027話 再度王城へ(エクストリーム入城)
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夕焼け色に染まった王城はまるで燃えるように赤く、昼間とはまた違った美しさを見せていた。
その王城に向かい、セレスティナとクロエは杖の上に座って馬を駆るよりも遥かに速いスピードで飛翔する。
「さて、直接中庭に降りますよ」
「え? 門から入らないの?」
訝しげに問うクロエに、セレスティナはこう説明する。もしかすると門番も内通者かも知れないので途中できる限り人に会わずに宰相と内密に会いたいと。
「申請しておいた外交官待遇が早速役に立ちますね」
中庭ぐらいならフリーパスが認められる外交官待遇が無ければ、無断で城の敷地内に侵入するのは大罪なのでその場で攻撃されても文句は言えない。
「そこまで拡大解釈して良いものなんかしら? ……あ! それよりも結界! 空飛ぶ術を防ぐ結界があるのに! 早く止まらないとっ!」
次第に近づく王城を見てクロエが《飛空》封じの結界を思い出したようで、後ろからセレスティナの襟を強く引っ張る。
「ぐぇ……! だ、大丈夫です。結界が叩き落すのは《飛空》の術だけですので、手前で術を解除して入れば良いんです。でないと鳥とか蝶も入れない、凄く窮屈な空間になっちゃいますから」
「……そうなの?」
中庭で小鳥が歌ったりくつろいだりしていたのは、昼間の訪問時に確認済み。つまりは魔術を使わない方法であれば結界は越えられるということだ。
やがてセレスティナは城壁の高さすれすれから、結界に阻まれる直前で《飛空》を解除し、それまで飛んでいた慣性を利用してまるで跳躍力で跳び越えるかのようにスタイリッシュ入城を果たす。
「人気が少なくて自然が多くて隠れやすい庭園になってるのは把握済みですので、あとは着地だけ注意して――」
そこまで言ったところで下を見ると、夕日を反射してキラキラと輝く穏やかな水面が。
「――って、池ーーーーーーーーっ!?」
「馬鹿ーーーーーーーーっ!!」
着地の代わりに2人は、派手な水柱を立てて着水した。
幸か不幸か水深は意外と深く、少しして彼女達は特に怪我も無い様子で「ぷあっ」と水面に顔を出す。
泳ぎ辛い服装や靴で浮き沈みしつつも、溺れる事もなく揃って岸へと這い上がる2人。
「けほっ、けほっ、うにゃー……もう最っ低ー。パンツまでズブ濡れで気持ち悪いー。お祭の時に自分から川に飛び込む連中の気が知れないわ……」
メイドキャップの中の黒猫耳をぺたっとしおれさせ、侍女服を絞りながら非難がましい視線を向けてくるクロエ。
「す、すみません、地形を読み違えました。帰りに魚の塩焼き串奢りますから」
セレスティナもべっとりと顔にかかる前髪をかき分けながら、戦略シミュレーションゲームで地形効果を見誤って大打撃を受けたエセ軍師のような言い訳を口にした。
水浸しのドレスが張り付いて、彼女の華奢な身体の直線をくっきりと描き出す。対するクロエは豊かな胸の曲線を防水加工済みの肩掛け鞄のパイスラッシュが普段以上に艶かしく演出しており、元々の戦力格差を地形効果による補正値が更に広げている格好だ。
ともあれ、お胸の観賞は後回しにしてセレスティナは、水音に驚いて様子を見に来たと思われる女官に外交官バッジを見せ、クリストフ宰相への早急な取次ぎを依頼する。
「か、畏まりました。ですが、その、大丈夫ですか? その格好で……」
「急ぎの用事ですのでお気になさらず。それで、宜しければ私たちはこちらで待たせて頂きます。この格好で城内に入ると絨毯へのテロ行為になりますので」
濡れたドレスの裾をずるずると引きずるようにして、庭園でお茶会する目的で設えられたと思われるテーブルセットへと移動する。
そして女官が役目を果たすべく城内へと入ったのを見送って、クロエと口裏合わせの為のミニ作戦会議を開くのであった。
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「待たせたな。それで、こんな時間に何かあったのかね」
それから約7分後、クリストフ宰相が一名の騎士を伴って庭園のテーブルセットへと訪れた。騎士は昼間の面会の際にセレスティナを応接室へと案内した方だ。
同時に、先程の女官がお茶の用意と共にタオルを持参し、セレスティナとクロエに差し出した。
「突然の面会の要望にお応えいただき、感謝の極みでございます。緊急時につき、はしたない格好で失礼いたします」
セレスティナも立ち上がって挨拶し、その後に女官に頭を下げてタオルを受け取り、早速用件を切り出す。
「実は先程、馬車での帰り道の途中に刺客に襲われまして、応戦したのですが人数も多く、最後は川に飛び込んで逃げるしかありませんでした」
