132話 公都サンクエトワール(栄華の裏側に渦巻く悪意)
▼大陸暦1016年、走牛の月7日
公国領を馬車で走ること、約10日。セレスティナ達はこの日、ルミエルージュ公国首都サンクエトワールへと到着した。
街中で“釣り”をする意味も無いのでシャルロットの馬車は護衛騎士全員が完璧なフォーメーションで取り囲む要人警護仕様だ。
そのように我が物顔で進む馬車が石造りの巨大な門を潜り公都へ入ると、そこには白く統一感のある美しい街並みが姿を表した。
大通りの行き着く先には、真っ白に輝くような建物、公国の中枢であるラ・エトワール大宮殿が高く美しくそびえている。
「……綺麗な街ですね。きちんとした計算の元に都市計画が立てられたのが見て分かります」
理系ならではの感想を述べるセレスティナ。広い大通りの左右に立ち並ぶ石造りの建物の数々はいずれも景観や周囲との調和を考え抜いて建築されたもので、数学的・幾何学的な美しさすら感じられた。
「ふふん。昔ここで大火が起きたのを機に、法改正して木造建築を禁止して、それから当時有名だった建築家を復興責任者に据えて都市計画を立てたという話よ」
生まれ故郷を褒められて気分を良くしたシャルロットが鼻高々に公都の歴史を披露する。
その話題をコンボの着火点にして次々と薀蓄を語っていくシャルロットの話題が10連鎖の大台に乗ったところで、窓の外から見える公園に人だかりとざわめきを見つけた。
「何事かしら……ちょっと見に行ってくれる?」
シャルロットが合図を出すと、馬車とそれを取り囲む騎士達が一旦大通りの左端で歩みを止め、侍女のエマが御者に扮していた地味な軽装の騎士を伴って人ごみへと向かう。
セレスティナも持ち前の野次馬根性で馬車を降りて現地に向かうと、そこには予想以上に凄惨な光景が待ち構えていた。
「……っ!?」
広場の中央に設置されていたのは、氷漬けの男性だった。騎士の身分を意味する鎧を着ているが兜だけは外されており、苦痛に歪む表情のまま息絶えている。
その身体中に弾丸で撃たれたかのような傷があった。厚手の鎧を貫く程の高威力でそれが直接の死因だろうと推測される。手数の多さも相まって相当実力のある魔術師か魔獣の仕業だろう。
更に、騎士を収めた氷の棺桶の傍らには木板が立て掛けられており、小柄で邪魔になる出っ張りの無いセレスティナが人だかりの合間を縫って確認しに行くことにした。
「……『斬奸状』、ですか」
それは悪人を処罰した事を記した看板で、セレスティナ達が道中に野盗を征伐した際に立てたものと本質的には同様である。
そして、その『斬奸状』の内容は次の通りであった。
――まず、この騎士の素性。名前およびどこの貴族家の何番目の子であるか。
――続いて罪状。彼が騎士という立派な身分でありながら街に住む婚約者の居る女性を無理矢理手篭めにし、怒った婚約者の男性に暴力を振るい、そして家の権力を使い罪を揉み消そうとした事。
――なので、天に代わって我々“正義の革命団”が処罰したという事。
――ついでに、被害に遭った恋人達には見舞金を支給し、新たな門出を祝福すると添えられた言葉。
そのような流れを経て、最後に『以上を以って世襲で権力を受け継いだだけの無能な貴族による腐敗した統治は誤りであることは明らかで、従って我々“正義の革命団”が正しき政治を取り戻す』という言葉で締めている。
「うむぅ……人気取りとしては確かに効果的ですが……」
広場にひしめく群集からは貴族や騎士に対する不満の声が聞こえる。こうやって政府側の戦力を削ぎつつ自分達の支持者を増やしているのだろう。
そう考えたセレスティナが現場から離れようとした時、騎士の一団が広場へと踏み込み、喧騒が更に激しさを増した。
「っ! 道を空けたまえ! 公務の邪魔だ!」
「横暴だ! 元は騎士団の不祥事じゃねーか!」
「引っ込め税金泥棒ー!」
「だ、黙れっ! しょっ引くぞ貴様らァ!」
騎士達の鎧はセレスティナが道中で一緒になったルージュ家所属の者達とは若干デザインが違い、後で聞いた話によると大宮殿所属のエリート部隊なのだと言う。
そんな立派な金属鎧に身を包んだ騎士達が野次馬を押しのけ、ツルハシで氷塊や看板を粉砕すると、被害者の遺体を回収して現場の片付けや犯人を追う手掛かりとなりそうな遺留品の捜索を始めた。
