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魔物の国の外交官  作者: TAM-TAM
第2章 西の王国での初仕事
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017話 王都散策(取材につき今日の外交官活動はお休み)

▼大陸暦1015年、双頭蛇(第5)の月3日


 荘厳な門で入場税を支払って手続きをし、王都入りしたセレスティナ達は、あれからまず最初にトライデントの3人と一緒に探索者(クエスター)ギルドへと熊を売りに向かう。そして金貨1枚半程の臨時収入を手にし、クロエと相談の結果、滞在費に宛てることになった。

 それから、値段よりも安全と快適さ優先で彼らお勧めの宿を聞き、この街での拠点を確保。

 アルフ達自身は、平均的な冒険者がお世話になるような別の安宿暮らしで、お互い「何かあったら連絡を」と言い合ってその日は別れたのである。


 その高級宿、『栄光の朝陽亭』で案内されたのはレスト村の宿よりも広くゆとりがあり清潔な2人部屋で、1階には共同のお風呂が有り、窓に鉄格子をかけることもできたり扉の鍵も厳重だったりと安全にも配慮されており、更には料理も美味しいという優良物件だった。

 柔らかいベッドの寝心地も良く、王都での活動に幸先の良さを感じながら眠りに就いた。


 そして翌日の今日。


「今日はまず、街をあちこち歩いてみましょうか。王都で活動するにしてもまずは土地勘とか必要になりますし」


 というセレスティナの提案で、この日は1日かけて、彼女達の取った宿のある街の東部エリアを中心に周辺地理を把握することにしたのである。


「王城には行かなくて良いの? この国の外交担当者と話したりとか」

「うーん、私がいきなり行ってもまず会ってくれるとは思えませんし、大国の人ってただ会うだけでも条件つけたり何かとお土産要求してきたりで煩わしいみたいですから」


 酷い偏見も混じっていたが、セレスティナとしてはこちらから下手に出て会って貰わなければいけない状況というのは避けたいところで、それを打破する為にも街を巡って交渉の材料を集めたいという訳だ。

 魔国に限らず人間側の国でも「交渉は不利な側から持ちかけてくるものだ」という意識が多少なりともあるだろうから、何もカードを持たない行き当たりばったりの交渉なら最初からやらない方がマシだと言えよう。


「それに、街の地理を把握することはクロエさんが軍に提出するレポートのネタにもなりますし」


 一応、過去にも調査の為に変装した魔族を人間の住む国へと潜入させた事はあったが、魔国(テネブラ)から見ると遠い距離にあるこの王都まで訪れた者はここ数十年では彼女達だけであろう。

 大抵の場合、喧嘩っ早い種族特性が災いしたりドジを踏んだりして旅の途中で撤退を余儀なくされたり最悪行方不明になったりしたのだ。

 そのような訳で、魔国外務省の古い資料ではなく最新の実地情報を足で稼ぐことには大きな意味があるのだった。


「そんなことまでティナが気にするものじゃないのに」

「母様にも言われましたからね。二人で協力しなさいって」


 などとのんびり会話しつつ、晴天の空の下を歩き始める少女二人。


 整備された道路に整然とお店や民家が並ぶ大通りを抜け、活気溢れる生鮮市場に顔を出したり屋台で買い食いしたりしつつ、街を散策する。


 途中、本屋に寄ってこの街の地図とそれから王国(アルビオン)全体の地図を買った。簡単な印刷技術は既に普及しており、書物や地図なども住民に広く親しまれているようだ。

 技術的な限界かそれとも国防に関わるのでわざと品質を下げているのか、地図の精度はあまり良くないし空白も多いが、いずれ調査の上記入していく予定で、本国への立派な提出資料になるだろう。


 ともあれ今日のところは地理の把握と買い物に専念することにし、前半戦の締めにふと目を引いた大衆食堂で昼食を取ることにした。

 肉と野菜を刻んで炒めた物を無造作に盛り付けた皿に、ごく一般的なパンとスープ。栄養バランスは良いが正直誰でも作れそうなメニューで、そんな料理のクオリティの割に主に男性客ばかりで繁盛しているのはきっと皆ウェイトレス目当てなんだろう。

