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魔物の国の外交官  作者: TAM-TAM
第8章 武人の国々の和平交渉
135/154

125話 平和の作り方(今日はこちらに完成品をご用意いたしております)

▼大陸暦1015年、轟弓(第11)の月30日


 翌週。そろそろ通い慣れたゼクトシュタイン邸の応接室で再開した和平交渉での最初の議題は、当然ながらアルテリンデ皇女の意志の確認であった。


「私が身命を差し出してこの度の戦争の責任を取る。何度聞かれても答えは変わらないわ」

「い、いやっ、この件についてはあと少しだけ時間を頂きたいっ! 国内で結論を纏めるまでもう少しかかりそうで!」


 お付きのノルドハイム伯爵が慌てて止めるところから察するに、どうやらまだ帝国内での擦り合わせが満足ではないようだ。


 そんなアルテリンデ皇女は確かに高潔な人物ではあるが、この期に及んで自分の主張が通るのは当然だと疑わない気質も抜けきっていないようで、これだからお嬢様は……と心の中で溜め息をつく庶民のセレスティナであった。


「……ですが、この案件に決着をつけないと他の話が先に進まないのもありますから……今日はアルテリンデ皇女殿下の身柄をお預かりする前提で、ちょっとお得なプランをご用意してきました」


 どこかの胡散臭い金融商品の営業のような胡散臭い笑顔を浮かべるセレスティナ。

 それに対して思わず渋面になったお付き二人を制し、皇女が話の続きを促す。


「……聞くわ。続けて」

「はい。ではまず実状としまして、皇女殿下が首を差し出すからと言われてそれでいきなり賠償金を金貨百万枚単位で動かす事は不可能ですし、正直誰も幸せになれない悲しい取引だと思います……ですから、皇女殿下にはこれから商売に励むことでご自分で賠償金を稼いで頂くのは如何でしょうか、と……」

「――き、貴様っ! 言うに事欠いて姫様に身体を売……っ! い、いや! ええと、とにかくそういう職業に就けと言うのかっ!? なんと無礼な!」

「ち、違います! ちゃんとした商売です! 実業です!」


 早とちりし机を叩いて立ち上がったオズヴァルト子爵にセレスティナが否定する。顔を赤くして俯くアルテリンデ皇女をなるべく注視しないよう気を遣いつつ、彼女は続ける。


「簡潔に申しますと、皇女殿下が仮にテネブラの所有財産(・・・・)になったとするなら、帝都にテネブラ名義の商会を興して客員店長になって貰うのが両国にとって最善と、そう考えております」

「……は? ……え? え?」


 その説明に脳が着いて行かず、アルテリンデ皇女は珍しく言葉に詰まり目を白黒させた。セレスティナもさすがに結論が飛躍しすぎたと思ったか、こほんと咳払い一つ。


「この作戦の背景といたしまして、先日の食事会でのギルバート伯爵の言葉がヒントとなっております。曰く、人は衣食住が充実して満ち足りた生活が送れるならそれを失うリスクを犯してまで戦争はしたがらない、と」

「そうね、間違ってはいないと思うわ」

「そのことから、今のシュバルツシルト帝国に必要なのは経済成長と結論付けました。国の経済規模が拡大すれば国民が豊かになりつつ税収も増えて賠償金の財源も確保できる。良い事ずくめです」

「ふむ。簡単に言うが、商会一つで国家経済を変えられると思っているのかね? 世間知らずの小娘に経済の何が解ると言うのだ」


 財務官僚のノルドハイム伯爵が上から目線でケチをつけてきたが、セレスティナは慌てずに反論する。


「確かに経済は専門外ですが、帝国は素人目に見ても羨ましいぐらいの資源大国ですから豊かになれるポテンシャルは十分秘めていると感じています。その資源をルミエルージュ公国から安く買い叩かれることと国内の産業が軍事に偏って国民への恩恵が薄いこととを是正すれば大きく改善すると思われますが」

