表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔物の国の外交官  作者: TAM-TAM
第9章 南の公国の革命勢力
151/154

139話 “堕ちた勇者”マクシミリアン(実は平民なので家名は無い)


 雨によりもたらされた大量の水がマクシミリアンの周囲へと集まり、竜巻のように渦を巻く。

 それは近寄るものを勢いと重量で押し潰す鎚であり、外からの攻撃を柔らかく受け止める盾でもある、攻防一体の結界と言えた。


 生半可な攻撃はあっさり弾かれてしまうだろう。そう考えたセレスティナが頭の中で攻め手を構築していると、マクシミリアンが先に仕掛けてきた。

 渦巻く水の流れの中に時折生まれる隙間から、彼は風魔術を乗せた投げナイフを真っ直ぐに投擲する。


「《風刃(ウィンドエッジ)》!」

「《防壁(シールド)》!」


 矢のようなスピードで迫り来るナイフの軌道上に、まずセレスティナは前方に距離を置いて《防壁(シールド)》で受け止めた。魔術師殺し(メイジマッシャー)のように防御魔術を打ち消す攻撃かどうかの確認も兼ねた手法だ。


 投げナイフはかつんと軽い音を立てて《防壁(シールド)》に当たって貫いたりすることなく動きを止めたが、続けて押し込んで来るかのような謎の違和感に彼女の眉が上がる。


「かかったな!」


 罠に踏み入った獲物を見る狩人のような目で、杖を一振りするマクシミリアン。

 すると、彼の周囲で巻き上がる渦の上端の水が一気に凍りつき、幾つもの巨大な氷塊となってセレスティナに向けて落下を始める。


 同時に、魔獣使いの女性ラクーナが抱える魔獣アイスファングの周囲にも氷の弾丸が生まれ、発射された。気弱そうな女性に見えても魔国(テネブラ)民だけあって戦闘勘は確かなようだ。


「なるほど、《飛空(フライト)》の応用ですか」


 マクシミリアンが飛ばしたナイフにかけられたのは恐らく簡略化して単一方向に一定時間の推進力を付与した《飛空(フライト)》の発展系魔術のようだ。方向性としてはセレスティナが使う《短飛空(ショートフライト)》に近い。

 きっと彼本人は風属性に適性が高い魔術師で、彼を取り巻く水の結界は“自身が魔術を行使する”と噂されている特殊な魔道具(マジックアイテム)である杖の効果なのだと推測される。


 ここでセレスティナが受け止めた《防壁(シールド)》を解除するとナイフは加速を再開し、彼女がそれを避ければクロエ達の潜む背後の森まで飛んで行くことになるだろう。

 見たところ投げナイフの刃にはご丁寧に毒が塗ってあり、掠っただけで大惨事になることは疑いない。


 なので、セレスティナはこの前方と上空からの波状攻撃を、《防壁(シールド)》を無駄に張り続けた言わば片手を縛られた状態で対処することを強いられるという訳だ。

 ここに立っているのが並の魔術師であれば詰み同然の状況だったが、残念ながらセレスティナは本人の評価はさておき普通ではない。


「――《火炎嵐(ファイアストーム)》っ!」


 漫然と《防壁(シールド)》を展開しても重量で押し潰される。そう判断した彼女はあえて防御用ではなく大規模攻撃魔術の《火炎嵐(ファイアストーム)》を上空に放った。


 氷の雨を待ち受ける盾のように張った炎の結界による高熱を受け、氷塊が溶かされ砕かれ、小さな破片になった物から順に最後には蒸発していく。


「《爆炎球(ファイアボール)》!」


 仕上げに頭上に向け《爆炎球(ファイアボール)》を撃って爆発を起こし、《火炎嵐(ファイアストーム)》の熱量にも耐え切った破片の軌道を爆風で逸らす。

 一拍の後、氷交じりの大量のぬるま湯がセレスティナの周囲へと降り注ぎ、その時点で魔力が切れたのか最初に投げたナイフも浮力を失い泥交じりの地面へと転がった。


「……化け物か!?」


 予想以上の火力にマクシミリアンが驚愕の声を上げる。一方セレスティナは心外そうな表情を出しつつも魔眼開放中は見た目・出力共に人間離れしてきた自覚は少しだけあるので反論は控えて代わりに反撃へと転じる。