 そのウェイトレス達は胸の谷間を強調するような襟ぐりの深いブラウスに、やたら短いタイトスカートで、テーブルを拭く時に前かがみになると色々危険そうな制服姿であった。


「お話を纏めますと、治安の良い王都でもスラムと、裏社会を牛耳る『金鹿(こんろく)尖角(せんかく)』には近づくなということですね」

「そうよぉ。特に貴女みたいな身なりが良くて危なっかしそうなおのぼりさんは、速攻捕って喰われちゃうわよぉ」


 食後にウェイトレスさんがテーブルを拭きに来たのを捕まえて、抜け目無く情報収集する……ついでに、大きく揺れるお胸と目線を誘う谷間も堪能する。


 光が強い場所はその分闇も濃いもので、ここ王都にも栄華の裏側に大規模な犯罪組織『金鹿(こんろく)の尖角』が存在し、幅を利かせているのだ。

 但し、下町やスラムからの評価はそれほど悪くない。彼らは利ざや(・・・)の大きい相手を主に狙うのと、彼らにみかじめ料を上納すれば他の悪党から庇護が得られるのとが主な理由である。無軌道な犯罪者集団だったらとっくに壊滅させられているだろう。


「あの人たちに目をつけられると、奴隷に落とされて夜な夜な地下闘技場で戦わされたりするらしいわよぅ。この王都で暮らすのなら、あの人達の存在ももはや街のルールの一部なんだから、判断を誤らないでねぇ」

「地下闘技場に奴隷、ですか……? そういう所って、猫耳とか兎耳とかの女の子が居たりしますか?」

「うーん、なんか聞いたことがあるような無いような……ごめんなさいねぇ。これ以上はあんまり……」


 給仕の娘が言葉を濁す。どうやら大っぴらにできない類の話に踏み込んだらしい。

 そんな折、「ちょっと、マリィ! いつまで油売ってるんだい!」と彼女が厨房から呼ばれた。


「は、はぁい。すぐ行きますぅ!」

「あの、すみませんでした。引き止めてしまって。これ、ご迷惑をかけたお詫びです」

「きゃぁ!? ウ、ウチはそういうお店じゃないわよぉ!」


 情報料と拝観料とを兼ねて銀貨を1枚、給仕娘のこれ見よがしな胸の谷間に差し込んで、セレスティナ達は食堂を出発するのだった。

 その様子を見て周囲の男性客達も大興奮だ。そしてこの日以降この店では、チップは胸で受け取るのが流行ったとか何とか……





 引き続き街を見て回るセレスティナ達の午後は、探索者(クエスター)通りと呼ばれる、ギルド本館や鍛冶屋や各種道具屋や宿屋等が立ち並ぶ一角を訪れるところから始まった。


「おおおっ! 見て下さいクロエさん! 普通の道具屋だと思いきや魔道具(マジックアイテム)まで売ってます!」

「そう、良かったわね」


 店の奥の高級品コーナーで、盗難防止用のガラスケースに並べられた幾つかのお宝を見て、セレスティナが目を輝かせる。かつて母に「そんなに魔道具(マジックアイテム)が好きなら魔道具(マジックアイテム)と結婚すれば良いじゃない」と言われたことがあるぐらいにはその手の道具が大好きなのだ。

 対するクロエは冷めたもので、男の浪漫に理解が無い類の表情と声音を感じる。彼女の場合、ショッピングに行くなら一番楽しい場所は何と言っても早朝の魚市場しか無い。


「おおっ! この杖も凄いです! 《飛空(フライト)》が掛けられているのですが用途に合わせて起動時にパラメータの割り振りを変えられるみたいですね! 職人技です!」


 自分の手で触れることは出来ないが、紫の双眸に魔力の流れが映ることに加え、購買意欲を刺激する説明書きも添えられているので道具の効果も問題なく判明した。

 潤沢な魔力でゴリ押しするタイプの多い魔国(テネブラ)に比べると、人間の国の魔道具(マジックアイテム)には創意工夫や試行錯誤の結晶が多く、セレスティナの工学男子魂がきゅんきゅんと揺さぶられる。

