【番外編】魔物娘アンソロジー・1(荒ぶる試験官)
※番外編ということで、時間軸が少し戻って学生時代の話となっております。
本編への影響はありませんので読まなくても2章以降で不備が生じるようなことはないつもりです。
また、このシリーズは本編より微エロ・変態成分多めでお送りしますのでご注意下さい。
▼大陸暦1015年、光鱗魚の月
学院の伝統行事の一に、地下迷宮を攻略する卒業試験というものがある。
卒業を間近に控えた上級学年の班毎にパーティを組ませ、実技訓練場の地下にこの試験の為にこしらえた人工の迷宮へと挑ませて、攻略の度合いを採点するというものだ。
その地下迷宮に用意された障害は戦闘、地形踏破、罠の発見及び処理、知識や知恵を試す謎かけと多岐に渡る。
突破の難易度も高く、合格ラインである中間ポイントに辿り着く班が8割、学長フォーリウムの待つ最終試練エリアまで到達できる班が5割、更にその最終試練をクリアできるのが2割半、といった具合だ。
勿論合格ラインに達しなければ即留年などという事は無く、追試やレポート提出により“可”の評価が降りる救済処置もある。
つまり試験に使うには無駄に過酷な設定で、その理由の半分は生徒に無理難題を押し付けて楽しむ教師陣特有の趣味趣向の表れなのだろうと言われている。
そして、今年卒業を迎えるセレスティナ達の班も今、その試験用迷宮を絶賛攻略中であった。
「今度は川か。本当に何でも有りだな」
「……うにゃ」
奥へと進む石畳の通路を横切るように水路が走っており、轟音を上げながら大量の水が流れていた。
先頭を進むヴァンガードの言葉に、前衛として隣を歩いていたクロエが情けない声と共に耳をぺたんと伏せる。
「だいぶ深そうですね。流されたら迷宮から外に放り出されて失格、ってところでしょうか」
後ろからついてきたセレスティナが明かりを掲げて川の流れを覗き込みながらそう言った。
霊木の短杖の先に灯らせた《照明》の魔術に加え、念の為にランタンにも火を入れて持ち歩く辺り、見かけによらず徹底している。
「ま、幅は大したこと無いし、ひとっ跳びして越えちまおうぜ」
最後尾で備えていたルゥが、軽い調子で提案する。
剣士タイプのルゥを後衛に置くのを疑問視する声はどこからも出ない。背後から忍び寄る敵を考えると理に適った配置だからだ。魔術師を一番後ろに置くのはゲームの中だけの話であろう。
さて、川幅はルゥが言ったとおりさほど広くない。学院側がバランスを考えて絶妙に調整しただけあって、複数の突破方法を想定しているからだろう。
流れが速いとは言っても例えばこの場にマーリンが居れば軽々と泳いで渡れるし、ジャンプして越えることも難しくない。ロープや楔などの道具に頼ることもできるし、他にも――
「ねぇ、ティナ、飛んで渡ろうよ」
「そうですね。これくらいなら私でも跳び越えられると思います」
「そ、そうじゃなくて、《飛空》で……」
セレスティナのドレスの袖をきゅっと掴み、やや涙目で言葉を搾り出すクロエ。彼女の言うように、魔術や自前の翼で飛んで渡ることもできるのである。
「だって、もし途中に見えないワイヤーとか張ってあって引っかかったら……それか、向こう岸が濡れてて着地の時に滑ったりしたら……」
悲観的観測を述べつつ自分の主張を補強するクロエ。彼女は決してカナヅチではないが深い水は苦手で、更にまだまだ寒さも厳しい冬の季節に水落ちはあらゆる手段を使い倒して阻止したいのだ。
「では、私とクロエさんで《飛空》で先行偵察して、罠が無いか確認しましょうか」
クロエの心情を汲みそう提案するセレスティナ。特に反対も無くセレスティナが手にした短杖に《飛空》をかけた。
横向きに寝かせた短杖がふわりと浮力を得る。セレスティナはそれに横座りのような体勢で乗ると、背中にぎゅっとしがみついてくるクロエを背負った。
「そろそろ長い杖が欲しいですね。二人乗りできるようなのを」
かなり不恰好な姿だと自覚しつつ、セレスティナが苦笑する。クロエの胸が背中に密着するが、皮の胸当て越しだとあまり嬉しくなかった。
