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魔物の国の外交官  作者: TAM-TAM
第2章 西の王国での初仕事
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025話 帰り道での来客(お約束)

▼その日の夕刻


「はあー。胃が痛いー。吐きそうですー」


 王城から宿のある東部エリアの噴水広場まで向かう帰りの馬車の中、交渉の緊張感で精根尽き果てたセレスティナがぐったりと弱音を吐いていた。


 初回交渉は単純に渡すものを渡してこちらの要望を伝えるだけの入門編であったが、それでもクリストフ宰相のように地位に相応しいオーラを放つ人物との面会はきつかったらしい。


「よしよし、お疲れー」


 明らかにぞんざいな態度で労い、彼女の頭を撫でるクロエ。そして落ち着いた頃に交渉の様子を聞いて、一言。


「ねぇ、その宰相が裏で『金鹿(こんろく)』の奴らと繋がってたら、今回の交渉が無駄になったりするんじゃないの?」


 彼女の尤もな疑問にセレスティナは「それはですね……」と得意げに返した。


「王城には、私の予想では2グループの派閥があると見ていて、片方が『金鹿(こんろく)』と繋がってる側、もう片方が繋がってない側と分けますが、どちらの立場でも『金鹿(こんろく)』を徹底的に叩かれるのはデメリットがあるんですよ」


 セレスティナの説明によると、『金鹿(こんろく)の尖角』と繋がってない側は恐らく最近の国宝の盗難も含めて彼らがやりすぎている点を苦々しく思っていて、適度に弱体化を計りたいと思っているはずだ。こちらは交渉の席で説明した通りの話になる。


 一方、繋がっている側にしてみたら、今セレスティナが持っている裏取引の証拠品や残りの国宝なんかは最優先で取り返すべき物なので、腕の良い魔術師と全面的にやり合うぐらいなら交渉で取り戻した方が傷が浅いということだ。


 ちなみに、セレスティナの印象では宰相は良識があって公平な判断をする人となりの前者タイプと見ていた。なので交渉の行方に関しても現実的な妥協点を用意してくれることだろうとも。


「でも、万が一後者側だとしたら、奴らみたいな連中なら交渉以外で、それも奴らの一番得意な方法で奪い返そうとするんじゃないかしら?」

「その時は、クロエさんが得意な返り討ちで対処しましょう。相手側の実動戦力を減らせますし、もしも過剰防衛と見なされたらその時は国交と犯罪者引き渡し条約を結ぶ必要を知らしめる(いしずえ)になって頂きましょう」

「んー、あたしは返り討ちみたいな守りの姿勢よりも潜入して暗殺するような攻めの方が好みなんだけどね……それより、気付いてる?」


 突如、クロエが声のトーンを落として注意を促す。いつの間にか、馬車は薄暗い路地裏を走っており、周囲から人の姿や喧騒が消えていた。


「囲まれてますかね……」

「10人から12人ってところね」


 気配を探るのは、野生の勘と女の勘の両方を標準装備したクロエの方が高精度だ。どちらも感度がポンコツなセレスティナは索敵をクロエに任せてタイミングを計りつつ馬車のドアノブに手をかける。


「出ます! 《防壁(シールド)》!」

「了解!」


 まだ馬車が走っている途中だったが、強烈な殺気を感じて迷わずドアを開け、路地裏に飛び降りた。防御魔術を張りつつ身を低くして着地し、流れるような動作でクロエと二人背中合わせになる。7年間ずっと一緒に育ってきたからこその以心伝心の動きだ。


 そしてセレスティナ達が脱出して一瞬後に、彼女達がさっきまで入っていた客室(キャビン)に無数の矢が突き刺さる。


「ああ、勿体無い……」


 瞬く間に綺麗なガラス窓も高級木材の扉も破砕され、内部の高価な内装まで滅茶苦茶になり、セレスティナがつい庶民的な感想を述べた。


 それに驚いた馬は一声いななくと速度を上げて路地裏から消えていった。

 御者もあえてこの路地裏を通る辺り共犯者だったのだろう。攻撃の的にはされずに無傷だったようだ。


「さて――来い、雷竜の杖」


 セレスティナが命じると、一瞬にして手の中に愛用の黄金色の杖が現れる。これを含めて彼女の持つ魔道具(マジックアイテム)の中で特に貴重な物には物体を転送させる《瞬間転移(テレポート)》の魔術が所有者登録と連動して仕掛けられており、このように必要な時にはすぐに呼び戻せるのだ。