その過程で騎士に押された群集に弾き出されたセレスティナとエマを、御者に扮した騎士が庇いつつ退がる。地味ながら紳士的なイケメンの挙動に、セレスティナはともかくエマは顔を上気させてときめいているようだ。
そうして少し息をついた後、これ以上は得られる情報は無いだろうと彼女達は馬車へと戻ることにした。
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あれから、大宮殿勤めでルージュ家直属の家臣ではないジャンヌ伯爵夫人とは別行動になり、馬車はシャルロットの実家であるルージュ家の大邸宅へと入って行った。
各国の王宮なんかを除いた個人の邸宅ではセレスティナ史上最大の敷地面積と豪華さを誇る大豪邸に思わず圧倒される。
早速家族との挨拶に向かったシャルロットと一旦別れて通された客間も内装や調度品の質は素人のセレスティナが見ても最上級で、実家での彼女や母親の私室よりお金が掛かっているのは間違い無さそうだ。
「まるでお城ですね……」
早速隠し倉庫も兼ねたミスリル銀製の全身鏡を取り出して拠点設営しながら素直な感想を呟くと、クロエからは呆れたような返答を受けた。
「ティナの家だって庶民から見たら同じように思うわよ」
「それを言われると身も蓋も無いですが……一つ訂正するとクロエさんの家でもありますからね」
「~~~っ、…………いつまであたしの部屋を残しておく気なのよ。勿体無い」
「テネブラに帰る度に宿屋を取る方がよっぽど勿体無いと思います」
「うにゃー……」
この後に招かれたルージュ家の当主との会談も兼ねた食事会に備えて着替えながら、クロエと他愛の無い雑談で緊張を和らげるセレスティナ。
着替えた後はふかふかのソファやベッドの感触に包まれながら二人で待っていると、やがて館の使用人が夕食会の用意ができたと呼びに訪れ、食堂へと案内された。
待っていたのは白いドレス姿のシャルロットと、よく整えられた立派な口髭をした紳士、それにシャルロットをそのまま成長させたような美しい貴婦人の3人で、大人二人は彼女の両親である大公爵夫妻であろうことはお召し物と身に纏うオーラからも簡単に読み取れた。
「お初にお目にかかる。私がルージュ家当主、ジェラール・シャルル・ド・ルージュだ。遠路はるばる公都へようこそ、歓迎いたそう」
「ジェラールの妻、エレオノール・マルシェ・ド・ルージュよ。娘のシャルロットがいつも世話になっているとのことで、お礼を言わせて貰うわね」
「これはご丁寧にありがとうございます。テネブラ外務省所属、筆頭外交官の任を預かっておりますセレスティナ・イグニスです。お会いできて嬉しく思います。シャルロットお嬢様には私の方こそよくして頂いて感謝し尽くせません」
短めのスカートの裾を軽く摘み、セレスティナが淑女の礼を取る。
今着ているのは母セレスフィアが公国行きに備えて用意してくれた勝負服で、襟元や袖口に精緻なレース飾りを施した真っ白いブラウスに胸元を飾るリボンタイ、ボトムは深い青をベースカラーにしたフリルの入った膝上丈のフレアスカート。
そのスカートには銀糸により美しい花の刺繍が入れられていて、時折シャンデリアの明かりを反射して輝く手の込んだ作りになっていた。ちなみに花の種類はセレスティナの知らないものなので、素材用ではなく観賞用の品種なのだろう。
更にはスカートと同じ生地と刺繍の肩掛けを羽織って、青と白のバランスを取ったコーディネートになっていた。
まるで可愛らしい女学生のような装いはセレスティナとしては不本意なところもあったが、お披露目の際に何故かどこからも駄目出しが来なかったのでそのまま押し切られた形になる。解せぬ。
「こちらは私の護衛役のクロエです。見ての通り黒豹の獣人族です」
セレスティナの紹介に合わせて軽くお辞儀をするクロエは、公国ではお馴染みになったパンツスーツ姿で、デキる秘書に見えなくもない佇まいだ。実際は書類仕事が任される場面は無いが……。
「うむ、宜しく。さて、まずは座ると良い。長旅で疲れただろうから遠慮なく食べてくれ」
テーブルの上に並んだご馳走の数々につい目が向くクロエに配慮したか、挨拶もそこそこに早速食事を始める一同。
