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魔物の国の外交官  作者: TAM-TAM
第1章 魔物の国の就職事情
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013話 外交官への試練(またか)

▼大陸暦1015年、走牛(第4)の月中旬


 桜の花も散ってしまい、セレスティナの外交官登録の為に必要な書類を全て準備し終えて、あとは“上”による承認と任命を待つだけとなった頃。

 登録の承認にあたり、外国の地での単独活動に耐えうるかどうか一度彼女の実力をテストしたい、という趣旨の文書が彼女の元に届けられた。


「これはあれね! 立派な外交官になる為の試練って奴だね! 燃えるわ!」

「……この国の人って、どんだけ試練が好きなんでしょうね……」


 文書を空輸で運んできたジレーネに、セレスティナが思わず愚痴を零した。

 思えば去年辺りから、何かあるごとに試験や試練を受けさせられてるような気になる。魔術師の身で上覧試合のステージに立たされたことに始まり、学院では卒業論文に卒業試験を突破して、それから家だとレシピ無しで料理を作らされ、続いて今回の件だ。


「こういうのは爺様の差し金に決まってます。本当、過保護なんですから」

「だけど国交の無い国に単身で挑むなら心配するのも無理は無いよ! ティナは美人さんで綺麗な銀髪なんだから、捕まったらきっと飼い殺しで超エロいこととかされるんだよ! ああもう、たまらん!」


 両手で頬を挟みこみつつ、けきゃー! と悲鳴か怪鳥音(けちょうおん)かよく分からない超音波を出すジレーネ。美声なのが却って始末に悪い。


「まあ、どんな無理難題が出てきても乗り越えるしかないですね。こう見えてもルールの穴を突いて反則気味に勝ちを得るのは結構得意なんですよ」


 身体は違えどセレスティナの中には間違いなくゲーマー男子の血が流れているのだ。開き直って次の試練を楽しみに待つことにした彼女だった。





 そして数日後、その実力テストの指定日に指定場所である軍務省の訓練場へと出向くセレスティナを待っていたのは、思った以上にそうそうたる顔ぶれだった。

 魔国軍総司令官のアークウィングと参謀長のゼノスウィルの2人は予想通りだが、他にも歴戦の軍幹部が10人程並んでおり、気の弱い人ならここで泣いて帰りそうな程の圧迫感だ。

 セレスティナもプライベートで軍部トップ2人と気軽に話すことが多いからこそ古強者のオーラに慣れているが、それでもか弱い女子の身体の本能か、屈強な男達が並ぶその光景は油断すると足が震えそうになってしまう。


『軍の訓練場は関係者以外立ち入り禁止だから同伴できないけど、遠くの空から応援してるよ!』


 そう言って見送ってくれたジレーネの元気な姿を思い出す。心強いが側に誰も居ないのはやっぱり心細い。だが敵地で単身立ち向かうのも今後外交官として活動するのに必要だと考えると、こんな所では退けない。


「セレスティナ・イグニス、馳せ参じました。本日は外務省の活動の為、このようにお忙しい中お時間を割いて頂き、ありがとうございます」


 ドレスの裾を摘む淑女の礼も、春休み中の母からの指導の賜物でだいぶ様になってきた。軍務省の面々が軽く目礼で返した後、予想通りゼノスウィルが試験官として歩み出る。彼女の保護者としてではなく、魔術の師匠として。


「堅苦しい挨拶は良い。まずはお主の実力は昨年の建国祭の時によく見せて貰った。魔術の精度や制御、そして戦況を読み柔軟に対応する判断力に実行力、いずれも我が弟子として申し分のないものじゃ」

「はッ! 正面から勝てなくて卑怯な手に頼っただけじゃねえか!」

「よせ、肉体に劣る者が知恵に頼るのも立派な強さぞ」


 野次を飛ばした虎獣人の恐らく連隊長級の戦士を、鬼人族(オーガ)の巨漢が諫めた。

 この巨漢は軍務省の中でも都市警備隊と呼ばれる防衛部隊の隊長で国内の護りの要を担当するコルヌス侯爵だ。三公四侯(セプテントリオネス)のメンバーの一人であり今回のセレスティナの外交官任命での決定権を持つ人物である。


 セレスティナの目論見どおりと言えばそうなのだが、やはり軍部の中でも上覧試合で見せた彼女の実力については評価が二分されており、そのことが間接的に今回の実力テストへと結びついたのかも知れない。

 いずれにしても、今日ここに軍幹部がこれだけ集まるのはセレスティナという人物に対する注目度の高さの表れだろう。


「じゃが一点だけ、先の試合で疑問に感じた要素がある。それは火力じゃ」

「むぅ……」


 セレスティナが不満げな呻きを上げる。実際は、セレスティナの火力は高い方に属するのだが、先の試合では対戦相手のヴァンガードが必要以上に硬かったことと、女性が生来火力面で不利だという傾向とで、どうしてもそういうイメージが定着してしまったようだ。


