【番外編】魔物娘アンソロジー・2(悩める豹耳娘)
※番外編ということで、時間軸が少し戻って2章序盤の頃の話となっております。
本編への影響はありませんので読まなくても3章以降で不備が生じるようなことはないつもりです。
微エロのガールズ?トーク有りにつき、ご注意下さい。
▼大陸暦1015年、双頭蛇の月上旬
アルビオン王国の首都グロリアスフォートに到着してからまだそれほど日が経っていないある日の夜。お風呂上りに部屋でリラックスしている時間帯のこと。
「そうだクロエさん。その服、強化してしまいますのでちょっと出して下さい」
「うにゃ?」
クロエが着ている色気の無い黒い上下のジャージもどきを指し、セレスティナがそう切り出した。
「防御力強化の事? わざわざ要るかしら……?」
「だって、万が一の夜襲を警戒してクロエさんはそんな野暮ったい格好で寝てる訳ですから。念の為ではありますけど何かあった後ではもう遅いですし……」
そう言って、「作業中はこれ着てて下さい」と、今自分が着ているものと色違いのワインレッドのネグリジェを手渡す。
肌触りの良いシルクで思わず溜息が漏れるような上質の一品だ。
だが寝間着としての機能も充分に備えており、大事な部分が透けたり隙間からあっさり見えたりしない意外と清純派なデザインでもある。
「むー……」
今更の仲ではあるがこういうのを着るのが初めてな気恥ずかしさもあり、物陰に隠れてもそもそ着替えるクロエ。
そして……
「ど、どう? 変じゃないかしら?」
「ふおおおおっ! 素敵です! 綺麗ですよクロエさん! 健康的な肌とツヤのある情熱の赤とのコントラスト! 身体のラインを滑らかに覆うような薄い絹! そして昼間とは違ってブラという拘束具から解放されて素材の形状と柔らかさを極限まで引き出したお胸の――」
「うん。もういいからさっさと作業に入って」
「はふんっ」
自分から聞いておいて自分で話の腰をぶった斬り、セレスティナを椅子ごと反転させて作業机に押し込むクロエ。
そして彼女も胸の辺りを押さえてベッドに腰掛ける。ブラが無いと擦れてくすぐったい。
「それにしても、ティナはなんかあたしの胸に憧れてるみたいだけど、実際は重いし揺れて邪魔だし弓も引きにくいし良い事なんて無いのに。あげれるものならティナにあげたいわ。あたしだってティナみたいな当たり判定の小さい胸が羨ましいわよ」
「贅沢な悩みですね……というか一部凄く失礼な単語が!?」
早速机に向かって小さめの銀板に防御力強化の魔術回路を描き込みながら、クロエの悩みをそう論評するセレスティナ。
魔術回路の事はさっぱりなクロエであるが、線を入れる度にセレスティナの持つ特殊な羽ペンが七色の燐光を散らす様は見ていて楽しい。
「そもそも、ティナだって人の事を羨ましがる癖に自分が羨ましがられてる事に無頓着なのよ。若奥様に似て美人だし髪も肌も綺麗で、それなのに女捨ててると言うか若奥様のお腹の中に置き忘れてるレベルなんだもん。宝の持ち腐れにも程があるわ」
「こっちに飛び火しましたっ!?」
「あたしはそんな軟弱な肉体は願い下げだけど、学院の友達の中にはティナに憧れてる子も本当に多かったのよ? 人に贅沢とか言える身分じゃないわ」
「ううう……返す言葉もございません」
確かに母親譲りの容姿を無駄遣いしてる自覚がある分、セレスティナの声のトーンが下がる。こう見えても恋人居ない暦が年齢の倍以上の超時空喪女なのだ。
ただ、銀髪について抗弁するなら、彼女のように肌も白いと上から下まで淡く儚いので服のコーディネイトが難しいという難点があったりする。濃い色だと“負ける”し薄い色だと“溶ける”。
従って自力で服を選ぶのは諦めて、母親が考え抜いて選び出したドレスを着回しているのが現状だ。
唯一、下着に黒系を選ぶ場面が多いことが彼女なりの溶けて消えてなるものかとの精一杯の抵抗という奴であった。
