140話 卒業記念パーティ(ミス3回でゲームオーバー)
長らくお待たせしまして申し訳ございませんでした。
内容を忘れた方用に前回までのあらすじを3行で。
・コゼットが誘拐されたのでちょっと行って救出してきた。
・帰り道で“正義の革命団”首領マクシミリアンの襲撃を受けるも、交戦の末に追い払うことに成功した。
・そのマクシミリアンに捕らわれている獣人女性ラクーナの救出作戦は今後の重要課題とした。
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あれから無事にルージュ家へと戻ってきたセレスティナは、まずコゼットをパーティ会場に届け誘拐犯4人を騎士達の詰め所へと引き渡すと、そのままルージュ家自慢の大浴場へと向かった。
その際、雨と泥にまみれた服は洗濯機に放り込み、シャルロットからの貰い物の下着は周囲に惜しまれつつも情け容赦なく処分したがそこはまあ余談である。
そして風呂上がりに南国特産のトロピカルなフルーツ牛乳を飲み干し、新しい服を装備する。公国の流行からは外れているがシンプルで機能的なテネブラらしいデザインの膝丈ドレスだ。
「やっぱり膝が隠せるぐらいが落ち着きますね。長すぎると裾を踏んづけますし短すぎるとパンチラの投げ売りになって経済破壊に繋がりますから……」
「ティナの苺パンツごときに壊されるやわらか経済って大陸のどこ探しても見つかんないと思うわよ」
「……あれは私が選んだデザインじゃないのでノーカンです。――へぶしゅっ!」
「って、大丈夫? 身体が冷えたんじゃない? 今日は早めに休んだ方が良いわ」
などと大体普段通りの会話を交わしつつ彼女達が合流した時、丁度パーティ会場はこの日のハイライトを迎えているところだった。
煌めくシャンデリアの光がスポットライトのように降り注ぐ中、曲に合わせてダンスを踊った直後らしいアーサー王子が片膝をつき、恭しくシャルロットの薬指にダイヤモンドの輝く指輪をはめて、言葉を告げる。
「ルージュ大公爵家シャルロット嬢に婚姻の申し入れをしたい。これから、余を隣で支えてくれないだろうか」
「……っ! 喜んで……! 喜んで、受けさせて、頂き……ますわっ!」
声を詰まらせながら涙ぐんでそう応えたシャルロットに、一瞬の静寂を挟んだ後、周囲から祝福の拍手が降り注いだ。
友人のご令嬢達は、大国の王子様からの直接のプロポーズというまるで本か舞台の一幕のような場面に感激して黄色い声援を超音波怪獣の如く照射してくる。
王子の護衛としてパーティに同席しているリューク達一行も近くで拍手しており、そんな中こちらと目が合ったアリアが軽く手を振ってきた。
今日は公国の流行りのデザインの青いドレスに身を包んでおりいつもよりいろいろ盛っているのに軽く苦笑して手を振り返しつつ、セレスティナの知るアーサー王子の普段の言動からは違和感を覚えてクロエにだけ聞こえる小声で呟く。
「……でも、形式より中身を取るタイプのアーサー王子にしては珍しいパフォーマンスですね。これは王国と公国との間に政治的な密約があったかも知れません……」
「……そういうとこまで気にしだすのはもはや職業病よね……」
すぐさま小声で返すクロエは興が冷めたと言わんばかりのジト目で、セレスティナの趣味に付き合う気は無さそうだ。
ちなみに事の真相はと言うと、元より派手でロマンティックなプロポーズに憧れのあったシャルロットが「一生のお願い!」としつこく……もとい粘り強い努力を傾けて勝ち取ったというのが解答なのだが、乙女心の解らないセレスティナには頭の隅に浮かぶことさえ無かった。
そしてその演出は、シャルロットと歳の近い招待客達には効果絶大だったようで、余韻冷めやらぬ会場では目を輝かせた上流の子息令嬢達がシャルロットやアーサー王子の周辺へと群がる。
「お二人とも、なんて素敵なの!?」
「良かったですわね! シャルロット様!」
「そ、そうね。わたくしにかかればこのくらい当然だけれど、貴女達にも素敵な出会いが訪れるよう祈っててあげるわ」
