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魔物の国の外交官  作者: TAM-TAM
第2章 西の王国での初仕事
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023話 はじめてのこうしょう・1(宰相との面会)

▼大陸暦1015年、双頭蛇(第5)の月15日、午後


 セレスティナ達がアルビオン王国の首都グロリアスフォートに到着してから約2週間。

 入念な調査と周到な準備を経て、遂に彼女が王城へと挑む日がやって来た。


 今日のセレスティナは裾の長い最上質の白地に青い花の模様を咲かせたドレスに身を包み、銀髪をしっかり整えメイクもバッチリ決めた臨戦態勢だ。当然下着も勝負用の総レース。但しクロエからの評価はいまいちであった。


「……いよいよですね」


 初めての他国要人との交渉に怖気づきそうになるのを奮い立たせつつ、荘厳な白亜の王城を見上げて彼女は大きく深呼吸する。


「意外ね、ティナでも恐がるんだ。マンティコアの真正面に立った時もあんなに余裕だったのに」

「……そりゃあ、背負ってる物がありますから……ここで私が失敗すると、外務省全体が無能扱いされて今後二度と仕事を任されなくなるでしょうし両親や爺様にも迷惑がかかりますし、ここで外務省が頑張らないと軍部を止められる勢力が育たなくて危険ですし……」

「そこまでティナ一人で背負い込む必要もないわよ。昔から言うでしょ? 駄目で元々、当たって砕けろって」

「砕けたら、復活しやすいよう破片は集めといて下さいね」


 クロエなりの励ましに苦笑いして返し、ややぎこちなくも優美な所作で城門に続く跳ね橋へと歩みを進める彼女。母親からの礼儀作法の指導が活きており、小柄な身体ながら姿勢が良いので貴族令嬢の風格を感じる。

 跳ね橋を守る兵士2人組に礼儀正しく挨拶し、まずは上層部への取次ぎを願う。


「実は、拾い物を届けに来まして、できましたら宰相閣下にお取次ぎをお願いできますでしょうか」


 そう言ってセレスティナが目で合図をすると、クロエは芸術的とも言えるパイスラッシュを描き出した肩掛け鞄から四角い透明なケースを取り出して兵士達にも見せる。


「なっ!?」

「そ、その首飾りは……!」


 そのガラスケースに収められた首飾りは各所にダイヤモンドを散りばめた非常に豪華なもので、彼女達は名前まで知らなかったが『キャサリンの星空』と呼ばれる、6代前の王妃のお輿入れの時に当時の宝石職人が総力を挙げて作り出した国宝である。

 盗難されて犯罪組織『金鹿(こんろく)の尖角』の金庫に保管されていた物の一つで、盗品オークションへ流れる前にクロエが押収した戦利品のうちの一部ということだ。


「と、とにかく、上に話をするからそれを一旦預からせて頂きたい」

「その職務に対する責任感の強さは、この王都の住民の一人として感謝を申し上げます。ただ、今回はこの手で直接お届けしたいので、どうかご理解をお願いいたします」


 兵士の仕事を労いつつも、譲れない一線を引いて面会を求めるセレスティナ。普段は居丈高な兵士でもこのように自分を気遣ってくれる美少女が上目遣いでお願いしてくると弱いものだ。


