138話 コゼット救出作戦・2(家に帰るまでが作戦です)
▼
一部悲しい出来事はあったものの全体的に首尾よく誘拐犯を制圧してコゼットを助け出したセレスティナ達は、多少の無駄話は交えつつも撤収に向けてテキパキと動き始める。
まずは、気絶した誘拐犯の男達の両手を縛り所持品を探っていたクロエが結果を報告してきた。
「……服の中に毒針を仕込んでたわ。市販の毒消しよりも強いデススコーピオンの毒みたい。あとティナの“目印”もちゃっかり着服してたようだから返すわ」
「はい。ありがとうございます」
万が一捕まった時の自決用か、毒の染み込んだ細い針を4本没収すると、クロエはセレスティナにこの場所を割り出す立役者だったルビーのブローチを投げて寄越した。
その間にレオポルドは小屋の中を証拠物件が無いか物色し、ロクサンヌは帰りの準備として部屋の隅でベッドのシーツを仕切りにコゼットを着替えさせ、セレスティナは「絶対濡らしたくないから」と受け取ったコゼットの一張羅を綺麗に畳んで防水加工された道具入れへと収納している。
今は夕方に差し掛かろうという時刻でこれから急いで帰還すればシャルロットのパーティにはまだ間に合う。コゼットとしては依頼を部分的にでも達成して美味しい夕食を頂く為にも、服が無事な状態で急いで帰りたいというのは当然の思いだろう。
暫くして姿を現したコゼットは、ロクサンヌの私服のチュニックといつものスパッツ姿だった。草色のチュニックはサイズが合わずぶかぶかだったが決して似合わない訳ではなくむしろ可愛らしいコーディネイトだ。
護衛任務ということで念の為に履いていたスパッツが思わぬ功を奏し、スパッツ派の利点がまた一つ実証された瞬間である。
「じゃああとはこれ、護身用に。使える?」
「うん。槍程は慣れてないけど大丈夫。ありがと!」
そのロクサンヌから誘拐犯の一人が持っていた短剣を受け取り、鞘から抜いて間合いや重量感を確かめ、満足したようにコゼットが笑う。
このまま4人もの捕虜を引き連れて屋敷まで戻る予定なので彼女も監視役やもしもの時の戦力として数えておきたい事情があったのだ。
「それから……ティナも、そんなにドロドロになってまで助けに来てくれてありがと。さっきはゴメンね」
「あ、いえ、考えてみれば普通の女の子の反応としては当然でしょうから、お気になさらずに。それに私は洗濯用の魔道具も持ってますからこの程度なら新品同然に復元できます」
「何それ欲しい」
その話にロクサンヌが横から食いついた。女性でありながら騎士という激務に身を置く為か、目と声音に切実さが篭められていた。
「ええと、個人用には値が張ると思いますので一旦帰ってから上官さんも交えてお話しましょうか」
「わかったわ。ああ、これで半月分溜め込んだ洗濯物を休みの日に泣きながらやっつける苦難から解放されるのね」
騎士とか関係なくただズボラだけだったらしい。セレスティナが彼女に何となく仲間を見るような視線を向けていると、レオポルドとクロエによる部屋の捜索も終了し、小屋を後にすることになる。
「さて……いつまで寝てるんだ! 立てっ!!」
それから彼らが誘拐犯4人をあまり紳士的でない手段で起こし、両手を縛ったロープの端を引き連行する。
小屋の外は既に小雨になっており、嵐の終わりを告げる先触れのようだった。
▼
“底無しの森”の入口を目指し、9人という大所帯となった一同が来た道を逆向きに辿る。
先頭にレオポルドとロクサンヌが捕虜4人を引いて後を進む。引っ張られる彼らは実力差を認めて観念したのか抵抗も言葉も無く歩いていた。
その後ろから見張るようにクロエとコゼットが続き、最後尾をセレスティナが足場にしていた石壁を崩して後始末をしながら追いかける。
足場の無くなった泥の沼地をざぶざぶと蹴り分けながら飛沫を気にせず進む彼女の姿はとても令嬢には見えず、時折後ろを振り返るコゼットの表情が徐々に引きつっていく。
「ティナって、顔に似合わず豪快、というか男らしいわよね。コゼットだったらあんな沼に片足でも突っ込んだら絶対泣いて帰りたくなるのに……」
