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魔物の国の外交官  作者: TAM-TAM
第9章 南の公国の革命勢力
153/154

141話 じんもんっ!(可愛く言えば許される風潮)

長らくお待たせしまして申し訳ございませんでした。


内容を忘れた方用に前回までのトピックを3行で。

・コゼットと誘拐犯を連れて無事にルージュ家まで帰ってきた。

・誘拐犯の身柄を大宮殿が要求してきたので、今夜中に情報を聞き出さなければならない。

・エリックはシャルロットの兄。



「という訳で、取り調べに参りました」


 ルージュ家の騎士詰め所奥にある階段を下りた薄暗い地下牢に、無駄に爽やかなセレスティナの声が反響する。


 その言葉に鉄格子の向こう側では、日の光が届かず頼りないランプの明かりのみでもはっきり分かるほどに呆れた表情が浮かんだ。


「はっ、そう言われてこっちが簡単に口を割ると思うか?」

「ほう、国を裏切った騎士崩れの逆賊が随分と偉そうに」


 一緒に降りてきた騎士達に護られた最後尾から、エリックが侮蔑のこもった視線を飛ばす。本来はわざわざ地下牢まで下りてくるような立場ではないのだが、セレスティナ流の尋問を間近で見たいとのことで反対を押し切ってこの場に現れたのだ。


 だが、エリックの言葉は牢の中の男たちの感情を逆撫でしたらしく、誘拐犯のリーダー格の大柄な男が低い声で反論する。


「順番が逆だな。俺たちが、国に、裏切られたんだ。損害賠償する気が無ぇなら多少強引に取り立ててもしょうがねえってもんだ」

「国と個が同列とでも思ってるのか? 市井に無責任な論調が蔓延しているとは聞くが過度な権利意識は害悪だな」

「はい、話が脱輪しつつありますので戻りましょう」


 鋭い刃のような視線のぶつかる真ん中にぴょこんと割り込むセレスティナ。

 体格に恵まれた男たちに囲まれて背伸びしないと視線を遮れないのがなんとも残念なところであるが、強者や権力者相手に慣れているだけあって緊迫した空気の中でも臆せずに動ける度胸は認めざるを得ない。


「とにかく、素直に喋ってくれたら夕食を差し入れしますよ。パーティの残り物ですが取り調べと言えばトンカツ料理が定番ですから」


 主導権を取り返したセレスティナが言うと、随伴の騎士たちが取り調べ用の簡素だが頑丈な椅子とテーブルを並べ、大皿に積まれたカツサンドを置く。

 ここに持ってくる前に暖め直したそれは食欲をそそる匂いを漂わせ、誘拐犯の一人が腹の虫をぐるぐると鳴かせた。


「別に毒とか変な薬なんかは入ってないわよ。本当は毒味なんかしてやる義理もないんだけど、これくらいはサービスしてあげる」


 さも良い事をしているかのような口ぶりでクロエがカツサンドを一つひょいぱくと頬張った。そのまま二つ目に手を伸ばそうとして周囲の微妙な視線にそっと引っ込めたのはご愛敬。


「……まあクロエさんは置いておくとして、皆さんには黙秘権ならありますが拒否権はありませんので。一人ずつお願いします」

「ふん、どうせ暇だしな。世間知らずなお嬢ちゃんのおままごとにも付き合ってやろうじゃないか」

「――チッ、あんな通達さえ無ければ貴様らなどあらゆる手を尽くして口を割らせてやるものを……こういう時だけは人道後進国の帝国(シュバルツシルト)魔界(テネブラ)が有利だな……」

「なんて言い草ですか!」


 その人道後進国の外交官はエリックの舌打ちに抗議の意を示しつつも、やがて気を取り直して木製の椅子へと腰掛ける。テーブルの向かい側には既に、両サイドを体格の良い騎士達に固められた誘拐犯のリーダー格が待っていた。


