入れることにいたしました。

 お読みになる際のテンポや没入度を崩してしまい大変申し訳ございませんが、ご理解の程を宜しくお願いいたします。


――――――――――――――――――――――――――――

Copyright (C) 2016 TAM-TAM All Rights Reserved.

この小説の著作権は著者:TAM-TAMに帰属します。

無断での転載・翻訳は禁止させて頂きます。

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▼大陸暦1015年、双頭蛇(第5)の月29日


 大陸の中央部から西部までの広大な地域を版図に収める、大陸でも最大の国土面積と人口を持つ国、アルビオン王国。


 その王都グロリアスフォート中心部に堂々と聳え立つ白亜の王城のある会議室に、国家或いは王都運営の重鎮とも呼ぶべき顔ぶれが豪華なテーブルを囲んでいた。


「遠征部隊のメンバー選出は無事完了。いずれも劣らぬ、7人の最精鋭による国内最高の部隊かと存じます。現在は物資の購入を進めておりまして、1週間後には出発可能となる見込みでございます」

「そうか。ご苦労であった」


 畏まって報告する壮年の男に、まだ二十歳にも届かないような金髪の若者が鷹揚に返す。親子程の歳の差があるにも関わらず、この会議室での序列は青年が最も高いのであった。


 彼はアルビオン王国第一王子、アーサー・エル・オブ・アルビオン。金髪碧眼、眉目秀麗、文武両道という国内の貴族令嬢や他国のお姫様が放っておかない優良物件だ。

 年齢は今年で18になり、そろそろ国政の場では存在感を表しつつもまだ若さゆえの未熟さも残る、そんなお年頃であった。


 彼に向かって報告を行ったのは、アルビオンの誇る騎士団の中でも非公式な指令を秘密裏に遂行する“幻の”第七部隊隊長。彼の働きがあってこそ、この会議の主題である遠征メンバーの人員がスムーズに、そして人の噂に上ることもなく無事集められたのは間違いない。


「恐れながら、隊長殿のご報告に関連して要望がございます」

「ギルド長か。申してみよ」


 続いて手を挙げた大柄で抜け目のなさそうな中年男性、この王都の探索者(クエスター)ギルドの長が希望を口にする。


「物資につきましては我々ギルドの方でも付き合いのある店を中心に調達を進めているところではありますが、何分、収納具が足りておらず物資の運搬に難が生じえます。そこで最近、近くのよく知る店に容量拡大された鞄が安定供給されていると聞き及び、今回かの魔界へと挑む遠征部隊の面々にその収納具を提供する許可と予算を頂けましたら……」

「ふむ。宰相よ、予算の状況はどうだ」


 ギルド長の要望を受けてアーサー王子がクリストフ宰相の方を向く。宰相は「はっ」と短く答えると銀縁の眼鏡を指で押し上げると、厳しい台所事情を口にする。


「既にこの計画には多額の予算が費やされており、残りは魔界の火吹き山へと苦難の道のりを往く遠征部隊の者達への報酬とそして何かあった時の為の予備費として留め置きたく、どうかご理解頂きたい」

「……“何かあった時”とは、もしかしてこの遠征が失敗することを恐れておいでですかな?」


 ギルド長と宰相の視線がぶつかり、見えない火花が散る。


「常に最悪に備えるのが国家運営の要。お気を悪くしたならお許し召されよ」

「でしたら、無事遠征が成功した暁に後払いでお支払い頂けば宜しいのですな。容量拡大された収納具を7人分……と言いたいところですが出発までの日数を考えると5人分がせいぜい。予算の申請は金貨100枚と言ったところでしょうか」


 ちなみに店頭価格で買うと最近の標準的な容量拡大バッグは5個で金貨75枚である。差額は一体何処に行くのだろう……


「申請書はお預かりしましょう。精査の上、時が来たら判断いたす」

「妹には時間が少ない。もし此度の遠征が失敗したなら次に打てる手はもう殆ど残されていないだろう。それを踏まえるなら成功報酬に上乗せすることを今ここで余の名において保証しよう」