「わ、わかった。ではしばし待たれよ」

「ありがとうございます。助かります」


 笑顔でお礼を言い、彼女達は城門をくぐり中庭を抜けて面会待ちの控え室のような場所へと案内される。


「ふえぇ……」


 世界最大と言われるこの国の城砦の威容を前に、セレスティナがつい頭の悪そうな声を上げた。

 一応侯爵家育ちで宮殿とかお屋敷には慣れているつもりだったが、庭の広さにしても建物の大きさにしてもスケールの違いを思い知らされる。

 元々東の小国のテネブラとは国土面積が大きく違うのもあり、限られた土地の中で効率を重視した質実剛健な魔国の建物に比べ豪華絢爛な建築様式が主流の印象だ。

 特に木々が生い茂り鳥達が戯れ池には色とりどりの魚が泳ぐ庭園は、それ自体が小さな一つの世界を織り成していて圧巻だった。


 出入りの商人や地方貴族と思われる面々が入れ替わりする中を暫く待っていると、騎士の制服姿の青年がやって来て呼び出しを告げる。


「セレスティナ殿、宰相がお会いになられるそうです。どうぞこちらへ。お付の方は申し訳ありませんがここでお待ち下さい」

「それじゃあ、行ってきますね」

「了解。頑張って」


 クロエから受け取った鞄を小脇に抱え、立ち上がるセレスティナ。呼び出しを行った騎士の側まで行くと、彼は「大変失礼いたしますが……」と前置きして一つの金属製の輪を取り出した。


「魔封じの腕輪です。大変心苦しいですが一定の素性や信用が確認できるまで城内ではこちらを着けて頂く規定になってまして」

「いえ、防犯上当然だと思います。どうぞ」


 セレスティナが差し出した細く白い手首に、騎士は律儀に「失礼します」と断ってからその禍々しい模様の刻まれた腕輪をそっと装着させた。

 その瞬間、彼女の体内に流れる魔力がピリっと粟立つように危険信号を伝える。人間族(ヒューマン)の独自技術の一つで、《苦痛(ペイン)》の魔術を組み込むことによりこれに触れている相手が魔術を使おうとすると全身の痛覚神経を苛み激痛が走るという劇物だ。

 人間族(ヒューマン)の場合、仮想敵である魔族に比べると全体的に魔力が低いこともあり、対抗手段としてどうしても“相手の魔術を封じる”方向で発展していく傾向にある。この城を覆う《飛空(フライト)》を打ち消す結界も同様だ。

 その技術によって、この腕輪のように一般人に偽装した魔術師の暗殺者に対策したり、または魔術師を捕らえる際の手枷として活用したりするのである。


「魔術と言えば、最近は凶悪な魔物マンティコアを若白髪の魔術師が一撃で仕留めたとかいう噂もありまして、その正体に僕も興味津々なんですよ。どんな人なのか、何の為にここに来たのか」

「あ、あははは……」


 予想以上に情報が広まっているようで乾いた笑いを浮かべて誤魔化すしかないセレスティナ。ここで「一撃ではなくて二撃でしたよ」とか突っ込んでしまえば藪蛇になるのは目に見えている。

 ボロを出さないよう当たり障りの無い受け答えをしつつ、彼女は応接室へと案内された。





「お初にお目に掛かる。この国の宰相を務めているクリストフ・オーウェルと申す。以後お見知り置きを」


 アルビオン王国の内政の大部分を取り纏める宰相、クリストフ・オーウェル公爵は、銀縁の眼鏡を指で押し上げて鋭い視線をセレスティナに送った。中肉中背でやや神経質そうな、ブラウンの髪をオールバックにした壮年の男性だ。

 彼の左右にはここまでセレスティナを案内した青年を含め、2名の騎士が直立している。巷を賑わす“若白髪の魔術師”の疑いがある者が尋ねてきたからか、その警備態勢に油断は感じられない。

 王城付きの女官が音も立てず紅茶を煎れた後、速やかに退室し、部屋の中ではそれら4人の男女のみが残されることとなる。


 対してセレスティナも、ドレスの裾を摘み上げる淑女の礼を取り、挨拶を返した。


「これから語ることは、(たばか)りや世迷言などではございません。どうか最後までお聞き下さい。私は――魔国テネブラ外務省所属、筆頭外交官のセレスティナ・イグニスと申します。魔眼族(イビルアイ)の魔術師でもあります」

「何と……!?」


 国内の諸問題に早急に対処する関係上、驚きに対しては耐性のある宰相だが、彼女の正体は彼の経験や想定を超えたものだったようだ。

 セレスティナは自身の平面的な胸にぺったりとフィットして輝く外交官バッジを示しながら、言葉を続ける。


「このバッジが魔国外交官の立場を示す物になります。古い文献にもきっと残ってると思われますので、ご確認下さい」

「成程……確かに我々の国では見ない銀髪に瞳の中の模様、それからその若さでマンティコアを退治した腕前、これらを見るに魔物……いや、公式書類上は魔族であったか。とにかく人間ではないと言われても納得できる」

