114話 国家大戦略会議・1(ハードモード)
▼大陸暦1015年、轟弓の月13日
「全員集まったかな。では早速会議を始めようか」
翌日の夜、内務省の館内にある国家戦略会議室に集まったメンバーを見渡して、内務省長デアボルス公爵がフランクな様子で開会を告げた。
この日集まったのは、三公四侯の7人を始めとしたそれぞれの省長の重鎮達、及び外務省からサツキ省長とセレスティナ。
議題が議題なだけに、軍務省からの参加者数が多く、そして空気がまるで戦闘前のようにピリピリとした鋭さを帯びている。
「それで、今日の本題は帝国に対する今後の対応ということになるけど、その前に一つ、外務省から提出された案件があってね。時間は取らないだろうからこっちを先に処理しようか」
「あ? この大事な時にまた外務省か?」
面白くなさそうな声を発したのは、例によってバルバス伯爵だった。筋肉質の身体を軍服に包みふんぞり返る態度は相変わらずだが、今日はその軍服の胸にこれ見よがしに掲げた黒曜勲章が一際存在感を放つ。
そんな彼の悪態に直接は答えず、セレスティナが立ち上がり一礼する。シックな紺色のドレスに飾られた紅玉勲章のコントラストが鮮やかに輝いた。
本来彼女はこういった勲章やアクセサリで身を飾って威嚇するのを好まないが、それを曲げてまでこの日の会議で押し通したい意見があるのは普段の彼女を知る者の目に明らかで、好奇や興味や或いは小さじ一杯ぐらいの敵意が混じった視線を受けつつも彼女は外務省を代表して議題を提出する。
「外務省のセレスティナ・イグニスです。この度は貴重なお時間を頂きまして感謝しております。さて、先日の会議の席で我々外務省は軍務省から謂れ無き中傷を受けました」
「……っ! ちょっと待った! あの暴言はバルバス伯が考え無しに吐いたものだろう! 責任を追及する気なら軍部ではなくアイツ個人に言え!」
そこに割り込んできたのは赤銅色の肌に黒鉄のような質感の角を生やした汎魔族のルーベル伯爵であった。そしてこれをきっかけとして思わぬ延焼が始まってしまう。
「何だと!?」
「そもそも貴様は短絡的な言動が多すぎる! この前の会戦でも撤退命令を無視しかけて始末書書かされたばかりだろうに! 尻拭いする側の身にもなってみろ!」
「うるせェ! 始末書が怖くて戦争やってられっか!」
激しく言い争う二人だが、仲が悪いと言うよりは実力と立場が近い者同士のライバル意識の類だろう。
あとなにげに反省文仲間が居た事が明らかになってしまったが、セレスティナとしては全く嬉しくないので迷わずスルーして話を先に進める。
「ええと、ではルーベル伯爵のご提案に応じる方向で話を続けますと、先の会戦での戦功については誇る程の事ではないので除外したとしても、前陣号砲術士として前線を維持したという事実一点のみに絞りまして……」
「アレはむしろ『前線に居座った』じゃな……」
「……前線を死守した実績から考えましても、外務省が臆病という批難は虚偽と悪意にまみれたものであり、バルバス伯爵にはこの場での撤回と謝罪を求める次第であります」
祖父の訂正の言葉に更に訂正を重ねて言い切ったセレスティナだが、バルバス伯爵は反発して声を荒げる。
「あ? ふざけんなよ、なんでオレがテメェなんかに……」
そこまで言いかけて、周囲の視線が突き刺さるのに気付いた。彼が謝罪を拒否した場合にセレスティナは監督責任を問い、軍部としての謝罪を要求する方向に切り替えるかも知れないからだ。
軍部の面子を考えるとこの場はバルバス伯爵一人の責任として片付けるのが望ましい。特にルーベル伯爵の鋭い眼光がそういう無言の圧力を発していた。
バルバス伯爵も流石に自分の上司であり尊敬する武人でもあるアークウィング総司令官に頭を下げさせるのは嫌なようで、しぶしぶながら謝罪らしき言葉を搾り出す。
「……あー、そうだな、貴様も思ったよりはやるじゃねェか。えーと……あー……悪ィ! 許せ!」
「………………まぁ、いいでしょう」
誠意の感じられない雑な謝罪であったが、本題を前にこれ以上引っ張る気もないのでセレスティナは受け入れて、この議題を閉じることにする。
「そのような訳ですので、外務省は臆病だから戦争を嫌がっているのではなく我々なりに国益を考慮した上で対話路線を提案しているということを、どうか軍部の皆様に知って頂きたいです」
つまりは、ここでこの話題を掘り返したのはセレスティナの個人的な腹いせという訳ではあまりなく、これから繰り広げられる論戦で外務省の発言の重みを増す為の道具だったのである。
しかしながら、それを加点要素に入れたとしても議会の7票の内過半数の4票を押さえた軍務省と投票権を持たない外務省との戦力差は歴然で、彼女にとってこの手の会議がハードモードなのは相変わらずだった。
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その後、この日の議題のメインとなる神聖シュバルツシルト帝国への今後の対応について協議が始まった。
軍務省の意向は大方の予想通り、報復として帝国に攻め入るつもりのようだ。
「舐められたままだといずれまた今回と同様、火吹き山に兵隊を差し向けて来るだろう。そうさせない為にも今度はこちらから帝国領内に攻め入り、テネブラ軍を愚弄した事の代償を取り立ててやるべきだ」
軍を代表してアークウィング軍務省長がそう決意表明する。
聞くところによると彼の元に既にルーベル伯爵とバルバス伯爵が競うように侵攻作戦立案書を出しているとのことで、反撃は規定路線として動き始めているようだ。
作戦立案書のくだりを聞いたところでセレスティナがとても渋い表情になったが隣に座ったサツキ省長以外は誰もそれに気付くことなく、続いて吸血族の盟主でもあるサングイス公爵が興味深げに発言する。
「ほう……ルーベル伯とバルバス伯の両名は遠征軍を預けるにはまだまだ未熟と零していた筈だがフォルティス公に一体どのような心境の変化が起きたのか聞かせてくれまいか? いやはや現世は矛盾に満ちているものよ」
「うむ。単純に今が数百年に一度の好機であると判断したからだ。多少の準備不足を言い訳にこの機をみすみす逃すなら次の遠征のチャンスはいつになるか分からぬ」
「成程な。確かに人間族の奴等はほんの数十年もあれば世代交代を済ませて兵数も元通りに戻ると言うからな。追撃を仕掛けるにはこの瞬間でなければ意味が無いという訳か」
「然り。状況が許すなら後のことをデアボルス公やサングイス公に任せ、俺自らが斬り込む事も考えている」
予想以上に迅速かつ壮大な軍の動きに、文官組が一気にざわつく。特に留守を任された内務省長のデアボルス公爵は今の段階から胃が痛そうで同情を禁じえない。
「さて、以上が軍務省の構想になるが、何か質問は?」
会議室を見渡して、そう問いかけるアークウィング。
その視線の先で、サツキのほっそりした白磁のような手が真っ直ぐに挙がった。