 慎重な宰相の言葉に被せるように、アーサー王子の焦るような声。


 この事態の経緯を軽く纏めるなら、とある魔獣の毒に侵された彼の妹君のフェリシティ姫にご快癒いただく為の特効薬の材料に、魔国テネブラ北西部にある魔の山“火吹き山”からとある魔鳥の素材を持って帰らねばならないという、まあこの業界では割かしよくある話である。


「それにしても魔界、か……時に宰相よ、最近その魔界から使者が見えたと聞いたが。その者に協力を仰ぐことは可能と思うか?」

「なりませんぞ殿下!」


 アーサー王子に宰相が答えるより先に口を挟んできたのは、宮廷魔術師の長を務める白い髭の老人だった。


「魔物如きと交渉してこちらが何かしらの譲歩を行う必要などありますまい。それに、交渉の過程でこちらの内情が魔物側に漏れたなら、火吹き山の守りが固くなり遠征部隊に無用な危険を背負わせることになりかねませんぞ!」


 その宮廷魔術師長の言葉に、この王都の貴族子弟を預かる王立グロリアサクセサー学園の学長も追従する。こちらは神経質そうで目つきの鋭い、長身痩躯の壮年男性だ。


「それに、その魔界の使者とやらはまだ年端の行かない小娘と聞き及びます。どうせ家柄しか取り得のない者が肩書きだけ得て観光で遊び回ってるだけでございましょう。論評に値しませんな」

「そうは言うが、宰相よ、実際に眼で見て話をした印象としてはどうだ?」

「印象でございますか……話の通じぬ相手ではないと感じております。ただ、油断のならない相手でもありますな。それと、魔族だけあって腕の立つ魔術師だとも」


 王子が再度水を向け宰相が率直な意見を口にすると、揃って笑い出す宮廷魔術師長と学長の年配組二人。


「ほほほ。宰相閣下は相変わらず慎重であらせられますな。だが用心深いのも度が過ぎれば臆病になりますぞ」

「ははは。宮廷魔術師長殿の言うとおりです。ですがもしその魔界の使者とやらが王都を離れてウロチョロしないよう首に鈴をつけたいというのでしたら、栄えある遠征部隊に選ばれてここを離れるグレゴリー講師の代わりに学園で雇うこともできますぞ」


 グレゴリー講師とは王城の専属探索者(クエスター)の一人で高い実力を誇る魔術師である。学園で魔術の授業を持つ傍らに探索者(クエスター)としての活動も行っているが、今回の遠征部隊に選ばれて暫く学園を空けることになっているのだった。


「聞けばこの王都での仕事を探しているとのことですし、学園の生徒相手にお子様同士で遊んでいるのがお似合いでございましょうぞ」

「なっ! 魔物風情を学園に招き入れると申すか!?」


 学長の言葉に宮廷魔術師長が反発する。だがその反応は学長の予期したものだった。


「そう言われるならグレゴリー講師の代わりを務められる人材を出して頂ければ良いのです。以前にお頼み申した際は報酬が安すぎるとけんもほろろでしたからな。こうなっては最後の手段として魔物に頼るのもやむなしと言う事になりますが、それなりの予算(・・)を頂ければもっと素性や実力の確かな宮廷魔術師の方をお招きすることもできまして……」


 不敵に笑いつつ王子や宰相の出方を伺う学長。臨時講師の報酬は決して低くはないが宮廷魔術師や高位の探索者(クエスター)にとっては割に合わない額なので、次世代の教育を重要視するグレゴリー講師以外に引き受け手が居なかったのだ。

 つまり、学長の意図は「経費を貰えなければ魔物を雇わざるを得ない」と軽く脅しをかけて学院への金の流れを強化しようとすることにある。


 このように宮廷政治は油断すると予算と言う名の獲物に群がるハイエナの狩り場へと変貌する。

 だがそんな事は王子もそして父である王も織り込み済みで、この計画の指揮を王自らでなく息子に委ねたのは将来を見据えた経験値稼ぎの場としての意味合いが強いのだった。


「ふむ、そうだな。週に一度の臨時講師ぐらいであれば余の名において特別任務扱いで宮廷魔術師を動かすことも可能だが……どうだ? 宰相よ」

「いえ、恐れながら、先の学長殿のご提案、意外と悪くない案ではないかと思われます」

「……っ!?」


 慎重派で知られる宰相がその案に乗り、場が騒然となる。話を持ち出した学長すら慌てた様子で思わずテーブルを叩いた。


「魔物なのだぞ! 危険だとは思わんのか!?」

「その心配は少ないでしょう。その者の目下の目的は獣人奴隷を解放し帰国させる事。その件については私の方で話を進めておりますが言うなれば人質を取っているのはこちら側。勿論釘を刺してはおきますが迂闊な行動は起こせないでしょう」