「《火矢(ファイアアロー)》!」


 振った杖の軌道上に生まれた炎の矢は約50本。薄暗い中にあって眩しい程の光が辺りを照らした。

 そして一本一本が致死的な威力を持つそれらの矢が同時に射出され、攻撃を一点に集中させる軌道を描きマクシミリアンへと迫る。セレスティナが火力に不満のあった幼少期から得意とする戦い方だ。


「くっ! 収束せよ!」


 それに対抗するためマクシミリアンも、周囲を高速で回転していた水の流れを前方に集め、幾重にも重なる厚い壁のような構造へと置き換えていく。

 そこへセレスティナの《火矢(ファイアアロー)》が立て続けに衝突。一撃ごとに轟音と振動が周囲を揺るがし、水の壁を吹き散らし水蒸気へと変え、次第に穿つように水の防壁を削り取る。


「防ぎきれん……だと!?」


 このままのペースでは消火するより先に防御用の水が尽きる。不本意ながら認めざるを得ないマクシミリアンは水の壁を放棄して横へと跳んだ。

 その直後、水の壁を食い破った炎の矢が立て続けに彼の元居た空間を焦がし、尾を引いて後方へと流れていく。


「この俺が、まさかあんな小娘に押され――っ!?」


 呼吸を整えようとした矢先、マクシミリアンの左胸に衝撃が加わる。

 今の《火矢(ファイアアロー)》で大量の水を失い彼を取り巻く“結界”が薄まった隙に、クロエが森の中から自慢の剛弓から射た矢が狙い違わず命中したのだ。

 片手間のように狼を足で蹴散らしながらこの距離から当ててくるのは神業の類だが、セレスティナと同様クロエもしっかり成長しているので、今の彼女ならこのくらいの芸当は容易い。


 しかし、彼女が放った矢はマクシミリアンの心臓を貫くには至らず、質は高くとも一見柔らかそうな白いシャツに阻まれて地面に転がった。

 セレスティナの見立てでもかなり高水準の防御魔術が服にかけられているようだ。魔術師であれば当然の備えだが、手に持った杖も合わせると下手な冒険者よりも装備品にお金がかかっているのは間違いない。


「っ! 獣人風情がっっ!!」


 だが、攻撃によりダメージを受けないこととそれを怒らずに流せることとは別問題で、プライドを刺激されたマクシミリアンの目に逆上の色が閃き、制裁に猛毒の塗られた投げナイフをクロエに向けて投擲する。


「朽ち果てろ! 《風刃(ウィンドエッジ)》!」

「させません! 《短飛空(ショートフライト)》!」


 そこへ、飛行魔術を乗せた杖で滑るように射線に割り込んできたセレスティナが、「おりゃー!」と大上段から杭打ちのようにナイフを叩き落とし、地面に縫い止めた。

 地面に突き刺さったナイフはそれでも前に進もうとうねうね蠢いているが、暫く経てば魔力切れで完全に停止するだろう。


「噂には聞いていたが……なんと非常識な!」

「魔術師や技術者たる者、常識の枠に捕らわれていれば新しい物は出てきませんよ」


 魔術師からも令嬢からも程遠い挙動にマクシミリアンが呆れたようなコメントを投げつけてくる。

 それに対するセレスティナの開き直った返答には耳を貸さず、彼は右手の杖を強く握り締めた。


「あわよくば生け捕りにと思ったが、お前のような危険人物にはここで消えてもらうしか無いな……食らえ、我が(・・)最強の攻撃!」

「それどう見ても杖の能力の借り物――」

「凍りつくが良い! 《氷棺(アイスコフィン)》っ!!」

「――っ!?」


 杖の先の宝玉が輝いたかと思うと、瞬時にして、セレスティナの周囲が凍結し、まさに棺のような氷の柱が形成された。


「ティナっ!?」


 森の中から戦いの様子を見ていたクロエが悲鳴のような声を上げる。

 例え彼女と同等の瞬発力があっても逃げられない、それ程の速さで急激に冷凍されたのだ。俊敏さが自慢の彼女やコゼットには悪夢のような魔術だろう。


 しかし、今閉じ込めた筈の人物の声が聞こえたことで、クロエの心配は杞憂に過ぎなかったと判明した。


「確かに最強技と言うだけあって結構な初見殺しですね。アリアさんとの決闘で一度見ていなければちょっと危険でした」

「き、貴様っ!? 一体どうやっ……て……っ!!」


 見ると、マクシミリアンから左手方向に《瞬間転移(テレポート)》で退避して難を逃れたセレスティナが既に周囲に大量の《火矢(ファイアアロー)》を発射直前の体勢で保持していた。