そのまま離陸し、ゆっくりと周辺の様子を探りながら向こう岸に到着。
「はい、着きましたよ。罠とかは無いようですね」
「ふ、ふん。別に大したことは無かったわね」
川を越えた途端に気が大きくなるクロエだった。
その様子を暖かく見守りつつ男性陣とも合流し、更に先に進むと大きな木製の扉に突き当たる。
その扉には、地下迷宮には似つかわしくないパステルカラーのレリーフが掛けられ、可愛らしい丸文字で警句が刻まれていた。
「ふむ……注意、この先ボス戦。怪我の手当て、魔力の残り、矢弾の在庫、そして進む覚悟。これらに問題が無い者のみこの扉を開けなさい。無理せず退くのも正しい決断です」
班を代表してヴァンガードが読み上げる。ボス戦前の準備や心構えとしては間違っていない。……ある一点を除いて。
「意外と親切だな。よし、じゃあ突入しようぜ!」
「おいやめろ馬鹿!」「駄目です!」「止まれー!」
いきなり突入しかけたルゥを、3人で力ずくで押しとどめる。その後、視線だけでコンタクトを取りクロエが扉を入念に調べ始めた。
「……ワイヤートラップね。扉を開けると細い紐が切れて、多分爆発か砲撃か催涙ガスか何かが来ると思う」
「親切なフリしたプレートが、本当の罠から目を逸らす為の罠の役割をしてたということですね」
「危ないところだったな!」
「主にお前のせいでな」
そのままクロエは工具セットを取り出し、罠の解除に移行した。遠くから扉ごと飛び道具で破壊する手も考えたが、恐らくスマートに罠を無効化した方が試験の査定も高いだろうから。
「張力が緩む事で仕掛けが飛び出す仕組みだから、ワイヤーを壁に固定して切ってしまえば良いわね」
色々な道具をとっかえひっかえ持ち替えながら、流れるような手つきで作業を進めるクロエ。この手の工作は彼女の独擅場だ。
やがて、罠を無力化して今度こそ決戦への扉を開けると、広いホールのような場所でこの学院の学長フォーリウムが直々に待っていた。
「驚いたわ。ここまでノーミスで到達するなんて。最後の扉の罠は結構自信あったのに」
残念そうに溜息をつく学長。
「ちなみに、気付かずにワイヤーを切るとどうなったのですか?」
「そうね。学生相手にデストラップ仕掛ける訳にいかないから腐葉土撒き散らして泥まみれにする程度よ」
「……それはそれで屈辱ですね」
あの場でルゥを止めるのが間に合って良かったと心底安堵する3人であった。
「さて、貴方達の班の卒論テーマは確か後方支援担当の再評価の提案だったわよね。それで、マーリンは探索には参加せずに備品管理で貢献することで、実動戦力が4人でも5人分以上の力を発揮できる、そういう主張だったわね?」
肯定するセレスティナ達に、学長は笑みを深くする。
「じゃあ遠慮なく、貴方達を5人班のつもりで迎え撃つと言いたいところだけど、貴方達は元々の実力が高いから今日だけ特別に熟練者用モードで相手させて貰うわ」
つまり、普段は学生向けに手加減しているところだが今回は自重を投げ捨てて全力で戦うという宣言だ。ちなみに学生向けの中難度と比べれば攻撃力と耐久力が5倍に跳ね上がる。
「知ってるでしょうけど、先生は樹精族でこの身体は本体じゃないから、遠慮せずにかかって来なさい」
そう言うと身に纏っていた薄手の衣装を豪快に脱ぎ捨てる。その下は何と全裸だった。
「「「「えええええええええええっ!?」」」」
ただよく見ると、大事な所は絆創膏で隠してあるからセーフだ。
「な、なんで脱ぐんですか!? どうして全裸なんですか!?」
支えや押さえが無くなり自由を喜ぶように上下左右にたゆんたゆん荒ぶる胸に目線を吸い寄せられそうになりつつ声を上げるセレスティナに、学長は当然のように答える。
「だって服は破壊されたら修復できないから」
「ううう、納得できるような何か大事なことが抜けてるような」
「あと、花粉が豊かに降り注ぐ今からの時期は全身で生命の息吹と生きる喜びを感じる愛と開花と受粉の季節。貴方達哺乳類で例えるとぶっかけ顔射祭みたいなものよ。服なんて邪魔なだけ」
「……想像するだけで烏賊臭くなりそうです」
