133話 冒険者と勇者と外交官・1(どれも戦闘職)
▼大陸暦1016年、走牛の月9日
公都に到着した翌々日、早くもセレスティナとクロエが公国での冒険者登録を行う手筈が整った。
「という訳で、今日、冒険者組合の登録担当者がやって来るそうよ」
ジェラール大公爵は公務で朝から大宮殿に向かい、代わりに春休みを満喫中のシャルロットが彼女用の談話室へとセレスティナ達を呼びつけてこの日の予定を通知する。
その彼女は人をダメにする系の椅子に身体を埋めてエマを始めとした使用人達のマッサージを受けながら、早速懐かしの公都で取り寄せたファッション雑誌のチェックに余念が無い。
「こちらから行くのでなくて担当者を呼びつけるのは、なかなか剛毅ですね……」
やはり金と権力のあるご家庭はやることが違うと、どこか遠い目をするセレスティナ。
「……まあ、ギルドに入るといきなり先輩冒険者に絡まれたり決闘申し込まれたりするお約束のイベントは今更時間の無駄ですし、処理の効率化と思うことにします」
「また訳の分からない事言って」
彼女が謎の戯言を口にしてそれにクロエが突っ込みを入れるまでの基本セットを律儀にやり過ごすと、シャルロットが目線はファッション誌に落としたままで話を続ける。
「それと、ルージュ家が面倒を見てる若い冒険者が一人居て、ティナ先生達はその人とパーティを組んで欲しいみたいだわ。わたくしもここに帰ってきて初めて知った話だから詳しくはこっちの子に聞いて」
「はい。では失礼いたしまして……」
作業を中断した一人の眼鏡メイドがファイルを手に取ると、立ち上がって説明を引き継いだ。眼鏡を掛けているだけあって館内でも書類整理が得意なポジションらしい。
「お呼びした冒険者の名はコゼット。15歳の女性で、槍をメインに使い魔術も扱える軽戦士です。特記事項としては、我が公国の誇る“嵐の聖槍の勇者”クロヴィス殿の一人娘となっています」
「勇者、ですか……」
その単語を耳にした途端、セレスティナが嫌そうな表情を浮かべた。
アルビオン王国の勇者リュークとは漢同士の友情を築いている仲ではあるが、シュバルツシルト帝国の勇者シャルラは魔族に強い憎しみを抱いておりいきなり襲われた経験もあるので、公国の勇者がどちら側に属するかは不安の種だ。
思い出すと今更ながら、シャルラは折角の巨乳なのだからもっとこう他の襲いようがあるのに勿体無いと文句を言いたくなるセレスティナだったが、それはさておき。
「冒険者登録が可能な年齢は15歳からですので資格を取ったのはごく最近でしたが、幼い頃から父親のクロヴィス殿に鍛えられていたおかげで同年代の新人より格段に強く、そのせいで実力の近い仲間に恵まれずソロで活動しているとのことです」
「成る程。それで、双方の利害が重なったという訳ですね」
「その通りでございます」
得心したセレスティナに肯定の言葉を返す眼鏡メイド。
コゼットの立場では年齢が近くて実力のある仲間と組む機会になるし、セレスティナ達としても公国の地理や文化に通じた同行者が居るのは有り難い。それと、ここでは指摘しなかったが恐らくはセレスティナ達に対する監視役に据える目的も兼ねているのだろう。
「館に来るのは午後からって聞いてるから、ティナ先生達も今の内に身嗜み整えておいたら?」
「うむぅ……承知しました」
公国用の“仕事着”はスカートが短くてどうにも苦手だが、来客対応には流行の筋から外れたドレス姿よりも適しているのは確かだ。渋々ながら首肯して客室へと戻るべく立ち上がるセレスティナ。
「何ならエマを送って全身マッサージもいっとく?」
「そっ、そちらは承知しない方向でお願いしますっ!」
エマの人を堕落させる恐るべき指使いを思い出し、身震いさせながら逃げるように談話室を退出する彼女だった。
▼
昼食後、冒険者組合職員とコゼットとが予定通り来訪し、幾つかある応接室の中で大人数用に広めに作ってある部屋へと案内した。
集まった人数は総勢7人。大きく横長のテーブルのホスト側にはふんぞり返って座るシャルロットを中心に、事務処理に強い眼鏡メイドとセレスティナとクロエの4人。