「ティナのことだから、どうせ苺パンツを処分する口実にって考えてるだけじゃないの?」
付き合いの長いクロエからの指摘に、つい視線を逸らせるセレスティナ。
「……折角のシャルロットさんからの贈り物ですが、泥汚れってしぶといですからしょうがないですよね。ひじょーにざんねんです」
「さっきと言ってること違わない?」
「それに、普通の女の子がやらないようなことに挑戦するのって、アクション派女優さんみたいで格好良くないですか?」
客観的には濡れそぼって泥にまみれた酷い姿なのだが、それを恥じることなくむしろ不敵に笑いかけるセレスティナは、確かにコゼットから見ると普通のお嬢様には無い魅力が輝いているようだった。中身は下町のやんちゃな小僧と変わらない気もするが。
「アクション派女優か……言い得て妙ね。冒険者なんだからそういうのもアリなのかな?」
「ま、ティナの場合は女優街道をオーバーランしてヨゴレ派芸人だけどね。何時だったか、レンコンの亜種の珍しい薬草欲しさに泥沼に潜ったのが若奥様にバレて大目玉食らったこともあったし」
「なるほどヨゴレ派芸人だわ」
「ぅぐ……希少で効果の高い薬草でしたから仕方なかったんです。このチャンスを逃すと次はいつ手に入るかと思うとつい……」
その時には制裁として暫く真っ白いフリフリ衣装ばかりを着せられ、「僅かたりとも汚すな」という無言のプレッシャーの中で胃が痛い日々を過ごした、そんな苦い思い出が蘇る。
「……うう、思い出したらまた胃痛が……」
トラウマを刺激された彼女の足取りが一気に控えめなものになった。ついでに気持ちと連動して身体も冷えてしまったかぶるりと身を震わせる。
「……早く戻ってお風呂入りましょう。森さえ抜ければこの程度の小雨でしたら絨毯が出せますので馬も捕虜も皆乗せて飛べますが、どうしましょうか?」
この場ではルージュ家の代表とも言える立場のレオポルドにお伺いを立てると、彼は少し思案した後頷いた。
「……そうだな。ここはティナ嬢の提案に乗ろうか。門を通らずに公都に入れれば他家に余計な情報を渡さずに尋問とかできる。ロクサンヌの意見は?」
「同感ね。あと私も早くお風呂入りたいし」
聞くところによると、この件、つまり“正義の革命団”への対処については大公爵家同士の協力意識が薄い。
なぜならば、公国を揺るがしかねない大問題であるが故にこの組織を壊滅させた家が次期の公王選出の儀に向けて大きくポイントを稼げることと、秘匿している筈の情報が“正義の革命団”に渡っているとしか思えない動きがしばしば見られることからどこかの貴族家が実は裏で繋がっていると考えられて皆が疑心暗鬼に陥っていることが主な理由に挙げられている。
そのような訳で、ルージュ家も他家に先んじて情報を得られるこの機会を最大限に活かすつもりのようだ。
「よし、森を抜けた。じゃあ撤収準備を――」
森の外縁部、来る時に馬を繋いだ場所へと戻り、レオポルドが愛馬に手を置いたその時――
頭上から、「わおーん」と若干気の抜ける犬のような遠吠えが聞こえた。
「っ!? 《防壁》っ!」
迫力は著しく掛けているが魔力を帯びたその吠え声に危険を感じたセレスティナが頭上に防御魔術を展開すると、一瞬遅れて雹のような氷の弾丸が無数に激突し、弾かれる。
防壁越しに見上げると、空中を羽ばたく鷲獅子とそれに乗った魔獣使いの獣人の姿。更に彼女は同じデザインの首輪を嵌めた真っ白い犬のような魔獣を抱えていた。
「あれは、氷を操る狼の魔獣、アイスファングの子供です。雪国にしか生息しない筈なのに……」
シュバルツシルト帝国辺りから密輸でもしたのかも知れない。
それはともかく、仔狼とはいえアイスファングは強力な魔獣なので先程の氷の弾丸もまともに当たれば人の身体ぐらいはあっさり貫通しそうな威力だった。
今の弾丸はレオポルドとロクサンヌに狙いを定めており、彼女の目的は捕虜4人の奪還のように思われる。使い捨てできないぐらい有能かまたは重要な情報を持っており当局側に渡したくないかなのだろう。