「異議があるなら実力で示せ。人間共の国でどんな相手が出てこようと撃ち砕けるということをな」


 そのまま師匠(ゼノスウィル)は訓練場の中央付近に寄り、普段訓練の的に使われる土を焼き固めて作られた人形に向けて魔術を放つ。


「《防壁(シールド)》」


 初歩的な、それこそ魔術師なら誰もが最初に覚えるような防御魔術を展開すると、空間が軋む程の音を立てて(まと)人形の前面を護る力場が生まれた。

 国内最強の魔術師による、最硬の盾。セレスティナが5枚重ねて張った防壁よりも、遥かに強靭だ。


「この《防壁(シールド)》を破り、的人形を破壊せよ。そうすれば、少なくとも大陸内にお主の牙が届かない《防壁(シールド)》が存在しないことの証明となるじゃろう」


 傲慢とも言える物言いであるが、彼に大陸一の魔術師という自負があり、少なくとも今までの戦場人生で彼を超える魔術師に会った事が無いのは事実である。


「ルールの確認です。時間制限はありますか?」


 とりあえず使える手段を揃える為に挙手して質問を投げかける。この辺りはゲーマーの鑑である。


「そうじゃな。お主が万策尽きるまでと言いたいところじゃが、お主の魔力切れまで付き合っていると日が暮れるわい。一般的な戦闘の時間を長めに見積もって10分というところじゃろうよ」


 そう言うとゼノスウィルは、訓練場に備え付けられた砂時計の中から10分を計る物を手に取り、無造作にひっくり返す。


「え!? もう開始ですか!? 会話中はノーカウントになりませんか!?」

「ならんわ。お主のペースに付き合うとロクなことにならんからのう」

「それだけ警戒されてるってことですか。あとは、《防壁(シールド)》の張り直しはされますか?」

「無論。攻め手に隙が見えたら遠慮なく修復するぞ」


 彼の《防壁(シールド)》の展開速度を考えると、ヴァンガード戦で見せたように張り直しの隙間を狙うことも難しそうだ。


「ではあと一点、魔眼解放は双方無しで良いですよね?」

「そうじゃな、お主はまだ身体が出来上がっておらんから封印を解くには早かろう」


 魔眼解放は魔術的素養に優れた魔眼族(イビルアイ)の切り札で、魔眼の力で体内に流れる魔力量を大幅に増加させる。要するに本気出せばゼノスウィルの《防壁(シールド)》がもっと硬くなる、ということだ。

 但し今の会話からも分かるように、身体への負担が大きいため心身共に成長するまで子供のうちは親や師匠から強制的に封印される。特にセレスティナのような馬鹿魔力の者に対しては解禁の時期を慎重に見極めねばならない。


「了解しました。では安心してのんびりと攻めさせて頂きますね《火炎嵐(ストーム)》!」


 言葉に被せて高威力広範囲の攻撃魔術である《火炎嵐(ファイアストーム)》をいきなり撃ち込んだ。的人形を中心に半径5メートル程の空間が一気に燃え上がる。

 防壁(シールド)が人形の前方のみに張られていたので横と後ろから攻めたということだ。既に砂時計が落ち始めているので不意打ちを取られる謂れも無いと主張したい。


「……やっぱりそう上手くは行きませんか」


 だが、炎と煙が収まった時、そこには半球状の《防壁(シールド)》に護られた的人形の無事な姿があった。一瞬にして前方だけを護る防壁(シールド)から全方位を護るそれに張り替えたのだ。