「で、ティナは胸大きくしてどうしたいの? 誰かに見せたいの? 男のいやらしい視線を集めたいの? 見られたからって嫌な気持ちになるだけなのよ」
「それです。お胸の大きい人ってどうして視線を集めて不快な思いするのが自分だけって意識なんでしょうね。私だって結構二度見されて気持ちが沈むんですよ?」
「あー」
微妙に納得がいって微妙にコメントし辛いセレスティナの言い分に、クロエは微妙な顔で微妙な声を漏らす。
「で、質問の答えですが胸が大きければ自給自足で揉み放題じゃないですかっ」
「……うん。天才は頭おかしい狂人と紙一重って聞いたことはあるけどこんな近くに実例が居るとは思わなかったわ」
鎮痛な表情でクロエが頭を抱えた。
そうしている間にもセレスティナの作業は終盤に入り、魔術回路を描き終えた銀板を一旦脇に置く。それからコーディネイト的には難物だが魔術触媒としては非常に便利な銀髪を1本、首の後ろで切って指にぐるぐると巻き、太いリング状に仕上げる。
組み立ての最終工程として、そのリングを触媒にクロエの寝間着の裾の部分にタグのように銀板を結びつけた。その瞬間、衣服の繊維一本一本に魔力が行き巡る。
見た目や手触りに変化は無いが、新兵の振るうなまくら剣ぐらいなら表面で止まる程の防御性能が今備わったのである。
「さて、出来上がりです」
最後の仕上げとして、銀板のタグを《容量拡大》を応用した隠しポケットに押し込めて、完成である。これをすることで今まで通りの着心地を確保できるという訳だ。
クロエの方を振り向いて、完成した寝間着を「じゃーん」と掲げるセレスティナに、クロエはベッドから腰を上げて歩み寄り、くいっ、と再度彼女の体を机の方に向かせた。
「ふえっ?」
そのまま、無言でクロエはセレスティナの背中に寄りかかる。
「ふおおおおっ!?」
薄い絹の寝間着越にクロエの柔らかくそれでいて弾力のある胸の感触と熱が伝わる。何事か問い尋ねようとするセレスティナよりも早く、クロエが語り出した。
「あたしは、卒業するまでずっと女なんてつまんないって思ってた。胸は邪魔だし体格や力だって男に敵わないし月に一度あれもあるし……あたしが男だったら、上覧試合の時もルゥに勝てたかなって思うと、悔しくて情けなかった」
「クロエさん……」
「でも、あたしが女だからこそ、こうやってティナの護衛としてついて来れたかと思うと、気の持ちよう一つよね。胸が邪魔なのは変わらないけど、こんなのでティナが喜ぶならまあ一生に一度ぐらいはね……」
そう言って吹っ切れたように笑うクロエ。自分も一緒に来たがっていたルゥの顔を思い出して、溜飲が下がる思いなのだろうか。
「だけど、ティナだって、もし男に生まれてれば魔術の攻撃力に悩む事も無くて戦闘ももっと有利に進められたのに……ティナはそういうので悩んだことは無いの?」
身体を離し、隣に回りこんできたクロエの問いかけに、セレスティナは暫く言葉を選ぶように時間を置くと、
「うーん……まあ、女の人に生まれちゃったものはしょうがないですから、誰しもその状況でできる事をしっかりやるしか無いですし。それに、もし私が男に生まれていたら軍以外の進路はきっと許されなくて女所帯の外務省に来る事もできなかったですし、何事もどう転ぶか分からないですね」
「……女子力どん底だからもっと色々悩んでるかと思ったら、案外あっさりしてるのね」
「15年付き合ってますから。それに、先程クロエさんが言われたとおり、悩んだところで贅沢な悩みになりますし」
そこまで言うとセレスティナは完成した寝間着をクロエに向き直って渡し、そして満面の笑みで両手を広げる。
「それで、折角ですから正面からもはぐっとどうですか? お互いの胸で相手の胸の感触を味わう、こういうフェアな条件で交渉を進めていくことが外交の目指すところの一つでして――」
「調子に乗らないの」
「はぐぅ!?」
そんな彼女の額にクロエの突っ込みが物理的に炸裂し、セレスティナの悲鳴が宿屋の部屋に反響した。




