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魔物の国の外交官  作者: TAM-TAM
第9章 南の公国の革命勢力
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131話 ルミエルージュ公国へ行こう・3(馬車の中も危険が一杯)

▼大陸暦1016年、走牛(第4)の月5日


 公国を走る馬車の旅が始まってから、約1週間程が経った。


 基本的に、昼間は《浮遊(レビテート)》で快適な馬車で移動し、夜は立ち寄った町でシャルロットと共に歓待を受けるという、穏やかな旅路だ。

 移動中の車内では、シャルロットと雑談に興じたりする傍らジャンヌ外交官と条約の草案を話し合ったりと本業の外交活動も順調と言えよう。


 その条約案に関しては、国境線の明確化や通商の開始、そして拉致を含む互いの国民に対して安全を脅かす行為の禁止、と言った基本的な路線での合意を取り付けることができた。

 但し全てが順調な訳ではなく懸案事項も二つ程残されている。


 一つは、公国側が商業に関する完全に近い自由行動を求めている点だ。具体的には公国の行商隊がテネブラ国内を自由に行き来し、商品を当事者同士の合意の範囲内で自由に売買できる水準の特権を欲しがっている。

 人口が多くその分生産体制も充実している公国相手にその条件はセレスティナとしては断固として受け入れられず、国交を開くにあたり大きな障害となっている。


 二つ目の懸案は、既に攫われた魔族の民の帰国に関するもので、早期に全員を帰国させるのは難しいだろうと公国側が見解を返した。

 公国は商家の力が強く中央政府にそれほど強権が無い為、真っ当な手段で魔族奴隷を帰国させるとしたら適正な価格で魔族達を身請けしなければならず、その為の予算の捻出に数十年単位の時間が必要だろうということだ。

 これはテネブラにとって重大な問題であり、セレスティナ一人で易々と判断できない為、一旦保留になった。


 勿論これら外交交渉とは別に道中での野盗の駆除は続けており、1週間で5組の野盗達の首が街道の脇を彩るオブジェクトになり果てた。

 公国ではこれからが雨季ということもあり一度は降りしきる大雨の中を濡れ透けになりながら迎撃したが、「風邪引かないように早く着替えてしまいなさい」以外誰にも何も言われなかったのがセレスティナにとって今回の旅路での悲しい思い出暫定一位の座を占めているが、そこはまあ余談だ。


 また“釣果”の見込めない治安の良い区域は《飛空(フライト)》で時間短縮したり安息日は旅の疲れを取る為に丸1日オフにしてみたりと、なんだかんだで旅そのものを楽しみつつ彼女達は着実に目的地の公都サンクエトワールへと近づきつつあった。





 そんな平和な馬車の上質なソファの上で、この日はセレスティナの嬌声とも悲鳴ともつかない鳴き声が響く。


「――んっ、ひゃっ、ふあっ!? そっ、そこはっ、やめっ」

「じっとして、下さい。感じるのは、体が、それを、欲しがってる、証拠、ですから、最後まで、続けないと」


 シャルロットの侍女であるエマが慣れた手つきでセレスティナの敏感なポイントを攻める都度、彼女の喉から堪えきれない声が漏れたり背筋を反り返らせたり、ブーツと靴下を脱がされたほっそりした素足の指先がきゅっと丸まったり弛緩したり、女子力大貧民の割に多彩なリアクションを見せる。

