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魔物の国の外交官  作者: TAM-TAM
第9章 南の公国の革命勢力
139/154

【番外編】魔物娘アンソロジー・11(†夜の暗殺者†)

※作中の時系列の都合で章の初っ端から番外編です。

 このシリーズは微エロ・変態成分多めでお送りしておりますのでご注意下さい。


▼大陸暦1016年、白毛羊(第3)の月16日


 帝国での業務をフィリオとフィリアの二人に引き継いで、次なる指令の為に魔国首都(セントルムテネブラ)へと帰還したセレスティナ。

 だが公務員たる者休むべき時はきっちり休まなければならないというサツキ省長のありがたい薫陶を受け、彼女はこの日は特別休暇扱いで実家で過ごす事になる。


 とはいえ、だからと言って1日中ベッドでゴロゴロできる訳でもなく、母セレスフィアの強い要望により、この日はルミエルージュ公国行きに備えて身だしなみを整えるのに費やすのだった。


「そうそう。魔力を徹す強さはそれくらいが丁度良いわ。ローサちゃんはなかなか筋が良いわね。お母さん似かしら?」

「……いえっ、そんなっ、アタシなんか、まだまだ、いっぱいいっぱいです……わきゃっ!?」


 セレスティナの長い銀髪の毛先を淡く光る銀色の鋏で整えていたローサだったが、硬い音と共に手元で火花が散って思わず驚きの声を上げる。


「うう、すみません。我ながらこんな髪で…………」

「……いや、ティナのせいじゃないわ。これもアタシがお母さんの跡を継ぐのに必要な技術なんだから」


 この日、普段はご婦人達の社交場となる筈の応接室は臨時のヘアサロンに変貌し、春の日差しが心地よい窓際でお人形のように座らされたセレスティナが迂闊に動く訳にはいかないので声と気持ちだけで謝意を表す。

 魔道具(マジックアイテム)の素材として有用な彼女の銀髪は実は手入れに際してはかなりの難物で、普通の刃物では切れず逆に刃が欠けてしまう為、魔力と女子力の高い者がミスリル銀製の鋏に魔力を込めながら切る必要があるからだ。


 普段は母のセレスフィアが鼻歌交じりにサクサクと切り揃えるのが常なのだが、今日は事情が違い、セレスティナと(セレスフィア)の共通の知人である淫夢族(サキュバス)の女性ローサが真剣な顔で鋏を振るっていた。

 セレスティナにとっては少し前にアルビオン王国で魔族の人身売買組織を壊滅させた際に一緒に助け出した縁があり、セレスフィアにとってはエステサロンを営む友人の娘という関係である。


 そのローサの母のお店はエステサロンを名乗りつつもヘアメイクや化粧品の製造・販売や果ては服の仕立てに料理教室まで、女子力アップを目論む女子達の需要に応えるべく様々な方面に手を伸ばしているのだと言う。一族経営でそれぞれの部門のスペシャリストを用意しているからこそ可能な業務形態である。


 ローサ自身も先日の誘拐事件の折に首都から遠くでフラフラと遊び歩くような生活から足を洗い家業を継ぐべく修行を開始したところで、タイミングよく魔力含有量の高い髪のカット経験を積む機会があると母のお得意様のセレスフィアから一報を受けて参上した次第であった。


 小悪魔のような羽根と尻尾を時折ぴこぴこ動かしながら、淫夢族(サキュバス)のユニフォームとも言える水着か下着にも似た薄手で露出の大きな衣装に包んだ豊満な身体を緊張で固くしつつ真剣な表情で鋏を扱う姿は、鏡越しに眺めるセレスティナとしてはこの上なく眼福だ。


「ふふっ、少しくらい失敗してもわたしがフォローするからそう固くならずにね。失敗するにしても手を動かした上で失敗しないと次にどう直せば良いのか分からないしね」

「はぅっ。ティナには予め謝っておくわ……手元が狂ったらゴメンね?」

「あ、大丈夫ですよ。何なら首の後ろ辺りでばっさり切り落として貰っても――」

「そこまで失敗して良いとは言ってないわ」

「あ痛」


 素材回収を目論むセレスティナだったが、それを見咎めた母によるデコピンを受けて作戦の終了を余儀なくされた。





 その後、ローサが切り揃えたところにセレスフィアが仕上げを施し、更にシャンプーとトリートメントと頭皮ケアのフルコースを経て、結局午前一杯の時間をかけてセレスティナの散髪が終了した。

 一番動いていない筈のセレスティナが一番疲労困憊しているのは美容院熟練度の差であろう。


 あれから、ゆるふわ系お嬢様という新境地として緩めのカールに挑戦してはどうと勧められ、「真っ直ぐな方が素材として使い易いですから」と辞退したところ凄く残念そうな表情をされたがまあそこは余談として。


「それにしても、フィアさんはそこらのプロよりずっと上手だから、アタシ自信無くなるわ~」


 自分が時間を掛けて一生懸命切り揃えた力作に対していとも簡単に改良を施したセレスフィアの技術力を思い出し、ローサが妙に色っぽい溜め息をついた。


「……母様は別格ですから比較対象にしない方が良いです……時々古代竜に名指しで呼ばれて(たてがみ)やら髭やら爪やらを切ったり整えたりしに行くぐらいですし……」

「マジかー。でもなんであの母親からこんなポンコツな娘が生まれるのかしらね?」

「ふひゃっ!?」


 疑問を口にしつつ、捕食者のような動きでローサがセレスティナを後ろから腕を回して抱きすくめた。

 そのまま同族の面々に比べると物足りないがしなやかで程々に柔らかい抱き心地と洗ったばかりの髪の香りを堪能する。


 一瞬驚きに身体をこわばらせたものの、セレスティナも振り解くでもなく首の後ろに感じるクッションの弾力につい「ふへー」と締まりのない笑みを浮かべた。


「んー、女同士でときめく趣味は今まで無かったんだけど、どういう訳かティナってアタシのセンサーに引っかかるのよね? 何て言うのかしら? 魂が童貞?」

「どどど、童貞違いますっ!」

「ねぇフィアさん。今晩ティナの事をちょっとだけ味見させて貰って良いですか? アタシの目に狂いが無ければティナは他の小娘どもには出せない味を隠し持ってると思うんですよ」

