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魔物の国の外交官  作者: TAM-TAM
第1章 魔物の国の就職事情
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003話 1008年獣人児童拉致未遂事件(いわゆる過去回1)

▼大陸暦1008年、戦乙女(第8)の月某日


 6年前、セレスティナがまだ8歳の割かし可憐な少女だった時――

 灼熱の日差しが容赦なく照りつける、夏休み中のある暑い日の午後の出来事。


 人間族(ヒューマン)の国との国境に近い位置にある辺境の町の外れにある森を少し入った場所に、子供達の秘密の遊び場になっている広場があり、その付近の岩場にぽっかりと空洞が口を開けていた。


「こんな所に洞窟が? ……去年来た時には無かった、ですよね?」

「面白そうだな。入ってみようぜ」


 そこに、洞窟探検に興じるセレスティナとヴァンガードの姿があった。とは言ってもインドア派のセレスティナをヴァンガードが半ば強引に手を引いて連れ出したのであるが。

 中の人が見た目通りの年齢ではないので心躍らず渋々ついてきたセレスティナであるが、後になって思い返すならここでついて来て正解だった訳で。子供の行動力というものを再評価した一件だった。

 そんな彼女は青い子供用のドレスにセミロングの銀髪を揺らした外遊びには不向きな姿で、手には霊木の短杖(ワンド)の先に魔術の明かりを灯して暗い洞窟を照らしている。


 二人がこの地方に来たのは、軍務省長アークウィングおよび魔国軍参謀長ゼノスウィルの仕事の都合である。軍部のトップである彼らは視察の為に国内のあちこちへ文字通り“飛ぶ”ことがあり、時折ヴァンガードとセレスティナも同行させていた。

 家族旅行を兼ねてという意味もあるのだが、二人とも魔国軍の未来を担うことを期待されていてその為の勉強も兼ねていたであろうことも否定できない。


「なんだ、行き止まりか?」

「……いえ、よく見ると岩の質感が違います。巧妙に偽装されてますね」

「ぎ、ぎそう?」

「えっと、つまり、ニセモノの岩ってことです」

「へえ、凄え、よく分かったな!」

「私、目は良いですから」


 洞窟の奥の岩壁に触れながらセレスティナが説明する。日光が当たらない為に判り難かったが、どうやら木の板に灰色の塗装を施しただけのハリボテのようだ。

 カモフラージュされた取っ手を掴んで引くと、その隠し扉は簡単に開いた。


「……え!?」


 そして洞窟の奥に隠されたそれらを見て、セレスティナ達が息を呑む。そこには、獣人や人魚の子供達が5人程、鎖で繋がれ、捕らえられていたのだ。

 その中の一人、褐色の肌に黒い猫耳の少女クロエが、声を限りに叫んだ。


「――た、たすけてっ! おねがい! さらわれるっ!」


 その声を皮切りに、子供たちは口々に「かえりたいー!」「おかーさーん!」「うわああーーーん!」等と叫びとも慟哭ともつかない声をあげる。

 繋がれた子供達は皆、セレスティナと同じくらいの年齢のようで、状況を聞いても泣くばかりで返って来る言葉は要領を得ないものだ。

 やがて、セレスティナは一つの結論に思い至る。


「……人攫い」

「……マジかよ」


 聞いたことがあった。隣の国の人間達が時折この国に侵入し、魔族の子供や女性を攫って行く、と。

 連れ去られた先でどのような生活を送らされるのかは、彼女の年齢では「ひどいことをされる」としか教えて貰えなかったが、人として或いは女性としてまともな扱いはされないだろうことは想像に難くない。


「とにかく、急いで大人の人を呼びましょう。ヴァンガードさん、ひとっ飛びして誰かにここのことを伝えて下さいますか?」


 これが人攫いの仕業だとすると、ほぼ間違いなくこの近くに人間族(ヒューマン)の密入国者が居るはずだ。今不在なのは新たな獲物(・・)を奪いに出ているからかそれとも食事やその他用足しのためか判断がつかないが、とにかく相手が戻って来る前に行動を起こさなければならない。

