118話 みたび帝都へ(3回目ともなるとサブタイトルも雑になってくる)
▼大陸暦1015年、轟弓の月23日
牧場町で一泊し翌朝出発したセレスティナとクロエは、昼前に帝都アイゼンベルグへと無事到着した。
空は厚い雲が広がり地面も所々白く覆われた寒さの厳しい天候であるが、帝国基準ではこの程度はまだまだ序の口といったところだろう。
今回もあえて真正面から貴賓客用の副門を訪れると、面倒な手順を省略するように最初から警備隊長のゲオルグが応対してきた。それだけ重要な相手か、でなければ厄介な相手と認識されているように感じられ、複雑な胸中のセレスティナであった。
「ご無沙汰しております。本日は和平の使者として参上した次第です」
「どちらかと言えば弔問の使者のように見えるが……まあ良い。もし貴殿が来たら帝城の西門へと案内するよう上から通達が降りている」
弔問の使者、と言われて微かに苦笑を浮かべるセレスティナ。今日は黒いドレスに身を包み、アップに纏めた銀髪を黒い鍔広の帽子に押し込めた格好で、先日の“白い魔女”の噂を意識して真逆に走った結果である事は明らかだ。
「どうする。すぐに向かうかね?」
「そうですね……前回の事を考えると歓迎されてご飯出して貰えるかも怪しいですから、昼食だけ先に食べておきたいところですが」
前回、つまり“アイゼンベルグ会談”の時には危うく罠に掛けられて亡き者にされるところだったので実際は昼食の有無以上に一大事なのであるが、帝国ではよくあることなのでその辺りの詳細は言わずともゲオルグ隊長は察してくれたらしい。
「……飯以前の問題のような気もするが、それくらいは別に構わんよ。それにしてもあんな目に遭ってまた帝都に姿を現すとは……正直もう二度と来ないかと思っていたが、見かけによらず大した根性だ」
「そりゃあ、あのまま引き下がるのは悔しいですから」
外交官にあるまじき感情論を述べたところで、早速実務の話へと移る。
副門の側に建てられた衛兵の詰め所には馬車が常備されておらず、城への移動手段としてゲオルグは下士官に命じて馬を2頭準備させた。
「馬は乗れるか? 飯は帝城に向かう途中でどこか案内しよう。丁度貴殿にも聞きたい事が幾つかあるしな」
「問題無いわ」
最初の質問に、ふんすと鼻息を荒げてクロエが即答した。《飛空》の魔術があれば乗り物に困らず乗馬はあまり練習してこなかったセレスティナに自分の存在意義を見せ付ける良い機会と考えているのだろうか。
「最高速度も即応性も安定感も《飛空》があれば十分ですからわざわざ馬を借りるのも資源の無駄遣いになりそうですが……」
「理屈っぽくて女子力どん底なティナには分からないだろうけど馬は心を通わせればそれこそ手足のように動いてくれるものなのよ」
「……母様とかキュールさんみたいに動物に好かれ易くて初めての馬にも簡単に乗りこなせる人は居ましたが、あんなのはもう女子力と別ベクトルの異能ですよ?」
「ふふん。あたしもその二人に負けてないってことを教えてあげるわ。黙って見てなさい」
得意げに言い放ち、やがて到着した馬の首筋をクロエは優しく撫でてやる。
「よしよし、良い子ね。馬刺しにされたくなかったらちゃんと言う事聞くのよ」
「……いや食うなよ……」
「……さすが食物連鎖の上位階級は言う事が違いますね」
呆れたような声のツッコミと心なしか哀れっぽい馬の嘶きを聞き流し、彼女はひょいと身軽に馬の背に跳び乗った。
姿勢良く馬に跨った姿は凛々しく堂に入ったものだが、侍女服のスカートからチラっと覗いたジャージの裾がなんとも台無しで、優しいセレスティナはそっと目を逸らしつつもクロエの手を借りて彼女の背中の後ろに座る。
「あ、それと、聞きたい話があるとの事でしたが……」
クロエの腰に軽く腕を回しつつ、セレスティナは隣で手綱を取ったゲオルグへと向き直った。
「もしテネブラ侵略に参加した帝国軍のその後の話とかでしたら、軍事機密が含まれますのでまことに恐縮ですが帝国上層部の公式発表をお待ち頂ければと……」