 慌てて周囲の水を引き寄せて守りを固めようとする彼だったが、思うように水が集まらずに狼狽する。


「――クソっ! 水が足りん!」


 いつの間にか雨が止んでおり、ぬかるんだ地面に残った水だけではセレスティナの圧倒的な火力に対抗できないのは明らかだ。


「さて、神妙にお縄について頂きたいところですが、その前に一つお聞きします。さっきの《氷棺(アイスコフィン)》で確信しましたが、その杖の宝玉はやはり――」


 彼の持つ特殊な杖に秘められた強力な水属性魔術の数々には心当たりがあった。それを明らかにする為に問いを投げかけようとした時、セレスティナとマクシミリアンの間に大きな何かが舞い降りてきた。


「や、止めてっ! この人が死んだら、首輪の効果で、私達もっ!」

「ラクーナさん……っ?」


 それは、鷲獅子(グリフォン)に乗ったラクーナだった。恐怖で身を震わせつつも気丈に両手を広げて庇っている姿はとても気高く、芯の強さを感じさせる。


「私だけじゃなく、ぐりたんも、へんりーⅡ世も、牧場で待ってるこの仔のお父さんのへんりーⅠ世も、侵入者を粉砕してくれるロックボアのぼあっちも、毒液を分けてくれるデススコーピオンのさそりんも、みんな死んじゃう……っ! だからお願いします! みんなを助けてっ!」

「……なんて、酷い事を……」


 鷲獅子(グリフォン)を使役するという特性上、首に鎖をかけておかないと簡単に逃げられるのは自明の理だ。だがそうするにしてもあまりの扱いの酷さに思わず射るような目でマクシミリアンを睨みつける。

 しかし、当のマクシミリアンは態度に余裕を取り戻して言い放った。


「聞こえたか。この獣人の命が惜しければその物騒な《火矢(ファイアアロー)》を収めたまえ」

「……っ!」


 テネブラ国民であるラクーナの身柄が大事というセレスティナの立場と気持ちを逆手に取られ、歯噛みしつつも彼女は《火矢(ファイアアロー)》をあらぬ方向へと飛ばして放棄する。

 それを見届けたマクシミリアンは《飛空(フライト)》を発動し、空へと浮かび上がった。


「この場は退くぞ、ラクーナ。今日は日が悪い。同士達はまたいずれ改めて回収に向かうことにする」

「は、はいぃ……」


 彼に追従するようにラクーナもおっかなびっくり鷲獅子(グリフォン)を羽ばたかせて離陸し、空へと消えていく。

 先程の《瞬間転移(テレポート)》の反動が出たか杖を支えにぐったりした体勢で見送っていると、いつの間にか隣に来たクロエがジト目を向けてきた。


「やっぱり、あたしが居ないと詰めが甘いわね」

「面目無いです……味方を躊躇無く人質に取るのは予想外でした……」


 引き際の早さや有効とあらば仲間すら盾にするえげつなさに大人の汚い部分を感じたか、若いコゼットなどは呆気に取られた顔で彼らが消えた空をぽかんと眺めている。

 また、早期の救助が無くなった4人の誘拐犯達の表情も気の毒になるぐらい沈んでいるが、そこはあえて同情しないことにした。


「“革命団”の首謀者を捕らえるまたとないチャンスだったんだがな……」


 レオポルドが悔しそうに呟くが、問答無用で対象を凍らせる《氷棺(アイスコフィン)》の魔術を見た後だと皆で森に避難したのが結果的に正解だったと認めるしかない。


「……いえ、あれ程の魔術師は生け捕りにしても魔封じの枷ぐらいなら無効化して内部から引っ掻き回されるだけかと……」

「今まで散々引っ掻き回してきたティナが言うと説得力あるわね」


 クロエの突っ込みは聞こえないフリをしていると、彼女は話を変えてラクーナ達が嵌めていた首輪について触れてきた。


「ねぇ、あの首輪って本当にマクシミリアンとやらの死に反応して絞まったり爆発したりするの?」

「うむぅ……技術的には出来なくはないでしょうけど、コストを考えるとラクーナさんお一人だけでなく使役する魔獣の分までは用意しないでしょうし、十中八九ハッタリとは思います」