後半は捏造であるが、王城側から手配された馬車での移動中に襲撃があったことを伝え、城内の、特に会談時から馬車の借り受けまでの情報伝達ルートに内通者が潜んでいることを示唆した。
宰相も騎士も驚いているようだが、その驚き顔が演技なのか素なのかまでは伺い知れない。
「襲撃後はかなり急いでこちらに来ましたので、恐らく城内の内通者側には襲撃が成功したか失敗したかの結果はこれから届くのではないかと思います。不自然な人や情報の出入りに目を光らせておけば内通者の特定もし易いのではないでしょうか?」
セレスティナの提案に宰相は「ふむ……」と眼鏡を押し上げて考えを巡らす。
思えば彼女達が城内で殆ど誰の人目にも触れずにこのように彼と密会ができたのも池落ちによる怪我の功名と言えよう。後でそう弁明してもクロエは不機嫌なままだったが。
続けて彼女達は襲撃者の人数や戦い方や装備についての情報を提供した。
「なんと。北の帝国で作られた武器の密輸入、か……」
「はい。シュバルツシルト帝国は軍事国家で、魔族や魔術師に対抗する専門の部隊が編成されていると聞き及んでいます。そちらで開発された武器の横流し品かも知れません」
反乱防止の観点から、国の許可を得ずに武器類を取引することはそれなりの重罪に定められている。
セレスティナが参考に見せた魔術師殺しを慎重な手つきで手にしながら宰相は険しい声を出した。
「今までは大々的に粛清するなら城内にも被害が及ぶことから半ば黙認していたが、こうして秘密裏に戦力の拡大に動くとなるとこれ以上看過できぬな……」
「その辺りの力加減には干渉しませんが、私どもとしましては人身売買部門だけは再起不能なまでに粉砕していただきたいのが願いです」
借りたタオルで頭をわしわしと拭きつつセレスティナは話を続ける。
「ところで、昼間に比べると護衛の騎士さんが少ないようですが……」
「ああ、うん、言いたいことは分かるが先入観は人の目を曇らす。重大な問題であるから間違いの無いよう慎重に調査しなければ、な」
そこまで言って紅茶の残りを飲み干したところで宰相は「さて」と国益の出納管理人の表情になった。
「今回の情報の対価としては、セレスティナ殿は何を望まれるおつもりか?」
「そうですね。最初に値札を掲げて交渉した商品じゃないですから、情報の押し売りになるのもフェアじゃないですしサービスの一環ということでタダにさせて下さい」
実のところ、この情報が有効に活用されて城内の内通者の燻り出しが成功するなら、セレスティナの目指す人身売買組織の弱体化や拉致被害者の帰国が捗る事になるので、一概にタダ働きという訳でもなく十分にメリットのある話なのである。
「ふむ……良いのか? 外交官がそんな無欲で」
「ですが――今日の襲撃はここで情報が漏れたのは間違いないですから、王城側の落ち度と見なさせて頂いて、服が駄目になった分は貸し一つとして『金鹿の尖角』対応の件で約束を結ぶ際に便宜を図って頂けるものと期待しています」
びっしょりと濡れて更に右袖の辺りが切り裂かれ血が滲んでいるドレスを、その悲惨な姿に似つかわしくない笑顔でアピールするセレスティナ。実は“隠れ家”に戻れば問題なく洗濯と修復ができるのだがあえて伝える必要もないだろう。
そんな彼女に隣のクロエはじとーっと冷たい視線を送るがこの場で突っ込みを入れるのはぐっと我慢した。
「それならば、今度お越し頂いた時に城の職人に新しいドレスを仕立てさせよう。お付きのお嬢さんの分も含めてな」
「うっ……」
なるべく貸しを作りたいセレスティナと借りを作りたくないクリストフ宰相の思惑が交錯し、最終的にお金で解決可能なドレス一式というセレスティナにはあまり嬉しくない結論で合意した。
「承知しました。それではその際は、口の堅い職人さんをお願いしますね。こちらの者、クロエも同国人の魔族でして、その、何て言いますか……………………そう。脱ぐと凄いんです!」
「そんな言い方があるかー!」
思わずぺしっとセレスティナの頭にチョップを決めるクロエ。
「……そうか、脱ぐと凄いのか……なら仕方ないな……」
宰相と騎士が何を得心したか微妙にほっこりした表情でしきりに頷く。
「ま、まあ、とにかく、セレスティナ殿の情報の通りであれば我々も早めに動いて網を張るとしよう」
「はい。では私どもも邪魔にならないようこれで立ち去ることにいたします」
かくして、本日二度目の会談も無事に終わりを告げ、女官に案内され王城から退出することになる。防犯上の理由で今度は馬車は辞退した。
「さて、じゃあ早く帰ってお風呂に入りましょうか」
「串焼き、忘れないでよね」
「わ、分かってますって……へぶしゅっ!」
日が落ちて星々が輝き始める時間帯の空気はまだ少し冷たく、セレスティナは顔に似合わず可愛くないくしゃみを一つした。