「……ぬう。先に釘を刺されてしまったか」
そう言われて彼は残念そうに肩を落とす。だが様子とは裏腹に食い下がる素振りも見せないのは予想の範囲内の返答であり最初からそれ程期待していなかったからだろう。
やがて何事も無かったかのように「では行くぞ。ついて来てくれ」と言葉をかけ、城の見える方向へと馬をゆっくり進め始めた。
▼
セレスティナ達は昼過ぎになって、帝城ノイエ・アイゼンベルグの西門から堀を挟んだ位置にある広場へと到着した。
途中で立ち寄った中流層向けレストランでの昼食は味も量も満足できるものだった。経費も帝国持ちなので有り難く奢られたが、タダ飯だからと高級店に案内しなかったところにゲオルグ隊長の実直な性格が垣間見える。
そのゲオルグは西門の番兵達に話を通しに出向いており、その間セレスティナとクロエの二人は馬を降りて門を潜る許可を待っている次第だ。
「それにしても、なんか寒々しいわね」
そうクロエが零したのは、気候だけに留まらず帝都の全体的な雰囲気を指しての事だろう。
馬に乗ってここまで来る途中、街並みを見渡して感じた事だが、季節的な要因を差し引いても行き交う住民達に活気が無く、暗く沈んだ印象を受けたのだ。
「フルウィウス草原での会戦の結果はきっと、早馬で帝都に届いてますからね。緘口令を敷いても人の口に戸は立てられないですから噂が漏れ出してるのだと思います……」
「“白い魔女”の噂もここまで伝わってたわね」
「ぐふう……」
クロエの指摘にとうとう頭を抱えるセレスティナ。先程の昼食の席でもゲオルグにそれとなく訊かれた名前であったが、彼女は「そんな白くて残虐で非常識な魔術師の女性は私の知る限り全然心当たりありません」と正直に答えていた。
この後もし半壊した帝国軍本隊が帝都に戻り、その中に自分の家族や恋人の姿が無いのを見たら、住民達の怒りや悲しみはどこに向かうのだろうか。それを考えるだけでも良心と胃が針で刺されるように痛み出す。
帝都の民と実際に戦う予定もその意志も全く無いが、幾ら魔力や戦闘力を上げても人の悪意や敵意に晒されるのは堪えるものだ。特に小心者のセレスティナは改めてそう痛感するのだった。
そのように戦争の爪痕を実感しながら門が開くのを待っていると、ふと広場の端に人の気配を感じた。
顔を向けるとそこに居たのは、セレスティナと同い年か少し幼いぐらいの少女。燃えるような赤毛を高い位置で結んでポニーテールに結っており、男子のような動き易いシャツとズボン姿だった。
だが服の上に身に着けた金属製の胸当ては豊かに膨らんだ曲線を形作っており、防具の下に秘められた戦闘力を暗示させる。
その少女はセレスティナ達と目が合うと、初対面にも関わらず敵意の篭もった眼差しでこちらを睨みつけて口を開いた。
「貴様が、“白い魔女”だな!? 殺された皆の仇! 覚悟しろ!」
「え? ――あの、ちょっと待っ――」
「問答無用だ! 来い! レーヴァティン!!」
少女が右手を掲げて叫ぶ。すると少女の背後の空から赤い流星のような物が飛来し、直後に彼女の手がそれを受け止めた。
それは少女の髪と同じように真っ赤な刀身を持った、一振りの両手剣だ。柄頭から切っ先までのはセレスティナの身の丈よりも長く、重量も彼女の体重を遥かに超えるだろうその巨大武器を、目の前の少女は軽々と構えて見せる。
その腕力を見て、セレスティナの脳裏に浮かんだのは昨日牧場町で聞いたある噂。
「レーヴァティンって……まさか、“炎の聖剣の勇者”ですか!?」
「そうだ! アタイは未来の聖剣騎士にして大陸最強の勇者シャルラ! 故郷ルイーネの町を滅ぼした“白い魔女”の貴様だけは絶対に許さない!!」
彼女――シャルラが鋭くそう言い放つと同時に、その手にある炎の聖剣レーヴァティンの刀身から勢い良く炎の渦が巻き起こる。
今の会話の端々から彼女が無責任な噂や意図的な誤情報に踊らされているように思えたが、残念ながら対話の意志が感じられず、セレスティナの側としても応戦を余儀なくされるのだった。