「……こちらの気も知らずに好き勝手言いおって……!」

「そんな訳ですので、今日はこのような小粋な魔道具(マジックアイテム)をご用意してきました」


 マイペースにそう言い放つと彼女は、《容量拡大(キャパシティアップ)》の付与された仕事用鞄から工作機械のような物を取り出した。

 ハンカチを広げたテーブルの上にそれを置くと、ずしん……と重そうな振動が響く。


「これは……?」


 お姫様暮らしではまず見たことが無いであろうその道具は、箱状の筐体の上面に据えられた黒い円盤が目を引き、地球基準で言うならレコードプレイヤーに似た形状をしていた。


「いわゆる研磨機です。この円盤状の砥石を回転させて、例えば宝石なんかを綺麗に磨くことができます」


 皇女の問いに答えて、続いて彼女は皮袋を取り出し、中から青黒い鉱石を一つ摘む。


「これば先日オズヴァルト子爵から頂きましたサファイアの原石です。これを見て思ったのが、帝国の専門の宝石職人さんがあまり居ないのではないかと……恐らく高い技術を持つ方は軍に取られて行くのでしょうね」

「それでその職人の代わりに宝石加工で一儲けしようという腹づもりか。やめておけ、幾ら道具があったところで素人では失敗するのがオチだ」

「その辺りの技術的ハードルは克服済みですので宜しければご覧頂ければと……あ、粉が飛び散りますのでこちらの眼鏡をお掛け下さい」


 配りながら自分達も眼球を保護する為の伊達眼鏡を着ける。ちなみにクロエには後頭部で金具を留めるタイプの獣人用眼鏡だ。


 そして眼鏡着用のアルテリンデ皇女というレアな光景を心のアルバムに保存しつつ、セレスティナは砥石に研磨剤を塗ってから研磨機に魔力を流す。

 すると高い音を立て、円盤が機械式では考えられない程の高速回転を開始した。


魔道具(マジックアイテム)は同じ回路を描いて同じ魔力を徹せば全く同じ動作をしますから、従来の手回し式や足踏み式みたいに職人の経験や勘に頼らなくても良くなります……あ、使う人の魔力の個人差による動作の揺らぎを防ぐ変換器(コンバーター)の中身については企業秘密なので悪しからず……」


 説明を交えつつ、宝石を固定したアームを細かく動かして作業を進める。その都度、砥石と衝突して火花のような反射光のような煌きが散っていく。


「……と、このように、短時間でそれなりの品質の宝石を磨き上げる事が可能になります」


 瞬く間に、セレスティナの手の中に少しの歪みも無い円形のブリリアントカットに彩られたサファイアが誕生した。


「まあ……!」


 あまりの衝撃に感嘆する以外の声を失ったアルテリンデ。出来上がったサファイアを借りた彼女は光にかざしながらその輝きに見惚れている。

 後ろに立っているクロエも関心が無いフリをしつつ耳がぴこぴこ動いており女子の本能に抗いきれない様子だ。


「円盤の回転数やアームの角度も設定値を入れたら寸分違わずその通りに動いてくれますから、手順書を用意すれば誰でもすぐにそれぐらいのカッティングはできるようになりますよ」

「……それぐらい、って気軽に言うけれど、アルビオンやルミエルージュで頼むとこの出来栄えにどれくらいのお金と時間がかかるか分かってるのかしら?」

「金貨にして2、30枚ぐらいでしょうか……50枚には届かないと思います。芸術方面に強い公国の名の知れた職人が磨いた最高級品には太刀打ちできそうにないのが悔しいところですが、この辺りが工業製品の限界でしょうかねえ」


 これだけの仕上がりを見せておきながらまだ不満そうな様子を見せるセレスティナに、帝国交渉団の3人は「何言ってんだコイツ」という眼差しを向けた。

 だがそういう態度には割と慣れているセレスティナは無駄に爽やかな笑顔を浮かべつつ話を纏めに入る。


「この場では宝石加工の実例をお見せしましたが、まず業種としては講和条件で挙がりました鉱山採掘権と連結して鉱石と金属の加工全般を広く扱うことを考えています。個人的には綺麗なだけの石ころよりも魔道具(マジックアイテム)の材料になる銀板に魅力を感じますし……」


