【番外編】魔物娘?アンソロジー・10(メイドインテネブラ)
※恒例の番外編です。126話と127話の間の話になります。
127話でティナが言及した「一人で二人分働いてくれる代わりの担当者」の赴任準備号です。
▼大陸暦1016年、水鏡の月20日
帝国での多忙と悪天候の日々の合間、久しぶりにテネブラへと帰還したセレスティナとクロエ。
彼女達は軍務省情報室のとある一会議室へと赴き、春以降帝都アイゼンベルグでアルテリンデ元皇女の警護を始めとした様々な国外活動に従事する後任者との打ち合わせを行っていた。
関係者以外立ち入り禁止の極秘作戦という訳でもないのでなんとなく同窓会のように集まったセレスティナと幼馴染達の前に現れたのは、シックなエプロンドレスに身を包んだ、ダークエルフのクールな美人メイド二人だった。
「おおー、フィリアさんが二人居ます」
メイクや着付けの完璧な仕上がりに女子力の高いプロの仕事を見て感嘆の声を出すセレスティナ。
だが左側のフィリアにはお気に召さないリアクションだったらしく、不機嫌な視線を向けてきた。
「茶化すんじゃねえ。……ったく、何だって俺がこんな格好を……」
「ほら、フィリオ。口調が崩れてるわよ。小さい頃はよく服を交換して遊んだんだし今更何を恥ずかしがってるの」
「なっ!? あ、あれは……お袋とか……周りの奴らが面白がってただけでっ……!」
以前にセレスティナと戦闘したり戦争したりしたダークエルフの双子、フィリオとフィリアの言い合いが始まったところで、クロエ達が空気を読まずに会話に割り込む。
「でも、本当にそっくりね」
「これで口調を揃えれば~、余程女子力の高い相手に会わない限り~、そう簡単に見分けられないですね~」
マーリンも楽しそうに尾びれをぴちぴちと跳ねさせつつ同意した。
フィリオもフィリアも目元にメイクを入れて雰囲気を似せ、灰色の髪を細く編んでから後頭部で再度纏めるシニョンと呼ばれる手間の掛かった髪型で統一している。メイド服も皺や乱れ無く着こなしており、有能で気合いの入ったメイドの風格が感じられる出で立ちだ。
マーリンの言葉に追随して、ルゥが茶化すように横槍を入れる。
「じゃあお嬢には一生無理なんじゃないか?」
「何を仰いますやら」
言われた側のセレスティナは気を悪くした様子も見せず、こう続けた。
「魔術を見せてくれればすぐ分かりますよ。単発大出力のフィリオさんに同時展開能力の長けたフィリアさん、魔力波形も特性も全然違うじゃないですか」
「そうだな。ティナは昔からそうだったよな……」
「それに、何かの弾みで莫大な経験値が貰える隠しレア敵を倒して明日にでも女子力が大幅レベルアップしないとも限りませんよ?」
「そういうところよ……」
彼女が残念なのは皆が把握していて今更なので、すっかり諦めたヴァンガードとクロエの言葉で締めて話の流れを戻す。
「まぁ女装については慣れて下さいとしか。最初は面倒臭いと思いますが順応してくるとスカートの裏地が生足を滑る感触とかなかなか楽しいですし」
「慣れてたまるかよ! それに下はジャージだ! 生足なんか恥ずかしくてできるか!」
「ジャージなんて不誠実です! 男心が分かってません! それでも元男ですか!?」
「勝手に元をつけるな! 俺はずっと男だっ! ……っ! 本当になんで俺がこんな格好を……っ!」
フィリオの愚痴にセレスティナは熱いお茶を一口飲んで落ち着くと、直接の回答に言及した。
「それにつきましては私は代わりに帝都に残ってくれる人選をお願いしただけで、対外的にフィリアさん一人を派遣したことにして実際はフィリオさんと適時交代する方針はサングイス公爵の発案ですから……」
テネブラ軍務省情報室トップである吸血族の盟主サングイス公爵の言葉であれば、部署内での失地回復を目指すフィリオとフィリアは従う他にない訳で。
そういう事情により、フィリオとしては不本意であっても、二人一役の作戦に異議を唱えることも辞退することもできず正式に決定したということだ。
勿論彼らに与えられた帝都での最優先任務は、テネブラの護るべき資産と化したアルテリンデ元皇女および彼女が経営する商会『アルテリンデの宝石箱』の護衛任務である。二人が交代で働くことにより一日中隙間無く警護することが可能になる。