などと考えていると、セレスティナ達の目の前に人影が舞い降りるように着地した。風属性魔術の《浮遊》で落下速度を抑えた挙動だ。
その人物は二十代後半に見える海を思わせる深い青色の髪の青年で、貴族のような上質なシャツとスラックスに蒼いマントを羽織り儀礼用のレイピアを腰に差したいでたちで、右手には先端に膨大な魔力の感じられる宝玉を取り付けた禍々しい杖を持っていた。
「鷲獅子に追いつく魔術師が居たと聞いてまさかと思い来てみたが、あの拠点の場所を突き止めたのか」
「貴様……マクシミリアンか!」
「未来のこの国の指導者だ。敬語で話したまえよ、無礼者め」
その青年――“正義の革命団”首領格であり“堕ちた勇者”とも呼ばれる魔術師マクシミリアンは、咎めるように言うと手に持った杖で地面を軽く叩いた。
「――危ないっ!!」
準備時間が少なくて済む《短飛行》を瞬時に発動させたセレスティナが横合いからレオポルドへと体当たりして突き飛ばすと、その直後、彼の立っていた地面から無数の《氷刺棘》が氷の花のように突き上げられた。
「すまん。助かった!」
「いえ……それより、魔術戦なら私が単独で当たる方が色々やり易いですから、そんな訳でここは私に任せて皆さんはひとまず森の中へ!」
言ってみたかった台詞の一つなのだろう。やけに嬉しそうな笑顔でそう退却を促すセレスティナ。
「し、しかし……」
「いいから早く!」
渋るレオポルドをクロエが後ろから首根っこ掴んで引っ張っていく。戻るついでに捕虜の4人が騒動に紛れて逃げ出さないよう殺気を込めた視線で牽制するのも忘れない。
「ラクーナ、足止めだ」
「……は、はいぃ……あ、あの、ごめんねっ!」
上空から鷲獅子に乗って様子を見ていたラクーナと呼ばれた獣人にマクシミリアンが指示を出す。
アイスファングの力を借りて氷弾を打ち下ろすのは彼らが森の中へと戻る事で届き難くなった為、今度は指笛を甲高く吹き鳴らして周囲から使役できそうな獣を呼ぶ。
それに呼応して森の奥から現れたのは狼の群れだ。
森の中心からは遠い外縁部なので強力な野獣や魔獣は居なかったらしい。騎士達やクロエは当然として本来の得意武器を持っていないコゼットでも押し負けることにはならなさそうな相手であり、安心してセレスティナは目の前の相手に集中することにした。
「銀髪の魔眼族の魔術師……なるほど、お前が噂に聞く“テネブラの殺戮外交官”か」
「違います」
「隠さなくても良い。俺の要求は大事な同志4人と貴重な商品コゼットの引渡しだ。生きて捕まったのは予想外だったが、だとしたら尚更救い出してやらねばならん。我々“正義の革命団”は腐った貴族どもとは違い、仲間を見捨てたりはしないからな」
杖をセレスティナに向けて構え、いつでも攻撃できる態勢で口上を述べるマクシミリアン。
対してセレスティナも右目の魔眼を解放し、本気の戦闘態勢に入る。先程の《氷刺棘》の発動速度と威力から考えて、これまで戦った中でもかなりの上位に位置する強敵だ。
「無用な殺生は誰も得をしませんから。非常時用の毒針も没収済みですし」
「ふっ、何の事かは知らんが、そもそも公国の民でもないお前が関わる事件でもあるまい。ここで退けば命は助けてやろう」
「いえ、コゼットさんは私の友人ですし、それにどう見ても嫌がってるラクーナさんを無理矢理働かせてるのは外交担当として聞き取りと調査とクレームと再発防止要求が必要な案件に思えますが」
「交渉決裂か、残念だよ」
言葉とは裏腹に欠片も残念そうには見えない様子でマクシミリアンが杖を振ると、彼の周囲を取り巻く結界のように水の渦が立ち上る。
「ならば我が覇道を彩る石畳の一つに加えてやろう。ラクーナは上空から援護を。決して地上には降りるな、浚われるぞ」
「どの口でそれを言いますか……っ!」
上空と前方から強力な攻撃の気配を感じつつも、怯むことなくセレスティナは言い返し、そして戦いの幕が上がった。
次回は11月30日頃(努力目標)に投稿予定です。