ゲスト側の席に座るのは、小太りの商人っぽい空気を出した中年男性と秘書か受付嬢のような雰囲気の女性、そして快活そうな少女の3人だ。
早速挨拶を交わし、予想通り中年男性が冒険者組合の公都第一支部の副会長、隣の女性が同じ支部で働く受付嬢、そして快活な少女が冒険者のコゼットと紹介された。
「コゼットと言います。シャルロットお嬢様にお会いできて、こ、こ、こーえい? に思います!」
胸に手を当て、たどたどしく一礼するコゼット。礼儀作法はやや難があるが、そのような些細な問題は実直さと元気さで十分カバー可能に感じられる。
彼女は健康的な小麦色の肌にボリュームの多いブラウンの髪を三つ編みに纏めた、しなやかで引き締まった肢体を持つ健康的な少女で、髪と同色の大きな瞳はルージュ家の豪華な内装や茶菓子を前にキラキラと輝いていた。
聞くところによると、コゼットは下町の方に自宅を構えているが父親は仕事の関係上不在が多く母親は早くに病気で亡くしている為、半分一人暮らしの生活をしていると言う。
そこで一人娘を気にする勇者クロヴィスの要請もあり、彼女が冒険者になる前からもルージュ家が時々庭掃除のような仕事を与えたりそのついでに庭で行われる訓練に一緒に参加させたり家事や食事のサポートに人員を派遣したりしているとのことだ。コストは大宮殿に請求し父親の給料から天引きになるが。
そういう事情もあり、コゼットとしてはルージュ家に恩義を感じていた。
更には、ルージュ家のお嬢様は同い年ということもあり、女性冒険者としては美味しい仕事とも言える貴婦人の護衛として雇われる為にも、なるべく覚えを良くしておきたい下心も少しだけあったのは確かだ。
「ええ、宜しく。父親に負けないくらいの冒険者に成長して、公国と我がルージュ家のため働いてくれるのを期待しているわ」
「は、はいっ! いずれはお父さんの跡を継いで勇者として認められるのがコゼットの夢ですっ! 民間の似非勇者なんかじゃない、真の勇者にっ!」
シャルロットからの激励を受け、感情が昂ぶった様子で一段と大声になるコゼット。そんな彼女の言葉の中に気になる単語が登場した。
「民間の勇者? ……初めて聞きますが公国独自のシステムでしょうか?」
そのセレスティナの疑問に、冒険者組合職員の男性が回答する。
「我が冒険者組合では勇者学校なるものも主催しておりまして、その学校を無事に卒業できますと勇者の称号をお贈りすることになっているのですぞ。確かに精霊神より賜ったと言う嵐の聖槍を携えし勇者と比べると一見格は落ちるように見えますが、それでも彼らは彼らで似非ではなく信頼と実績のある勇者達なのですぞ」
「お金で勇者の肩書きを買うのは間違ってると、コゼットは思うのよ」
「それは心外ですぞ。勇者学校は優秀な講師が公平に生徒達の特性や能力を見極めつつ、適切な指導の元で高い実力を身に着けさせる極めてハイレベルな学び舎でありますぞ」
コゼットの苦言に反論する組合職員に形だけの笑みを浮かべた後、シャルロットがこっそりセレスティナに耳打ちした。
「……ああは言ってるけど、実際は勇者学校に多額の寄付を入れると“名誉勇者”の称号が贈られるのよね。それで貴族や大商人の子息の間では勇者ブームが起きてるそうよ」
「……詐欺みたいなビジネスモデルですね……」
「……それともう一つ。ティナ先生がこれから追いかける“革命団”の頭目も、とある民間勇者の息子で“堕ちた勇者”って呼ばれているのよ」
「……追いかける予定はまだ確定じゃなかったと思いますが、長くなりそうなので後で詳しくお聞きしても宜しいですか?」
そうして内緒話を終えるとシャルロットは組合職員に向き直り、本題への回帰を促した。
「さて、雑談はそれまでにして貰うとして、今日あなた方にはここに居るわたくしの客人のセレスティナとクロエの冒険者登録を頼みたいの」
「は、はい。セレスティナ様の噂は届いておりますぞ。『魔界の白い魔女』、『首狩り令嬢』、『テネブラの殺戮外交官』と。……噂を信じない訳ではないですが思ったよりも可愛らしいお嬢様が出てきて驚きましたぞ」
「なんか物騒な渾名が増えてませんか!?」
