128話 ハッピーバースデーティナさん(じゅうろくさい)
▼大陸暦1016年、白毛羊の月16日
この日セレスティナは、次の赴任地となるルミエルージュ公国への移動に備えて身だしなみを整えていた。
午前中一杯で自慢の銀髪を切り揃えて貰った彼女は、午後からファッションショーの舞台に立つことになる。
「ふふん。如何ですか? クールでクレバーな外交官に相応しい服装ですよね?」
得意げな笑みで伊達眼鏡をくいっと上げるセレスティナ。パリッと糊の効いたワイシャツに黒いジャケットとスラックスとネクタイというパンツスーツ姿だ。
公国では以前のイベントで会ったジャンヌ女史に代表されるように、働く女性の装いはドレスに限定されずそれぞれの個性を発揮できる文化基盤がある。
だが観客席の母セレスフィアと以前の事件で知り合った淫夢族の女性ローサの反応は芳しくないものだった。
「どう見ても、お子様の学芸会よねー」
「仕立てたアタシが言うのも何だけど、ないわーって感じかしら。一応タイトスカート版も用意してきたけど試すまでもなさそうだわ」
パンツスーツの製作者であるローサが諦めたように遠い目で論評した。勿論仕事として正式に受注しており自分の持つ全力を投入した力作であるが、それでも残念さの壁は越え切れなかったのだ。
「で、その眼鏡は一体何処を目指してるのかしら?」
「これはですね、帝都の眼鏡リンデさんを見て、知的なキャリアウーマンっぽくて良いなと思いまして」
「そういう所がコスプレ感に拍車をかけてるのよ……」
人に勝手なあだ名をつけながら眼鏡のフレームをきらーんと光らせ格好をつけたセレスティナに、ローサが呆れたように肩を竦める。
「それにしても、わたしに何の相談もせずにローサちゃんに発注するなんて……反抗期なのかしら?」
「ち、違いますっ! 母様に言うと可愛い女の子みたいな服しか出てきませんからっ。私ももう16歳のデキる大人なんですから相応の落ち着いた格好が必要なんですよっ」
母の悲しそうな声音に慌てて弁明するセレスティナ。それを聞いてローサが面白そうな様子で反応した。
「え、ティナ誕生日だったの? いつ? お祝いにお姉さんとイイコトする?」
「光鱗魚の月10日です。当日は魔国に居ませんでしたので大袈裟なパーティとかは辞退しましたが……あ、でもお祝いは今からでも喜んで!」
当日は帝都の海鮮料理店でクロエとささやかな食事会を楽しんだぐらいだが、根が小市民の彼女には十分に価値のある思い出だ。
ちなみに、そのクロエは今日は軍務省へと各種報告の為に出向いており、残念ながらこの場には加われなかった。
それはそれとして、灯りに誘われる虫のようにふらふらとローサの谷間へと吸い込まれそうになるセレスティナを、母がひょいと首の後ろを摘んで引っ張り戻した。
そのまま彼女はにんまりと笑みを浮かべて告げる。
「うふふー。そう言うのならわたしからの16歳のお祝いに仕立てておいた公国向けのお洒落着も喜んで受け取って貰おうかしら。時間もあるし今から喜んで試着してみるわよね?」
「……わ、わぁい……母様お手製の服を頂けるなんて、嬉しくて涙が止まりません……」
しょっぱい涙を流しつつ、ずりずりと引き摺られ衝立の裏へと消えて行くセレスティナ。そんな彼女に母セレスフィアは情け容赦なく追い討ちをかける。
「それと、ティナが黒とか紫のレースの下着なんか身に付けてたら宣戦布告と受け取られかねないから、もうちょっと外交儀礼に則ったのを選ばなきゃねー」
「なんで下着で戦争になるんですか!? あと幾らなんでも外交の場でパンチラ晒したりしませんから杞憂ですよ!?」
「ティナは隙が多いしミニスカートにも慣れてないからねえ」
「――一体何を着せるつもりですかっ!?」
こうして引き続き、彼女のファッションショー……むしろ着せ替え人形遊びに近い勢いで日が暮れるまでずっと、脱がされたり着せられたりする時間を過ごすこととなった。
時には下着姿をじっくり観賞され論評される恥辱にまみれたりもしたが、観客にも下着同然の痴女が居たのでまあ今日のところは引き分けと言って差し支えないだろう。
▼大陸暦1016年、白毛羊の月17日
翌日、外務省へと訪れたセレスティナ。早速省長室へと呼ばれた彼女は待っていたサツキ女伯とジレーネと言葉を交わす。
「お帰り、ティナ。あら? 髪切った? 少しさっぱりしたわね」
「おおー、本当だ。綺麗になってる! 相変わらずサラサラでお人形みたいな髪だよね!」
「え!? 何で分かるんですか!? 私だって自分で鏡見ても全然違いが分からないのに!」
リアル女性の観察眼や共感力に恐怖にも似た感嘆の念を抱いていると、小さな溜め息の後に労いの言葉を授かった。