 そのような中、向かいに座るジャンヌは書類片手に休む暇も与えず尋問のように語りかけてきた。


「それで、自由貿易の提案については考え直して貰えましたか? 国家が一方的に商品に関税をかけて民間が豊かになる可能性を閉ざすなんておこがましいと思われませんか?」

「――ふえっ、しょ、しょれは、詭弁、ですっ、保護の無い、自由がっ、ふひゃんっ!? 悪意に、弱くなるのは、常識っ……んくぅ!?」


 反論の途中で身をよじらせたセレスティナが椅子からずり落ちた。乱れたドレスを直しもせず素足の大部分を露出させたまま、ゆっくり息を整える。


「…………はぁ、はぁ…………と言いますか、一体何故私は足ツボマッサージを受けながら外交交渉を進めないといけないんですか……?」

「あら、今日は野盗も出てこなくて足が固くなるからエマに順番にマッサージをさせましょうって言った時誰も反対しなかったじゃないの」


 主人特権で一番にマッサージを受けたシャルロットが、素足の親指でびしっとセレスティナを指しながら指摘する。

 それを見たエマが「お嬢様、お行儀が悪うございます」と訴えるが、彼女は悪びれた様子も見せず強気な微笑みを浮かべるのみだった。


「……そっちじゃなくて、普通休憩扱いにして会議も中断しますよね?」

「エマさんのマッサージの腕前は私も存じておりますから、気持ち良くなったところで判断力が低下するのを狙ってました」

「……あんな条件でサインしたら確実に国家反逆罪で死刑です。危うく馬車の中で殺されるところでしたよ……」


 罠にかける気満々のジャンヌの言葉にセレスティナは、軽く頭を振りながらソファによじ登り、素足のままで胡坐をかいて座った。

 長い時間靴を履き続けるのは魂の奥底に日本人の血が残る彼女にとって一際窮屈のようで、なけなしの女子力を生贄に捧げてでも貴重なリラックスタイムを満喫し尽くすつもりなのだろう。


「相変わらず魔界はデストラップみたいな法律だらけなのね」


 シャルロットの呆れ声にセレスティナが言い返せずにいると、彼女の視線の先でエマが今度はジャンヌの素足を蒸したタオルで拭いて足ツボマッサージを開始していた。


「ジャンヌ様、また、胃腸が、弱って、おいでですね。とりあえず、便秘に、よく効く、ツボを、押して、おきます」

「――んんっ! も、もう少し弱めでお願いっ!」


 ソファの上で年長者らしく色っぽい声を出すジャンヌに、セレスティナは反撃のチャンスとばかりに語りかける。


「ジャンヌ閣下。今のように指圧の強さに口出しできる権利こそが保護貿易の理念になります。閣下の提唱する自由貿易は言わばノーガードでどちらか片方が果てるまで足のツボを押し合う殴り合いのようなもの。しかも一度下げた関税を再び上げることが許されずいずれは完全に撤廃するのを見越した毒みたいな条項まで含まれていれば尚更です。この危うさがお分かり頂けますでしょうか?」

「い、言いたいことは分かったからっ! ちょっとタイム! 休憩時間ー!」


 エマの真似をして逆側の足裏をぎゅぎゅっと押し始めたセレスティナに、ジャンヌが堪らず白旗を上げた。

 追い払われて再び定位置へと戻ってくると、今度は選手交代とばかりにシャルロットがセレスティナ懐柔作戦へと動き出す。


「ねえ、ティナ先生はルミエルージュ公国と国交を結べば、大陸の主要三国と繋がりができるからそこで任務完了な訳でしょう? それなら条約にちょろっとサインしてその足で公国に亡命したらどうかしら? その時はわたくしが個人的に雇ってあげてもよろしくてよ」

「……いえ、国交を結んで終わりというのは安易な楽観論で、その後の平和な関係を維持する事の方が何倍も大変になりますから。先の“人魔大戦”もテネブラと人間族(ヒューマン)の国の間に国交があった状勢の中で勃発しましたし」

「そんなのは後任に投げれば良いじゃないの。ティナ先生が一人で頑張る必要無いわよ。それで、名目はわたくしの護衛兼家庭教師で、年俸は今ここでサインすれば金貨1000枚は出すわよ?」

「ぶふっ!?」


 今月からめでたく昇給したばかりの外務省の給料の20倍以上をあっさりと提示され、思わずむせ返るセレスティナ。今世の祖国をお金で売り払う気は無いが予想以上の評価額に戸惑いを隠せない。