 そんな彼女に、ここの店長と思われる恰幅の良いおじさんが声をかけてきた。


「ほお、お嬢ちゃんは若いのに見る目があるねえ。これはつい先週入荷した、FF(フェアリーフェザー)社の最新モデルなんだ。君はもしかして魔術師の卵なのかい?」


 彼女の持つ黄金色の杖を見て魔術師と判断したようだ。ただ杖のグレードや彼女の魔術師としての力量まではさすがに見抜けなかったらしい。

 その問いに彼女は一人前ぶって半分肯定し、会話を続ける。


魔道具(マジックアイテム)は単価が高いものが多いですが、売れるものなのですか? 買われる方はやっぱり探索者(クエスター)さんが主でしょうか?」

「そうさなあ。貴族様から騎士団に探索者(クエスター)まで様々かな。この杖はどちらかというと貴族様の娯楽向けだし」


 先程の《飛空(フライト)》が掛けられた杖のことだ。確かに華美なデザインで飛行時の安全装置も取り付けられている分高価で、探索向きの効率重視の品とは対極のコンセプトを感じる。


探索者(クエスター)向けだと一番人気はやっぱり容量拡大(キャパシティアップ)の付いた背負い袋だな。戦士系・魔術師系問わず便利だから、いつも入荷した瞬間売り切れてしまう」


 作る際の労力の問題や、この街の他の道具屋にも等しく卸す関係上、月に2、3個ぐらいしか売り出されずそれ故に多少高くてもすぐ売れる大人気商品らしい。


「時空魔術、不人気ですものね……」


 魔術の属性毎の人気度だとやはり派手な攻撃魔術を擁する炎や氷が好まれるし、時空系を使いこなすには空間認識の素養に加え三角関数や行列計算などの知識も必要でこの難所を越えられずに挫折する者も多い。

 それに仮に時空系を習得したとしても、他に取り得が無ければ今度は延々と“容量拡大バッグを作るだけの機械”にされかねない危険性もある。それだけ収納具の需要が高いということで収入も十分な安定した将来だがその分彩りには欠ける人生を送ることになる。

 現代社会に渦巻く負のスパイラルだ。


 しかしそんな社会の歪みも見方を変えればビジネスチャンスの一つ。


「それでですね、私は……えっと、私の師匠は容量拡大バッグを作れる腕前があるのですが、それで最近この街へ着いたばかりでお仕事を探してまして、こちらのお店に卸すことって可能でしょうか?」

「何と!? それは願っても無いことだけど……ただそのお師匠さんの実力が分からないから現物を見てみないと何とも言えないかなあ……」

「そこは勿論分かってます。ではまずはサンプル品を一つご用意しますのでそれを見てご判断をお願いします。あと一応、卸値の相場を確認しておきたいのですが」


 サンプル品の素体となるノーマルな背負い袋を1つ購入しつつ、セレスティナが確認した。

 《容量拡大(キャパシティアップ)》を含む魔道具(マジックアイテム)全般は術者の力量や素材と触媒の品質等により効果も上下するのである。

 容量拡大バッグの場合、空間を“薄める”ことによる容積増加や重量軽減の度合いを示す倍率に応じて価値が大きく変わるのだ。


「そうさなあ。5倍品で店売りの価格が金貨5枚、10倍品で金貨15枚、20倍品で金貨30枚になるから、卸値だとそれぞれ8割だな」

「了解しました。では二、三日中に第一弾をお持ちしますね」

「早いな。まあ、無理しなくて良いからちゃんとした質の物を頼むよ」


 本業よりも割の良い仕事に微妙な気分を味わいつつも、現地通貨での当面の活動資金の目処が立ち、セレスティナ達は道具屋を後にした。



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