「狭義の人間族とは違いますが……魔族も、この大陸に暮らす、広義の“人間”の一員であると思っております」


 クリストフ宰相の言葉に穏やかに反論しつつ、セレスティナが微笑を浮かべる。その後、思い出したかのように魔封じの腕輪が填められた右手をひらひらと振った。


「ああ、私は魔術が無ければ雑魚以下ですので過度に警戒なさらないで下さい」


 嘘は言っていない。魔術無しで殴り合ってここに居る騎士に勝てるとは到底思えない。

 但し、魔封じの腕輪があるからと言って今の彼女が魔術を使えない(・・・・)とも言っていない。理論上は魔術を使おうとすると死ぬほど痛いだけでそれに耐えられれば使えるという訳だ。


 余談であるが、魔術を完全に封じる魔道具(マジックアイテム)や結界というものは、実装の段階で矛盾が発生する為、実現の目処すら立たない状態だ。「あらゆる魔術を打ち消す」という術式を構築するとまず最初に自分自身が打ち消される為に効果を発揮できない堂々巡りになるのである。


 それはさておき、セレスティナの言葉を完全に信じたかはともかく魔封じの腕輪の効果は信用しているであろう宰相は、高級なソファに深く座ると眼鏡を再度押し上げる。


「だがセレスティナ殿は、その魔術が使えなくなるリスクを負ってまでもこの場での話し合いを希望したということであるな。まずは内容を聞こうではないか」

「はい。まず最初にお渡ししたいものがございます。どうかお納め頂きたく存じます」


 そう言うとセレスティナは、鞄の中からガラスケースに入れられた『キャサリンの星空』と、もう一つ魔国の刻印の押された封書を取り出し、テーブルに並べた。


「こちらは、偶然拾った(・・・・・)物になりますので、落とし主にお届けしなければと思いましてお持ちしました」

「ほう、それは殊勝であったな。後程鑑定官に調べさせよう」


 宝物庫から失われた国宝の一つだ。宰相も大事そうに受け取り、その満天の星空のような宝石の輝きに目を細める。


「そして、こちらの封書は、魔国(テネブラ)の外務省長サツキ・ノエンス女伯からの親書です。内容は、今後の国交や国家間交渉について、一度会談の場を持ちたいと」

「ふむ……魔の国と国交を、か……」

「昔……数百年前には国家間に交流がありましたので、前例のあるお話ではありますね」


 上等の茶葉を使われた紅茶を一口啜り、セレスティナは言葉を続ける。マーリン謹製の持続型の毒消しポーションを城に来る前に飲んでおり、万が一への備えも万全だ。


「それから……これは私の個人的な協力要請、と言いますかお願いになるのですが、この国、アルビオン王国では組織的に魔国に密入国して資源や人的財産を不法に略取する動きが見られております」

「ほほう、それは由々しき事態であるな」

「原状回復についての取り組みは外務省(ウチ)の上の人が出てくる領分になりますが、すぐにでも対応可能な部分、つまり不当に拉致されました魔族の解放と帰国に、全面的なご協力をお願いしたいのです」


 彼女がそう言って頭を下げると、クリストフ宰相の眼鏡が挑戦的に光った。

 ここからは利益の奪い合いとも言える交渉戦の場だ。どちらかが一言失言し、一つ不利な約束をすれば、それだけで国益が損なわれ回り回って国民の一人一人が不利益を被る事になる。

 千万人を超える国民を抱えるアルビオン王国の政治を預かる宰相として、戦闘モードへのスイッチが入るのも当然と言えよう。


「その協力に対する交換条件が、この国宝の首飾りという訳かな」


 ゆっくりと確認するように問う宰相に、セレスティナは静かにかぶりを振った。


「いえ、そちらは単に落し物を届けに来ただけに過ぎません。こちらから提示できます交換条件と致しましては――」


 そして、鞄の中から今度は黒い皮表紙のファイルを取り出し、手に掲げる。


「犯罪組織『金鹿(こんろく)の尖角』への、対応の主導権。こんな所で如何でしょうか?」



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