129話 ルミエルージュ公国へ行こう・1(あるいは魔国のヘンテコな法律の話)
▼大陸暦1016年、白毛羊の月22日
翌週。公国行きの指令を受けたセレスティナがまず向かった先は、アルビオン王国首都のグロリアスフォートだった。
まずはそこで、先日無事に留学先の学園をご卒業あそばされたシャルロット・アンリ・ド・ルージュ大公爵令嬢と再会し、懐かしい顔ぶれとお茶を囲む。
「フェリシティ姫殿下、およびシャルロットお嬢様におかれましては、ご卒業のお喜びを申し上げます」
「ありがとう。セレスティナも息災そうで何よりだわ」
「そうね。シュバルツシルト帝国と戦端を開いたと聞いた時は肝臓の辺りが冷えたけれど、結果的にはティナ先生の武勇伝がまた1ページ増えただけになったわね」
「……それは事実無根のデマですね」
内容を聞く前からきっぱり否定するセレスティナに、周りのご令嬢方――シャルロット、フェリシティ姫、アンジェリカ、アリアは生暖かい笑顔になった。
テーブルの周囲ではお姫様方の侍女達やセレスティナの同行者クロエが直立不動で待機しており、今日のテラスは総勢8輪の花が咲いた状態だ。
いつか帝都からアルテリンデも招いて、プリンセス祭りなど開催してみたいものである。
ちなみに勇者リュークやアーサー王子の男性陣は別の部屋で打ち合わせが入っておりここには同席していない。
「――『魔界の白い魔女』、『炎雷を操る魔王』、『テネブラの殺戮外交官』……王国と公国の二つのルートからこれだけ渾名が伝え聞こえてくるんだもの、言い逃れはできないわよ?」
「全部知らない人ですが、二番目だけは全力で否定させて下さい」
急に真面目な表情になってシャルロットに向き直ったセレスティナ。彼女は続けてその理由を説明する。
「テネブラには『魔王僭称罪』なる重罪がありまして、資格や実力無き者が魔王を名乗ると最悪死刑になるんです。現在では魔王制度は廃止されてますがそれでも魔王という称号は特別な物ですので……」
「……なかなか魔界も大変なのね」
「魔国の司法は割と公平ですから他称だけで裁かれる事は無いですが、軍に睨まれてる関係上余計な火種は抱え込みたくありません……かくなる上は、無責任な噂を流す連中を《雷撃》で黙らせないとっ!」
「それは噂の信憑性が増すだけだと思いますわ……」
錯乱して普段では考えられない結論に至った彼女に、アンジェリカが眉間を押さえて弱々しく頭を振った。
だが彼女自身も救援に訪れた町や村で「精霊神の再臨」「古の大聖女の生まれ変わり」等と持ち上げられて恐れ多さ故に慌てて否定した経験が多く、大勢としてセレスティナに同情的だった。
得意の関節技で黙らせたいと思った場面もきっと一度や二度ではないだろう。
「んー、炎と雷が得意なティナにはピッタリの渾名だと思ってたけど、そういう事情なら仕方ないね」
残念そうにお茶を口にするアリアだったが、一瞬後に金と青の瞳に閃きが宿る。
「あ、じゃあさ、都合の悪い噂は新しい噂で上書きすれば良いんじゃないの? 『炎雷を操りし魔界の白き虐殺外交官』とか」
「テネブラの外交官はどんだけ危険人物なんですか……」
背に腹は変えられないながらも、平和と平穏を望む彼女には不本意極まりない異名に、力尽きたようにばったりとテーブルに突っ伏すセレスティナだった。
やがて彼女が再起動した時、話題はアリアからの要望で「ルミエルージュ公国について」に移っていた。
「まずは教科書レベルからだけど、我がルミエルージュは大陸南部に散らばる大小12の国家群が当時急速に力を付けていたここアルビオン王国に対抗する為に同盟を組んだのが始まりよ」
「それぐらいは知ってるわ。確か大陸暦750年頃の話?」
「753年よ」
教壇に立つ教師のように堂々と胸を張ったシャルロットが母国の歴史や統治形態を説明していく。
特にアルビオンの国民に馴染みの薄い点として、ルミエルージュ公国では公王は完全な世襲制ではなく、建国時に影響力の大きかった5国の旧王家をそれぞれ大公に据えてその中から5年おきに貴族会議で公王を選出するシステムになっていることを説明すると、セレスティナから質問の手が挙がった。