 クロエもエプロンの中に手を入れて銃型クロスボウを握り、臨戦態勢だ。そのまま二人は周囲の、矢を射かけてきた敵の姿を確認する。


「盗んだ物を全て出せ」


 裏路地の建物の隙間や物陰から、10人程の人影が姿を現した。武器は弓矢から近接戦用の剣やナイフに持ち変えており、襲う気満々だ。

 武器を替えたのはきっと、多人数で囲むと飛び道具は外した時に仲間に流れ弾が向かうことがある為だろう。逆に囲まれる側は気兼ねなく撃ち放題なので、クロエが笑みを深くする気配が感じられる。


「えー、仮に盗品だったとしてもそれは盗んだ人の罪であって正規に譲り受けた私には関係の無い話ですよね? それに“落し物を拾ったらもうその人の物”とカジノの受付さんも言ってましたし」

「っざけんな!」


 以前にカジノを訪れた時の相手側の言い分をそのままブーメランにして投げ返してみたら何故か逆上された。前方から5人と後方からも5人が包囲を狭める。

 狭い裏路地で左右は壁になっており、逃がすつもりの無いことを窺わせる。


 一人頭のノルマは5人ずつ。かと思いきや――


「ティナ、あと2人隠れてるわ。狙撃に注意して」

「了解しました。――《氷槍(アイス)》!」


 クロエの忠告を心に留めつつも、まずは目の前の相手に初撃を仕掛けるセレスティナ。高く掲げた杖の先端から角度をつけて撃ち下ろす軌道で発射された10本の《氷槍(アイスジャベリン)》が、前方から迫る5人の刺客達の両足の爪先を狙う。


「ぐがっ!!」

「ごあっ!?」


 5人中、1人は片足、もう1人は両足の先を破壊され、動きを止める。冷気で傷口を凍結させたので血がしぶくことはないが、神経が集中する箇所であり激痛で歩くことも難しいだろう。

 残りの3人は咄嗟に避けており無傷だ。追撃を放とうとした時、視界の端から殺意を乗せた矢が飛来するのが見えた。


「《防壁(シールド)》!」


 魔力で創られた正方形の力場が近くの建物の屋根の上から撃たれた矢を弾き返す。避けることもできたが、クロエと背中合わせで戦っている都合上自分からはできるだけ足を動かしたくない。

 角度の急な、安定性の悪い屋根の上から器用に狙撃を行った刺客が驚いた時には、既に彼女は次の魔術を解き放っていた。


「《突風(ブラスト)》!」

「ぐおおっ!?」


 強風に煽られバランスを崩した狙撃手が屋根から落下。街中で殺傷力のある攻撃魔術を無差別に撃つと流れ弾が一般市民に当たって危ないことを考慮しての魔術の選択だ。

 相手は骨折ぐらいはするかも知れないが死ぬ程の高さではない。それでもあまり良い気のしないセレスティナが重い息をつくと、背中越しにクロエが「甘いわね」と呟くのが聞こえた。


「試合だと問題なく動けるし魔獣相手でもあんなに容赦無いのに、人間族(ヒューマン)相手だと怖気づくの?」


 クロエは責めるような口調ではなく、本当に理解できなくて訊いているようだった。

 事実、彼女が相手をしている側は既に4人の刺客が血の海に倒れ、息絶えていた。最初の3人は銃型クロスボウにより、このような木片から矢が飛び出すなどと予想できなかった未熟者達が不意打ち気味に心臓を貫かれ、4人目はナイフで喉元を掻っ切られたのだ。

 人間への憎しみか捕食者の本能ゆえかクロエの攻撃には迷いも手加減も無く、いずれにしても5人目の命の灯火が吹き消されるのも時間の問題だろう。


「話し合いで平和に解決できるならそれが一番ですからね。という訳で、降伏をお勧めしますが」

「あ? 魔物風情が強者ぶってんじゃねえよ」


 残った男達の中でも一番動きの良かった者が、そう言って腰から禍々しい剣を抜いた。どす黒い紫色をした刀身に奇妙な文様の施された長剣で、何らかの魔術が組み込まれた魔道具(マジックアイテム)であることに間違いないだろう。