そう上から目線で高笑いするシャルロットの向こう側にも、同様の光景が広がる。アーサー王子にいきなり話しかけるような不躾な行動はさすがに見られないが、その分リュークやアンジェリカやアリアが対応の前面に出ることになった。
「ブライトブレイド男爵! もしお嫌でなければ是非私と一曲踊って頂けませんか!?」
「すまない。折角の美人からのお誘いに応じたいのは山々だが、今日は王子の護衛で来ているから……どうかこれで、不甲斐ない俺を許してくれないだろうか」
「きゃっ♪」
勇気を出してリュークにダンスの申し込みを入れる令嬢に、謝罪と共に彼は忠誠を誓う騎士の如く手の甲へ口づけをした。頬を染めて照れる令嬢とは反対にアンジェリカとアリアの視線は冷たく、当事者でないセレスティナまで流れ弾で身を震わせる。
同様にアンジェリカやアリアを誘って轟沈した少年たちに同情しつつ、そう言えば昼頃から誘拐騒ぎの対応に忙しく何も食べていなかったことに気づいて、壁際の料理スペースへと向かうことにした。
大侯爵家の美食の数々が贅沢に並ぶ中で意外な人気を博していたのが、滞在のお礼にとセレスティナが作り方を伝授したアイスクリームの揚げ物で、追加が到着する度に珍しい物好きで親世代ほどポーカーフェイスに慣れていない子女達がそわそわしながらそれを手に取り口にする様子はなんとも微笑ましい。
そんな中、既に先客のクロエが、育ち盛りの男子でも躊躇するような大きな骨付き肉を頬張っていた。手遅れながら他人のフリをしつつ一口サイズのサンドイッチを摘んでいると、そこに会場警護のコゼットが近づいてそっと耳打ちしてくる。
「ねえ、何だか誘拐犯の件で問題が起きたみたい。楽しんでるところ無理強いはできないけど詰め所の方に来てくれると助かるって伝言よ」
「了解しました。ではシャルロットさんに挨拶してから顔を出してみます」
そう返事をするとセレスティナは、料理の盛られたテーブルに名残惜しそうな視線を向けるクロエを連れて、シャルロットに卒業と婚約への祝辞を伝えてからパーティ真っ只中の広間を後にした。
その後ろ姿を見送り、何人かの少年たちが落胆の溜息を漏らしていた。何だかんだで彼女は、喋らず動かず魔術を使わず豪快なくしゃみも聞かれなければ誰もが認める儚げ美少女なので、あわよくばダンスに誘おうと狙いを定めつつ声をかける勇気をチャージしている途中だったらしい。
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セレスティナ達が騎士団の詰め所に到着した時、指揮者用の一段高い椅子に座って待っていたのは騎士団を束ねる隊長……ではなかった。
そこに居たのは赤みがかった金髪の、線が細く上質の礼服に身を包んだ青年で、鋭い目つきは彼が体を張る騎士達とはまた違ったステージで戦う戦士だと如実に表している。
その青年は、セレスティナ達が入ってきたのを見ると立ち上がり、優雅な所作で挨拶をかけてきた。
「お初にお目にかかる。ルージュ家の嫡子、エリック・トリスタン・ド・ルージュだ。パーティで多忙な父と妹に代わり、この場を取り仕切ることになった」
「ご挨拶痛み入ります。テネブラ外交官セレスティナ・イグニスです。こちらは護衛のクロエ。どうぞ宜しくお願いいたします」
「うむ。妹からの手紙で其方の話はよく挙がっている。此度はダンスに誘われそうなところを呼び出してすまなかった。まあ掛けてくれ」
そう言って着座を促すエリック。丁度顔見知りのレオポルドとロクサンヌの間の椅子が空いていたので一礼して腰掛けると、エリックが父ジェラールに似た人の悪そうな笑みを浮かべた。
「いえ、こちらの方も魔国式の武骨なステップを晒して笑われずに良かったです。ダンス自体は苦手ではありませんが初見の曲にフルコンボ決めてパーフェクト取るのはなかなか厳しいですので……」
「何を競っているのかはよく分からないが……ともあれ、あの若者達を笑わないでやって欲しい。大方“首狩り令嬢”の噂から、ダンス中にうっかり足を踏んだら殺されると思って躊躇しただけだろう」
「……根も葉も無い噂に踊らされて文字通りに踊れなくなるのは勿体無いことですね」
それとなく噂を否定して平和主義者アピールを挟むと、エリックも可笑しそうな表情で「うむ」と頷いた。