「公王陛下の現実的な権限ってどのくらいですか? 一定期間毎にトップが代わることを想定するなら絶対的な権力は持たせられないかと思いますが、そうするなら立憲君主制みたいに王の権力を制限する成文法みたいなのが存在するのでしょうか?」
「え? ちょっといきなり質問が高度すぎて戸惑うんだけど? まずは簡単な質問から場を温めて行くのが授業のマナーよ」
冷や汗を悟られないように取り繕いつつ質問を差し戻すシャルロット。どうやらあまりマニアックな質問には対応していない模様。
ちなみに今のセレスティナの質問に対する回答を彼女に代わって述べるなら、明文化されたルールは無いが国家運営上重要な決定は暗黙の了解で公王会議に掛けられており、これまでの公王達の良識に助けられつつなんとか国が回っている。
会議でも定期的に成文法の必要性を訴える声が挙がるが、他に優先すべき案件も多くなかなか進まないのが公国の現状のようだ。
「うーん……そうすると、シャルロットさんの生まれたルージュ家は国内でどれくらいの立ち位置にありますか?」
「ふふん。よくぞ聞いてくれたわね。我がルージュ家は今の公王ルイ陛下のおわすルミエール家と並んで大公5家の中でもトップ2の名家なのよ」
「おー」と歓声を上げてぺちぺち拍手するセレスティナだが、他のお嬢様方はまるで酷い茶番でも見たかのような表情だ。
「国家戦略だと、ルミエール家は帝国と手を組んで王国にプレッシャーを掛ける方針だけど、ルージュ家としてはアルビオン王国と距離を縮めて貿易で優位に……ええと、仲良くやって行きたいと思っているわ」
一部言葉を選んで本音を隠す彼女。この件に関してはシャルロットがアルビオン王国に留学に訪れたこととも深く関係があるのはこの場に居る皆の知る通りだ。
その目的、つまりアルビオン王国との結びつきを強める為にシャルロットをアーサー王子に嫁がせようとしている話については、今日の時点でアルビオン王室からの正式な返答はまだ出されていない。
シャルロット本人やフェリシティ姫は乗り気でアーサー王子も特に嫌がっている様子は無いので、後は国内貴族達との調整だろうという見方が強い。
とは言え実際に輿入れするにしても両国を挙げて大々的な準備が必要なので、いずれにしてもシャルロットは一度帰国する手筈となっている。
「寂しくなるけれど……兄上との婚姻が成立すればまたいつでも会えるようになるのよね」
「その暁には、毎日お茶会を開いて公国中から集めた珍しいお茶やお菓子を振る舞うわ」
指を絡めて互いの手をきゅっと握り、フェリシティとシャルロットが友情を再確認する。淡い金髪ストレートの儚げな美少女であるフェリシティと太陽のように輝く金髪ウェーブの意志が強そうな美少女であるシャルロットの絡みもとい友情は大変眼福だ。
「そうそう。お茶とお菓子もそうだけど公国はファッションも進んでいてドレスなんかの流行が毎年変わるのよ。流行に合わせてコルセットの締め方とかヒールの高さを変えたり体型を底上げしたりスリムにしたりドレスに骨組み入れたり」
そうして話がセレスティナの苦手分野であるお洒落へと流れ、思わず「うへぇ」と嫌そうな声が出る。
「ティナ先生のドレスも上品で質も良いけれど公都に入れば時代遅れの骨董品ね。200年前のセンスだわ」
「公国で仕事をする女性がスーツスタイル多めな理由が分かった気がします」
「ちなみに今年の流行はコルセットをきつく締めて上げ底のブラとバッスルで増量したグラマラススタイルだから、ティナ先生も今の内に何着か仕立てておくのはどうかしら?」
「……それが、テネブラでは体型を誤魔化して異性を騙すと重罪になりますもので」
法律を盾に着付けから逃げ出すセレスティナだが、ファッション大国の民としては許せないらしくシャルロットが食いついた。
「何それ!? 女の子が好きな服も着れないの!? 酷い差別だわ! 一体何の罪になるのよ!?」