「しょ、しょうがないですね。私は本来そういうアブノーマルな趣味は全くもってございませんがローサさんがどうしてもと言うのでしたら特別に一緒にお風呂入って洗い合いとかしながら親交を深めて差し上げるのも友人としての誠意ですから……ふへへ……」

「はいはい、人の娘で遊ばないの」


 穏やかに笑いつつも有無を言わせぬ迫力と腕力で二人をぺりっと引き剥がすセレスフィア。


「ちぇーっ、残念」

「ティナも。悪い大人にそんなほいほい付いて行っちゃうとお嫁に行けない身体にされてポイっと捨てられちゃうって昔教えたでしょ?」

「ここで子ども扱いですかっ!?」

「あ、そだ、お嫁と言えば――」


 セレスティナの不満の声に被せるように、ローサが胸の見事な谷間から封筒を一つ取り出した。


「ウチのお母さんから、ティナに、この前アタシの事を助けてくれたお礼よ。実家のエステサロンの利用券だから結婚の時は是非ウチをご贔屓に、ってね」

「それは、わざわざご丁寧にありがとうございます」

「いやいや、お礼を言わないといけないのはアタシの方だから。気にせず受取って」

「は、はい」


 そんなやりとりと共に受け取った、胸の温もりと甘い香りのほんのり残る封筒の中からは、白と黒のチケットが1枚ずつ。

 それの価値を知っているらしいセレスフィアが、驚いた様子で軽く目を見開いた。


「あら、白い方は花嫁修業コースなのね。婚約期間中のご令嬢に大人気の」

「そうです。結婚式の晴れ姿に向けて身体の隅々までピカピカに磨きつつ料理とか刺繍とかの技能も伝授する1週間の合宿で、ティナにはピッタリね」

「えええ……」


 哀れっぽい声で鳴くセレスティナ。たった半日の美容院体験でも根を上げる彼女にとって1週間の合宿など苦行以外の何物でもない。

 一般的なお嬢様方は自ら大金を支払ってこんな苦行に身を投じていると言うのか。この時彼女は心の底から畏怖と尊敬を抱くのだった。


「それで黒いチケットは最近始めた裏メニューで、夜の花嫁修業コースよ」

「夜って!?」

「全身ピカピカに磨くのは表の花嫁コースと同じだけど、こっちはそれに加えて身体の感度を上げたりワンランク上の保健体育の授業をしたり、あとは我がエステサロンに代々伝わる48の腹上必殺技から入門編を一つ二つ伝授したり……具体的には企業秘密が満載だからこれ以上は現地で身体に教えてあげることになるけどね」

「ふおお……」


 淫夢族(サキュバス)ならではの強化合宿の内容に、思わずセレスティナの目が輝く。魔眼解放に迫る勢いだ。


「見る専としましては自分で試すにはちょっと恐怖がありますが……見学会とかありませんか?」

「それは無理よ。上客(VIP)向けの特別コースなんだものプライバシーの保護も完璧じゃないと」

「……まあ、そうですよね……」


 瞬時に彼女の瞳から輝きが消えた。目は口ほどに物を言うとあるが彼女の場合は分かりやす過ぎる。


「ですが、腹上必殺技ってやたら物騒な響きですよね」

「あら、ティナは知らないの? アタシのご先祖様は大戦時に他国の英雄達を証拠残さずに腹上死させた“夜の暗殺者”だったってこと」

「まさかの実在者っ!?」


 以前シュバルツシルト帝国に居た頃にエーファが似たような話をしていた記憶はあるが、誇張はあれど完全な虚像でなかったことに驚愕を禁じえないセレスティナ。


「ああ、勿論ご先祖様みたいに技術と体力と魔力を極めた猛者が殺意を込めて攻撃を仕掛けない限りは、命に別状無いばかりか人生に潤いと悦びを与える活人技だから心配要らないわよ」

「うむぅ……」


 死の危険は無いとは言われてもこのチケットを携えて淫夢族(サキュバス)の巣へと赴くなら下手をすると心の中で大事にしている熱い漢的な部分が砕け散りかねない、そう考えると軽はずみな好奇心はすっかり凍りつき心の奥底へと押し戻されるように感じる。


「それからその夜のチケットの方は初々しさが無くなるのを嫌がる殿方も居るってことで、実際の結婚後に旦那様の同意が無いと使えないようになってるから注意してね」

「……了解しました。どうせ結婚の予定も見込みもありませんから使う機会があるかどうか不明ですが…………あ、外務省(しょくば)のお土産に持って行けばどなたか――」


 処分に困ったらしい彼女の言葉を、母セレスフィアは手を上げてやんわりと遮る。


「駄目よ。折角の頂き物なんだから本人が使わないと失礼よ」

「うぅ……しょ、承知しました」

「わたしももし必要になったら自費でこっそり通うから気遣い無用よ」

「……その情報はあんまり聞きたくなかったです…………」


 どこまで本気か分からない母のお茶目な台詞に、相変わらず翻弄されるセレスティナだった。



次回は9月8日頃(努力目標)に投稿予定です。


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