 声を荒げる魔術師長に淀みなく賛成の根拠を伝える宰相。更に言うなら先程学長自身が述べたように「首に鈴をつけて」近い場所で監視をしつつその人となりを観察する良い機会だ。

 そして、予想外の反応に絶句する学長に向けたクリストフ宰相の目は珍しく悪戯っぽい輝きを浮かべており、低次元な予算の奪い合いに対するささやかな牽制も含まれているように感じられた。





 アルビオン王城でも最もセキュリティ管理が厳重なエリアにある、第二王女フェリシティの居室。

 民家よりも広いであろう部屋には一面に足首まで埋まる真っ赤な絨毯が敷き詰められており、壁沿いにはずらりと衣装箪笥や化粧台やぬいぐるみ用の棚が立ち並ぶ。


 余談だが、第一王女としてアーサー王子の姉にあたる人物も居るが、既に臣下の下へと降嫁しておりこの王都には不在である。


「全く……どいつもこいつも金、金、金と……っ!」

「そういう手合いを上手く動かして役立てるのが上位者の資質って奴さ」


 そんな本来では男子禁制のはずの空間に、アーサー王子を含め本来の部屋の主以外の男女が4人、集っていた。

 王子の愚痴にまるで十年来の友人のような砕けた調子で返したのは、王子と同じ歳ぐらいに見える黒髪黒目の青年だった。


「……すまんな。余が不甲斐ないばかりにフェリを待たせ続けて……」


 人一人が使うにはいささか広すぎる天蓋付きベッドに横たわる金髪の少女フェリシティは、薄く輝く繭のような膜に包まれ、静かに寝息を立てている。

 だが彼女のすらりと伸びる手先は、不自然な程に白く、固く変質していた。布団に覆われていて今は見えないが足先についても同様だ。


 学園での課外授業中に彼女は魔獣バジリスクの毒を受けてしまい、その影響で身体が末端から少しずつ石に変化しているのだ。

 今は彼女を包み込む光の膜の効果で苦痛を和らげて毒の進行を極限まで遅くしているが、根本的な解決にはならず、早急に“特効薬”を用意せねばならない。


「遠征部隊の準備はほぼ整った。来週出発の見込みであるから来月中には帰還するだろう」

「あとは結果が出るのを待つのみ、ってとこか。成功の見込みは高いんだよな?」


 黒髪の方の少年はアーサー王子に比べると容姿が悪いとは言わないが雰囲気が洗練されておらず気品に欠ける。

 服装も仕立ては良い方だがそれ以上に動きやすさ重視の簡素なもので腰に帯剣すらしており、まるで平民出身の探索者(クエスター)のような印象だが、不思議な事に彼の無礼な話し方や装備にはどこからも苦情が入らない。


「国内でも最高に近いメンバーを選び出した。騎士団第七部隊の小隊長を現地司令官に、剣士と斥候と魔術師の王城専属探索者(クエスター)達に、学園講師の高位魔術師、それからギルド長推薦の戦士1人に城勤めの薬師、この7人だ。これで駄目だったらあとはもう、勇者リュークにお出で願うしかないだろうな」

「その時はいつでも言ってくれ。たとえ予算が空っぽになっても美しい姫君の為ならタダ働きもいとわないから……(いて)っ」


 良い笑顔で格好をつける黒髪の青年、勇者リュークの手の甲を、隣に座っていた純白の法衣姿の女性が手加減無くつねった。


(わたくし)も報酬無しには別に異議はないですが、そういう無駄な軽口はお控え願いたいですわ」


 彼女は勇者リュークのパーティメンバーの一人、“聖女”アンジェリカ・ガーディナル子爵家令嬢。金髪を柔らかくロール巻きにしており、翠色の瞳に優しい光を宿した聖職者だ。