「全く、そういう悪知恵は誰に似たんじゃろうな……」

「少なくとも父様とは違いますね。っと、時間無いですしどんどん行きます。《氷刺棘(スパイク)》っ!」


 黄金色の杖をかつんと地面に打ちつけ、今度は対象の足元から無数の氷の棘で刺し貫く《氷刺棘(アイススパイク)》の魔術を放った。

 この魔術は魔力が地中を伝う為、地上部分の防壁(シールド)を潜り抜ける特徴がある。

 だが――


「無駄じゃよ」

「ですよねー」


 ゼノスウィルの防壁(シールド)は流石に抜かりが無く、こうなることを見越して地中深くまで防御範囲に含めていたのだ。

 地中を伝う《氷刺棘(アイススパイク)》の魔力もそこで阻まれ、目標よりも手前で氷の棘を撒き散らし不発に終わる。


「ですが、それだけ防壁(シールド)を広げられれば硬さもだいぶ落ちますし、ここまでは狙い通りです」

「フン、このくらいのハンデは織り込み済みじゃわい」


 全方位攻撃を駆使して防壁(シールド)を拡大させ、単位面積辺りの防御力を落としたところで一点突破。それが彼女の立てた作戦だった。

 魔術師なら誰でも思いつく定番の戦法ではあるが、実行できるかどうかは別問題で、ここからがセレスティナの真価を問われる。


 この先は細かな精度が最重要だ。セレスティナは大きく深呼吸すると、意を決して愛用の杖を振った。


「《火矢(ファイア)》!」


 彼女の声に応えるように、杖の軌道上に10本を超える数の《火矢(ファイアアロー)》が生まれ、順次射出されていく。

 女性脳による並列処理と魔術回路の複製(コピーペースト)とを最大限に酷使した、火力を落とさない範囲での限界数だ。


 狙うは一点。的人形の胸の真ん中に狙いを定め、全ての《火矢(ファイアアロー)》が寸分違わず同じ箇所に命中するよう射出角度も調整している。

 実体を持つ氷の槍や石礫だと互いにぶつかって弾きあう為、この場合は炎で攻めるのが最適解なのである。


「もう一丁、《火矢(ファイア)》!」

「……ほう」


 そこでセレスティナは切り返すように杖を振り、第一波が着弾するより早く、立て続けに2セット目の《火矢(ファイアアロー)》を撃つ。

 但し一射目よりも弾速を上げて、着弾のタイミングを重ねる事で《防壁(シールド)》の張り直しをさせない意図だ。


「まだまだ、終わりませんっ!」


 更に3度目、4度目、5度目とその都度速度を上げた《火矢(ファイアアロー)》を繰り返し撃ち続けた。

 5セットで合計70本程にも及ぶ炎の矢が、機関銃のように文字通り火を噴いて防壁(シールド)のただ一点を穿つ。


「――ぷはあっ!」


 自らの出せる最高速度に達した関係上、これ以上続けてもどこかで隙が生じるのが明白なので、そこで撃つ手を止めて大きく息を吐くセレスティナ。

 着弾点を見ると、ゼノスウィルの張った鉄壁の《防壁(シールド)》に、僅かにひび割れと隙間が生じていた。

 指一本通るかどうかの、極めて細い隙間だ。一般的な攻撃魔術では狭すぎてこじ開けて進入するのは無理だろう。


「ふむ、よく頑張ったと言いたいところじゃがこれでは中の人形に届か――」

「《雷撃(サンダー)》!」


 直後、彼女の持つ雷竜の杖から一条の光が迸り、的人形が爆散した。


「――なんと!」


 珍しく驚愕の表情を見せるゼノスウィル。古今東西の魔術に通じる彼でも電気の特性には明るくなかったらしい。

 この世界で見る電気的現象と言えば嵐の日の落雷か、でなければ雷竜のように雷を使う特殊な生物ぐらいで、発電や蓄電のノウハウもまだ無く研究も殆ど進んでいない。

 そんな中、雷属性に憧れた魔術師は過去何人も居たが、思い通りに操れた事例はセレスティナ以外に存在しなかったのである。

 “雷を固めて作った槍をなんか掴んで投げたら、着弾点が弾けて焦げる”というような認識では、いつまで経っても電気の本質には辿り着けないということだ。


「根本の運用が違うんです。他の攻撃魔術は投げたり撃ったりするイメージですが、雷撃は導線(ライン)を引いて通す感覚が必要になります。だからこそ今みたいな芸当もできる訳です」


 条件次第で不発に終わるケースはあるが、狭い隙間を通して高速で目標に届かせるには雷撃が最も有効なのである。


「いつか論文に纏めようとは思っていますので、その時は高く買って下さいね」

「ふむ。わしが生きている間に頼むぞ。あと《崩壊烈風(ヴォイドストーム)》は教えぬからな」

「……残念」


 魔術師の中でも一握りの変人とか変態に属する者は、既存の術式では満足できず新しい魔術回路を自分で開発することがある。

 そういった術式は例え師弟や家族であっても易々とは公開せず、対価を貰ったり独自の術式同士を交換したりするのが一般的な光景だ。


 勿論ゼノスウィルも数々の独自開発した術式があり、中でも秘中の秘が、触れた物全てを虚無に帰す黒い風を放つ《崩壊烈風(ヴォイドストーム)》だ。過去の戦争で一万を超える数の敵軍を一瞬で消し去った(・・・・・)と恐れられる極めて凶悪な魔術である。

 セレスティナも一度その発動を目にしたことがあったが、あちこちに増設を繰り返したような無秩序かつ巨大な魔術回路は男心を刺激する浪漫溢れるものであった。

 失敗すると術者本人も巻き添えで滅びる為、愛する孫娘を含めて誰にも教える気はなく、墓場まで持って行くつもりと公言している、もはや禁呪扱いだ。


「まあそれはともかく、お主の実力と創意工夫と……そして覚悟は見届けたわい。さて、結果は後日通達する。ご苦労じゃったな」


 少し寂しそうな様子で肩を落とし、ゼノスウィルは試練の終了を告げた。


 そしてその場は解散となり、後の総司令官執務室でなされたアークウィングとゼノスウィルとの会話は、軍のトップとしてではなく共に子や孫を持つ保護者の顔になっていた。


「はあ……今夜は呑むぞ。全く、こんなことなら7年前のあの日に無理やりでも止めておくのじゃった」

「だな。軍としてもあそこまでの人材を見逃すのはあまりに惜しい」

「そうじゃなくてじゃな、あれを余所の地に出さねばならないわしの気持ちが分かるか?」

「そっちか……せめて軍から一人二人同行者をつけておくか。それにしても……あの時から何年もこの日に備えてたのかと思うと、小さくてもやっぱり女は恐いな」



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