「妹の情報でもセレスティナ嬢は弱者に寛容な人物だと聞いている。見立てではミスは2回までなら許して3回目で斬首、と言ったところかな。貴族なら良くあるタイプだ」
「流石にそんな命がけのダンスは魔国でもあり得ないですからね!?」
ミス3回で人生からゲームオーバーとか昔のアクションゲーム並である。僅かたりとも誤解を生まないようにはっきりきっぱり否定すると、エリックは「まあ、雑談はこれくらいにして」と軽く流して本題へと移った。
「セレスティナ嬢が捕らえてくれた“革命団”の奴らだが、先程大宮殿から身柄の引き渡しを求める書状が届いた。折角可愛い妹を祝うためにはるばる領地から公都入りしたばかりなのに、まったく、相変わらず大宮殿の連中は煩わしい」
「むぅ……門を使わずに空路からこっそり帰ってきたのですが、それでも情報が洩れてますね……」
思わず眉間に皺を寄せて声のトーンを一段階落とす。
考えられる経路としては、ルージュ家に仕える誰かが情報を売ったか、或いは先程取り逃がしたマクシミリアンと大宮殿に顔の利く大貴族との間に繋がりがあるか、だろう。
エリックも同じ結論のようで、セレスティナに向けて一つ頷くと追加の情報を出してくる。
「それで、誘拐犯の身柄は明日の朝一に引き取りに来るそうだ。しかも“人道的見地”から無傷で寄越せ、だとさ。余程ルージュ家に情報を取られたくないと見える」
不愉快そうに吐き捨てるエリック。
本来なら国を揺るがす大事件であるはずの“正義の革命団”騒動に対し、いまいち大公爵家同士で連携できていないのは、ひとえに国内の政局争いによるものだ。
現在の公王が当主を務めるルミエール家は国策としてシュバルツシルト帝国との貿易を拡大してアルビオン王国に対抗しようとしたが、その帝国が先の“聖魔戦争”で大きく力を落としたのは記憶に新しい。
その反面、ルージュ家が娘シャルロットとアーサー王子との婚約によりアルビオンとの距離を縮めたことで、今後民衆や貴族たちの支持がルージュ家に傾くことが予想される。
従って、ここは何としてでもルミエール家主導で“正義の革命団”を叩き潰したい、そんな意図が明らかに見えており、権力争いよりも同胞の救出が第一のセレスティナとしては溜息を禁じ得ない。
「まあ、あちらが急ぎならその分代金に上乗せしてふんだくってやるとしよう」
当然タダで引き渡す気のないエリックはそう言って悪い笑みを浮かべ、「ところで――」と、セレスティナに向けてこの場に呼んだ本題を切り出した。
「セレスティナ嬢は尋問の類は得意かな? こうなった以上、この一晩でできる限りの情報を搾り取りたい」
「……えっちじゃない方の尋問や拷問はするのもされるのも苦手です。こちらのクロエさんも暴力は得意ですが、情報を吐かせるような効果的な尋問とはちょっとベクトルが違いますし……」
「ふむ。後で《治癒》をかけるなら何をしても口出ししないつもりだが、それでもか?」
そう問いかけるエリックだが、セオリー通りなら尋問をするにもまず相手が心身共に疲れ果てて意志や判断力が弱まってからが本番で、最低でも数日、相手の頑張り次第では数週間欲しいのは彼も理解している。
そのような分が悪い状況であるが、妹シャルロットから聞いたセレスティナの武勇伝を頼りに彼女をこの場へと呼んできたという訳だ。
「んむぅ、一晩限りでは時間が足りそうにないです…………と言いたいところですが、別に尋問でなくても結果的に情報を聞き出せれば良いのですよね?」
挑戦的にも聞こえるセレスティナの言葉に、エリックは「ほぅ」と楽しそうな声を上げる。
「勿論、目的さえ達成できれば手段は問わぬ。尋問でも拷問でも令嬢らしくお茶会でも何なりと動くと良い」
「もしかしてティナ、若奥様みたいに魔眼で心でも読み取るつもり?」
胡散臭そうな目で問いかけるクロエにセレスティナは首を軽く横に振り、理系らしい回答を返した。
「女子力なんてオカルトには頼りません。これから試すのはもっと科学的な手法です」
次回は2月中(努力目標)に投稿予定です。
→申し訳ございません。本業が立て込んでおりまして次回は3月に予定を変更とさせて下さい。