026話 魔術師殺し(殺せない)
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男の言葉を聞く限りでは魔術師の天敵のような性能を誇る、人類の最新兵器である魔術師殺し。
その話を聞いて尚、セレスティナは落ち着いた様子で言う。
「わざわざ教えて下さってありがとうございます。職業暗殺者の割にはよく喋ると思ってましたが、そちら方面ではなく探索者崩れの方ということでしょうか」
確かに男たちは皆黒系の服を着ているがそのデザインや実力レベルなどもまちまちで、恐らくは荒事担当の専属探索者の2、3パーティ合同なのだろう。
その中だと実力はやはり魔剣使いの男が頭一つ抜けており、探索者全体の中でも上級の部類に入るだろうとセレスティナは見ている。こういう汚れ仕事に身を落としているのが不思議なくらいだが、性質上は裏仕事の裏金の方が高額になり易いのでそちら目当てなのかも知れない。
「は! 折角強え武器持ったら自慢したくなるのが男ってもんよ!」
油断無く、再度剣を構える魔剣使い。それに対峙するセレスティナにクロエが小声で語りかける。
「交代ね。普通に剣技で勝てば問題ないわ」
確かに《防壁》含め魔術を扱わないクロエには意味の無い効果の魔剣である。だが――
「いえ、私に続けさせて下さい。クロエさんは後ろの飛び道具担当の抑えを」
「え? でも……」
「クロエさんだと殺してしまって情報を聞き出せなくなりますし。それに、ああいう特殊武器の仕様の裏を突いて破るのは楽しそうじゃないですか」
そう答えたセレスティナの顔には、難解なゲームに挑む挑戦者のように不敵な笑みが浮かんでいた。
「ほう、面白え。魔術無しで何か出来るつもりか? え?」
馬鹿にしたような笑いを浮かべる魔剣使いに、セレスティナも笑顔を崩さず答える。
「そうですね。そちらも結構ペラペラと情報を喋って下さいましたし、アンフェアにならないようこちらも話しておきますと、使おうと思えば使えますよ。《治癒》――くぅっ!」
そう唱える彼女の右腕に光が集まり、切り傷が塞がっていく。但し全身を貫くような激痛に歯を食いしばりながらで見た目には癒されたように見えないが。
これも魔術師殺しの機能の一つで、傷口に残留した《苦痛》の術式が魔力の流れに反応して相手が魔術を使うことを妨害するのだ。耐苦痛訓練を積んでいない者なら集中が途切れて魔術も発動できずに霧散するという訳である。
「な!? 話が違うぞ!?」
「元々、魔封じの枷とか腕輪とかは名称に偽り有りですから。気合いでどうにでもできるんですよ」
律儀に解説した後、ぼそりと小声で「何年あの鬼爺様の訓練受けたと思ってるんですか……」と呟くあたり、高位魔術師の修行の苛烈さの片鱗が垣間見える。
「チッ。だがな、防御魔術無しでどうやって戦うつもりだ!?」
立ち直った魔剣使いが一歩踏み込み、死神の鎌が振るわれるかのような殺意で胴薙ぎを仕掛けてくる。
セレスティナは慌てず、先程と同様に防御魔術を展開した。
「《防壁》、20枚っ! ――つっ!」
「無駄、だあっ!?」
まだ痛みが多少残る中で彼女が張った薄紙のような儚さの《防壁》の数は何と20枚。同じ魔術回路を複製することで数を増やしたのだが、これだけの枚数を同時に展開すると一つ一つの強度は当然脆くなる。
それに対し、男が横薙ぎにした剣は《防壁》の束を分解し、そして切り裂き、だが剣がセレスティナに届く前に彼の膝がかくんと落ちた。
「魔力切れ、ですね――ほいっと」
力を失った斬撃を、手にした杖で軽々と受け止める。