「正式には第二種結婚詐欺罪、と言います。当時の法務省長が巨乳好きで有名な方だったのですがご結婚の際に色々あったようでして……ちなみに男性側も収入を偽ると同罪で裁かれます」
「貧乳には厳しい法律ね」
「私としてはその法務省長のお気持ちも分かるのでまあ納得できるところです」
アリアから同情的な視線を向けられるがそれに対するセレスティナの返答により彼女の味方は居なくなった。
周囲からの冷めた眼差しに耐えかねるように、この話題を放棄して次のフィールドへと進める。
「ええと、あとは公国と言えば商売ですね。商家の力が強く経済活動も活発で、物資が豊富だと聞き及んでおります」
「――その反面、人々が金銭だけに頼るようになって精霊神信仰は廃れつつあるようですわね。嘆かわしい事態ですわ」
逃げた先はまたもや地雷原だったようで、アンジェリカの声が一段低くなった。
金貨が分かり易い神として君臨するのは信仰心の篤い彼女には我慢ならないのだろう。珍しく不満を隠そうとせず言い放つ。
「大体、お金なんてただの交換用の道具ではありませんの。本当に人々を幸せにするにはお金なんて余計な物は無くして大陸に住む全ての民に同じだけの土地と衣食住と仕事をただ公平に分配すれば宜しいのですのに」
「うわあ、この人綺麗な顔して国家経済を土台から破壊し出したわ……」
「アンジェリカさんって、意外と赤い経済観念をお持ちだったのですね……帳簿の赤字とは違う方の意味で……」
その迫力と内容につい引き気味の姿勢を取るシャルロットとセレスティナ。
尚、アンジェリカの語った経済観は彼女独自の考えであり、精霊神の御言葉とは一切関係が無いことを神殿の名誉の為に付け加えておく。
「ただ、神官の不足は優秀な治癒術士の不足でもあるから公国の数少ない弱点でもあるのよね。冒険者の人数は多くても治療が追いつかないで肝心な時に動けないトラブルもあるし」
「そうなのですのね。でしたら今後アーサー殿下の護衛で公国に向かう際は神殿仕込みの治癒魔術をご覧に入れますわ」
「これから魔界と交易が始まったら聖杯みたいな質の良いポーションを輸入できそうだから実は改善の見込みもあるけれど……」
「……セレスティナ様? 後で神殿の裏でじっくり語り合いませんか?」
とても優しい笑顔をこちらに向けるアンジェリカだが、セレスティナの背筋に冷たい何かが流れ本能的に後ずさる。
「……ええと、込み入った話をするのでしたらお風呂に入りながらの方が絵になるかと……」
「絶望的な状況下でも起死回生の一手を求めてあえて踏み込むティナの根性は流石と言うしかないわね」
感心と呆れが半々に交じり合った感想を述べるアリア。そこにシャルロットが次の話題という名の助け舟を出してきた。
「あ、そうだ。公国に戻る馬車に同乗する予定のジャンヌ外交官に関して重要な話なんだけど」
「この際、どんな話題でもとりあえず目の前の脅威から回避できれば大歓迎です」
「公国の外交官は戦場で敵を焼き尽くしたりしない生粋の文官だから、お手柔らかに頼むわね?」
「それ、わざわざ告げなければいけない情報ですか!?」
最初の話題が忘れた頃に戻って来たことにセレスティナが遺憾の意を表明する。
だが彼女のへっぽこな遺憾砲など持ち前の令嬢の仮面で軽く弾き飛ばしてシャルロットは言葉を続けた。
「世の中にはとびっきり非常識な外交官も居たりするから、念の為よ」
「ふむぅ。私には心当たりはありませんがそのような方もいらっしゃるんですね」
「ええそうよね。ティナ先生は一生会わないでしょうよ」
そう。文化や風習が異なる他国と交渉し折衝し合意する外交官に常識や良識が必要不可欠なのは明白だ。非常識な外交官なんてそうそうお目にかかれない。
一部引っかかる言い回しはあえてスルーして、そのように共通の結論が得られた時点でセレスティナはとりあえず満足してこの話題を閉じることにした。
次回は9月22日頃(努力目標)に投稿予定です。