親子水入らずの語らいは既に昼間のうちに終わらせたようで、この晩餐の場では主にセレスティナに話題が向けられることが多くなる。
「それで、セレスティナ殿の立ち位置についてだが、今回は非公式でシャルロットの友人として卒業を祝いに来てくれたという体にさせて頂きたい。大宮殿に招待するにはやはり頭の固い爺様方が難色を示していてな」
「承知しました。門前払いは過去に訪れた国でも慣れていますので、じっくり機会を待ちます」
「すまぬな。ジャンヌ女史が時々こちらに来ることになるから、大宮殿との繋ぎは彼女に任せる」
やはり帝国兵を撃退した悪名が先行して恐れられている故か、いきなり大宮殿に足を踏み入れる許可は貰えなかった。
それを考えると、娘を信じて自宅ばかりか晩餐の席にまでセレスティナを呼んだジェラール大公爵の胆力は相当のものと言えるだろう。
「勿論、会談の予定が無く暇な日は自由にしてくれて構わない。シャルロットとも少し話したが、冒険者資格や魔獣狩猟免状を発行することもできるが」
「そうですね……公国を騒がす鷲獅子使いを捕まえる為にも、魔獣狩猟権に関してはむしろこちらからお願いしたいと思っておりました」
先日シャルロットと話した馬車の魔改造の件も含めてある程度の交換条件を想定していたセレスティナだが、思ったよりも簡単に事が進みそうな気配につい身構えてしまうのはこれまでの道のりの困難さ故か。
「セレスティナ殿には恩があるからな。そのくらいなら近日中に手配しよう」
「恩……ですか?」
心当たりの無いセレスティナが小首を傾げると、ジェラール大公爵は「うむ」と重々しく頷いて言葉を続ける。
「“聖杯”を開発して、シャルロットの大切な友人であるフェリシティ姫殿下を助けてくれた恩だよ。そしてそれは、犯人が実際はシャルロット本人を狙った可能性も考慮すると娘を救ってくれた恩に等しい」
「成る程……私も以前にシャルロットお嬢様からお伺いしたことがありますが、公国には魔獣を売買する犯罪組織があると。その組織が裏にあると考えるとあの時のバジリスク騒動の本当の目標は……」
シャルロットを狙ったものかも知れない。あえて口には出さなかったが言いたいことは通じたようで親子3人が静かに頷いた。
「その事を聞いた私は魔獣絡みの金の動きを可視化すべく、魔獣狩猟を利権に仕立て上げ税金を取る事を議会で提案した。これもセレスティナ殿の非常し……おっと、非常に卓越した戦果の噂もあってあっさり採用されたよ」
「アルビオンでは下手すると勇者リュークさん達よりも魔獣狩ってたわよね。交易路を邪魔してたあのでっかい魚とかも。あれはびっくりしたけど有り難かったわ」
「大海蛇のことですね。あの時は稼がせて頂きました…………って、それでは魔獣狩猟権なんて面倒な物が出来たのは私のせいですか!?」
まさかの事実にセレスティナが驚愕の声を上げる。その慌てぶりが面白かったのかルージュ親子はひとしきり笑った後に続きを語った。
「それで魔獣絡みの依頼や素材売買に関する金の流れを追っていくと……睨んだ通り“正義の革命団”に行き着いたのだよ」
「……確かに魔獣の使役はテネブラでも希少な技術ですので、公国では尚更何人も居るとは思えませんから、一箇所に収束するのは納得の行く結論ではありますね」
「革命ごっこだけなら騎士団を中心にした治安維持部隊に任せきるつもりだったが、娘やその友人に手を出したとあってはその結果どうなるか思い知らせてやらねばならぬ」
一瞬、猛禽のような鋭い眼光を放つ大公爵。時折見せるこのような鋭い視線は娘のシャルロットもよく似ており、やはり親子だと妙なところで納得するセレスティナだった。
「そのような訳だ。セレスティナ殿が冒険者登録されたなら、“革命団”絡みで個人的に依頼を出すこともあるかも知れない。公国の冒険者は自由を尊ぶ故に立場や権力で無理矢理動かす事はできないが勿論相応の報酬は準備するので良かったら力を貸して欲しい」
「畏まりました。このような夕食と交流の場を設けて下さった大公爵閣下の信用に全力でお応えしたいと思います」
誠実だが言い方を変えれば外交官の割に攻略難度の低そうな態度で、ジェラール大公爵にそう返事をするセレスティナだった。
次回は10月15日頃(努力目標)に投稿予定です。