「こほん――さて、まずは左手をこちらの銀板の上に置いて下さい。右手は自由にして頂いて結構です」


 そうして、魔道具(マジックアイテム)と思われる銀板に手の平を載せるよう促し、小皿に取り分けたカツサンドを勧めた。

 男は訝しげな様子を見せながらも言われたとおりにし、早速カツサンドを手に取り腹ごしらえを始める。


「では最初に、お名前から教えて下さい」

「……ジョン・ドゥだ。本名は忘れた」


 ふっと嘲るように笑い明らかな偽名を口にする男に、背後のエリックが割って入る。


「――本名パトリク・フィリベール。元、大宮殿付き第五警備隊隊長。大陸歴972年公都生まれ」

「何でぇ。しっかり調べてあるじゃねぇか」

「家族構成は妻と娘が一人ずつ」

「っ!? おい、待て! あいつらはもう他人だ! 手を出すな!!」


 がたんと文字通り椅子を蹴って立ち上がるパトリク。事前に聞いた情報によると彼の娘はセレスティナやコゼットと同じぐらいの年頃らしく、その点もあって彼女達に対しては当たりが柔らかかったようだ。


「確かに、書類上(・・・)は離縁済みとなっているが、しかし一つ忠告するならその態度は弱味がそこにあると自分で認めているのに等しい。大宮殿に引き渡した後も同じ反応をしないよう注意することだ」

「大宮殿、だと……?」

「はい。大宮殿から引き渡し要請が来ております。なので皆さんには、ルージュ家の取り調べは人権に最大限配慮した素晴らしいものだった、と証言して頂きたく。この国で非人道的な尋問がなされたとなると政敵からの攻撃材料になりますもので」


 人道先進国の闇に触れながらセレスティナは、パトリクに再度着座するよう促し、「銀板から手を離さないで下さい」と注文をつけた。


「それと、人道的な取り調べに免じて今からする質問に正直に答えて下さると大変助かります」

「……それとこれとは別問題だなあ?」


 ふてぶてしく笑うパトリクに委縮することも苛立つこともなく、セレスティナは淡々と質問を再開する。


「本来は貴族による支配を否定する思想を持つ筈の“正義の革命団”が実は裏である貴族家と繋がっているという噂をお聞きしましたが、心当たりはございますか?」

「知らんなあ。証拠も無いんだろ?」

「ルミエール大公爵家の関係者に、知り合いはいらっしゃいますか?」

「居ねえな」

「ノワール大公爵家の関係者とお会いしたことはございますか?」

「全く無いな」

「では今回の誘拐事件以外で、ルージュ大公爵家と関わったことはありますか?」

「さあな。あるかも知れねえぜ?」

「ヴェール大公爵家に知り合いはいらっしゃいますか?」

「知らんな。……ってか、いつまでこんな不毛なやりとりを続けるつもりだ?」

「十分なデータが集まるまでです。では次の質問ですが……」


 どうせ本当の事を告げる訳も無いのにこの質問に意味があるのか。取り調べ対象のパトリクだけでなく後ろから成り行きを観察しているエリックもそう疑問に思う中、まるで台本のように似通った質問を続けるセレスティナだった。





「……という訳で、ノワール家とその派閥にあるグリス伯爵家、こちらの方々が“革命団”の背後にいるようです」


 あれから4人全員を同様に“尋問”した後、地上へと上がったセレスティナはルージュ家関係者の元に訪れた。

 その頃にはシャルロットのパーティも終わり来客も皆帰しており、ジェラールやシャルロットらと共に軽食を摘まみながらという、情報の重さに比べると和やかすぎる雰囲気での報告会だ。