「――けほっ! ごほっ、た、高く買って下さるのは嬉しいですが、家族や友人やお世話になった方々への恩返しもまだ道半ばですので、まだ国を離れる訳にはいきません」

「そう。良い話だと思ったけれど残念ね」


 それでもあっさりと断りを入れるセレスティナにシャルロットは小さく鼻を鳴らすと今はこれ以上の追撃は無駄と判断して紅茶に口をつける。


「それにしても……そんな大金をシャルロットさんの一存で決めて良いんですか?」

「あら、その程度の端金(・・)ならわたくしの個人的なお小遣いで支払えるわよ」

「…………支払えるんですか。左様ですか……」


 金銭感覚の違いに、これだから上流のお嬢様は……と心の中で呻くセレスティナ。自身が一応侯爵令嬢であることは指摘されないと思い出せないようだ。


「国家レベルまで話を上げれば外交部の予算から“セレスティナ対策費”の名目でもっと高い給金を出せるようになるでしょうけれど、そうすると国からの紐付きになるからね……わたくしとしては専属契約でアルビオンに嫁ぐ際も一緒に来て欲しいのよ。毎日楽しそうだし」

「予算区分はそれで良いんですか!?」


 他国から警戒されるのは外交官として名誉なことかも知れないが、台風や地震なんかと同じ括りにされているようでなんとも微妙な気分にさせられる。

 そんな微妙な気持ちが微妙な表情になって表れると、シャルロットは対照的に可笑しそうに笑った。


「ふふっ、それだけ皆がティナ先生の影響力を注視しているってことなのだから、誇りを持ちなさいな」


 口元を扇で隠して笑い声だけ響かせるシャルロットだが、ふとその眼差しが猛禽のように鋭さを増した。


「それに、さっきの様子を見た限りじゃあティナ先生には圧力や脅しが逆効果でも快楽堕ちとかそういった搦め手には弱そうだし、公都に戻ったら接待漬けで心変わりさせたくなるわね」


 彼女の言葉にセレスティナが返答するより早く、マッサージを終えて休んでいたエマとジャンヌが目を輝かせて超反応を見せる。


「接待ですか!? でしたらお嬢様、是非ここはイケメン騎士クラブの“シュヴァーリエ”に! 一度入ってみたかったんですよっ!」

「いえ! 騎士はこの旅路で見慣れたでしょうからここは美少年執事クラブの“セバスティアン”が宜しいかと! あのような高級クラブは外務省の接待でもなかなか予算が下りずに悔しい思いを続けておりまして!」

「落ち着きなさい。必要があれば両店ハシゴするから。それでティナ先生を落とせるなら安いものよ」


 シャルロットのお大尽な返答にエマとジャンヌが「ぃよっしゃあああ!」と雄叫びを上げて手を取り合った。

 対してセレスティナは、恐らく公都で有名な超高級ホストクラブの接待と予想してもあまり嬉しくなさそうな様子で控えめに告げる。


「あのぅ……クールでクレバーな外交官の私にそういったハニートラップは効きませんので、予算の無駄遣いは避けられるのをお勧めいたしますが……」

「何言ってんのよ!? 公都のクラブは魔界の片田舎なんか目じゃない程洗練された王宮のような乙女の夢の凝縮された空間なんですから! 逃がしませんよ!」

「そうよ! “セバスティアン”に通いたくて通えない女子が公都に何人居ると思ってるの!? 店に入りもせずに商品を否定するなんて商売に対する冒涜は許さないわ!」

「ふ、ふえっ!?」


 あまり乗り気でないセレスティナに対し何故か必死の形相で詰め寄るエマとジャンヌ。ついシャルロットに目線で助けを求めるが彼女は楽しそうに笑っているのみだ。


 どちらが接待する側だろうかと根源的な疑問を抱きながらも、セレスティナ達の乗る馬車はいよいよ間近に迫った公都サンクエトワールへ向けて走り続けるのだった。





「そうだわ。エマ、今夜泊まるホテルではティナ先生にお風呂上りに全身香油マッサージを施してあげて弱点とか探っといて頂戴。上手く行けば交渉カードに使えるかもよ」

「畏まりました、お嬢様」

「そこは畏まらなくても良いですからね!?」



次回は10月7日頃(努力目標)に投稿予定です。


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