022話 潜入!そして奪還!(シーフ大作戦)
▼大陸暦1015年、双頭蛇の月13日、未明
あれから約1週間ほど、セレスティナ達はこの都市での情報収集や経済活動を続けた。
生産活動としては、容量拡大バッグはやはり大人気のようで、追加で作った5個を金貨60枚で卸したが高額商品に関わらず即座に完売。
次週に卸す為に追加でまた加工前の背負い袋を5袋購入し、機会があればどこかで需要の観測用に20倍品を試しに作ってみようかとも考えるのだった。
それと、先日のマンティコア騒動の際に、野外での活動を前提にした収納具の必要性に気付いた。
先日はたまたま道具屋で買ったばかりの背負い袋を持っていたのでマンティコアの素材も全部収納できたが、いつも使っている旅行鞄は冒険に不向きなのである。
とりあえず、皮製の肩掛けバッグを販売用とは別に入手して《容量拡大》を付与し、クロエに掛けさせることになった。自分で持たないのは所謂パイスラッシュを実現できずに悲しい事になる為である。
情報面では主にクロエが軍務省に提出する目的で、都市の警備体制や周辺の地理などを纏めたりした。
セレスティナにとって有用な情報――例えば『金鹿の尖角』や人攫い関係――は、残念ながら目新しい発見が無かった。
また、以前に接触を試みた盗賊のザックはいつのまにかスラムから姿を消しており、きっと別の町へと逃亡したのだと思われる。
あの歳からコネも無く新しい土地でやり直すのには大きな苦難も伴うだろうが、彼自身のこれまでの生き様を鑑みるに自業自得の面も大きいのでそこは甘んじて貰うべきだろう。
そして今日、新月の日の夜明け前の闇が最も濃い時間に、セレスティナとクロエは一つの計画を実施すべく裏路地をこそこそと移動していた。
「本当に、クロエさん一人で潜入するのですか?」
「しつこい。こういった斥候の仕事はあたしの本分だし、素人が一緒にいる方が足手纏いになって失敗する危険が上がる」
心配そうに問うセレスティナにクロエがきっぱりと答える。
セレスティナは闇に溶け込むような漆黒のドレスを纏い、そしてクロエはいつもの侍女服ではなく軍装のような身軽な格好だった。
迷彩柄のジャケットと短パンで褐色の生足の露出面積が大きく、黒豹の耳と尻尾も今は外に出しており、いわば余分な覆いを取り外すことで全身を感覚器にして周囲の微かな異変をも拾い上げるかのようだ。
「じゃあ、軽く潜入して回収してくるわ」
「はい。何か異変がありましたらすぐ突入しますからね」
杖の《飛空》を予め起動させいつでも離陸可能なように準備しつつ見送るセレスティナに、クロエは無言で手だけ上げて応え、闇に溶けるように姿を消す。
彼女が向かう先は『金鹿の尖角』の主な収入源であり裏での非合法な取引の隠れ蓑でもある大規模な娯楽施設のカジノだ。狂騒の時間が過ぎ去り静まり返った夢の跡、その更に奥の奥に隠されたある物に、少しばかり用事があるのだった。
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カジノの塀を軽々と跳び越えて窓から侵入し、中のホールに音も無く着地。
闇夜の黒猫のような俊敏さと隠密性とで、障害物にぶつかることもなくするすると壁沿いに進んでいくクロエ。
時折耳がぴくぴくと細かく動き、アンテナの感度の高さを窺わせる。
「……こっち、か」
先週訪れた裏受付の先に進み、左右に分かれ道があったので迷わず右に曲がり、次の分岐を左に曲がる。
道を知っているのかと思えるような動きであるが、実際その通りだった。
前回の時にこの盗品売買所に持ち込まれたカーバンクルの額の宝石、それにセレスティナが予め対象物の位置を探る《追跡》の魔術を付与していたのだ。それにより、盗品がどのルートを通ってどの場所にある金庫に保管されているかまで既に把握済みなのである。
そして、例えばルート途中が行き止まりになっていても隠し扉があるだろうことが簡単に推測できるということだ。
「あると分かってれば……見つけるのも楽勝ね」
壁に巧妙に偽装した隠し通路の仕掛けをあっさりと解除し、クロエはまず扉の隙間から奥の様子を伺う。さすがに最重要エリアだけあって見張りが配置されているが、二人居る見張りはどちらも真面目に周囲に気を配っておらず、ランプの明かりの中で小銭を賭けてカードゲームに興じていた。