悲鳴のような声を上げるセレスティナに、シャルロットがふふと笑って応える。
「『魔王』は問題あると聞いたからわたくしの方で気を利かせて差し替えるよう手配したわ。噂を広めるには事実をありのまま伝えるのが一番確実だからね」
実情としては、テネブラ外交官セレスティナの乗った馬車を襲った盗賊が一人残さず返り討ちに遭って晒し首にされたという“事実”をシャルロットが帰路で立ち寄った町の歓待の席で一切の嘘や誇張無く伝えた結果、なんか色々あってこうなったというところだろう。
もし彼女の言葉通り『魔王』と呼ばれるとテネブラ国内で厄介な事態を引き起こしかねないので、噂の上書きはセレスティナとしては「ぐぬぬ」と呻きつつも感謝の意向を示さざるを得ない。
「さてさて、ルミエルージュ公国における冒険者はランク制でして、実力に応じてランクアップして行きランクに応じて受領可能な依頼が増えて行く制度であるのですぞ」
「はい」
いよいよ本命の議題へと切り込んだ組合職員に、セレスティナも真剣な声と表情で返す。
この辺りは彼女も事前に書類で確認していた内容だが、冒険者ランクは戦闘力を含めた依頼達成能力や冒険者組合への貢献度等に応じて8ランクに分けられている。下から順に、石ころ、青銅、黒鉄、赤銅、白銀、黄金、白金、金剛石、となっており、強度より金銭的価値が基準となっているのは公国らしいランク付けと言えよう。
他の2国――アルビオン王国の探索者とシュバルツシルト帝国の傭兵は細分化されたランク制度が無かった為、それらの国に比べると一歩進んだシステムに驚いたセレスティナだったが、シャルロットに言わせると「ランクアップの受験料が組合の主要な収入源の一つになってるからね」との事だった。
「普通に冒険者登録をなさるなら最初は最下層の“石ころ”からになりますが、その名前の通りゴミみたいな依頼しか受けることができませんぞ。なので早い段階でランクアップ試験を受けられるのをお勧めいたしますぞ。勿論今日これからでも当方は準備万端でございますぞ」
「うむぅ……昇級試験の料金表を見せて頂けますか? あと試験内容の傾向だけ教えて下さい。実技以外で公国独自の文化や風習や法律なんかが絡むとなるとちょっと予習の時間が必要になりますので……」
事前に打ち合わせた内容では、セレスティナ達の冒険者登録と魔獣狩猟許可証はルージュ家で手配するが、ランクアップ試験は私的な行動と判断されて自腹になる。
その辺りを考えて貴重な資金を無駄にしないよう試験内容を尋ねると、実技試験以外は簡単な読み書きと一般常識だけとのことで、特に問題はなさそうだ。
差し当たりどこまでランクを上げるべきかの目安にコゼットの冒険者ランクを聞いてみたところ、彼女は威張るような大きい態度でこう答えた。
「コゼットは今は“黒鉄”だけどお金が無くて更に上の試験を受けてないだけだから実際の実力は遥か上なのよ! お父さんが“金剛石”相当とするとコゼットは“黄金”か“白金”ぐらいが相応しいわね!」
それでも“黒鉄”ランクまで上げたのは、先の話に出てきた勇者学校の卒業生には自動的に黒鉄ランクの冒険者資格が授与されるということなので、対抗意識を燃やした結果だろう。
「それは頼もしいですね」
コゼットの自信満々の発言にセレスティナがぺちぺち拍手して持ち上げておくと、暫く気を良くしていた彼女は何かに気付いたようにいきなり椅子を蹴り立ち上がって彼女に指をびしっと突きつけた。
「だけど! ティナだっけ? あなたが未来の勇者コゼットとパーティ組みたいのだったら、今回の実技試験として手合わせしなさい! 魔界の魔物だからって差別するつもりは無いけど、それ相応の実力が無ければ真の勇者の仲間に選んであげられないのよ! ついでにシャルロットお嬢様の護衛という美味し……名誉ある依頼もコゼットが相応しいと証明するわ!」
話が面倒臭い方向に転がり出して「うええ……」と微妙な表情になるセレスティナ。そんな彼女の肩をクロエが叩いて、他人事のように言った。
「……良かったわねティナ。先輩冒険者に絡まれて決闘申し込まれるイベントが生えてきたわよ」
次回は10月23日頃(努力目標)に投稿予定です。