「魔物風情……と来ましたか」

「ああ。聞いてるぜ。隠しても無駄だ」

「いえ、素敵な情報をありがとうございます」


 セレスティナ達が魔族であると知る者はこの街ではほぼ限られている。いよいよもって情報の出所が限定されるということであろう。


「だから、オレ達は降伏勧告なんてしないぜ。上からは殺せって言われてるからそう報告はするが、両手両足斬り落として一生慰み者にしてやるよ。良かったな、魔物風情には法の保護なんて無えから誰も助けてくれねえぜ?」

「その言葉は謹んでお返ししたいところですね。私たちは現時点では残念ながら法で裁かれる存在ではありませんので、皆さんがここで大怪我したり死んだりしても法による報復は期待できませんから。ちょっと(ドラゴン)に咬まれたと思って諦めて下さい」

「抜かせ! おい、援護しろ!」


 丁度後ろでは、クロエが最後の相手の心臓をえぐり、息の根を止めたところだった。

 流れ矢の心配をしなくて良くなったからか残った3人の内2人は武器を再度弓矢に持ち替え、魔剣使いは素早い動きでセレスティナに向かって走る。


「《石弾(ストーン)》!」


 迎え撃つセレスティナの杖から、散弾のように石の(つぶて)が射出される。弓を構えようとする男達の手元に1発ずつ、そして魔剣使いの膝から下に向けて残り全部。


「狙いが甘いぜっ!」


 だが魔剣使いはそれらを跳び越えるようにして回避。魔術のコントロールそのものは完璧だが、自分でも当初思った以上に急所や避け難い正中線を狙うのを躊躇してしまう。

 クロエが聞いたように魔獣相手では問題なくても人間相手には全力に踏み切れないその理由は、心のどこかに殺人を忌避する倫理観が根強く残ってるからだろうか……


 7年前に人間相手に攻撃魔術を使ったあの時は無我夢中だったのもあり手加減無しで《雷撃(サンダーボルト)》を叩き込んだのだが、あれから魔力も相当成長しており、今の状態でどこまで手加減すれば殺さず生け捕りにできるのかその力加減に自信が持てず、どうしても攻撃が消極的になってしまうのを今更ながら自覚する。


「《防壁(シールド)》!」


 近接の間合いまで迫った魔剣使いがその奇妙な剣を振るう。速く鋭い一撃であるがセレスティナの目は問題なく剣の軌道を見切って通り道に《防壁(シールド)》を張った。

 剣が弾かれると思ったその時――


「無駄だぜっ!」


 刀身が《防壁(シールド)》に触れた瞬間、音も無く溶けるように防壁を分解させ、振るわれたそのままの速度でセレスティナへと迫る。


「っ!?」


 咄嗟に避けるが、杖を持つ右腕が引き寄せきれずに残ってしまった。魔剣の切っ先がセレスティナの右腕を掠める。


「ティナ!?」


 返す刀で戻って来た刃を、彼女は左手を添えて安定性を増した杖で受け止めた。彼女の近接戦の技量はそれほど高くないが魔眼の動体視力と杖の品質が補うことでどうにか防御に成功する。

 その直後、クロエに体をぐいっと引っ張られて半ば強制的に間合いを取った。


「つっ! 《防壁(シールド)》を狙い撃ちにした打ち消し、ですか……」


 深々と切り裂かれた右腕から血が流れ、指先から滴り落ちる。今の一撃は《防壁(シールド)》の防御力を上回る威力で力任せに壊してきたのではなく、術式を無効化していたのだ。

 油断したつもりは毛頭無いが、《防壁(シールド)》の無効化は流石に予想外の初見殺しという奴だ。ドレスに防御力強化の魔力付与が無ければ右腕がすっぱり落とされていた可能性さえあった。


「恐らくは王城に張られた結界と同様の仕組みで、《防壁(シールド)》の逆位相の魔力波を出す事で効果をキャンセルさせるセミオート起動式の魔術回路、と言ったところでしょうね」


 腕の痛みよりも目の前の魔道具(マジックアイテム)が気になるようで、今の彼女は先程の人に向けて魔術を撃つのに躊躇してた時よりもむしろ表情が生き生きしている。


「カラクリは知らんが、こいつは魔術師殺し(メイジマッシャー)って奴で、北の帝国で作られた最新兵器をいち早く密輸入してきたんだぜ。ああ、ついでに“魔封じの枷”と同じ仕掛けも付いてるからコイツで斬られたら暫くは魔術が使えねえぜ?」


 魔道具(マジックアイテム)分析モードにスイッチが切り替わったセレスティナに向けて、魔剣使いの男は勝ち誇った様子でそう豪語した。



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