 保護者からはこういう事態に備えて何かあればすぐ戻って知らせるよういつも言われている。それなら当然のこと背中の翼で飛行可能なヴァンガードが適任であるのだが、


「ティナ一人をここに残して行けるか! みんなを助けて一緒に帰ろう!」


 セレスティナの出した案は感情論で返されて彼女は内心頭を抱えた。

 それでもヴァンガードの言い分にも一理ある。人を呼びに行く間に密猟者が帰って来た場合、異変に気付いて姿を眩まされると厄介だ。勿論彼自身はそこまで考えておらず感覚で言っているだけだが……


「……分かりました。ではこの子達の枷を壊して自由にしてあげて下さい。できますか?」


 人を呼びに行く場合のリスクと今ここで助ける場合のリスクを天秤にかけ、セレスティナが瞬時に軌道修正をする。一番の悪手がここで言い合いになって時間だけを無駄に浪費することだ。「女子供は守る」という騎士道精神は美点であるが今この瞬間では行動を阻害する制約となり、彼を説得するよりはさっさと子供達を解放して逃げ出した方がむしろ安全だろう。


「ああ。見てな」


 ヴァンガードが手に持った子供用の小槍を2、3回振るうと、まずクロエの両手首を繋げていた手枷の鎖が見事に断ち切られた。

 まだ小さいとは言え、竜の力を継ぐ種族の地力に、クロエを始めとした子供達の目が喜びと驚きと尊敬で輝く。


「す、すごい!」

「流石ですね。じゃあここはお任せします。私は入り口に戻って……っと、その前に」


 見張りを引き受けようとその場を離れかけたセレスティナが、思い出したように腰のポーチから焼き菓子を取り出し、囚われの獣人達に配った。


「母様が焼いたマドレーヌです。お腹の足しになるか分かりませんが逃げるなら少しでも体力を取り戻して下さい」

「あ、ありがとう」

「あと、お水を出しておきますね。……《水球(ウォーターボール)》」


 短杖(ワンド)を掲げて精神を集中させて術式を構築すると、杖の先の空間に複雑な模様が投影される。この世界の魔術は魔法陣のように複雑に絡み合った一定パターンの配線に魔力を流すことで発動するのだ。

 《水球(ウォーターボール)》の魔術は無事発現し、空中に一抱え程の大きさの水が浮かぶ。これだけあれば全員の喉の渇きも十分に満たせるだろう。


「うわあい! わたしもう干からびるかと思った~!」


 これに特に食いついたのは、一体何処で捕まったのか苦手な陸上に引き上げられた人魚のマーリンで、尾びれをぴちぴちさせて喜んでいた。


「では、私は入り口で誘拐犯が帰って来ないか見張ってきますから」

「おう! 何かあったらすぐ呼べよ! 自分が助けてやるからな!」


 《照明(ライト)》の灯った短杖(ワンド)をこの場に残し、セレスティナは踵を返す。魔眼の視力を頼りに暗い洞窟を戻り、眩しい陽光の下へと歩み出る。


 そして丁度、新たな戦利品を抱えて帰ってくるところだった密猟者達と、鉢合わせた。


「っ――!?」


 思わず声が漏れそうになるのを堪えつつ、まずは観察する。

 相手は2人。セレスティナが生前良く知っているがこの世界では初めて見る人間族(ヒューマン)の男性で恐らく30歳前後と見られる。どちらも身だしなみには無頓着な感じで汚れた服に無精ひげなんかを生やしており、目には鋭く狡猾な輝きを宿していた。

 片方は鍛え上げられた肉体に身軽そうな皮鎧を着て、腰に剣を帯びている。恐らく剣士だろう。

 もう片方は痩せ気味で軽装にマント、そして杖を装備している。魔術師だろうか。

 剣士の方は獣人の少年を小脇に抱えていた。ロープと猿轡でぐるぐる巻きにされてうーうー呻っている、灰色狼の少年のルゥだった。


「何だ? 人間の子供(ガキ)か?」

「いや、よく見りゃあコイツ、魔眼族(イビルアイ)の、それも銀だ。希少(レア)だぜ!」


 同時に相手側も彼女を値踏みしていた。特に魔術師っぽい方はセレスティナの正体に気付いたようで、プランの一つとして考えていた“人間のフリ作戦”は使えなさそうだ。


「人攫い、ですか? その子を放してあげて下さい!」


 密猟者達が彼女を見る目は、既に人ではなく金を数えるそれになっており、会話で状況が好転する可能性は低そうだ。だとすると、セレスティナが果たすべき役割はできれば目の前の脅威の無力化、最低限で洞窟の奥の子供達が逃げる準備を整えるまでの時間稼ぎはしなければならない。そう決意して彼女は会話を切り出した。