魔術師殺しの効果を逆手に取った飽和作戦ということだ。剣が《防壁》に触れると自動的に打ち消して分解する仕組みであるがそれには当然起動の為の魔力が必要で、魔道具本体に蓄えられた魔力を使うか或いは使用者の魔力を使うかしか供給方法は無い。
どちらの魔力を使うにしても、剣の軌道上に《防壁》を大量に置けばそれらを順次打ち消していく内に魔力が底を突く、という寸法だ。
この場合は後者で使用者側の魔力を強制的に徴収していた為、魔力切れを起こした魔剣使いが気を失いそうになりよろめいたということであった。
「これで詰みです。《雷撃》!」
「ぐごげがががががががっ!?」
仕上げに、杖から剣を通して魔剣使いに直接《雷撃》を叩き込む。但し最初は微弱電流から始めて相手が気絶するまで少しずつ威力を高めていくよう調整して、だ。
こうすることで、オーバーキル無く相手を無力化できるし、今後の対人戦に備えて人間を気絶させるのに丁度良い威力の確認も行える。一石二鳥ということである。
やがて、魔剣使いが気絶したのを確認した段階でセレスティナも魔術を止める。彼は剣を手放してそのまま後ろにばったりと倒れた。魔剣が甲高い金属音を立てて路地に転がる。
「お疲れー。やっぱり人間相手だと攻撃に精彩が無くなるわね。そんなに相手するのがしんどければあたしに狩らせてくれて良いのに」
残りの敵を任せたクロエの方も既に弓持ち2人の「始末」を終えており、元々空気が澱みやすい路地裏は血と死の匂いが充満していた。
「一度逃げると逃げ癖がついちゃいますからね……さて、では情報源の方々を縛って――」
生き残りの人数を確認しようとした瞬間、死角で大きな魔力を感じる。
「って、《爆炎球》ですか!?」
咄嗟に振り向いて魔力の出所を確認したセレスティナが、驚愕の声を上げた。クロエが注意を促していた二人居る狙撃者の内の最後の一人が掲げた杖の先に、昼間の太陽のような炎の塊が生み出されていた。
その名の通り《爆炎球》とは着弾点から大きく爆発して炎と熱を撒き散らす、中級の火属性攻撃魔術のことだ。見た目も派手で高火力なのでヒャッハー系の魔術師に人気の高い技の一つである。
しかしどう考えてもこんな街中で使う魔術ではない。追い詰められてヤケになったかそれとも倒された仲間の口封じが目的か。
クロエが疾風の速さでセレスティナの背後に駆け込む。広範囲に広がる魔術は避けるのが困難な為、彼女の張るであろう《防壁》をアテにしているに違いない。
だが、仮に自分達だけ防御魔術で守ったとしても、一たび《爆炎球》が爆発したなら防御の範囲外に居る生き残りの襲撃者や周囲の建物に被害が及ぶ。
「喰らえ、《爆炎球》!!」
相手側の魔術師の口元が嗜虐的に歪み、炎を圧縮した爆弾のような球が弧を描いて飛来する。
対するセレスティナは被害を最小限に納めるべく、紫の魔眼で炎の軌道を見据え、対抗の為の魔術を発動させた。
「《水球》!」
セレスティナが持つ杖の先から発射された、大量の水を圧縮した青い球体が、空中で《爆炎球》とぶつかり合う。
ご近所の家の窓や壁がビリビリと悲鳴を上げる程の爆音が轟き、《爆炎球》が大爆発を起こすが、同時に弾けた大量の水により水蒸気が上がる音と共に大部分が消火されていく。残った火も勢いは弱く、燃え広がる前に消えてしまうだろう。
「な、何だとっ!?」
魔術師の男が顎が外れそうになる程驚いたのも無理は無い。高速で飛来する攻撃魔術に真正面から攻撃魔術をぶつけて相殺するのは曲芸の域であり、彼の常識では狙って成功出来るものではなかった。
「街の中で《爆炎球》って、何考えてるんですか! 逃がしません! 《雷撃》!」
鋭い声を上げつつセレスティナは、魔術師の男が不利を悟って逃げるよりも早く、そしてそれを見たクロエが銃型クロスボウを構えるよりも早く、杖を閃かせる。