「あんな質問だけで分かるのか? その魔道具(マジックアイテム)には嘘を見抜く力があるとでも言うのか?」


 半信半疑で尋ねるエリックに、セレスティナは肯定も否定もせず説明を続ける。


「そうですね……まず、今回使った魔道具(マジックアイテム)の原理から説明しますと、ポリグラフ式嘘発見器を模した計測装置なのです」

「ほう。つまり相手が嘘をつくと反応する、と?」

「そう都合の良い機能は残念ながら無くて……まずは血圧、心拍数、呼吸、あと皮膚電気反応、つまり掌の汗ですね。その辺りを測ります」

「ふむ……?」


 いまいちピンと来ていないのか、エリックは自分の手とセレスティナを交互に見つつ話の続きを待った。


「この辺りは本人の意思では制御できず、緊張したり動揺したりした時に測定結果に反映されますから、あとは質問の内容と順番を工夫することで、相手が嘘をついているかと言うよりはどの質問に動揺したかを分析して相手の知っている事実に迫ります」

「成程、それで似たような問いを並べていた訳か。ちゃんと意味があるのだな」

「ですので、ノワール大公爵家かグリス伯爵家の領地で最近作られた牧場なんかがありましたら、そこが“革命団”の拠点の一つになっている可能性が高いです。鷲獅子(グリフォン)を含めた大型魔獣を飼うには他家の邪魔の入らない広い場所が必要ですし」


 そう結論づけたセレスティナの言葉に、当主ジェラールが自慢の口髭を撫でつつ鷹揚に頷く。


「うむ。ならばここから先は私の仕事だな。任せておくがいい」


 大宮殿側より先に“牧場”の場所を突き止められれば捕らわれたラクーナを使役する魔獣ごと助け出すことができる。


 期待を込めて「お願いします」と頭を下げたセレスティナに、話は一段落したと見て早速商談を持ち掛けるエリックが居た。


「ときに、今日使った嘘発見器とやらは売り物なのかな? 便利そうだから僕の仕事場にも一つ欲しいんだが……」

「うむぅ……運用にコツがありますからモノだけ渡してもなかなか使いこなすのは難しいと思います……仕様書とかも真面目に書いてないですし」


 どう作ったかを示す設計図は残してあるが、どう扱うかを記した取扱説明書の類は完全に欠落している状態で、物作りを嗜む趣味人にありがちな手落ちぶりと言えよう。


「それに、嘘発見器は証拠能力としては疑問視されたりもしますから、思ったほど万能でもありませんよ。今回は正直さや誠実さが根っこに残った騎士崩れの方が相手でしたから上手く行きましたが、呼吸も脈拍も変えずに平気で嘘がつける大悪党にはメカニズム上通用しませんし……」

「ふむ、色々と面倒なものなのだな」


 口元に手を当て、考える素振りを見せるエリック。髭こそ剃っているが、その仕草は親子でよく似ている。


「それを差し引いても、セレスティナ嬢の技術や発想は貴重だな。ルージュ家の顧問魔術師として雇われる気はないか? 外交官よりも高い給料を保障しよう」

「あ、兄様ずるいわ! ティナ先生はわたくしの専属教師になって貰うのに! お給料も兄様よりも高い額を出すわ!」

「ほう、資金力でこの兄に敵うと思ってるのか?」


 そのままセレスティナを巡ってオークションでも始まりそうな気配の中、彼女は乾いた笑顔で割り込んだ。


「あはは……高い評価は有難いですが私は外交官が天職ですから……それに、今日はちょっと疲れましたのでそろそろ休みたいと思――へぶしゅっ!」


 そして、令嬢らしからぬ豪快なくしゃみを合図に、この場はお開きとなるのであった。



次回は4月(努力目標)に投稿予定です。


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[一言] ポリグラフ式嘘発見器……、よく作ったものだと。 皮膚電気反応とかどうやって測ってるんでしょう。 >「はい、話が脱輪しつつありますので戻りましょう」 鉄道が無いから脱線じゃないんですな! …
[良い点] 魔法的な世界なので 科学的アプローチに弱いのはおもしろい
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