無言でクロエは扉の隙間から投げ矢を投げ、彼らの首筋へと命中させる。
「――ぐっ!?」
「――なっ……」
何が起きたか確認する暇も無く、くたりと力なく崩れる見張りの男2人。この投げ矢は先日討伐したマンティコアの毒針を加工して作ったもので、強力な麻痺毒が仕込まれているのだ。
その成果を見届けた彼女は素早く隠し通路に侵入し、駆け抜け様に動けない見張り両名に鉄板入りの頑丈な軍用靴での蹴りを叩き込んで気絶させる。
「本当はこの場で殺してやりたいぐらいだけど……後々ティナの仕事がやり難くなるのも困るから、これで許してあげるわ」
クロエ自身も幼少期に人間の密猟者に拉致されかけた経験があり、この手の裏稼業には思うところも大きいだろう。
だが今はその復讐心をぐっと堪えて、隠し通路のどん詰まりの壁へと進む。黄金色に輝く趣味の悪い大きな金庫が、通路の幅と高さに丁度収まるように鎮座していた。
「ダイヤルを律儀に破る時間もないから、これで」
潜入前にセレスティナから預かった魔獣解体用の片刃剣を引き抜き、金庫の扉に沿うように一閃させる。
切断能力を極限まで追い求めた薄く鋭い刃は激しい戦闘にはとても耐えられるものではないが、動かない相手ならば例え鋼であってもあっさり切り裂くのだ。
刃を納めて金庫の扉を開け、中の輝きに一瞬息を呑みつつもクロエは、それら盗品の数々を容量拡大の施された肩掛け鞄へとどんどん放り込んでいく。国宝級の首飾りや宝石の大量に嵌め込まれた冠、クロエには価値の判らない絵画やセレスティナが魔術を付与した赤い宝石、そして黒皮の分厚いファイル等……
全てを収納し終えた彼女は、立ち去る前に最後の仕事として、透明な液体の入った瓶を取り出し、床に叩きつけた。
飛び散った液体は空気に反応して真っ白い煙を噴き上げ、周囲を白く覆う。
マーリンが調合した薬剤の一つ、発煙剤であった。人体に悪影響は無いが、煙幕のように視界を塞ぐので逃走の際に役に立つ。
恐らく異変を察して誰かがこちらに来たとしても、暫くは何があったか全容を把握するのは不可能だろう。
そして来た時と同様、闇に紛れて足音すら立てず、プロの動きで引き返すクロエ。
カジノの建物の外で待っていたセレスティナの杖に乗り、《飛空》で上空まで飛び立つ。まだ気付かれた様子は無いが、仮に見つかったとしても暗闇の中を飛行して逃げればまず追いつかれないだろう。
「楽勝だったわ。学院の卒業試験ダンジョンの方がむしろ骨があったかも」
「あの時は、味方に敵が居ましたからね……」
油断するとすぐに仕掛けに特攻する弾丸のような獣人少年の顔を思い出し、つい顔を緩ませる二人であった。
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「あー、これは……」
あれから適当に時間を潰したりクロエがいつもの格好に着替えたりして、朝食が出来上がるぐらいの時刻に宿へと戻って来たセレスティナ達は、食事の後に部屋に上がって今回の戦利品を物色していた。
その中からまず黒いファイルに目を通して、セレスティナが酷い棒読みで言う。
「獣人の売買履歴も残ってますね。まさか路地裏でスリに盗まれた宝石を正当な手段で取り返してみたら、偶然こんな非道な犯罪の証拠を見つけてしまうなんて……」
「本当に偶然なら御伽噺だとしても都合良すぎて子供にすら駄目出し食らうわね」
そのファイルは主に盗品オークションと人身売買の内容を記したものであった。落札者はいずれも偽名になっているがリストを精査したり怪しい屋敷を捜索したりすれば芋づる式に色々判明するであろう大きな手がかりであることは確実だ。
人身売買については“商品”の名前やざっとした外見特徴が書き込まれており、拉致被害者を本国に連れ帰る際の有力な資料でもある。
「ともかく、クロエさんは本当にお疲れ様でした。今日はゆっくり休んで下さい」
「じゃあ、お昼になったら起こして貰おうかしら」
「承知しました。私は暫くリストと盗品の確認を続けますね」
ベッドにぽふっと突っ伏す今日の功労者に了承の意を伝え、セレスティナは今度は失われた推定国宝の数々に目を向ける。
これらを交渉材料にしてそろそろ王城へと正々堂々切り込むべきか。彼女の意外と高性能な頭脳が、魔国や魔族のこれからの在り方を左右する大舞台を前に、静かに動き始めた。