「人攫い? ははっ! お前ら“魔物”がいつ人になったんだ?」

「そうそう。俺達はな、悪い魔物を退治する正義のヒーローなんだぜ?」


 下卑た笑いを浮かべる密猟者二人に、セレスティナは異議を唱える。


「最近のヒーローは、こんなところにコソコソと隠れて小さい子供ばかり狙って、国にお持ち帰りして高く売ることで生計を立ててるんですか? 国からの指示ですか? それとも悪徳商人でもバックに居――っ!?」

「――うるせえっ!」


 適度に挑発して注意を引きつつ背後関係の情報を探ろうとしたセレスティナの言葉が途中で遮られる。彼女が思った以上に剣士の沸点が低かったようで、逆上した勢いで強烈な蹴りが腹を襲った。

 蹴鞠のような勢いで蹴飛ばされたセレスティナは背中から岩肌に激突し、そのままずるりと沈み込む。


「なっ、馬鹿か! 大事な商品を!」


 商品価値を気にする魔術師の声も非難がましく見上げる獣人少年の視線も無視して、剣士は獣人少年をその場に放り落とすと怒気をはらんだ足取りでセレスティナの側に寄り、続けて二度、三度と蹴り上げた。


「っ! ぐっ!」

「魔物のくせに生意気なクチきいてんじゃねえよ! 見たところ良いとこのガキのようだが、まだ自分の立場が分かんねえか? あと俺はな、何の実力も無いのに良い家に生まれたってだけで自分が凄くなったと勘違いして偉そうにする奴が大っ嫌いなんだよ!」


 力無くぐったりと地面に横たわるセレスティナの脇腹を、剣士の無骨で頑丈な靴が容赦なく踏みにじる。何か心の地雷を踏み抜いてしまったのだろうか。


「今までワガママ盛りで育ったんだろうな。美味いモン食って良い服着てな。だが幾ら家にカネや地位があっても、純然たる力の前には無力なんだぜ? さて、死にたくなかったら泣いて命乞いしてみるか? 売り飛ばすまではそれなりに優しーくしてやるぜ?」

「――あははっ」


 剣士の言いがかりに、思わず乾いた笑いを漏らすセレスティナ。その態度が気に入らなかったか、また怒声と靴底が降ってきた。


「てめっ! 何がおかしい!」

「だって、ウチの家は結構厳くて、我が侭が通る環境じゃあないですし、それに――」


 少なくとも、祖父ゼノスウィル直々の魔術訓練で受けるダメージは今の蹴りなど比較にならない。今まで何度命の危険を感じたことか。


「弱そうな相手にだけ強気に出て暴力振るって力を誇るのは、大人として恥ずかしくないですか?」

「貴様っっ!」

「いい加減にしろ! 魔眼族(こいつ)の値段が幾らになると思ってるんだ!」


 短気を起こし遂に腰の剣に手をかけた剣士を、慌てて駆け寄った魔術師が押し留める。


「貴様も喋りすぎだ。痛い目に遭いたくなければもう大人しくしてろ」


 その魔術師はセレスティナを拘束しようと、荷物から猿轡とロープとそして禍々しい文様の刻まれた枷を取り出した。


「あ? 魔封じの枷まで要るか? 杖も持ってねぇしさっきの時に防御魔術も使ってなかったぞ?」

「恐らく魔術を教わる歳じゃあなさそうだが、まあ念の為だ」


 考えてみれば当たり前のことであるが、魔術は子供が持つには強すぎて他者にも自分自身にも危険な力なので、魔国では身内に個人的に教わる(・・・・・・・・・・)のでない限り上級学年に入るまで教えられない。魔術師の口ぶりからして人間族(ヒューマン)の国でも同じようなものだろう。