 ただそれでも「万が一」を考えると迂闊に動けないのは確かで、特に今回のような不意の遭遇戦では何の情報も無い彼女としては慎重論で動くしかない。


「それに……この場でマクシミリアンさんの首を切り落とすとまた首狩りだの殺戮だの不本意な噂が再燃しますし……」

「なるほど首狩り令嬢だわ」

「納得しないで下さい! 魔術師を確実に無力化するには首を狙うのが一番なんですから好きで狩ってる訳じゃありませんっ。心臓狙いは実は右側にあったり2個あったり形見のペンダントで止められたり巨乳に弾かれたりと不確実要素が強くて実戦向きじゃないんです」


 納得の表情で頷いたコゼットに心外そうに吠えるセレスティナ。だがクロエやコゼットやロクサンヌは勿論、男の浪漫に理解のある側な筈のレオポルドですら「そうはならんだろ……」と同意してくれなかった。この大陸の人々にはセレスティナの理論はまだ早すぎるようだ。


「とにかく、いずれ訪れる再戦を見越せば相手の手の内を引き出して撃退できたのは最良とは言えませんがそれほど悪くない戦果だと思います。欲を言えばこの場でマクシミリアンさんを逃がす交換条件にラクーナさんの身柄を確保できれば理想でしたけど……」

「牧場で待ってる子も居るみたいだったわね。魔獣使い(テイマー)は魔獣を家族のように可愛がるって話だからラクーナを助け出すにはその牧場にカチコミ仕掛けて大所帯を纏めて連れ出さないと、って事かしら」

「それもありますが……ラクーナさんがマクシミリアンさんに情が移ってるように見えたのが少し気がかりです」


 セレスティナの言葉にクロエが信じられないとばかりに眉根を寄せる。


「そんな事があり得るの? なんで?」

「極限状態だと割とあるみたいです。不安定な吊り橋を渡った男女が互いに好意を寄せたりとか、誘拐犯と人質が行動を共にする事で奇妙な連帯感が芽生えたりとか……なので、そういった心理を逆手に取る交渉技術なんかもありますよ。私は得意じゃないですが……」

「だとしたら、力づくでも引き剥がして連れ帰らないと」


 会話したのは少しの時間だけだったが、ラクーナが気弱で優しそうな性格をしていることは伝わった。もし彼女がマクシミリアンの境遇に同情をしているとすれば危険な兆候だろう。


 実際に攫われたコゼットが同情心を振り捨てるように頭を振る。もしかすると後ろで引っ張られている誘拐犯4人を気の毒に思う気持ちが僅かたりとも生まれていたのかも知れない。


「えっと、じゃあティナの戦い方がいつもと違ったのも再戦に備えた布石って訳? 電撃とか銀の弾丸(シルバーバレット)なんかも全然使ってなかったし」


 彼女の得意技や戦いの癖などを熟知しているクロエが話を元の流れに戻し、セレスティナは素直に頷く。


「はい。これで相手側が私のことを火炎系魔術で力押しするしか能が無い固定砲台だと思って油断してくれれば儲け物ですから。《瞬間転移(テレポート)》を使わされたのは予定外でしたが」

「……転移する固定砲台って……」

「……絶対おかしいわよね……」

「そ、そんな事より、脅威は去りましたから早くルージュ家に戻ってコゼットさんの無事を報告して誘拐犯も引き渡して、それでラクーナさんの奪回作戦を練りましょうっ」


 流石のセレスティナも、転移しながら魔力と火力に物を言わせてやりたい放題する固定砲台を普通と言い張る度胸は無かったようで、誤魔化すように早口で捲くし立てつつ帰還の為の絨毯を用意するのであった。



※申し訳ありません。多忙な時期とPCトラブルが重なり執筆ペースが落ちます。

 次回は2020年1月に投稿できるように努力します。


※《風刃(ウィンドエッジ)》に字面が似ていて紛らわしい為、過去に登場した魔術の《水刃(ウォーターカッター)》は《水斬(ウォータースラッシュ)》に変更することに致しました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ラクーナさんのネーミングセンスが一番気になる件(笑)。 >マクシミリアン どうしても、巨人の嫁をもらう眼鏡の優男を思い出してしまいます(汗)。 >「……化け物か!?」 >魔眼開放中は見た…
[気になる点] 【後書き】 >※《風刃・ウィンドエッジ》に字面が似ていて紛らわしい為、過去に登場した魔術の《水刃・ウォーターカッター》は《水斬・ウォータースラッシュ》に変更することに致しました。  ↑…
2019/12/01 01:11 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