 露出の低い法衣とベールに身を包んだ慎み深い女性であるが、厚手の法衣を押し上げるように自己主張するグラマーなボディラインと左目の目元にある泣きぼくろがとても色っぽい。

 胸元に飾られた聖印は、この大陸で主に信仰されている愛と生命の精霊神の信徒である証。フェリシティを保護している光の膜も、彼女が精霊神の力を借りて張ったものだった。


 そして一見戦いとは無縁な大人しい神官に見えるが、彼女は実は聖騎士の称号を持っており素手での格闘術が得意だったりする。人は見かけによらないものだ。


「パーティが割れるのは痛いけど、しょうがないよね。まあその時は、この前に話のあった学園臨時講師の仕事でも受けて未来の大魔術師でも鍛えようかな」


 もう一人の人物もリュークの出撃プランに賛意を示した。彼女もまた勇者のパーティメンバーで、“氷姫”アリアという水と氷系統を得意とする魔術師の少女だ。

 アイスブルーの髪を肩先まで伸ばしており、好奇心旺盛でよく動く瞳は左目が海のような青色で右目がミステリアスな輝きの黄金色。

 女学生のようなセーラー服の上に、前開きのコートによく似た青色のローブを羽織っており、可愛らしくも魔術師としての自己主張を欠かさない装いだ。但し胸はアンジェリカとは正反対の慎ましさであった。

 愛用の杖は水晶のように青く透き通る素材で作られており、その先には大きなサファイアが燦然と輝く高級品で、彼女も見かけによらず高位の魔術師であることを示している。


 彼女の言う“パーティが割れる”とは、今フェリシティ王女を護っている光の膜の維持には魔力が必要で、この中で最も魔力量の多いアリアがその供給を担当しており1日に1度その力が必要になる為、彼女だけはこの城から離れられないということだ。

 つまり、仮に遠征部隊が失敗して勇者リュークが旅立つことがあれば、リュークとアンジェリカのみのあまりパーティバランスが良くない二人旅になることを意味する。


「ところで、最近は魔界から使者がいらしてるというお話ですが、そのような状況の中、魔界に遠征部隊を出しても大丈夫なのでしょうか?」


 控えめな様子でのアンジェリカの問いかけに、アーサー王子は苦笑いを浮かべた。


「もし知られてしまったら大丈夫じゃないだろうな。だからこそ出来るだけ秘密裏に、現地住民にも危害を加えず、更には捕まったりしても絶対に所属を明かさないよう指示を徹底してある」


 国家間交渉としてはまだ全く進展の無い段階なので、国際関係で言えば現状維持なのである。従って「ウチの国の国民ではない」「王城は一切関与していない」で押し通せば相手側も強くは出られないだろう、そういう目論見だ。

 場合によっては他国の密猟者のように偽装した証拠をわざと残すような工作すらありえるだろう。

 王子や宰相としては胃が痛い決断なのだろうが、かかっているのがこの国の姫君の命である為、優先順位をないがしろにする訳にはいかないのだった。


「それにしても、魔物の国から来た外交官、かあ。ヘンテコな響きだけど興味湧くわね」

「アリアの場合は魔術師としての興味じゃないのか?」


 リュークの言葉に、獲物を前にした猫のような笑みを浮かべるアリア。


「わかる? あたしと同じぐらいの歳の魔術師って話だもん、どんな魔術を使うのか、本当に言われる程実力があるのか、気になるってものじゃない」


 勇者パーティで最年少のアリアは今年16歳。まだまだ女性としても魔術師としても成長の見込みが感じられる年齢だ。

 尚、勇者リュークとアーサー王子は同い年で18歳、アンジェリカは実は最年長の19歳。フェリシティ姫は今年14歳で学園の最上級生になるがご覧の事情により今は休学中の身であった。


「機会があったら一度手合わせとかしてみたいわね。もう考えるだけで右目が疼くわ」

「はいはいいつものいつもの」


 黄金色の右目を押さえだすアリアの頭をリュークがぽふぽふと撫でて鎮まらせる。よくある光景なのか他の2人からの突っ込みは特に入らなかった。



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