 同年代の女子とは思えない言葉に皇女が「そ、そうなのね……」とやや言葉に詰まる。


「その分ルミエルージュ公国に流れる資源の量が減ることになりますから売値も高騰して、直接的には帝国内の産業の充実を計りつつ間接的に他の商会も潤うことに繋がると思います。勿論光り物だけではお腹は膨れませんが他国に輸出して食糧と交換できる選択肢が増える事は間違いないですし、今後は場合によっては我がテネブラも貿易相手になり得ると考えております」

「し、しかし、それなら姫様でなければいけない必然性はどこにあると? 帝城(ウチ)の財政官僚を出した方がその手の仕事は得意だと思うが……」


 未だにアルテリンデ皇女を人質扱いとするのに賛同できないノルドハイム伯爵に皇女が口を開きかけ、だがそれより先にセレスティナが回答を述べた。


「帝国がこれから平和で豊かな国家を目指すという大きな目標の陣頭に立つ旗印として、皇女殿下が一番相応しい人選であると思うからです。帝国のこれからの国家戦略を左右しかねないプロジェクトに下手な人員を充てても国民がついて来ないのはご理解頂けるかと思いますが……」

「ふむ……まあ、組織が大きくなればなる程方向転換に時間とエネルギーが必要になるのは我々にとっては常識だな」


 漠然とした目標だけでは人は動かず、カリスマに秀でた人物が先頭を走ることの重要性を彼女は強調する。

 先程ノルドハイム伯爵が指摘した通り一商会の経済規模などたかが知れているので、国家規模での経済成長を果たすには国民の意識が皇女の理想に共感し、資源や技術や人材が軍事から民間へと大きく動かなければならないからだ。


「その点アルテリンデ皇女殿下は国民人気が高く、権威も気品もあり、人柄も信頼できて、しかもきょにゅ……見目麗しい淑女であらせられます。もし私が帝国の国民だったら全力で皇女殿下の御許に馳せ参じます」

「それ、外見は関係ないわよね!?」


 胸をがばっと腕で護る皇女に、セレスティナは曖昧な笑顔で賛否を控えつつ言葉を続ける。


「ですが……ノルドハイム伯爵もご心配されたように、わざわざ皇女殿下が行わなくても良い仕事ではあります。忙しくて覚える事も多い、凄く大変な仕事になるのは目に見えてます。もし気に入らなければ皇女殿下ご本人が責任をお取りになるお話自体を白紙に戻されても構いませんが……」

「この期に及んで何を言うの。やるに決まってるでしょ」


 セレスティナの説明を挑発と受け取ったか、アルテリンデが柳眉を逆立てて即決する。


「し、しかし、姫様――!」

「貴方達も、いつまでも何もできない子ども扱いはしないで。私だってやればできるんだから」


 お付きの二人も一睨みで黙らせ、皇女の身柄の件は帝都でテネブラ名義の商会を興しそこで働いて貰うことで決着が付き、講和条約の締結に向けて大きく一歩前進した。


「ええと、一応念には念を入れて確認させて頂きますが……」

「経済成長の話は確約ではなく未来への可能性にサインする扱いとでも言いたいのでしょう? 分かっているわそれぐらい。少しでも国が豊かになる可能性があるなら全力で取り組むのが皇族として生まれた者の勤めよ」

「ご理解ありがとうございます。あと、皇女殿下におかれましては商会をお任せする際に最低限必要な契約書を交わして頂き、契約違反したその暁にはえっちな厳罰をもって制裁とさせて頂きますのでそちらもご了承の程を……」

「厳しいのか厳しくないのかよく分からない制裁ね」


 胸を庇う体勢のまま不審者を見つけたような目をセレスティナに思わず向ける皇女だった。外し忘れた眼鏡越しに。



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