「まあそれはそれとして、帝国での職務、お疲れ様。色々難しい局面もあったけどよく頑張ったわね」
「凄いよ! 帝国と和平を結んだだけじゃなくて宝石のお土産まで! もう外務省の職員みんな一生ティナに付いて行く勢いだからね!」
ジレーネが言っているのは、『アルテリンデの宝石箱』の生産量の1割が外務省の利権として認められた件だ。
先日第一陣として少人数のテネブラ国民を帝国から取り戻して帰国すると同時に、セレスティナが外務省にお土産としてかなりの数の宝石を収めると、外務省は歓喜の渦に飲み込まれた。
数は職員全員分揃えてあるが色や形や大きさは様々なので公平な山分けが不可能であり、今度全職員が集まった時にゲームで勝った者から順に選ばせる予定だと言う。
この宝石争奪ビンゴ大会が後に、外務省の毎年春の恒例行事へとなっていくのだが、それはまた別の話。
尚セレスティナは銀山から産出された銀を独占する許可が降りたので、争奪戦には参加せず高みの見物である。
「そんな訳だから、いつかお礼の意味も兼ねてティナと一緒に職員皆で温泉旅行にでも行こう、って話が出たんだよ!」
「温泉ですか、素晴らしいですね!」
一も二もなく話に乗るセレスティナ。彼女の脳内ではアダルティなお姉様達と身体を密着させて洗い合う素敵な光景が花開いていた。
「ふへへ……ダイヤモンドを磨けるのは同じ硬さのダイヤモンドだけなのと同様、人の肌も同じ素材同士で触れ合って磨くべきなのは工学的に自明の理ですね……」
「……ただの温泉旅行でそんな淫夢族のお風呂屋さんみたいな展開は無いから変に期待するんじゃないわよ?」
「まあ、ティナは総受けさんだからみんなで押さえつけてくすぐり倒すぐらいはあるかもだね!」
「ふええ……」
手をわきわきさせるジレーネから反射的に距離を取るセレスティナ。対苦痛訓練を受けてはいてもくすぐりが弱点なので仕方無い反応だ。
すると、その光景を想像したらしいサツキが途中で考えるのをやめて遠い目をした。変態度で言うならすっぽんぽんで抱き合うのもすっぽんぽんでくすぐり倒すのも似たような等級だということに気付いたのだろう。
そんな脱線はあったものの、暫くして気を取り直したサツキ省長の口からようやく次の任務の話を聞かされた。
「さて、16歳の誕生日おめでとう。という訳でコレ、プレゼントの命令書と交渉の方針を示した要綱ね。議会の承認印も貰ってるから」
「承知いたしました。必ずや公国のお偉方とも書類を交わしてご覧に入れます」
「頼んだわよ。それと今までの功績を評価して走牛の月からお給料アップが決まったから。伝えておくわ」
「おお、それは素直に嬉しいですね」
「あ、ティナ良いな~」
昇給のお達しにふにゃっとした笑顔を見せるセレスティナ。お金に困ってはいないが自分の仕事を周囲が認めてくれた事実に心が暖かくなるのを感じる。
「そういうことだから2年目も頑張るのよ。それから、移動については直接公国の首都には飛ばずに一旦アルビオン首都グロリアスフォートに行って、そこで無事学園卒業を迎えたシャルロット嬢および同行の公国外交官と合流、それから馬車で公都サンクエトワールに向かって貰う流れで頼むわね」
「移動時間の長さが気になりますが……道中で公国側の担当者とじっくり話を詰めて大まかな草案まで作ってしまえ、ということですね?」
「そうそう。流石分かってるわね」
その交渉の方針としては、正式な国交締結を目標にまずは拉致された魔族国民の奪還を約束させつつ人と物の交流を少しずつ再開させていく、アルビオン王国の時の実績を踏襲しているものだ。
テネブラは既にアルビオン王国、シュバルツシルト帝国と立て続けに友好、および和平を結んでおり、その流れに逆らってルミエルージュ公国だけがテネブラと対決姿勢を貫くメリットは薄い。
従って細かい条件さえ合意できれば交渉自体はこれまでの二国よりスムーズに進む公算が大きいと上層部は見ているようだ。
「調べによると公国は軍事力的には王国と帝国より一段低いようね。だったら帝国を蹴散らした戦果をチラつかせればすぐに頭を下げてくるわよ~?」
「だ、駄目ですっ! そういう楽観的な事を言うとフラグになりますからっ!」
早くも楽勝ムードを漂わせるサツキに、慌てて釘を刺すセレスティナ。
実際、公国の強みは肥沃な国土と豊かな物資に代表される経済力で、帝国とは違った戦い方を仕掛けてくることは想像に難くない。油断は大敵だ。
「貿易回りで罠を仕掛けられて経済植民地化とか無いとも言えませんから、気を引き締めて臨まないとです」
「相変わらず慎重なのね」
バトル一辺倒では足元をすくわれる。そう気持ちと思考回路を切り替えた彼女は、自分の頬をぺちぺちと叩いて気合いを入れ直すのだった。
次回は9月15日頃(努力目標)に投稿予定です。