心底嫌そうな顔になるセレスティナ含む男性陣。
「ヴァン、ルゥ、目隠ししながら戦うってできる?」
クロエも、男性陣に冷え冷えとした目を送りつつ問いかけるが、当然のように返答は芳しくない。
「いや無理に決まってるだろ!」
「自分も難しいな。自分の身は守れないこともないが他者のガードまでは回れない」
「部分的にも可能なのが凄いですね……」
ヴァンガードの言い分に呆れた声を出すセレスティナ。被弾しても耐えうる防御力があるゆえの余裕だろう。
「さて、じゃあ、どこまで頑張れるか先生が見極めてあげるわっ!」
物語に出てくる魔王軍幹部のような高笑いを上げつつ、学長は腕の先から伸ばした無数の枝を鞭のように振り回し、地中からも無数の根を生やして槍のように研ぎ澄まし、最高難度に相応しい全方位攻撃を開始する。
卒業試験の評価を賭けた激戦の幕が上がる。
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そして、激戦はセレスティナ達の大勝利で幕を閉じた。
マーリンが調合した煙幕剤を投げて煙で辺りを覆い、相手の視界を奪いつつ学長の柔肌も隠して、それから同じくマーリンが調合した可燃剤を投げて炎の魔術で延焼させたら降参した。
勿論普通に戦っても勝てたと思うが、卒業論文発表に向けてマーリンの貢献度をアピールすることを優先したのだ。
「まさか、こんなにあっさり勝負を決められるなんて、この卒業試験が始まって以来だわ……」
身体を修復し、残念そうに溜息をつくフォーリウム学長。未だ全裸だった。たゆんたゆん。
「ま、まずは服を着ましょう。というかどうしてそんなに恥じらいが無いんですっ!」
赤くなりながらそう言ってクロエが素早く学長のドレスを拾い上げて手渡す。面倒臭そうにもそもそと頭を通す姿を見つつ、セレスティナはぽつりと呟いた。
「なんだかちょっと分かるような気がします」
「え? ティナも脱ぎたいの? 一緒に脱いでみる?」
「いやそういう意味じゃなくてですねっ!?」
裸族同盟に誘われて即座に断るセレスティナ。
「学長の場合、存在の本体は校庭の霊木で、そのお姿は魔力で創った外部端末な訳ですから、恥ずかしいとか見られたくないとか、そういう気持ちがあまり働かないんじゃないかと思うんです」
彼女の言うとおり、フォーリウムの貴婦人としての姿は仮初めのもので、言わばゲームやソーシャルネットワークで使うキャラクターとかアバターのような扱いに近いのだろう。
そしてそういう感覚はセレスティナとしても一定の共感を感じていた。
「私も、何て言いますか、本当の私は別の領域にあってそこからセレスティナ・イグニスという人物を演技している感覚に陥ることがありますし……」
「なんか哲学だな」
「ティナは侯爵令嬢だから、周囲からの期待がそうさせるのね」
ヴァンガードとクロエが悩める哲学者のような顔で相槌を打つ。ちなみにルゥは何もわかっていない顔だった。
「まあ誰しも、人に見せられない顔の一つや二つは持ってるものね。先生だって、裸を見られても別に気にならないけどだからと言って裸を見せつけて喜ぶ変態じゃないから昼間の屋外では自重してるし」
「えっと、じゃあ、今回の試験結果の方は期待しても良いですか? 卒論の評価にも色を付けて貰えると有り難いのですが」
これ以上この話題に踏み込むことに危機感を覚え、セレスティナは強引に話題を変えた。
「うん。まあ、過去最高点にはなるでしょうね。さて、じゃあこれで貴方達の試験は終了ね。お疲れ様、卒論も頑張るのよ」
かくして、大陸暦1015年春、セレスティナ達は優秀な成績で学院を卒業し、それぞれの進路へと進むことになる。
それ以降魔国の、そして大陸全体のあり方が少しずつ変わっていくのを目にした学長は、その日がいわば新時代の始まりだったのかもね、と後になって述懐するのだった。
活動報告にこれまでお寄せ頂きました「Q&A集1」を纏めました。
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