 それはそれとして、拘束しようと魔術師の手が伸びてきた瞬間、これこそがセレスティナの待ち望んだ反撃のチャンスだった。


 満身創痍とは思えない早業で、彼女の両手が剣士の足と魔術師の手を掴む。そして瞬時に魔術回路を構築。


「《雷撃(サンダーボルト)》!!」


 セレスティナの両手が一瞬眩しく光り、人攫いの男達の悲鳴をかき消す程の音量で破裂音が轟いた。

 強力な電気の力で相手を討つ、セレスティナが最も得意とする攻撃用魔術である。


 今の一撃で瞬時に意識を刈り取られた二人の男が、音を立てて倒れる。その姿を見たセレスティナが「うげ」と呻いた。

 剣士の右膝から先と魔術師の右肘から先とが、真っ黒に炭化して崩れていたからだ。


「…………ごめんなさい」


 小声で謝りつつ、ぴょこん、と立ち上がる。身体中土埃にまみれているが実は彼女のドレスには防御力を強化する魔力付与(エンチャント)がかかっている為、そこまで大怪我には至っていないのだ。

 剣士が喧嘩っ早かったのは予想外だったが、洞窟の内部の様子に気付かれないよう慣れない挑発まで持ち出して自分に注目を集め、油断を誘うのにわざと《防壁(シールド)》の魔術を張らず、捕縛の為に二人が同時に近寄ったところで魔術を叩き込んだところまで計算ずくであった。杖を持たずに洞窟から出たのは偶然の産物であったが。

 そして相手の戦闘力や魔術師の使える魔術のバリエーションが判明しない以上、最も得意な魔術を回避も防御もほぼ不可能な零距離から最大威力で撃ち込む戦法で確実を期すのは当然の流れと言えよう。


「おい、大丈夫か!? って、これは!?」


 丁度その時、解放した子供達を引き連れてヴァンガードが洞窟の外に出てきた。人魚のマーリンは彼が横抱きに抱え、他の獣人達は元気に走って来ている。


「えっと、誘拐犯とあと一人誘拐された子みたいです」

「こいつらが人攫いか。まだ生きてるのか? どうする? トドメ刺すか?」


 小槍を持ちつつエグい事を口走るヴァンガードに、セレスティナはふるふると首を横に振った。今の怪我の状態でもお腹一杯なのに悪人だろうと目の前で人が死ぬのを見るのはきっとトラウマになる。


「えと、もしかすると近くにまだ仲間が居るかも知れません。もしその仲間が帰って来た時にこの二人が死んでいれば鬼の形相で私達を追いかけてくるでしょう。でも生きていれば怪我の治療とかが優先になって私達を追いかけるどころじゃなくなります」


 服についた埃を払いつつそれっぽい理由をでっち上げて、セレスティナは転がされていた狼獣人の縄を解き、それから誘拐犯達が背負っていた背嚢(バックパック)を取り外す。


「でも、荷物だけは燃やしましょう。多分毛布とか食料とかが入ってる筈ですのでこれが無くなればこの地での活動が出来ず自分の国に帰るしかなくなります」

「なるほど! やっぱりティナはえげつねえな!」

「え、それ、褒めてますか?」


 心外な評価に渋い顔になりつつも、纏めた荷物に向けて《火矢(ファイアアロー)》の魔術を放つ。魔術回路の輝きと共に彼女の手から撃ち出された炎の矢が着弾すると、背嚢が中身ごと大きく燃え上がった。


 では帰りましょうかとセレスティナが向き直った時、ふらりと彼女の身体がよろめく。


「っ! 痛たた……」

「ティナ!?」


 緊張が途切れたら今まで我慢してきた痛みが纏めて襲い掛かってきたようだ。骨や内臓に異常は無いとしても身体のあちこちにあざぐらいは残っているかも知れない。


「大丈夫? 乗って」


 そんな彼女を、黒豹の耳と尻尾を携えた獣人の子供、クロエが支え、そのまま背中におんぶした。


「え? あの、大丈夫です。一人で歩けますからっ。それに、助けようとした相手に逆に助けられるなんて、恥ずかしいです」

「良いの。あなたはそんなにボロボロになるまで頑張って、あたし達を助けてくれた。それに、あたしは体力には自信があるし」


 有無を言わさずクロエはセレスティナを背負って町へと歩き出す。しばし抵抗を続けていたセレスティナだったがやがて諦めたように溜息をつきクロエの背中に体重を預けた。


 クロエのつややかな髪と耳からは、ほんのりと、お日様の匂いがした。



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