彼女が撃ち出した《雷撃》は、先の魔剣使いとの戦いで会得した、人を気絶させるのに過不足の無い威力を完璧に再現しており、杖の先が光った直後には感電した相手が静かに倒れ付していた。
「さて、今度こそ全員でしょうか」
爆発と炎が収まったのを見て、ようやく一息ついたセレスティナ。先の《爆炎球》による熱気と炎の匂いとが微かに広がるが、それ以上の影響は出なかったようで一安心だ。
「いや、別のが来るわ。今度は殺気は無いみたい」
新手ではないとしたら戦闘音を気にして集まった野次馬だろうか。そう考えていると現れたのは予想に反してフルフェイスの兜や金属鎧で装備を揃えた、騎士か衛視のような者達が7、8人だった。
「争いをやめよ! 我々は栄えある王都警備隊だ!」
「タイミングが良いのか悪いのか、争いは終わった直後ですよ」
「そうか。災難だったな」
警備隊のリーダーらしき男と二言三言会話して状況を伝えると彼らはテキパキした動作で襲撃者達を生存者と死亡者とに分けて荷台に積み込み、回収しようとする。
「こちらも重要証拠として預かろう」
そう言って彼が地面に落ちていた魔剣、魔術師殺しに手を伸ばすより一瞬早く、セレスティナがそれを拾い上げた。
魔術師女子の細腕には長剣は重く、両手でようやく持ち上げる。
「あ、これは私達の私物ですから」
「は? し、しかし……」
「私物ですから」
にっこりと笑顔で告げると警備隊の男は何か言いたそうにしていたがやがて引き下がった。兜で顔を隠しているので彼の表情は窺い知れない。
「それで、私達も取り調べに同席した方が良いですか?」
「いや、婦女子に見せるようなものではない。お前達は早く帰るのが良いだろう」
「そうですか……では、後日取り調べ結果をお伺いしたいので、所属とお名前を教えて頂けますか?」
「な、名乗る程の者ではない……」
どうにも歯切れの悪い返答にセレスティナはこれ以上食い下がらず、「分かりました」と応えて表通りへと出ようとする。
「まだ危険があるかも知れない。なんなら宿の方まで付き添うが……」
「お気遣いありがとうございます。でもすぐ近くなので大丈夫です。では失礼します」
丁重に辞退し、クロエを伴って表通りへと出る道に入る。
そして、岐路を一つ曲がって視界が途切れたところでこっそり準備しておいた《飛空》を発動し、クロエと二人で上空に舞い近くの屋根に隠れた。
「クロエさんはどう思いますか?」
「んー、怪しいわね。来るタイミングもまるで狙ったかのようだったし顔を隠して素性も明かさないし」
「それに、私達の方が襲われたという言い分を最初から疑っていませんでした。捜査慣れしていれば見た目に惑わされずに私達がむしろ襲撃犯という可能性も考える筈ですが……。あと、魔剣が彼らの持ち物だと知っているような様子でしたし」
「やっぱり、グルで間違いない?」
「仲間でしょうね。もし襲撃に失敗しても情報が漏れる前に回収して証拠も消してしまおうと、そんなところじゃないでしょうか」
警備隊のふりをした偽者か、或いは本物の中に『金鹿の尖角』の協力者が紛れ込んでいるのか。
いずれにしても彼らが言っていた取調べも実際は行われることは無く、仮に結果を聞く機会があったとしても当たり障りの無い嘘の情報が出てくるだけだろう。
「では、大急ぎでもう一度お城に向かおうと思いますが、良いですか?」
「そうね、情報の出所を追及するチャンスかも」
会談の時にその場に居たのは宰相も含めて3人だ。襲撃の早さから考えて恐らくその中に内通者が居る。
その貴重な情報を持ち運ぶべく、セレスティナは茜色に染まる空の下、王城へ向けて加速をかけた。