それに加え、手が空いた側には休憩や自由時間の合間に帝都での情報収集やら裏工作やらを任せられるという狙いだ。あとついでにセレスティナが調子に乗って増産した金属や宝石の加工機械への魔力供給担当も期待されていた。
「本当は外務省から人材を出すべきなのですが、戦闘力と諜報力と魔力があっていざとなれば《飛空》でアルテリンデさんを連れて帝都から逃げることもできる方が見つからなくて……」
講和条約を結んだとは言え、帝国を無条件で信用するにはまだ不安がある。フィリオ達ぐらいの実力者でないと任せられないのはこの場に集う皆が納得するところだろう。
とは言え、フィリオ達自身にも大きな不安要素が残っており、ヴァンガードが冷静にその点を指摘する。
「だが……フィリオ殿とフィリア殿は帝国と確執があるのだろう? 普通はそういった利害や偏見の無い人員を充てるのがセオリーだと思うが……」
「そ、その辺はまあ、背に腹は代えられないと言いますし、それにフィリオさん達も最近はだいぶ丸くなってますよね」
「ぐ……命令だから仕方なく従ってるだけだ。本当は帝都なんざすぐに滅ぼしてやりたいんだけどなっ!」
気炎を上げるフィリオだがそこに以前のような突き刺すような気迫は無く、自分の立場をよく理解している態度だ。
それを見てセレスティナも少し安心する。
「幸い、アルテリンデさんを始めとしたお店のスタッフの皆さんは良い人ばかりですから、心配は無さそうで…………あ。エーファさんは時たま暴投する人なので気をつけて貰った方が良いですね……」
多分気をつけてもどうにもならないことに思い至り、セレスティナは心の中でエーファの冥福を祈った。
クロエも特にフォローすることもなかったのでとりあえずエーファのことは脇に置いて話を続ける。
「あと、帝国で一番の危険人物は炎の聖剣の勇者シャルラさんですね……自称ではルイーネの町の生き残りという話ですからフィリオさん達には絶対会わせられない相手です……」
今は謹慎中で外に出てこないとは聞いているが、謹慎が解けてからも帝都からは離れて貰うよう急ぎで相談しなければならない。炎の聖剣を帝国に返還する条件に追加することも考えつつ、真面目な表情でポケットから取り出した手帳に忘れないよう走り書きしていく。
「勇者ってことは、やっぱ強いのか?」
わくわくを隠し切れない瞳で尋ねるルゥにセレスティナは少し悩むと、慎重に言葉を選んで答える。
「……んー、技術的にはまだ発展途上ですが火力特化型で、それに何より喧嘩っ早いです。フィリオさんやフィリアさんと同じく初対面でいきなり殴りかかってくる襲撃系女子ですから、3人揃うと帝都で戦争が始まります」
「――ちょっ! 私のイメージってそんななの!?」
「ちょっと待て! 俺まで女子にすんな!」
「この業界では男の娘は女子側の分類ですから。それとフィリアさんには、やっぱり第一印象は大事ですよね、としか……」
「ううう……」
フィリアが不本意そうに項垂れるが、まあ自業自得である。
「……とまあ、そういう訳ですから、もし万が一帝国の勇者と激突することがありましたら、向こうに先に抜かせて正当防衛狙いでお願いしますね。条約とか婚約は破棄するより破棄される方が後々有利ですので」
「あー、婚約破棄からのざまぁ展開は鉄板だから何となくピンと来たわ」
「そこ納得するところか!?」
セレスティナの微妙な例えに対するフィリアとフィリオの反応の温度差が激しい。要因はきっと普段読む本のジャンルの違いだろう。
そのように益体の無い話題も交えつつ、セレスティナの代わりに帝都へと赴くフィリオとフィリアとの打ち合わせを終えると、この場は流れ解散へと移行していく。
早く着替えたいフィリオを先頭に各々が帰路へと就く中、それまで難しい顔で沈黙を保っていたヴァンガードが最後に一言呟いた。
「……男の娘……そういう文化もあるのか」
「いや、オレ的には無しだと思うけどなー。アリかナシかだと」
活動報告にこれまで寄せられました「Q&A集8」を纏めました。
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